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CHERRY BLOSSOM ~チェリーブロッサム~  作者: 悠里
第四章「I miss you」
34/83

034 子持ち疑惑

「な~んかさ。私たちのことって、完全に無視されてない?」

 恵が瑞穂に耳打ちする。


「うん。完全にふたりで世界作っちゃってるね~」

「さくらもまんざらじゃなさそうだし、いっそのこと、つき合っちゃえばいいのに」

「あはは。お姉ちゃんには、まだ無理だと思うなぁ。自覚ゼンゼン足りないもん」

「……それもそうね。無理もないって言えば仕方ないんだろうけど」

「恵。……いったいなにがどうなってるの?」

 話しが掴めない真吾が不思議そうに尋ねる。


「まぁ、ご覧の通りって感じでね。さくらってばさっき、あの浹さんに告白されたのよ~」

「お姉ちゃんって、黙ってればモテそうだもんね~」

「そ、そう……だったんだ……」

 メグと瑞穂の言葉に、辛うじて頷く真吾。


「さくらって、こんなこと、よくあるのかな?」

 視線をさくらと浹のふたりに固定したまま、恵に問いかける真吾。


「う~ん。どうかしらね? 本人もかなり戸惑っていたから、そんなでもないんじゃない? ね、瑞穂ちゃん」

「うん。だと思うけど」

「よねぇ~やっぱり。と、言うわけよ真ちゃん」

「うん……」

「ねぇ。……安心、した?」

「え!?」

「今の真ちゃん見てるとね。そうなのかなって。そうよね~、親友取られるみたいで気が気でないってトコ?」

 恵の言葉に、真吾は複雑そうな表情を浮かべる。


「あれ? 違った? でも複雑は複雑よね。あいつが男に口説かれてるのをこうして見ることになるなんてね。ま。私も結構フクザツ」

「そうだね。頭では理解してても、まだ女の子から迫られてる方が納得いくかな」

「あはは。私もそう思う。前にさ、あったよね。そうそう。ちょうどさ、こんな感じで」

「え? なになに? 瑞穂知らないよ」

「僕も知らないな」

「あれ? そっか、真ちゃん学校違ったからね。一樹の時の話なんだけどさ、いつだったかなぁ。確か、中学一年の体育祭だったかな。ほら、一樹って、本人に言ったら怒るけど可愛かったじゃない? もう、年上のお姉様方に人気でね~。囲まれて写真とか取られちゃって」

