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CHERRY BLOSSOM ~チェリーブロッサム~  作者: 悠里
第四章「I miss you」
31/83

031 危機

「さぁて、どうしてやろうか」

 悪意に満ちた顔つきで誠南の制服を着た女が笑う。


 その周りには同じ制服を着た女生徒が四人、ニヤニヤと笑いながら眺めている。

 さらにその後ろには、女と同じ歳くらいの男が三人、面白そうに遠巻きに眺めていた。


 場所は太陽の光もまばらな体育館裏。

 人で溢れているグラウンドと違って、辺りには人気もない。

 ただ、羽鳥恵と波綺瑞穂のふたりを除いては。


 ふたりはトイレの帰り、この女生徒らに因縁をつけられ体育館裏に連れ込まれた。

 完全な言いがかりで一方的に非難を浴びせられ、話をつけようと無理矢理ここに引っ張り込まれた。

 そこに男が三人待ち構えていたのを見た時、危険を感じて逃げ出すことを試みたが、多勢に無勢で取り押さえられて今に至っている。


 口の中を切ったのか、瑞穂の口の端に薄く血の跡があった。

 ガタガタを震える瑞穂を背に隠し、恵はひとり矢面に立って彼女らと対峙していた。


「どうしてやろうかですって!? いったい私たちがなにしたって言うのよ!」

 恵が反論するが早いか、平手が頬を激しく打った。

 その拍子にメガネが弾け飛び、足下の土の上に落ちる。

 そのメガネを拾おうともせずに、恵は自分を平手打ちした相手を睨み返した。


「っせぇな! ガタガタ言う前にさっさと出すもんだせよ。これ以上、痛い思いしたくねぇだろ」

 恵を平手で張った女生徒が、悪意ある笑みをそのままにドスを利かせた声で脅してくる。


「おい。ふたりとも結構可愛いよな。あとで俺らの相手してもらおうか」

 後ろの男たちの言葉に、瑞穂がビクンと震えて恵の背中にしがみつく。


「けっ……。っおい」

 主導権を持っている女生徒が顎をしゃくると、周りにいた四人がふたりの後ろに回り込み、取り押さえようと手を伸ばす。


「いやぁ!やめてよ」

 瑞穂は涙声で抵抗するも、強張った体は容易く取り押さえられてしまう。

 恵もふたりがかりで羽交い締めにされる。


「さて、身体検査しましょうかねぇ」

 ニヤニヤと笑って女生徒が近づくと、


「おい、その役目は俺らにやらせてくんない?」

 下卑た笑いで男らが前にでる。女生徒はハンっと鼻で笑うと、男らのために道を譲った。


「いや、いや! いやぁ~!」

 瑞穂は必死で逃げようとするが、ふたりに押さえられていては空しく体が上下に動くだけだった。

 また、それが男らに対する挑発になっていることには考えが及んでおらず、無駄だとわかっていながらも無力な抵抗を続ける。


「誰かー!! ムグ!」

 大声で助けを呼ぼうとした恵の口がハンカチで塞がれる。

 男の手がいよいよ身体へと伸ばされた時、その肩がトントンと後ろからつつかれた。

 男は良いところを邪魔され、乱暴に振り返った。


「なんだようるせぇな。……だ、誰だおま!」

「オレサマ……だっ!」

 浹は、警戒心のカケラもなく不用意に振り向いた男の鼻っ柱を加減して殴りつけた。


 鈍い打撃音が響き、男は言葉にならない声を上げて地面に這いつくばる。

 加減したと言っても浹の腕力を不意打ちに近いタイミングで顔面にクリーンヒットされた相手には関係がなかった。

 顔を覆う両手の隙間から鼻血が溢れて地面にどす黒い血溜まりを作っていく。


「さてっと、なにやってんだ? おまえら」

 人数を確認しながら購買部で調達したパンを口にする浹。

 足下の男はすでに意識の外にあるのか、そんなものは初めから居なかったかのように一顧だにしない。


「おまえ……サクヤザキ!」

 残った男のひとりが浹の名前を叫ぶ。


「サクヤザキ! おまえ、先輩に手を出したな!?」

「先輩? あぁ、あんたら三年っスか。へぇ……」

 浹はニヤリと口元をつり上げる。


「てめぇ! その態度はなんだ?あぁん!?」

「ハッ。先輩先輩って主張すんならなぁ、せめて先輩らしい行動しろって。騒がしいから覗いてみれば、真っ昼間っから痴漢行為とは」

 浹は溜め息をついて、首を左右に振り肩をすくめた。


「な、なんだと!?」

 男ふたりが『痴漢行為』と言う言葉に狼狽する。


「後輩の立場ってもんがねぇじゃねぇか。立場ってもんがよ。まったく、恥ばっか晒しやがって。でも」

 気を取り直したように不敵に笑う浹。


「こんなネタでも退屈な学校生活にとっちゃ格好の話題かもな。明日の校内トップニュースは決まり、だな」

「いや、ニュースにゃならねぇよ」

 男たちは挟みこむように間合いを詰めてくる。


