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真珠湾の空の下 4

 勇次が女の手を引っ張って、その場から走る。


 若干信号無視気味になりながら、三人とも息を切らしながら公道をひた走る。


「ちょっと、まって、何すんのよ。もっとボッコボコにしなさいよ!」


「あいつらはあれで十分だよ。あれ以上殴ったら過剰防衛だ」


 一度だけ後ろの方を振り返ってから赤毛の女は激しく抗弁した。


「殴ってもいいのは、殴られてもいい覚悟があるやつだけなのよ! そんなぬるい考え……これだからアジア人は嫌い!」


 三人は一キロ程度距離を取った所で二人の足が止まった。


 それにつられて勇次に手を握られた女も足を止める。


 赤毛の女の顔をまじまじと見つめる。向こうもこちらが珍しかったのか、しばし睨みあいとまでは行かないまでも、眺め合いの状況になった。


 肌の色からして、彼女も旅行者かなにかだろうか? ハワイ在住者特有の褐色ではなかった。オレンジ色のプリントTシャツは肩まで捲り上げられて、その回りが赤く火照っている。


 下は迷彩柄のショートパンツ。靴の代わりにハイビスカス柄のビーチサンダルを履いている。


 頭上に視線を戻すと、ツインテールは肩に触れる程度の長さで、かなりスマートにまとめている。


 顔は束ね髪でおでこを露出させて、その下にはキリっと伸びた眉毛がはっきりと見える容貌からは、先ほどの強気な仕草を裏付ける鋭いブルーの眼光が冴え渡っていた。



 それから……最後に――。



 これはいくらなんでも主張しすぎだろうといわんばかりの胸。それほどバストサイズに明るくない二人でも、Fカップ以上はあるだろう豊満なバストに、二人は思わず目が釘付けにされた。


 Tシャツのトップだけが、憐れみを感じるほど伸びきってしまっていて、この子の体に合わせた形へと拡張されていた。


 さすが西洋人だなと思ったが、西洋人でもここまでのはそうそう多くないだろうと訂正した。


 そんな男の視線には慣れているのだろうか、赤毛の女は礼を言って立ち去るでもなく、息を切らせながら二人に問いかけた。


「はぁ、はぁ……黒髪に白い肌……あなたら……どこの人間?」


「ふぅ……日本人だよちょっと用事があって、ここまで来てるんだ」


 勇次が即答した。それを聞いて、赤毛の女の表情が、急に人を嘲るような顔つきに変わった。


「なによ。あんたら日本人なの? どの面下げてこんなとこ来てるワケ?」


「ちょっとした旅行でね」


 と、勇次がはぐらかしたのを察して僕も理由を付け足す。


「おじいちゃんが死ぬ前に、ここは楽園だから行ってこいって遺言があってね」


 こんな時におじいちゃんの話が使えるとは……と自分でも驚きつつ、やはり女の方は態度を変えるつもりはない。


「じゃあラッキーだったわね。平時で見かけてたら、多分死ぬほど殴り飛ばしてたかもしれないから。それともそのおじいちゃんと同じ楽園に行けたのかしら?」


 ――今のは冗談でも聞き捨てならない。なんというやつだ……。勇次ほど気が長くない俺は手も一緒に出そうだったが、なんとか言葉だけで押し留めた。


「何だよおいっ! 助けてもらっておいて、それはないんじゃないか?」


 という俺の暴威を右手で勇次が制しつつ、口の方でも彼女に向かってけん制した。


「おまえさ、どうして俺等が嫌いかは知らないが、せめて、お礼ぐらいは言ってもいいんじゃないか?」


 その言葉に我に返った彼女は、ポケットから一枚の紙を取り出して、何かを書き記している。



「チップよ。受け取りなさい」



 川辺で砂利か小石でも投げ込むような動きで、ポイっと紙切れを投擲(とうてき)すると、勇次がその紙切れをキャッチした。


「おい勇次! その紙を寄越せよ! こんなもん受け取れるか!!」


 という僕の激昂を、やはり彼は左で制した。


「まぁまぁ、ご好意に甘えようじゃないか……」


 二人の言い知れぬ嫌悪をよそに、赤毛の女は僕等とすっかり距離を取って行ってしまった。


「それじゃあ、まぁ二度と会う事もないだろうけどね。クソジャップ」


「く……」

 どうあっても、彼女には僕達にこうべを垂れるという行為そのものが受け入れ難いかったらしい。


 小切手のような紙切れ一枚には、彼女の名前らしき筆記体の英文綴りと2000ドルという額面が書かれていた。



 ――それにしたって……。



「これがお前の言うリスペクトするアメリカ人なのか?」


「まあ一回の人助けで一人半月分なら、いい報酬じゃないか」


「アメリア……B……オセロット、か、うーん。どこかで見た事がある名前だな」


「あっちの雑誌の読みすぎだろう?」


「そうかもしれないな」

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