「へぇ。そんなことがあったんだ。瑞穂には話してくれなかったよ」

「でしょうね~。あの一樹がさ、自分から話すわけないわよ。そ~ゆ~ことはね」

「なんか、やたらリアルに目に浮かぶな~。その光景。……くっ」

 真吾が自分の想像に堪えきれなくなって吹き出す。


「でしょでしょ? 見物だったわよ。あの一樹が照れまくっちゃって、私まで可愛いって思っちゃったものよ~」

 三人は顔を見合わせて、それから必至に笑いを堪える。


「まぁ、ビジュアル的には今の方が問題ないんだけどね。私も真ちゃんも頭でわかってても、やっぱりさくらは『一樹』なのかな~。瑞穂ちゃんはどう?」

「えっ!? なに?」

 さくらを見てた瑞穂が、慌てたように恵に聞き返す。


「さくらが、あ~やって男から口説かれてるのと、反対に女の子に迫られてるのは、どっちが普通に感じるかって話」

「う~ん……そうだね。瑞穂は、ああやって浹さんと一緒のお姉ちゃんがいいな。どっちかって言えばだけど」

「あら。そう? ふぅ~ん。それなら、さくらが断っちゃって残念?」

「でもないよ。ホッとしたのも確かかな」

「あはは。わかるわかる。あいつがいきなり男とつき合いだしたら、こっちとしても女の面子に傷がつくし」

「うん。でも、お姉ちゃん、浹さんのこと好きみたい」

「えぇっ?」

 驚いた表情で瑞穂を見つめる真吾と恵。


「多分……そうだと思うだけなんだけど。えとね、お姉ちゃんってきっと、浹さんみたいになりたかったんだと思うんだ」

「あ。なんとなくわかるな。一樹の昔の目標って確かにそんな感じだった」

 瑞穂の言葉に頷く真吾。


「だからね。ゆ~なれば、理想像イコール好き。なんじゃないのかな~って思ったんだ」

 ちょっとだけ寂しそうに呟く瑞穂。


「なるほどね。でも、だとしたら心中は複雑なんじゃない? 自分の理想と向かい合ってるわけなんでしょ?」

 メガネをクイッと中指で上げながらチラリと真吾を見る恵。


「代償行為……なんじゃないかな? 自分は出来なかったことを身近な人に託して心の均衡を保つ。とかね」

「……そうよね。あんなに『男らしく』なるんだって、一生懸命がんばってた結果が、今のアノ状態だもんね。ショック大きかっただろうなぁ。その状態で私たちに会いたくなかったのも仕方ないって感じよね」

「うん。お兄ちゃん……手術前後から、瑞穂にもずっと会ってくれなかったもん」

「あら? 瑞穂ちゃんにも?」

 意外そうな顔で恵が瑞穂を見つめる。


「うん。お母さんにも、なかなか会おうとしなくて。それでもなんとか月に一回くらいは会ってたみたい。でも結局、瑞穂やお父さんは、二年半の間に一回も直接会ってくれなかったんだ」

「へぇ……」

「………」






 うぅ。

 なんか後ろで三人、ひそひそやってんですけど。

 くそ~。きっと好き勝手言ってんだろうなぁ。


「あ。悪りぃな。ふたりで込み入った話ししちまって。えぇっと……」

 ヒソヒソやってる三人の様子に気がついたのか、トールが軽く詫びる。

 自己紹介の途中だったっけ?


「あぁ~っと、ごめんなバタバタして。紹介の途中だっけ。メグがまだだったよな」

 確か真吾しか名前言ってなかったはずだ。


「あ~そうね。私は羽鳥恵。さくらとは幼なじみです」

 メグが言葉を引き継ぐ感じで、自分から自己紹介してくれる。


「え、えと。波綺瑞穂です。さっきは……どうもありがとうございます」

「あ~。それはもう無し無し。な?」

 不敵な笑みでウインクするトール。


「ところで、なみきってひょっとして」

 瑞穂を指さして問いかけるトール。


「ん? あぁ。妹だよ」

「へぇ。でも、こっちの子はあんまし似てねぇな」

「瑞穂は母さん似で、俺は父さんの方に似てるからな。……って!? こっちの子ってどういう意味なんだよ」

「ほら、あの……。去年の春先くらいに一緒にいた、もうひとりの妹と比べてさ。あの子とはマジそっくりだったからな。だから……」


 去年? 春先?

