入隊式の日 4
シミュレーション上でしか弄った事のないコックピットの中を覗くと、高度計、HUD、油圧メーター、といった装置の中に一際目立つ存在が映し出されている。
声の主である〝巫女付き〟搭乗可能機が今後増えないのだとすると、これからはこの〝巫女付き〟の彼女に、下手をすると整備士の浮島さんよりもお世話になるだろう。
コックピットはある程度空調が整っていてほんわりと温かみがある。それと、なぜだろう。とても懐かしい気持ちになった。
緑を基調としたその衣装は、どこかしら学生の制服と、パイロットスーツを足して二で割ったようなそんな基調だった。
空軍の象徴である緑青色の生地で染め上げられたブレザーに、茜色のリボンと、金色の腕章には《North Atlantic Confederation》という、日本とアメリカの連合を表すNACの正式名称らしき文字が映っている。
スカートもブレザーに合わせたカラーで、それに合わせた白の縞模様がとても綺麗だった。
といっても、別に彼女は人ではない。直接触れることは叶わない。あくまで画面上での話だ。
思わず見惚れてしまって、首元が固まってしまう。
実際、巫女達をこの目で見るのは初めてだけど、それにしても不思議な感じだ。
焦がれるような眼差しに気がついたのか、彼女の方から
「ちょっと、いくらレイナがかわいいからって、ほどほどにしてくださいね」と一言。
彼女、レイナに対する第一印象は良く言えば自信家、悪く言うなら自意識過剰だった。
青紫色の髪の毛と、機体色と遜色ない純白のボディーが、くるくるとスクリーンの中でゆっくり宙返りする。
ぷかぷかと重力を無視した動きは、さながら深海を泳ぐ人魚を見ているようだ。
巫女を隔てるガラスの先に、手を触れてみると、指先からさざ波のようなものが伝って消えていった。
「巫女付きはパイロットの感情を読み取りながら、その時々にあった最適解のパターンを使って君達を最大限にサポートする。超がつくほどの有能なオペレーターだからね」
「あ、居たんですね。浮島曹長」
「いるよ!」
「完全に二人って雰囲気で話進んでましたけど」
「さらっと酷いこと言うよね。君……」
浮島曹長は結構本気で落ち込んでいたので、後で全力で謝った。
「うーん……それにしても」
僕は違和感に気がついた。
「どうかしたかい?」
「……長くないですか?」
ああ、察してくれた浮島曹長は相槌を打って続けた。
「髪の毛がかい? それはまあ、巫女なんて呼ばれてる一つの由縁でもあるからね」
なるほど、だから巫女か。
「そうそう、巫女付きの名前の由来の説は二つあってね。一つはそのデフォルト時の長い髪が、巫女さんみたいに長いからって説」
「もう一つはなんですか?」
「もう一つには、巫女には、預言者って意味が含まれてるって説があるかな」
「それにしても、巫女付きの開発者って、確かアメリカの方じゃありませんでしたっけ?」
「ダイモン兄弟だろう? 彼らは熱狂的な京都文化の支持者だったからね。定かではないけど、実はあの頃アメリカは、既に原子爆弾の開発を終えていて、京都に落とす予定だったらしいよ。それに最後まで反発していて、だから今のクロイツに牽制されたって説もあるんだよ」
あの京都が、死の灰に包まれる可能性があったなんて、ちょっとにわかには信じられないけど……。
「信じたくないですね」
「まあね。でもあの二人なら、自分の意思の為に作戦そのものに干渉するぐらいなら、ありそうじゃないかい?」
「確かに……」
と――言ってみたものの、はて……。
……。
僕はこの人の何を知っているんだろうか、僕は知らないはずだ。この人達の事。
「遠回りな説明になってしまうけど、デフォルトの見た目をわざと違和感全開させたのも、彼らの開発者なりの工夫らしいぞ」
自分で手を加えることで、何となく他人のものとか、作られたものではなくなるという意識を芽生えさせる為に、あえて不完全な状態で形を造形させておくわけだ。
「ああ、つまりあれですね。えっとミロのヴィーナスみたいな」
「一緒ではないが、いい線だろうね。あれも不完全な状態のバランスの取れた胴体の像だけど、そこから手の形や頭、顔といったものが自由に想像できる」
「二次的な発想って訳ですね」
「そんなところだね。自分の知識欲も満たして、同時に独占欲も満たさせるっていう奇抜なアイデアさ」
なるほど、確かに面白そうだ。僕も試そうかなどと心に決めていたら。
「あ、レイナこれがほしーなー♪」
なんて言って来た。
「げっ!」
値札を見て、唖然とした。
これじゃあ並の女の子の服と 変わらないじゃないか。
今月は大変そうだ。