入隊式の日 5
〝巫女付き〟と戦闘機の顔慣らしが終わった後で、小隊の配属等も決まったので、浮島さんと別れ、小隊長でもあり、訓練の上官にもあたる人の元へと向かう。
噂には聞いていた。《鬼神の入間》なんて異名が着くほど怖れられている軍曹。
かつて陸軍の特殊部隊に所属して、その後、空軍に転属となり、教官を務めている多才に溢れた人。
入間軍曹の配属になった暁には、トップクラスの隊になるか、それとも全員が逃げ出して隊そのものがなくなるかのどちらかしかないらしい。恐ろしや。
「おい、この糞野郎ども、喜べ。お前達は晴れて今日から士官候補生ではなく、ゴミ虫に昇格した! うれしいだろ?」
「「「イエッサー」」」
「声が小さい!」
「「「イエッサー!」」」
「てめぇのケツの穴かっぽじって良く聞きやがれ、貴様は今日から豚だ。ゴミ虫だ! いいか、分かったな」
「おいそこの右列三行目四段。なにぼさっとしてる!」
「「「イエッサー!」」」
「貴様、名前は!」
「はっ。 自分は小出二等兵であります!」
「口元が、だらしねぇな、何か嬉しい事でもあったのか?」
「じ、自分は、そ、その、入間軍曹殿の、に、にのうでが」
名前負けしている小出二等は身長190m超の巨体である。
入間軍曹の外見といえば、ぱっつん前髪が眉の辺りまで伸びて、後ろ髪は一つ結びにしている。
耳元の生え際からは、短冊のようにすらっと伸びたサイドヘアーが頬まで伸びている。
こんな口調で誤解されてしまいがちだが、一応……女性である。
入間軍曹小さく膨らみかけた胸元から伸びる、滑らかなラインを恍惚とした笑みで見つめている。
「はぁぁっ? お前ふざけてるのかっ!? 腕立て伏せ300回だ。終わるまでこっちみんなよ」
「は、はひっ」
陸軍出身の入間軍曹はバリバリの姐御肌で、周囲からの期待も熱い。
女性である事を感じさせないシゴきっぷり、はまさに冷徹無比の四文字が相応しい。
鬼神の名の下に洗礼が始まり滞りなく名前が呼ばれていくと、例に漏れず黒江も指名された。
「おいそこのお前、名前は!」
「はっ! 自分は黒江二等兵であります!」
「あぁ、お前がか。噂には聞いていたがな、今期の最低ランク士官君と」
「はっ! 自分であります!」
「いいか、分かっていると思うが、俺は差別をしない。肌の色も、人種も、年齢も、性別も関係ない! 才能があろうがなかろうが、お前は等しくクソ虫だ。豚だ! そこから這い上がって、下等生物になれるか、それともクソ虫のまま土の肥やしになるかは、お前らの努力と、そして足掻きによって決まる事だ。そこにはそれまでの地位や金、名誉たるアドバンテージなどは一切関係ない。全てクソ虫という名の下に平等だ! 分かったか!」
「「「イエッサー」」」
「声が小さい!」
「「「イエッサー!!」」」
「おい黒江二等、俺の言った言葉をもう一度言ってみろ」
不意打ちを浴びた。
「おいどうしたぁ? 戦場では一秒足りともお前を待ってはくれないぞ」
「は、は、えっと……」
「一、遅い! 腕立て伏せ二百回!!」
ワンカウントぉぉ……。
でも、軍曹の才能は関係ないという言葉の裏に優しさのようなものを少しだけ感じた。
「お前たるんでるなー黒江、どうしたぁ~最弱野郎。 ん~? そんなにもうワンセットほしいのか? ほしけりゃくれてやるよ」
「いいです! 間に合ってます!」
「お前上官の命令が聞けないってのか、だったらツーセット追加だぁ!」
なんですとぉぉぉー……。
――さっきの……やっぱ撤回します。
名指しを回避できたと安堵する面々も、最終的には総勢36名の入間第39航空隊、一人残らず地に足をつけ、腕をくの字に曲げながら、屈伸運動を遣らされる羽目になった。
そんな何とも不幸な入間軍曹のファーストコンタクトを終えて、それから座学を約一年分。実践向けの講義とシュミレートを一年分、体作り実戦訓練を一年分。三年分の労苦を2年間に凝縮させる濃密な訓練を経た後で、ようやく……と、この場合は言うべきなのだろうか? それとも早すぎる、というべきか。
何はともあれ黒江達の小隊にも、いよいよ初陣の日がやって来たのだった。