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CHERRY BLOSSOM ~チェリーブロッサム~  作者: 悠里
第三章「Mini skirt actress」
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021 寄り道

 とりあえずなにか食べようって話になって、商店街の角にあるファーストフードのお店に入った。


 このお店は『ラミス』と言って、学生に人気があるローカルチェーン店。

 平たく言うとハンバーガー屋さんなんだけど、店内の雰囲気はファミレスのそれに近い。

 もちろんテイクアウトも出来るし、店内で食べていく場合には空いてる席に案内されて、それからウエイトレスが注文を取りに来るというファミレスそのもののシステムになっている。


「いらっしゃいませぇ」

 明るい声に迎えられ、テーブル席に案内される。


「ご注文はお決まりですかぁ?」

「僕はAセットの……ジンジャーエールとナゲットを。さくらは?」

「私はベーコンレタストマトバーガーに、コーラのSをお願いします」

「かしこまりましたぁ。Aセットジンジャーにナゲットワン、BLTにコーラS。以上で、よろしいでしょうか?」

 ウエイトレスが注文を復唱する。


「はい。お願いします」

 真吾が内容を確認して頷いた。


「それでは少々お待ち下さいませぇ。ごゆっくりどうぞぉ」

 ウエイトレスは笑顔で挨拶すると、頭の飾りを左右に揺らしながら厨房へと戻って行った。


「やっぱさ、真吾もここの制服好き?」

 その後ろ姿を見送りながら真吾に尋ねる。


 ラミスの制服は上品な明るい紫色を基調としたもので、一見して大正時代のような、ちょっとレトロなメイド服っぽい。

 いや、大正時代のメイド服って正確にはよく知らないんだけど。

 それでいてフリルのついたスカートや胸が強調された上着、ウサギの耳に見える狙ってるんじゃないかと思う頭の飾りなど、多少露骨な感じはするものの男女ともに可愛いという評価を得ている。

 着てみたいと思う女の子や一緒に働きたい男たちで、バイトの競争率がすごいことになっていると瑞穂に聞いたことがある。


「うん、そうだね。さくらが着るとよく似合うと思うよ」

「ばか。誰も俺の話なんてしてないだろ」

「着てみたいとか思わない?」

「俺が? ここの制服を?」

 一瞬だけ想像してみたけど、フリルだらけの制服なんてとんでもない。

 セーラー服だって恥ずかしいってのに。


 いつもと違う真吾の反応に最初は戸惑ったけど、どうやらこれは真吾なりの切り返しだと気がつく。


「う~ん、そうだなぁ。真吾が『どうしても』って言うんなら着てみてもいいけど?」

「そう? じゃぁ『どうしても』」

 真吾は笑みを浮かべてキッパリと言う。


「あちゃ~。ヤブ蛇だったか」

 両手を軽く上げて降参の合図を送る。


「あはは。いつもいつもオモチャにはならないよ」

 少し勝ち誇った真吾の顔を見て、こっちも釣られて笑顔になる。


 しかし。

 遠くない将来、まさか本当にここの制服を着ることになろうとは、この時にはこれっぽっちも思っていなかった。





 オーダーが運ばれてきて、互いにハンバーガーに手を伸ばす。

 ここは上品に手でちぎって食べるべきなのかもしれないけど、ファーストフードにはファーストフードの食べ方がある。


「あむ」

 でも、少しだけ控えめに口を開けてかぶりつく。

 そうして二口目を頬張った時に、ちらりと真吾の様子をうかがうと、すでにハンバーガーは半分以下になっていた。真吾……早い、早いよ。


「そうそう。さっき部活見てて思ったんだけどさ」

 三口目をコーラで飲み込んだあと、真吾に話しかける。


「紅白戦のこと?」

 真吾は聞き返しながらナゲットを勧めてくれる。


「サンキュ。うん。かなり上手くなったじゃないか。俺マジで感心したよ」

「ん、ありがとう。でも……さくらだってリフティング上手だったよ」

 真吾は顔を赤くしながら照れていた。


 しかし、どうして照れてるんだコイツ。

 赤面性にでもなったのかな?

 例のアノ手の話題に触れない限りこんな風に照れなかったと思うんだけど。


「まぁな。俺も捨てたもんじゃないだろ」

 えへへと笑いながら真吾の言葉に気を良くする。


「でもね、さくら。スカートのままリフティングはやめた方がいいよ。あの……その、見えちゃうから、さ」

 うつむき加減の真吾。


「え!? もしかしてパンツ見えてたの?」

 今更ながらその事実に気がついた。


「パ、パンツって。せめて下着とか。と、ともかく! 見えてたよ。あのあと、部室で話題になってたほどだったし」

 なぜか気分を害したように真吾が答える。


「そうか。む~。まぁいいや」

 気を取り直してナゲットをつまむ。


「『まぁいいや』って、本当にいいのか!?」

 なんだ? 真吾の奴、やけに焦ってるな。


 自慢じゃないけど、下着姿なんて入院中に医者やら看護婦やらに散々見られていた。

 そりゃ最初は死ぬほど恥ずかしかったし、マジで女装趣味でも見つかったような居心地の悪さだった。

 でも、検査につぐ検査で下着姿や裸でいることが多く、いったんズタズタになった羞恥心は恐るべき強固さで『見られること』への耐性へと変化した。


 う~ん。まだ説明不足かな。

 下着姿を見られるのなんかはまだ可愛い方で、俺の場合は、いわゆる性器そのものの手術に始まり、術後検査やら感染症予防やら……まぁその、なんだ。男にとって(?)の恥辱の限りを入院中に味わいまくった。


