宣戦布告 ―長月慶刀―
気が付くと俺は真っ暗な空間にふわふわと漂っていた。
足は地に着かず、手を振り回しても何にも触れない。
しかし、真っ暗だというのに不思議と不安感はない。
そう、むしろ温かささえ感じる。
ここは、そんな場所だった。
徐々に脳が現状を理解し始める感覚。
それは何度も繰り返した事だった。
俺は過去にもこの場所へ何度も来ている。
そして毎回この場所での記憶を取り戻すところから始める。
「ああ…そうだった…。おい、話があるんだろ?来るなら早く来い」
俺は呆れながらも、そこにいるであろう虚空の主に話しかける。
「全く…だんだん扱いが悪くなってない?恩人に対してその言葉使いはどうなのよ?」
虚空からまず声が聞こえる。
拗ねたような、それでいて会話を楽しむようなそんな声色。
それから、その虚空を歪めるように彼女が姿を現す。
最初に会ったとき…。―あの災害の日から比べると少し大人びた姿。
まさに彼女こそ俺に力を与えた張本人だった。
「毎回毎回、雑談のためにこんなとこまで呼び出されてたら扱いくらい悪くもなるだろ…」
「え~だって~あっち側って気軽に話せるような奴いないし~」
あっち側というのはU/Sの本部ということだ。
だから彼女は『人』という単語を避けわざわざ『奴』と言う。
俺は知らされていた…。
U/Sが知性ある組織の下に動いているということを。
しかし、この夢から覚めると夢の内容は全て忘れている。
そういうふうに彼女がしているらしい。
「そうだ、そっちに姉さんと兄さんが行かなかった?」
「は?あれってお前の兄弟だったのか!?」
「そうそう」
彼女が言っているのは突如として柵内に攻撃をしかけてきたあの知性を持ったU/Sのことだろう。
知性を持った強靭な敵に対して俺一人では手も足も出なかった。
その事実が脳裏をよぎる。
「お前がけしかけたのか?」
「まぁね~貴方もだいぶ強くなって来たみたいだから力試しをしてみようかと…兄さん強かったでしょ?」
「ああ…完敗だった」
正直に答える。
どうせあっちには分かっているのだろう。
なにせ彼女はU/Sを統括する立場にあるようなのだ。
言わばU/Sの女王なのである。
「だめだな~まだまだ私があげた力の一割も使えてないよ?」
「そうなのか?」
今現在ですら俺は、いや俺達は人間の本来の身体能力全てを引き出していると言われている。
それで一割。
それほどまでに強大な力を自分は有しているというのか?
「う~ん…きっと君はまだ力を理解していないようだね」
「理解していない…どうゆうことだ?」
「まあ、すぐに嫌でも分かる日が来るよ。急ぎなよ…」
疑問を浮かべようとしたが、急に声が発せられなくなる。
―貴方の大事な人がまた傷つく前に…
最後はよく聞き取れなかった。
視界に光が差し込み脳がクリアになるいつもの感覚がした。
♦
真っ白い天井の部屋で目が覚めた。
自室ではないが近頃はちょくちょく見る機会があるために見覚えはあった。
窓からの日差しが眩しい。
「はぁ…またか…」
溜息をつくのはそこが病室だからである。
自分はまた倒れたらしい。
病室での起床はこれで、かれこれ三回目になる。
前の二回は訓練だったが今回は実戦で倒れたのだから末恐ろしくなる。
倒れる理由は別段体が弱いというわけではない。
言わば脳の強制クールダウンなのだ。
極限まで脳を酷使する能力の都合上、焦ったり頭に血が登ったりして歯止めがきかなくなると、脳がオーバーヒートを起こして気絶に似た感じになるらしい。
今回は前者だろう。
前代未聞の強敵との対峙に完全に冷静さを欠いた。
結果がこのザマというわけだ。
しかも、と今回の戦闘を思い返して自問する。
