紅ノ空中要塞 1
ここは戦闘機、コックピットの中。
「大丈夫だ。ミナモ、お前となら――やれる!!」
「……そんな、マスターっ! こ、こんなときに……」
「いいか、俺を信じろ――何も恐くない」
「目を閉じろ」
「は、はい!……」
フロントスクリーンに映される主要モニター――HUD――の上部に浮かび上がった等身大の美少女は、パイロットと呼ぶには幼すぎる外観で、オペレーターと呼ぶには口調が柔らかすぎる。
ミナモと呼ばれた美少女は、長くて蒼い髪をふりふりと小さく揺らして、ゆっくりと目を閉じた。
隊長と呼ばれた男性は、彼女の胸元に向かって、ゆっくりと左手を添えていった。
小さな鼓動が二人を伝ってゆく。
――気持ちが繋がる。
――二人の心が繋がる。
しかし、まさにこの少女こそが、この戦闘機の九割近い操作を自動で担っているなどと、誰が信じようか?
「この戦いが終わったら――お前と……」
【た、隊長それ、いわゆる死亡フラグっす……】
「ふええーっ!? そ、そんな〝お兄ちゃんでも愛さえあれば〟なんていいますけど、でも……私と隊長が? ――い、いい、いき、いきなりるぎるとおもいま……」
かみかみのボイスで応えるミナモの気持ちが、隊長の駆る搭乗機体に直接働きかかってしまう。
その軌道は、まさにタンポポの綿毛のようにふらふら~っと何処かへ吹かれてしまいそうだった。
不安定な主翼をばたつかせ、敵大型機の機銃に掠りそうである。
そんな彼等の無線上のやり取りは、とても空前絶後の作戦中とは思えない様相を呈している。
【――あー私もこんな時に、あんな風に言われてみたいなー】
【え、マ、マジっすか芦河機さん! 俺じゃだめですか? 言ってもいいですか?】
【ダーメ! 隊長がいーの♡ つーか機体コードで人の事呼ぶな!】
別の作戦隊員にも伝播したムードの中で、先ほど隊長に突っ込みを入れたパイロットが、女性パイロットに向かって告白している。
「それよりミナモ、別に俺は構わないけど……お前の声、そっちに聞こえてるぞ? 良いのか?」
「え…………ひゃ、ひゃうっ!! す、すみませ――あ、あぁぁ、本当でした――切れてませんでした」
少女が何に触れることなく少し念じると、びゅーん。と渇いたスイッチ音が軽くなって、自らの音声送信をOFFに切り替えた。
――メインプログラム。
BDOS、通称巫女付き。
これは航空戦闘機の高度化が頂点に達し、飽和しきった世界に降り立った革新的な技術によってもたらされたものだ。
いや技術というより、いっそ事件と呼ぶべきか。
OSの開発者、ダイモン兄弟は劣勢に立たされる日本とアメリカを含むNAC軍に、まさに英雄ジャンヌダルクの様に突如舞い降り戦闘機にこのOSを導入し、普及させていったのだ。
そうして、その普及に伴い。全機体の稼動がこれからという時。
彼らは突然、兄弟一緒に忽然と姿を消した。
【こちら紫電莱式、主兵装弾切れなんで帰りますよぉー、頑張ってくださいねーリーダー! 残ってるみんな!】
【こちら紫電絶式機、主兵装全弾打ち尽くしました。これより空域離脱】
【……芦河機目標大型機の損傷ダメージを確認、50%です。準備大丈夫です。後は潮凪機の秘密兵装を司令部本体に被弾させれば、本作戦は成功します】
隊長は彼らの様子を窺って全員に対して、やや大きめの応答をする。
【了解した。第二次作戦行動に移行する】
【ちくしょー! 隊長の活躍する姿見たかったぜー】
ふふ、と笑った後で隊長はこう述べた。
【大丈夫だ、後で好きなだけ見せてやるよ】
どうやら準備は整ったようだ。
「さあ、ここまで俺だけを集中狙いしてくださった良い子に、プレゼントだ!」
隊長が言い終えると、発射口からでも分かる球系の副兵装を繰り出した。
「ボンバー投下ッ」
――フッッ……ッ……――。