ようこそクソッタレな戦場へ
天上からギラギラと照りつける太陽。
吹き抜ける熱気を持つ風。
それに巻き上げられて舞う砂塵。
気づくとみやこは砂漠のど真ん中に立っていた。
「うそ……なんで砂漠にいるの?」
出撃しようとして戦場選択した事までは覚えている、でもそこからの記憶がない。
夢かとも思ったが目に入った砂塵で目がチクチクする、この痛みは夢じゃ味わえない。
しかも手にずっしりと重みを感じる、今まで持ったことないくらい重い。
視線を落とせば、乙女の手には似つかわしくない無骨な鉄の塊が抱かれていた、そしてその少女のみを包む服装も異常だった。
黄色みの強い茶色にところどころ濃い茶色が混ざっている迷彩服、その腰にはホルスターと拳銃が収められている。
頭部にはゴーグル付きのヘルメット、そして足にはブーツが装備されている、完全な砂漠地仕様の迷彩装備だ。
「なんで……ってあれ、これって銃……?形的に突撃銃かな」
試しにトリガーを引いてみる。
すると、自分が今までヘッドフォン越しに聞いていた以上に巨大で、耳をつんざくような音がすぐ目の前で響いた。
「うわ……これ本物じゃん!」
初めて銃を撃ったことにより興奮していた彼女は大事なことを忘れていた。
銃を持ち、迷彩服に身を包んで立つべき場所など一箇所しかないというのに、彼女は周囲の確認を怠っていた。
唐突に足元で爆発が起きる、遅れて遠くから先ほど彼女が鳴らしたような爆音が断続的に響いてくる。
気温で吹き出していた汗が一気に引き、代わりに冷たい汗が流れ出す。
たった今、たまたま外れたのは運が良かった、ここは死を引き連れた鉛が音速で飛び回る戦場なのだ、死は誰にでも平等に、残酷に、分け隔てなく訪れる。
次は、ない。
「ミヤコ、伏せなさい!」
突然そんな声をかけられて地面へと引きずり倒された。
「優子……優子も来てたの!?」
彼女を引張ったのは先程までともにプレイしていた親友の優子であった。
誰もが羨むような出るところは出ているのにちゃんと引っ込んでいるプロポーションに、腰まで届く黒髪、顔はどのパーツも丹念に匠の技で作られた人形のように整っている。
しかしその身を包むのは彼女と同じ砂漠仕様の迷彩と、アサルトライフルだった。
「その装備ってもしかして……」
「えぇ、トライレギオンの《アース》の初期装備と砂漠迷彩でしょうね」
「じゃあここってもしかして……」
「十中八九、トライレギオンの内部、ね」
「どうして私たちいきなりゲームの中に……」
「私たちの他にあとアヤも来てるわ」
「はろ~」
優子の背中から顔を見せたのは彼女より一回り小さな少女だった。
日本人の父とアメリカ人の母を持つ栞奈はその顔立ちが日本人離れしていて、まるで西洋の人形のように可愛らしい顔をしており、日光を浴びてキラキラと輝いている金髪をツインテールにまとめていた。
しかし彼女もやはり迷彩服に身を包んでいた。
「アヤも……いったい私たちどうしちゃったの?」
「さぁ、私にはわからないわ、でもとにかく何が起こってるのかを調べるためにも、まずは安全な場所へ行きたいところだけど……」
「それには敵が邪魔なの」
栞奈が砂の山からひょっこり頭を出す。
「あわわ、栞奈、頭出しちゃダメッ」
その襟を掴んで引っ張ってもう一度砂の山に隠す。
それと同時に砂の山に数発の弾丸が着弾する。
以降も断続的に数発ずつ着弾している、すでにマガジンひとつ分以上の弾幕が送られていることを考えると、敵は複数いるのだろう。
「何人いると思う?」
「うーん、二人以上?」
「どうやったら突破できると思う?」
人数は有利かもしれない、もちろん数すら不利という可能性もある。
さらに相手はおそらく生身での戦闘に慣れている、私たちとは練度が違うのだ。
優子が何を心配に思っているかはわかる。
だから、答えるべき言葉はひとつ。
「いつも通りにやれば私たちなら勝てるよ」
「……まったく、あなたには敵わないわね……それじゃあ簡単に作戦を説明するわ」
優子が立案した作戦は本当に簡単な内容だった。
みやこの仕事はひとつ、いつも通り敵の裏取りをして敵をかく乱することだ。
「それじゃあ行ってくるね、幸運を」
ヘルメットに装備されているゴーグルを下ろしてみやこは駆け出した。
姿勢は低く、砂の山から頭を出さないようにしながら全速力で移動する。
ゴーグルを装備することで視界が暗くなることによる命中率に大幅な修正がかかってしまうが、砂塵が目に入ってそもそも視界がなくなるよりはマシだった。
数秒も移動すると銃声が真横まで近づく。
(チャンスは一回こっきり……失敗したら殺されちゃう)
呼吸を整えて移動で上がった心拍数を落ち着かせる。
銃を持つ手が震える、ゲームとは言え本物の銃を持って動く人間を撃ち殺そうとしているのだ、恐怖が心を侵食する。