 ちょっと長くなったけど、パンツが少々見えようが大して気にならないのはこういう理由からだ。

 しかし、スカート姿はまだ慣れていないから恥ずかしいと感じるんだよな。

 と、心の中で強がってみるものの、真吾の前で女の子みたいに恥ずかしがることに抵抗があるってのが一番の理由なんだろうな。


 でも、今日は『女の子演技強化練習』に誘っちゃったんだよなぁ。

 なにか、矛盾しまくってるな。

 こっちに戻ってきてから、どうもどこか調子が悪い感じがするし。

 う~。この分じゃ今度のはキツそうだなぁ。


「まぁ減るもんでもないしね。わざわざ見せたりはしないけど、制服のスカートって、これだけ短いんだぞ。これは『見えるときゃ見える』ものなんだって、志保ちゃんも言ってたし」

 強がりを交えつつ、もっともらしい理由をつける。

 緊張からか、少しだけ渇いた喉をコーラで潤した。


「恥ずかしいとか思わないの?」

「こう言ったら変だと思うかもしれないけど、俺にとってはスカート姿を見られる方が恥ずかしいんだよ。女装見られてるみたいでさ」

「そ、そう……(それなら下着も女装なんじゃ……)」

「まぁ、スカートは気にしないようにしようと思ってる。慣れちゃえばどうってことなくなると思うし」

「気にしないって、さくら!」

「な、なに?」

 突然大きな声を出す真吾。身構えるように思わず姿勢を正してしまう。


「さくらは女の子なんだから、もっと……その、身の振る舞いには気をつけなくっちゃ。『女の子』になるって言ってたろ? こういうことにも気を配らないとダメだよ」

 イヤに熱っぽく語る。


「な、なるほど。うん。真吾の言う通りだな。わかった。気をつけるよ」

 勢いに飲まれて確かに真吾の言うことの方が『女の子』として普通だと思い直して同意する。

 こっちも別にパンツを見せたいわけでもないしな。


 そんな会話を交わしてるうちに食べ終えて、どちらからともなくトレーを持って席を立つ。

 レジでは、受け付けをしてくれたウエイトレスが笑顔で待っていた。


「ありがとうございましたぁ。ご会計は別々ですか?」

「あ、はい」

「いえ、まとめて払います」

 肯定の返事を遮って、真吾がウエイトレスにお金を支払う。


「真吾」

 制服の袖を引くと真吾はウインクして「こういう場合は男のメンツを立たせるの」と笑う。


「だって、悪いよ」

「じゃぁ、あとで飲み物かなにか奢ってくれればいいよ」

「う、うん」

 笑顔でこちらのやり取りを見ているウエイトレスさんの手前、ともかく頷いた。


「ありがとうございましたぁ。またお越しくださいませぇ」

 どこか楽しそうな声と笑顔に見送られて、真吾のあとを追うように店を出た。





「ねぇねぇ、沙雪ちゃん。見た見た? 今のカップル」

 会計を済ませたウエイトレスが同僚に話しかける。


「え? うん。初々しかったよね」

「それにさ。絵になるって言うか、お似合いカップルだったじゃない?

 あぁ~文乃もあんなカレシが欲しいなぁ……」


「って、アンタ年下趣味だったの?」

「あれ程のレベルの男の子なら年下でもオーケーよん」

「へぇ」

「でもさ、一緒にいた女の子の方もなんかこう、イケてなかった?凛々しいってゆ~かさ」

「呆れた……アンタ女の子まで射程範囲内ってわけ?」

「あはは。そ~ゆ~んじゃなけどね。あの娘ってばどこかしらソソる雰囲気があったのよねぇ」

「ハイハイ。そう言うのは考えるだけにしときなさいよ。あ!ホラ、店長が睨んでる」

「ヤバ!あ、いらっしゃいませぇ~。四名様ですかぁ?こちらにどうぞ」





「さて、食欲も満たされたことだし……」

 お腹をさすりながら、次の目標を見つけるべく辺りに視線を巡らせる。

 ふと隣を見ると真吾が可笑しそうに笑っていた。


「ん? なに?」

「いや、ごめん。なんかさ、そう言うところは全然変わってないのが可笑しくて……つい」

 なおも可笑しそうに笑いを堪えている。


「むー。悪かったな成長してなくてー」

「あっと。そう言う意味じゃないんだ。さくらは僕が知ってる一樹と比べたら十分成長してるよ。ほら、この前病室で再会した時、すぐには信じられなかったくらいだったし」

「……」

 黙って聞いてる俺と真吾の視線が絡む。

 すると、真吾の顔がほわっとした感じで綻んだ。


「だからね。僕が知ってる一樹……あえて一樹って言うけど、その頃から凄く変わっちゃった気がしてたんだけど、さっきとか、今のふくれっ面とかさ、変わってないよなぁって思って。ちょっと安心した」

「変わってない。か……」

「いや、だから、悪い意味じゃなくて」

「あっ。ううん、大丈夫。真吾の言いたいことはわかってる。ありがとな」


 変わってない……か。

 その言葉はとても嬉しくて。そして。

 変わってしまった自分、変わりたかった自分。

 変わらざるをえなかったこの二年間を思って、少しだけ胸がキュゥっと苦しくなった……。


 自分の考えを払拭するように、しっかりと真吾の腕を掴んで、アミューズメント施設(平たく言うとゲームセンター)を指さす。


「真吾! 次はあそこにしよう」

「はいはい」

 苦笑する真吾を引っ張って、人で賑わう建物の中へと入って行った。

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