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CHERRY BLOSSOM ~チェリーブロッサム~  作者: 悠里
第一章「Encounter Season」
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001 帰郷

第一章「エンカウントシーズン」


 夕暮れ時。

 茜色に染まった街並み。

 それは、心の奥にある郷愁という名の琴線を刺激するものがあると思う。

それが、本当に生まれ育った街の景色だから、なおさらそう感じてしまうんだろう。

 見覚えがある建物。新しく出来た知らない店。二年と半年前に見たきりの、思い出の中の景色とは少しだけ違う、でも、やっぱり懐かしい街並み。


 四月。

 春風が優しく舞う季節。

 少し肌寒く感じる空気を大きく吸って、生まれ育った街の表情を懐かしく眺めていた。


「あれ? ……波綺(なみき)?」

 それは、商店街の店先をウインドウショッピングしている時だった。すれ違った男に不意に名前を呼ばれ、反射的に振り向いた先に、見知った顔が驚きの表情を浮かべていた。


「…………」

 無言で見つめると、俺を『波綺』と呼んだ男は、顔と全身……特に胸辺りに視線を行ったり来たりさせながら、しどろもどろになる。


「え、あれ? でも」

「ひょっとしてナンパ……ですか?」

 内心の冷や汗を抑えつつ、軽く軽蔑したような視線を浴びせて答える。


「あ、いえ!? そんなんじゃなくて、ちょっと知り合いに似てたから」

 それはそうだ。本人だもん。でも、それは言えない。言えない理由ってものがあるんだ。


「そうですか。それなら、もう行っていいですか? 私、急いでますから」

「あ、はい。すみません……失礼しました」

 頭を下げながら、男(確か後藤って名前だった)は不思議そうな顔で見送る。


 はぁぁぁぁ……。

 どうやらバレなかったみたいだな。


 実は、俺にはふたつの秘密がある。


 ひとつ目は、かなり親しい人以外には内緒にしてること。

 その秘密というのは、俺はちょっとした理由があって今は「女」をやっている。

 やっているなんて表現するからには、元々「男」だったんだけど、オカマさんだとか女装癖があるなんて事情でもない。

 現に今の服装は、薄手のセーターにジーンズとブランド物のスニーカー。

 男の服装と言っても十分通用するだろう。


 身長は百七十一センチ。女性としては高い方なのかな。

 髪はストレートのセミロングで、肩を軽く覆うくらいあるけど、今は首の後ろで束ねている。

 でも、ロン毛の男なんて珍しくもないだろう。


 顔立ちは中性……と言うか、昔から女顔だとよく言われていた。

 からかわれたりもしたけど、今では自分自身が見ても、すっぴんのままで普通に女の子に見える。

 この顔に加えて、先日Cカップになった胸、華奢な肩幅のおかげで誰からも『男』だったってことを疑われなくなった。ナンパされたことも両手では足りないくらいあるし。……もちろん全部断ったけど。


 名前は『波綺(なみき)一樹(かずき)』。

 今年で十七歳。さっきの後藤が言ってた波綺本人だ。

 俺は、十三歳……中学二年の夏まで、男として育ってきた。

 本人はもちろん、両親や妹もそう信じていた。

 いや、信じていたと言うのは変だな。それは『常識』だったんだから。

 それがその夏、突然の原因不明の腹痛(盲腸だと思ってた)で入院した時に医者から告げられたのだ。

 確か、仮性半陰陽とか言って、生まれた時から遺伝子的には『女』だったらしい。

 しかし、外見……つまり、性器が男性のようになって生まれてきてしまった。

 この症例は、極まれに遺伝子の伝達異常によって起こるものと説明を受けた。


 そんな突拍子もない事実を、突然目の前に突きつけられて、俺は当然悪い冗談だと思った。

 でも、笑い飛ばそうとした俺を前に、医者も両親の顔も真剣そのものだった。

 家族も長男だと思ってたのが、実は長女だったということにショックを受けていたみたいだった。『みたいだった』なんて曖昧に表現するのは、当時は自分のことで精一杯で、家族のことにまで気が回っていなかったから。