 …………。

 あぁ~なんだ。菫のことか。


「なるほど。菫ね。あ、あはは。……ゴメン。あの娘は妹じゃないんだ。実は」

「は? なに言ってんだ?」

 俺の言葉をまったく信用しないトール。


「あんなに似てて妹じゃなけりゃ誰なんだよ? ま、まさか、やっぱり、その……本当に…波綺の子どもとか」

「んなわけねーだろっ! 勝手に人を子持ちにすんな」

 ビシッっとトールの頭にチョップを入れる。


「……でもなぁ~」

 頭をさすりながら、トールが疑いの目を向けてくる。


「ちょっとちょっと。聞き捨てならないわね。さくらってば、いつの間に子どもなんて作ってたのよ? 私もゼヒ聞きたいな~」

 メガネのレンズが逆光でキラリと輝く。


「ち、違うって! 大体、菫は七歳だぞ? 俺の子なわけないだろっっ」

 七年前っつったら十歳くらいで、第一、そん時はまだ男だったぞ。

 例え女だったとしても、子ども産むのは無理だろ。


「ふふ。や~ね~。そんなムキになることないじゃない。ね。瑞穂ちゃんは心当たりない? 親戚とか……」

「う~ん。露季ちゃんはお姉ちゃんと同い年だし、鼓鞠ちゃんも似てないし。あれ? スミレちゃんって名前の親戚って居たかなぁ」

「じゃぁ、誰なのよ?そのスミレって娘」

「……友達の妹だよ」

「…………」

 またもや疑いの視線が集中する。


「本当なんだって。な、なに? なんだよ、その疑わしそうな目は」

「別にぃ? ヤマシイことなければいいじゃない? それとも~本当に『実の娘』だったりして♪」

 キシシっと人をおちょくる笑みを浮かべるメグ。


「あははは、もう恵ちゃんってば~。そしたら瑞穂は、おばさんになっちゃうよ~。あは、あははは。く、苦しい~っぁはは」

 ツボに入ったようで、瑞穂がお腹を押さえて笑う。

 釣られてメグも真吾も笑ってやがる。


 こ、こいつらわぁ~。

 わかってて言ってるから、なおさら始末に負えない。


「いいのか瑞穂? そんなこと言ってると……」

 トールの首に抱きついて引き寄せる。


「本当に『おばさん』になってもらうぞ~?」

 ニッコリと笑ってみせる。


「あ、あぅ……」

 瑞穂が口をパクパクさせ、バツが悪そうに黙った。


「な、波綺!」

 感極まって抱きついてくるトールの腕からスイっと身をかわして右手で顔を抑える。


「冗談なんだからマジになるな」

 お預けくった犬のようにシュンとするトール。


「さっきも言ったように、菫は友達の妹。似てても他人のそら似なの。しかし、まぁ、菫なら娘にしてもいいかな~とか、菫みたいな娘なら欲しいかな~って思うけど」

「メチャクチャ仲が良さそうだったからな」

 ウンウンと頷くトール。


「なんかさ、人見知りするタチらしいんだけど、私には懐いてくれてね。すっごく可愛いって思うし、守ってやりたいと言うか……喜ぶ顔が見たいなとか、一緒にいるとすごく安らぐと言うか……あ~もう」

 なにか、急にいてもたってもいられない気分になる。


「よ~するに母性本能くすぐられたわけね」

 呆れたようなメグの声。


「え? あ~。……そ、そうなのかな?」

 我に返ってみると、みんなの注目を浴びていることに気がつく。

 ちょっと恥ずかしい、かも。


「(ね。瑞穂ちゃん……今のさくらって、女の子に見えなかった?)」

「(……うん。見えた)」

「(それに、意識してなのかどうかわからないけど『私』って言ってたし……)」

「(…………)」

 またメグと瑞穂がヒソヒソやってる。

 珍しいものでも見たようなメグの表情に、いたたまれなくなる。

 一方、瑞穂の方は……


(あれ?)

