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入隊式の日 2

 パイロットの適性検査といっても、ちょっと特殊だ。


 専用の計器を兼ね備えたフルフェイス型ヘルメットを被って、脳波を見るだけなのだ。


 痛い注射や、面倒なペーパーテストなどはない。


「はい、では次の方どうぞー……少しピリッとしますが、すぐ終わりますので、じっとしていてくださいね」


 五人組づつ簡易的な椅子に案内されて、僕は座り込んだ。


 検査員の方が頭の形や大きさに合わせて、ペルトや、パットのようなものを調整する。


 最後にスイッチを入れると確かに少し頭の方から静電気の様なビリっとする電流が流れるのが黒江にも分かったが、すぐに慣れてきた。


「春日さん。E、C、D、D、D、C、はい君はこっちね。鈴木さん。E、E、E、C、D、D、はい君は向こうの哨戒機の方でこの紙を見せて、検査員の指示に従ってね」

 黒江の目にさっき見た親しい顔が移る。


 勇次の名前だ。


「佐々木さん。B、C、D、D、C、E、貴方はオリジナル機の適性反応も出てるので、こちらの別室まで」


 そして、いよいよ黒江の番だ。


「黒江さん……えっ、これは……」


 検査員の女性が彼を見つめ、それからヘルメットから印刷された感熱紙をもう一度見やり、合わせて三回見返した。


 ほんの数秒押し黙る。


 その眼差しは、才能溢れる者を見る好奇と羨望に満ちた表情と言うよりは、どちらかというと、哀れみや悲しみ、蔑視のそれに似ていた。


「あなたは……」


 検査員の女性はコホンと軽く咳ばらいをして。


「黒江さん、F、D、F、……」


 全てを言い終えるだいたい半分ぐらいのところで、検査に並んで他の候補生もみんなこちらの方に注目を始めた。


 驚愕、不安、優越感、興味、嘲笑。様々な感情がその視線に注がれているのが分かった。


「F、D、F、F、F、D、貴方はこちらね」


 一瞬自分が何を言われているのか、よくわからなかった。


「きみ。ほんとすごいねF五つなんて、狙ったって取れるもんじゃないのに」


 入れ替わりで担当になった男性の検査員が呆れ声を出した。


 Fは稀に見る、適性皆無というカテゴリー。


 その特性に関するあらゆる行為は行わない方が無難という次元だ。


「気にするな、俺も適性にE三つD二つ混ざってて、パイロットを断念した側の人間だからな」


 ははは、と乾いた笑いが耳に痛い。


「どういうつもりで志望したのか知らないが、正直、もうパイロットはあきらめた方がいいぞ、汎用性の一番高い紫電シリーズの最下級レベルでも乗れないだろうなっと……――お、おお? ちょっと、まてよ」


 僕には、才能がないのか、頭の中の――すべてがFに埋まっていった。


「僕は、もうダメなんでしょうか?」


「しかし、これはまた……なぁ……」


「?」


 検査員の男性は、それまでにはなかった真剣な顔を黒江に見せた。


「一つ尋ねよう。もし、たった一つの機体適性だけでもパイロットになれるとしたら、なりたいか?」


「それは! もちろん!」


 二つ返事で言葉を重ねた。


「実はな、私事なんだが、俺も3機体ぐらいの適性はあったんだ」


 それなら何で? と尋ねる前に検査員の男性が続けた。


「ところがよ、目の前の男がさぁ、適性機が94とか、C以下がないとかってのを小耳に挟んでしまってな、それですっかり萎えちまった訳さ」


 後になって、それが新世少佐だったという事を、彼から直接聞いた。


「でも、その時の決断は少しだけ早すぎたなって、後悔している部分もあるんだ」


 僕は頷きながら続きを待った。


「まぁ、結局差を見せつけられて、絶望した後で、今の立ち位置に収まってたかも知れないんだけど」


 検査員の男性は、物思いに耽っていたが、慌てて自分の仕事を思い出した。


「物事は全て、やるか、やらないかだ。」


 保留という選択肢は、今回はないらしい。


 それもそうだ、パイロットになるか、整備士になるか、それとももっと裏方の事務系とかそれこそ技術開発の仕事だってある訳だし、個人の思惑一つで二年間に渡る訓練期間の費用や時間を食潰す訳にもいかない。


 それは軍部機関としてもそうだったし、僕だって同じ気持ちだ。


「やります!」


「そうか、いい声だ。もう答えは決まっていたってとこか、楽じゃないだろうけど、その気持ちは本物かい?」




 もうあの頃みたいに、抗えない力に屈するのはいやなんだ。僕は……。




 勢い強く、声を荒げ、吼え猛る様にして検査員の男性に付け加えた。


「僕はこのまま、自分が何者にもなれないのはいやなんです。そのために、今ここに居るんですから」


 自分でも、ちょっと熱くなりすぎたと思う。


 検査員の男性は、最初のうちは笑い。その後から羨ましそうに淡い視線で黒江に一瞥をくれた。


「そうか、分かったわかった」


「君のたった一つの搭乗可能機体なんだけど、富嶽ふがくっていう機体になる。これはオリジナル機なんだけど、実は俺、今オリジナル機全般の整備士をやってるんだ」


 このオリジナル機というのが、先ほどの二種類の内の一つ。いわゆる原型(オリジナル)機の事である。


 その名に違わず、この世に唯一無二の航空機体ということになる。


「日本空軍技術曹長、浮島だ。これから長い付き合いになるか、短い付き合いで終わってしまうかわからんがよろしくな」


 突然自己紹介をはじめた浮島曹長が、黒江に右腕を差し出してきた。


 反射的に自分も右手を突き出して、握手を交わそうとしてしまったが、すぐに手を額まで持ち上げて敬礼した。


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