 とにかく混乱していたことだけ覚えている。

 それから色々あって、カウンセリングの結果……と言うか、そもそもこのまま男としては生きていけないと言うことで、仕方なく手術を受けた。

 ちなみに、入院した腹痛の原因は初潮が始まったためだった。

 まぁ、アレだ。排卵が正常に行われなくて(出るところがないし)体内に溜まりこんで痛くなったそうだ。

 で、その手術と言うのは…………やめとこ。

 あんなこと、もう思い出したくもない。


 ともかく。こうして俺は女になってしまった。

 医者が言うには『戻った』と表現する方が適切だそうだが、感覚的には『なってしまった』以外のなにものでもない。

 生理もこなくていいのに一応ちゃんときてるし、子宮などの女性としての器官もしっかりと存在している。

 排卵も正常に行われているので子どもも産めるかもしれないとのこと。

 曖昧な表現なのは、試してみないとわからない部分があるからとか。

 しかし、産めたとして俺が『子どもを産む』なんて、全然ピンとこないんだけどね。


 まぁ、そんな事情があって、学校には直接の挨拶もせずに転校した。

 ……せざるをえなかった。

 だって、当時の俺は錯乱状態だったし、ついこの前まで一緒に遊んでいた友達に『実は女の子だったんだ』とか言えると思うか?

 気味悪がられて、笑いものにされるのがオチだ。

 俺も逆の立場だったらそう思っただろうし。うん。


 こんな納得いかない理由で、突然『女』になっちゃったわけだけど、顔立ちは元より女顔だったし、声も変声期前|(そもそも変声するハズだったのだろうか?)だったので、見かけだけは女に見えなくもないのが救いと言えば救いだった。

 知り合いにさえ会わなけりゃ、俺が男から女になっちゃったなんてそうそう気づかれないし。


 手術後は近所の目から逃れるためにひとり両親の元を離れた。

 隣の市に住んでいる、親父の親戚の人がやってる下宿から転校先の中学校に通うことにした。

 最初の三ヶ月は入院生活で、その後もカウンセリングと手術後の療養(困ったことに使ってなかった筋肉などを鍛えないと失禁してしまうなど、色々普通の生活を送るにも支障があった)や、女性としての生活の講義などがあって、気がつけば半年近く学校に通わない日々が続き、出席日数の関係で転校先で改めて中学二年をやり直すことになった。


 だから学年的にはダブってることになる。

 この春から高校生になるんだけど、転校する以前のクラスメイトたちは二年生へ進級する。置いて行かれたようで寂しくもあるけど、学年が違えば、それだけ顔を合わせる危険が減るから逆に良かったと思うことにしている。


 名前は学校を変わった時に『一樹』から『さくら』と変えた。

 事情が事情だし、周囲の目から逃れるためにカウンセラーから変名を勧められて、両親は当然嫌がったけど俺は承諾した。

 さくらって名前は父さんの母さん、つまり婆ちゃんの名前だったらしい。

 変名するにあたって両親がそれならばと名付けてくれた。


 婆ちゃんは、俺の名付け親だったらしく、その名前を変えるならってことで決まった。

 その婆ちゃんも俺が二歳の時に亡くなっていたので、記憶にはほとんど残っていない。

 話に聞くと、穏やかな人だったらしい。

 今では、さくらって名前も二年もつきあってるので、大分愛着もでてきている。


 まぁ、その中学での二年間は、筆舌に尽くし難い出来事なんかが色々あったんだけど、それはここでは割愛しておく。

 思い出したくないこともあるし、なにより話し出すと長くなるから。


 そして、二年半も経てば、ほとぼりも冷めてるだろうと両親の強い希望もあって、高校は実家から通える公立校を受験して、この春からそこに通うことになっている。そんないきさつで、二年半ぶりに実家に戻ってきた。


 近所の人の中には、突然長男がいなくなって、代わりに見知らぬ(顔は見覚えあるかもしれないけど)女が出入りするのは疑問に思うかもしれないと言うことで、俺は『従姉』で『進学の関係上この家に預かってもらってる』ってことになっている。

 こういった理由で、しばらく離れていた実家に戻り、久しぶりに故郷の街並みを見て歩いてるってわけだ。


 ちなみに『一樹』は、体面的には死んだことにしてもらってる。

 どうも自分が死んだみたいで嫌な感じなんだけど仕方がないかな。

 男としての一樹は、もういないんだし。

 もちろん、実際の手続き的には死んでない。

 戸籍もすでに書き換えてるしね。


 で、もうひとつの秘密と言うのは……。

 まぁ、今は機会があったらってことにしておこう。

 自分自身でも持て余してることだし。

 そんなわけで、明後日から不安いっぱいの高校生活が始まるんだけど、その前に一騒動が待ち受けていようとは、この時はまだ予想だにしていなかった……。




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