しかし、ここで殺さないと次はあの銃口が自分に向き、次は擬似的な死への恐怖心を刻み付ける。
覚悟を決めると、手の震えは少しはマシになった。
敵の位置を目視で確認する、十時の方向に二人、突撃銃を構え先程まで私たちが隠れていた山を撃っている、そこでは優子や栞奈が銃だけを出してろくに照準もつけずに射撃で応戦しているおかげで、兵士ふたりはみやこの存在に気づいていない。
そこへ飛び出し、三点射撃モードにしておいた突撃銃の《零一突撃銃─ベース》の照準を兵士の一人の頭に合わせ、引き金を引く。
タタタン、タタタン、タタタン。
計九発の弾丸が射出され、たった二発の弾丸が兵士を捉えた。
「嘘、全然当たんない!」
せめて幸運だったのは当たったうちの一発が頭部被弾判定となりひとりは一撃で絶命した。
しかし、もうひとりは未だ被弾ゼロで体力は最大、しかも能力も段違いだ。
その件の兵士が振り向きながら射撃を行う、ろくすっぽ狙いも定めずに撃ち出された弾薬はみやこには命中しなかったが、それでも寿命が縮むような一瞬だった。
しかし隠れない、あくまでも彼女の仕事は囮と時間稼ぎだ。
銃を突きつけ合い、時計回りに動きながら互いに射撃を繰り返す。
数発の弾丸が頬を掠める、それに対してみやこの弾丸は掠りすらしない。
だからといって焦りはない、みやこは決してひとりで戦っているわけではない。
タン。
小さな銃声がひとつ、遠くから聞こえてくる。
そして、相手の兵士の動きが止まる。
その額に小さな穴が開いている、具体的に言うなら九mmパラベラム弾サイズの穴が開いたのだ。
先程まで隠れていた山の方を見ると、栞奈がこちらに拳銃を向けて立っている、優子はこちらに親指を立ててサムズアップしている。
「勝ててよかったぁ……」
やっとひと安心できると思うと、とたんに足から力が抜けてその場にへたりこんでしまった。
「お疲れ様ミヤコ、一番大変な仕事押し付けちゃってごめんなさいね」
「ミーちゃんナイス囮」
二人はみやこの元へと駆け寄ってくると、そうねぎらいの言葉をかけて手を差し出した。
「お礼を言うのは私だよ、ユーコの作戦と、アヤの狙撃の腕のおかげ」
「じゃあお互い様ということでいいの」
ひとつの戦闘が終わり、つかの間の安息にゆっくりと談笑を始めた時だった。
空からバリバリバリという音と共に一機のヘリが降下してくる。
「おーい、そこにいる三人、無事か?」
ヘリからひとりの大柄で筋肉質な男がロープを伝って地上へと降りてくる。
男は日に焼けたその身を彼女たちと同じく砂漠用の迷彩服で包み、背中には一丁の突撃銃を背負っている、どこからどう見ても戦場の男だった。
「再出撃待ちになる前に救援に来れてこれてよかった、とりあえずヘリへ、詳しくは道中で話そう」
話を聞くと、彼女たちが予想していた通りここはトライレギオンの中、ないしそれに酷似した世界であるらしい。
現在この世界では数日に数十人というペースで外から人がなだれ込んでくるという現象が起こっており、彼女たちもそれに巻き込まれてしまったらしい。
「それじゃあ、大本営に戻れば他にも私たちみたいに外から来た人間が?」
「あぁ、チラホラと……というかこのヘリ操縦してるのも外の人間だ」
パイロットが顔はこっちに向けず、手だけ振りながらよろしくな、と声を出した。
「えっと……ここから帰る方法は……」
「わからん、とりあえず死なないから安心しろ、一週間くらいで再出撃できる……死ぬほど痛いがな」
「再出撃待ち中はどうなるの?」
「どこだか知らない部屋で目覚めて、とにかく一週間暇つぶしだ、娯楽は一通り揃っているがな」
「それだとゲーム終わりませんよね……外のゲームもそうなんですけど」
「それは俺も不思議に思ってたんだが……今はほかに方法も思いつかないからな、戦うしかない」
など、いくつかの質問や軽い自己紹介をしながらヘリは空を飛び、やがて《アース》の最終防衛ラインとなる都市─ゲーム中では大本営と呼ばれている─《アルミティ》に到着した。
到着してすぐに男はヘリから降りてこう言った。
「さて、これをまだ言っていなかった、これはこの世界に来たら誰もが言われる通過礼儀なんだ」
男は三人に向き直り、獰猛な笑みを浮かべてこういった。
「ようこそ、くそったれな戦場へ、気分は最悪か?」
それは新規アカウントを取得してチュートリアルを始める時に、戦場で気絶から目覚めた兵士にNPCの教官が言うセリフだった、それには三通りの返答がある。
「ええ、全く最悪ね、こんなとこ早く去りたいわ」
「はい、でもちょっとだけ楽しみです」
「ぜんぜん、むしろワクワクしてるの」
三者三様に、それぞれ答えを返すと、男は満足そうに頷いた。
「オーケー、それじゃあ歓迎しよう、これからよろしくな、盟友」