 なにかおかしな表情……そう、俺の方を見ているのに、なにかもっと違う……別のなにかを見ているみたいな感じがした。

 目があっていることに気がつくと、瑞穂はスイッとその視線をはずした。

 視線をはずす瞬間の……どこか哀しそうな表情に言葉が出なくなる。


 そんな俺と瑞穂との空気を悟ってか、黙りがちになった俺たちの分までメグと真吾、そしてトールが喋ってくれた。

 やっぱりアレかな。今は姉とは言え、元が兄である俺が、トールのことだけどに言い寄られてるのが複雑なんだろうか。

 コクられた時は嬉しそうだったけど、それはそれこれはこれなんだろうか。


「よしっと。もうみんないいでしょ? 真ちゃん、そろそろ行こっか?」

 んっと伸びをしつつ立ち上がるメグ。

 話してる間に、いつのまにか弁当は空になっていた。


「そうだね。みんなはもう帰ったのかな?」

 真吾が振り返ると、グラウンドの方ではまだサッカー部員がチラホラと見受けられる。


「僕は、もう少し体動かしていくけど」

「じゃぁ、私たちも、もう少し見ていこうか。ね、瑞穂ちゃん」

「うん。お、お姉ちゃんは?」

 瑞穂がおずおずと視線を向けてくる。

 う~、なにか調子狂うな。


「瑞穂はメグと一緒に、もうしばらくここで見てたいんだろ? 俺はトールとちょっと」

 言葉途中でメグの見慣れすぎた笑みが視界に入る。

 もの言いたげな表情を見返しながら、ニヤニヤと笑うメグの頭にチョップを入れた。


「痛ぁ~い! ちょっとさくら! なにすんのよっ」

「半分はメグのためなんだからな」

 トールが俺たちの様子に笑いを噛み殺している。

 なんか見透かされてるようで気分が良くない。


「ほら。トール。行くよ」

 八つ当たり気味にトールの背を手のひらで叩く。

 トールはくすぐったそうに肩をすくめると、俺のあとについて校門の方へと歩き出す。

 そして、思い出したように振り返って「じゃぁまたな」と真吾たちに手を上げて挨拶した。






 さくらと浹が歩き去ったあと真吾は再びチームメイトや相手高とのミニゲームに参加し、恵と瑞穂はベンチに腰掛けて、その様子を眺めていた。

 恵がゲームを視線で追いながら、口を尖らせて頭を押さえる。


「んもう! さっきのチョップ。ちょっとマジで痛かったっての!」

「うん……」

 恵の文句に虚ろな返事を返す瑞穂。


「瑞穂ちゃんどうかした? さっきから様子がおかしいみたいだけど」

「そう……かな?」

 瑞穂は笑顔で答えたが、それもどこか無理してる感じがして痛々しく見える。


「そうよ。なにが原因か知らないけど、明らかに気落ちしてない?」

「そうかな……やっぱりそうなのかぁ~」

 困ったように笑う瑞穂。


「んふふ。どう? 恵お姉さんに話してみない?」

「……うん。えとね。さっき、お姉ちゃんが女に見えたって話、したでしょ?」

「ん。あれは結構意外だったわね。ま、本来はあれはあれでいいんだろうけれどね」

「いつもは……あ、いつもって言っても、お姉ちゃんが戻ってきてからのことなんだけど。確かに姿とか印象が変わっても、お姉ちゃんは瑞穂にとってはお兄ちゃんのままだったんだ。……だと思ってたんだ」

「うん」

「でも、さっきのお姉ちゃん……瑞穂が知らない顔してた。本当に女の人みたいだった」

「それがショックだった?」

 恵が普段は見せない優しい笑顔で瑞穂を見つめる。


「ううん。そうじゃないの。そんなことはわかってたんだけど……わかってたはずなんだけど……。本当に『一樹お兄ちゃん』はいなくなったんだなって。急に実感できちゃって。急に、お姉ちゃんが知らない人みたいに思えて……」

「ふぅん、そっか。要するに。例のスミレちゃんって娘に、ヤキモチ焼いてたわけか~」

「!」

 きゅっと身を緊張させる瑞穂。


「お兄ちゃん取られたみたいに感じたのね」

「そ、そう? なの……かな」

「私はひとりっ子だから、そう言うのは、ちょっとわかんないんだけどね~。ほら、よく言うじゃない?一身に両親の愛情を受けていた子が、弟や妹が生まれて両親の関心がその子にいっちゃってどうとかって話。それに似てるのかもね~って」

「……」

「……ん」

 ギュッと瑞穂の肩を抱いて試合に目を向ける恵。


「瑞穂ちゃん。確かにさくらは……一樹はね。どんどん変わってくと思う。昔の姿を知る私たちにとっては特にね。それは私なんかよりも、瑞穂ちゃんの方が今みたいに大きなものとして感じるの。でもね」

 肩を抱いていた手を離して瑞穂と目を合わせる恵。


「でもね。さくらは瑞穂ちゃんにとって『姉』になってしまったけど、さっきみたいに知らない表情を見せることも多くなると思うけど。それでも、きっと瑞穂ちゃんの『兄』であり続けると思うよ」

 瑞穂が視線で理由を尋ね、察した恵が静かに答える。


「さっきの瑞穂ちゃんじゃないけど、なんとなくね、そう思うのよ。不思議よねこんな感じ。きっと芯のところでは『男の子』で『兄』であることに変わりはないってそう思えるんだ。それは、さくらにとっては辛いことなのかもしれないけど」

「う、うん……」

「だからね。さくらがこの先どんどん変わっていっても、どんどん女の子になっていっても。瑞穂ちゃんは今まで通りでいいのよ。世話焼いたり甘えたり、一緒に笑ったり怒ったり。それがあいつが望んでいることなんだと思うわ」

「うん……」

 曇っていた瑞穂の表情が少しずつ明るくなっていく。


「もちろん私や真ちゃんもね。さくらや私たちがこの先成長しても、私たちの今の関係を続けていくだけでいいのよ。きっとね」

「うん!」

 瑞穂は少しだけ涙を浮かべたまま、笑顔で恵の腕に抱きついた。


(まぁ、それがなにかと難しいんだけどね……)

 寄りかかる瑞穂の頭に頬を乗せながら、一転して恵の表情は重いものに変わっていった。

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