食堂にて
初の実践任務前日、食堂で入間軍曹とばったり席があった。というか、向こうから座ってきた。
食堂の机は長く伸びて、それぞれ向かい合いながら合わせて12人程度が座れる比較的長めのテーブルである。
僕は一番隅っこに座り、一つ隣が空席、もう一つ隣が、他の小隊員らしい若い顔つきの男が一人。
Aランチのカレーライスの食券を食堂のおばちゃんに渡し、(ご飯は大盛りにしてもらった)一人のんびりと、しかし漠然とした不安を抱えながら明日の事を考えていた。
「なーんだ。お前一人で食ってるのか」
見慣れた光景ではあったが、この場には居合わせないはずの人物の声と姿が見えた。
教官と隊員以外にも、食堂が込み合う事を予見して、各小隊ごと、あるいは教官毎に十五分ずつ置きぐらいに時間がずらしてあるのだ。
ゆえに、本来ならば居るはずのない小隊長兼教官が、何故か向かいに座っているのだ。
さらっとした黒髪がなびいて、冷淡さが感じられる瞳が、半開きのほっそりした瞼から覗いている。
けれどその目付きには、確かに熱い情熱が垣間見える。
「ぶはっ、ぐ、ぐんそ……げほっ、げほっ」
驚いた拍子に、喉にご飯を詰まらせてしまった。黄色く着色されたターメリックライスがテーブルに五粒ほど飛び散る。
「ちょっと、いくらなんでも驚きすぎだろ」
しばらく僕を見下ろして、アイコンタクトを取る。
「向かいの席、いいか?」
「ど、どうぞ」
返事を事前に推測していたかのように、僕が最後まで言い終える途中から入間軍曹は長テーブルに食器を置いて、椅子に腰掛けた。
しかし、最初にスプーンを取ってライスに手を付ける前に。
何かを探すように右左に頭をきょろきょろと揺らして、入間軍曹は僕に尋ねた。
「あいつは? えっと――佐々木は一緒じゃないのか?」
うむ、それは確かに、中々に的を得た質問だった。
「勇次はその、今はA班の連中と色々話し合ってるみたいで」
基地内の食堂の対角線状を黒江が指差し、六人組になっているA班の面々を二人は確認した。
「ぐ、軍曹こそ、どうしたんですか?」
軽く微笑した入間軍曹はこう応えた。
「プライベート空間だし――軍曹はいいよ。私の名前……じゃなかった名字で呼んでくれ」
「はい、入間さん」
「よし、よくできた」
なんだか調子が狂うなぁ……。
普段はこんな人ではないのだ。
初対面から特に印象が変わる傾向はなく、何かにつけて罵倒と厳しい訓練は続き、今や36人居た人達は半分になり、その半分が別の所から呼ばれて編入された後、もう一度半分になって編入をしなおしたぐらいの鬼っぷりだった。
挙句にルールが無茶苦茶すぎます。付いていけないですとのたまう隊員には「俺がルールだ!」のひと言。
鬼神の異名は伊達ではない。
しかし、彼女は一体何をそこまで固執するのだろうか?
「――っふぇっくち」
それでも、目を軽く充血させながら鼻をすする姿は、確かに一人の女性だった。
「私は食事中は普段、いっつも一人だよ。たまーにお前みたいな、はぐれモンスターみたいなのを見つけて、一緒に食事してる感じだ」
なんと はぐれ黒江が おきあがり。
なかまに なりたそうに こちらをみている!
なかまに してあげますか?
「いいえ」
「ちょっと、僕、何も言ってないですけど……心の中読まないでくださいよ!」
はぁ、と嘆息。
群れからはぐれてる……か、しかもモンスターと仰る。もう少し言い方があるんじゃないのかな……と軽いナイーブな気持ちになっている僕を尻目に入間さんは続ける。
「まぁ、意外と小隊長っていうのも、孤立しやすいものでな、かく言う私も群れからはぐれてる側さ、小隊長同士も仲が良さそうに見えて色々と大変なんだぞ?」
「そ、そうだったんですね」
少しだけ、会話のやりとりにやや異質な雰囲気を感じた。
もちろん喋り方はとてもやんわりとしていて、普段と違う雰囲気には違いなかったのだが、その理由がようやく分かった僕は、恐々としながら訊ねてみることにした。
「……あれ、入間ぐ……入間さんって、自分の事〝俺〟って言ってませんでしたっけ?」
入間軍曹は一瞬きょとん。とした顔を見せ、普段意識していない脳の深層部を呼び起こされた様に、驚きと笑顔の混じった不思議な表情で返事をした。
「あー……、やっぱりそう思われてるんだな……」
一瞬視線を左下に逸らす。
「みんなには内緒だけどな、あの普段の態度は、元々私のそれって訳じゃないんだよ」
ああいう喋り方になったのには理由があってだな……と口籠ってから続きを語りはじめた。
「陸軍の特殊班に所属してた時に、昔憧れてた当時軍曹をやってた上官の人をそっくりそのまま真似ている。だから自分の事を呼ぶ時も、最初はついつい俺って何度も言ってしまって、そのうち直すのも面倒だし、案外そっちの方がしっかりと命令を聞いてくれてそうでな」
だからなのか、黒江は心底頷いた。
「それより、明日の準備は大丈夫か? と言っても、いきなりそんな厳しい任務はやらせるつもりはないけど」
「ええ、確かユー連の巡洋艦が相手でしたよね?」
「あぁ、しかも対潜水特化のだな」
「流石に巫女付きの敵ではないですよ。問題は、増援と奇襲ぐらいじゃないですか?」
「増援については問題ない。一個小隊程度の敵部隊増加分を予め想定して編隊は組んであるからな、私よりよほど強い尉官の方々もお前らの後ろでスタンバイする予定だ」
なら楽勝ですね。と、自信満々の言葉で締めくくると、入間さんは厳しい表情を一瞬見せてから訊ねてきた。
「そういやお前……他の機体は乗ったことあるのか?」
「ないですよ。僕の適性は富嶽しかないですから……」
「あー……そうか、そうだったな、いや、悪い事を聞いた。忘れてくれ」
悪い事か、別にそんなことはない。余計なお世話だ。
今回は特に撃墜数を稼ぐ必要もないし、ただ安全飛行をしつつ、言われたターゲットに順次攻撃を仕掛けていけばいい。指令書にも目は通してある。
そりゃあ強襲機や対艦攻撃機にはスコアも劣るだろうが、そんなことは解りきっていることだし。
何の問題もありはしない。大丈夫。
と、最後の一口をゴクりと飲み干しながら自信を見せた。
これがいわゆるフラグだとは、夢にも思わず……。