「へぇ?」

 浹は見下すように嘲笑して相手を挑発する。

 二対一。それも、相手は上級生という状況で余裕の笑みを絶やさない。


「おまえは、ここで病院送りになるからさっ!」

 男たちが左右から同じタイミングで襲いかかる。


 浹は体勢を低くするとワンステップで左の男の懐に潜り込み、足のバネを利かせた渾身のボディブローを放った。

 見ていた者が思わず顔を背けるほどの強烈な衝撃を受けて男の体がくの字に折れ曲がる。

 全身が一瞬宙に浮き、浹はすばやくその背後を取った。

 先手を取ったのは男ふたりの方だったが、後手に回ったはずの浹の動きはそれを凌駕していた。

 右から襲いかかろうとしていた男は、崩れ落ちる仲間の姿を呆然と見つめる。


「そらよっ」

 浹はかけ声とともに崩れ落ちる男を背後から蹴り飛ばす。

 悶絶している男は受け身すら取れないままに相方にぶつかった。

 相方は蹴り飛ばされてきた仲間を反射的に受け止めてしまう。

 その隙を逃さず、浹は瞬きひとつの間に飛びかかった。


「おらぁ!」

 飛び横蹴りが胸板にクリーンヒット。

 その右足を引いて、そのまま左足も突き出す。

 不安定な体勢のまま放たれた空中二段蹴りは、二発目の威力こそ落ちていたものの男にとどめをさすには充分だった。

 もんどり打って地面を二転三転すると、男はボロ雑巾のように倒れたまま動かなくなる。


「ぐぁぁ……」

「ひぃぃ……痛ぇー痛ぇーよぉー」

 男たちのうめき声を聞き流し浹はずっと手にしていたパンを口にする。

 思わず握りしめたために潰れていたことに少しだけ表情を曇らせたが、気を取り直して二口三口で食べてしまった。

 咀嚼しながらパンパンっと手を払うと、言葉もなく見守っていた女子生徒に視線を向ける。


「で? なにやってんのかって聞いてんだけど?」

「あ……」

 男三人が文字通り瞬殺され、残った五人の女生徒にもはや戦意は残っていなかった。

 捕まえていた恵と瑞穂を浹の方に押しやるように解放すると狭い路地に向かって一斉に逃げ出す。


「おいおい。こいつら見捨てるのかよ」

 苦笑いで見送りながら、横目でチラリと地面に倒れている男どもを見る。


「……まぁ大丈夫だろ。加減したしな。俺なりに」

 浹は自分に言い聞かせるように呟いた。


 その時、女子生徒らが逃げ去った体育館の角から、息を無理に絞り出したような甲高い声が聞こえた。


(なんだ?)

 訝しく思った浹が路地が見通せる位置まで近寄る。

 木陰に覆われ昼でもなお薄暗いそこには、逃げ出した女子生徒たちが後ずさりしながら戻ってくる姿があった。

 今逃げ出してきた相手である浹に背を向けたままジリジリと下がってくる。


 女子生徒らが一様に見つめる先にはセーラー服姿の女がひとり立っていた。

 いや、よく見ると、その足下には先頭切って逃げ出した女子生徒が倒れ伏している。

 緊張をはらんだ空気が張りつめる。

 浹は、体中の毛穴がザワザワと開く感触に目を細めた。


 他校の制服姿の女が顔を上げる。

 ロングの髪に隠れていた顔が、木漏れ日に照らされてはっきりと見えるようになった。


(こいつ……波綺……か?)

 他校の制服姿の女『波綺さくら』を驚きとともに見つめる。

 浹の記憶の中のさくらは、いつもジーンズ姿で女というよりは男としてのイメージが強い。

 しかし、今は目を疑うほどにイメージと違っていた。


 さくらの視線がゆっくりと動いて浹を捉える。

 絡んだ視線に浹の心臓が大きく跳ねた。

 強い意志を持った黒い瞳は吸い込まれるように深く、風になびく黒髪は木漏れ日をキラキラと反射させている。

 それらの全てが浹にとって『特別』に見えた。

 先程の争いでも乱れることがなかった浹の心音が、ばくばくと自己主張しながら高まっていく。


 風がサラサラと梢を鳴らして吹き抜ける。

 時折聞こえる小鳥のさえずりは、遠く耳鳴りのように聞こえる応援の喧噪に消えてしまいそうだ。

 そんな小さな音すらも聞き分けられるほどに辺りは静かだった。

 浹と女生徒たちは、時がとまったかのように動かない。

 いや、動けなかった。

 それぞれに、その理由は違っていたけれども。


「さくら!?」

「お、お姉ちゃん!」

 静寂を破って恵と瑞穂が声を上げる。

 それをきっかけに浹と女生徒たちの時も動き出した。

 浹は苦しそうに大きく深呼吸し女生徒たちは青ざめながら逃げ道を探して左右を見回す。


「動くな!」

 それを制するようにさくらが鋭い声を上げる。その声に四人は体を震わせて動きをとめた。

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