操縦席にて
巫女付きは本当に現実だ。
「ぎゃあああぁぁぁ~」
もういっそのこと、入れ替えてしまった方が良いのでは、と思うほどに……。
「ぬわああああぁぁぁ~」
「おいなんなんだッー! その格好はーっ!」
「なんで、いつもより早いんですかーっ!」
質問を質問で返すなーっ! と突っ込みを入れる前に、操縦桿が僕の股間を捕ら――
「ウボァ……」
只今画面が映りづらくなっております。暫くお待ちください。
――10分後。
なるほど、レイナのやつは俺が休憩時間である合間を利用して、着替えに勤しんでいたようだった。
今日もいつものように、それなりに思い思いの工夫と持っているストックの中で思考し、洋服をチョイスした。
そして、悠々と下着を着替えようと、水玉模様のパンツを足元から腰まで引っ張るようにして穿いていたところで。
さっきの展開が繰り広げられた。つまり僕が戻ってきたという訳だ。
ああ、上? 上か、そこは想像に任せるよ。
ともかくそんな時間が停止した狭い空間で、レイナは文字通りあらゆる内部機関で俺を殺しにきた。
エアバック機能を利用して、僕をサンドバック状態にした。
薄緑の長いブラウス、いやこれはキャミソールだろうか?
どうにも洋服には疎くて困る。
「僕が一体なにをしたんだ……」
「レイナの……レイナの純真無垢なカラダを……清廉潔白な乙女心を……弄んだじゃないですか!! ぷんっ!」
純真無垢、清廉潔白。はて、なにやらおかしな四字熟語が聴こえたような気がしたが、気のせいだろうか。
「清廉潔白な奴が黒いブラっふあぁぁ――」
操縦桿アッパーが僕の腹筋を破壊する。さりげなく下着変えただろう、痴女巫女め……。
初めて会った時の印象とはそれほど変わらないまま『最初のうちはなるべく巫女付きのわがままに付き合ってあげろよ』という浮島曹長の助言を真に受けた結果。
僕の財布はミサイル主兵装どころか機銃さえ撃てないほどの弾切れ状態となり、最後の一週間はもやしと過ごす羽目になり。
最終日に至っては買い置きしておいたもやしが悪くなっていたせいか、一日中トイレと過ごすというとんでもない一ヶ月であった。
そして協議の結果、《一ヶ月に上下一着まで》納得してくれたのも束の間、今度はホログラムスーツの1着辺りの単価が2倍から5倍近く上昇し、最初の月とそれほど違わない結果に落ち着いた。
「さあ、どう詫びてもらいましょうかね!」
「僕は悪くない!」
「見苦しいぞ! お前は既に包囲されている!」
ちくしょー、なんだか悪役みたいになってるじゃないか。
「来月は3セットまでということでは?」
「やめてください。しんでしまいます(経済的に)」
うーん、と細い指先を暫し口許にやり、その後ニヤッと不敵な笑みで代案を示した。
「じゃあ、この下りを入間軍曹と浮島さんにバラすってことでは?」
「やめてください。しんでしまいます(精神的に)」
そんなつれない回答に……凸面ディスプレイの中の人はレンズごと揺らしながら地団駄を踏んだ。
「じゃあどうしろっていうんですかぁッ!」
どうもしない。という選択肢はないのだろうか…………巫女の好奇心か物欲あるいはそれに類するものを満足させたつつ、懐も頭も痛まない方法か――ん……まてよ…………?
「そうだ、レイナ。その、代案があるんだけどどうかな?」
「内容によります!」
レイナの鋭い眼光が見守るなか、少しどきどきしながら代案を提示した。
「その……デートとかはどう?」
「で、デデデ、デデデデデェ、デートぉー」
先ほどの揺れがさらに激しくなり。今度はコックピットだけではなく、搭乗機体全体が震えていた。
「いい、いいいですよ。女神の様な寛大な慈悲で、その代案を受け入れてあげます。特別、特別にー、と、とくべつに」
彼女がなぜ特別を三回も繰り返したかはともかく、擬似立体映像とデートだなんてお前は何を言っているんだと思われてしまいそうだが……実はちょっとした当てがあったのだ。
うまくいくかどうかは正直、五分五分であったが……きっとなんとかなるだろう。
それにしても……。
「やっぱり、そういうの少しは興味あるんだね」
「べべ、別に興味なんてないですよ。ただ、これ以上パートナーとして黒江さんがひもじい思いをするのは可哀想だなーと思っただけで……別に――」
〝彼〟に相談すれば、きっと内情を理解してくれるだろう。
「それで、予定は、予定はいつなんですか? 時間は? 場所は?」
あれ、興味ないんじゃ……などという無粋なツッコミは流石に避けたが、素で予定が浮かばない。
というのも最近小隊内が非常にあわただしく、仲間内でも近々異動があるのではないかとまことしやかに囁かれているのだ。
とはいえ、未定と言う訳にもいかないので、長めに時間をとって弁明を図ってみる。
「一ヶ月以内に、なんとか予定を立てるから。それまで待ってくれないかな?」
「ぜ、絶対ですよ? 約束ですからね? 破ったら次こそ許しませんよ?」
かくして、出撃の前日にしてまた黒江の悩みの種が一つ増えてしまったのであった……。