「舞華居なかったら、俺死んでたよな…」
自分が実質的に敗北したことを痛感する。
「ん?なんかデジャブ…?」
少し前まで一対一ならばU/Sには負けることはないと思っていた。
しかし現実は違った。
まだ自分では敵わない相手がいる。
それが心やプライドを少し刺した気がした。
一人ベットからも抜けずに何を考えるでもなく呆然としていると、ふとノックの音が聞こえた。
「は~い、どうぞ~」
出来るだけいつもの調子を装い、間の抜けた返答で入室を促す。
しかし、ノックした本人は返答が無いのを前提としていたように、言葉の途中には扉を開けていた。
入ってきたのは今回の命の恩人こと、遠崎舞華嬢であった。
「よう、舞華」
いつもの調子の軽い挨拶。
舞華は一瞬固まってから、いきなり目に涙を浮かべ始めた。
「お、おい舞華さ~ん?」
俺は突然の事態に困惑するしかない。
どうも俺は突然の予期せぬ事態には弱いらしい。
「もう起きないかと思ったー!うわーん」
「お、おい!?」
舞華は泣きながら俺に飛びついてきた。
「いつものことだろうが!」
前例があるのにこの反応はいくら舞華でもおかしい。
俺は枕元のデジタル時計に目をやった…
「え…?」
時計には日付が出ていた。
それに目を疑う。
―実に最後に日にちを確認した日から一週間が過ぎていたのだった。
今までも気絶自体はあったが、別に後遺症もなければ、目が覚めるのも二回とも倒れた日の翌日だった。
そのため大したことはないと医者にも言われていたし、自分でも反省こそすれど気にしていなかった。
いきなり一週間は異常である。
さらに舞華の次の言葉に驚愕を隠せなくなる。
「慶刀君…世界がまた壊れちゃうよぉ…」
♦
舞華が平静を取り戻すまで少し待ってから話を再開した。
その、世界を脅かす事態は俺が気絶してからすぐ…翌日のことだったらしい。
舞華達、特殊人体開発科の面々は俺がいつ目を覚ますか分からなかったので交代で病室にいてくれた。
そんなときにテレビが何者かによってジャックされた。
テレビといっても過去にあったものとはだいぶ違う。
なにせ現在日本で使い物になるテレビ局は一つだけだし、娯楽番組に使えるような予算も団体もない、かといってニュースになりそうなネタすら今の世の中にはない。
ただやっているのは著作権すら曖昧になった数々の映画だ。
これが庶民の唯一の娯楽と言えるだろう。
それが突如ジャックされたようだ。
最初は皆いたずらだと思って馬鹿にしていたようだが、馬鹿にできない事件が起きた。
何者かは合成音を使っていたため男女の区別がつかなかったようだが、ある犯行声明をした。
―これから第三区を守る柵の一か所を破壊し中に20体のU/Sを放つ。
声はそう言ったらしい。
そしてそれが実際に起きることになる。
三区の柵の一部が破壊され、中にちょうど20体の小型U/Sが侵入した。
特人科メンバー達も自衛隊と連携を組み掃討にあたったらしい。
なんとか壁を死守した舞華達は町で二度目の声明を聞いた。
―これから私は人類に対して戦争を仕掛ける。
―開戦は1か月後だ。
―あがいてみせろ人間ども…
と、要約するとこんな感じだと舞華は教えてくれた。
「で、バタバタしてる内に俺の目が覚めたと…なぁそいつによればあと3週間で人間とU/Sの戦争が始まるってのか?」
「うん…」
7年もの間壁の被害どころか柵外でのU/Sによる破壊活動すらなかったのだ。
それが今になってしかけてきたというのか。
なんだかいつの間にか大変なことになっていた。
あと、3週間…思った以上に短いだろう。
これから頑張らなくちゃな、と心に決める。
この仲間達をしっかり守れるくらいには強くなる必要がありそうだ。