再演される悪夢 ―長月慶刀―
俺と舞華が帰路へと着くなか街に突然の警報が鳴り響いた。
それはここ5年間なったことのないものだ。
そしてその警報は街がU/Sの危機に晒されているということでもある。
なんらかの理由で街の中に脅威が発生したらしい
―ザザッ…警告!警告!壁内部工場エリアにてU/Sのものとみられる破壊攻撃を確認!!
一般市民の方は至急地下シェルターへ避難してください!―
「工場エリアか…ここからならそう遠くないな。舞華行くぞ!」
冷静を保とうとするがどうにも語尾に力が入ってしまう。
俺は、こういう緊急時に組織の上にわざわざ連絡を取らなくても特殊人体開発科の面々に対する指揮を執ることを許可されている。
すぐに携帯電話によって颯と優希にも連絡をとり二人で別働隊として、人民の救助をするように指示をだす。
こちらは舞華と俺で行動する。
二人組を作ったのは、不測の事態ゆえに臨機応変に対応するためだ。
ともかく舞華は索敵能力が高いため俺達の今回の目的は敵の排除になる。
「舞華、心の準備はいいか?これは完全なる実戦になるぞ」
「うん、私は大丈夫。それより早く行こう!」
幼馴染の成長に少々驚きながらも俺達は走り出した。
途中で武装を展開しながら移動したので、現在はフル装備状態だ。
そして問題の工場エリアは火の海という表現が実に合っていた。
「あの日と同じだね…」
舞華が口から零すのも無理はない。
まさにこの光景は7年前のあの日と一緒だ。
「俺達がいくら強くなってもまた防げなかった…」
絶望感にさいなまれると同時に無力感も俺を襲った。
「これ以上、被害を増やすわけにはいかない。早急に原因を排除するぞ」
「了解!」
せめて、これ以上は被害をださせない。
それを成し遂げるだけの力はあるはずなんだ。
もう7年前とは違う。
もう絶対に人類の敗北は許されない。
件の元凶は工場エリアのほぼ真ん中にいた。
しかし、それをU/Sと理解するには少々の時間を要された。
なにせそれは― 人 ―の形をしていたのだ。
しかしはっきりとわかる…あれは奴らと同じ存在だ。
真っ黒い体に刺々しいフォルム
肘から手先にかけてトンファーのように展開された刃が特徴的な印象を受ける。
そしてそれは完全に人型をしており、同時に人ではないものだ。
今まで人型の発見報告は無い。
新種…イレギュラーだ。
「舞華…新型だ。相手の力量を図りたい。周りに敵がいないか索敵頼む」
「分かった…気を付けてね…」
「俺を誰だと思ってる?得人科のリーダーだぞ?心配ご無用だ」
心配そうな舞華を相手からしたら死角になる位置に置き、一対一になれるように索敵を頼む。
相手が人間サイズな以上接近戦になれば銃は手を出しずらい。
なら俺が一対一を挑み倒せるならそのまま倒す。
もしも俺よりも強い場合は、舞華に援護に回ってもらい一度引くといった具合だ。
俺は腰にマウントされた牽制用のマグナムに手をかけながらゆっくりと足音を立てないように近づく。
まだ相手は気づかない。
もう一歩踏み出した…その時。
相手の二本足がゆっくりと動きこちらに振り替える。
そして口に当たる部分が動き…
「よお…遅かったじゃねえか……まちくたびれたぜぇ?」
「なっ!?」
なんだ?
今こいつは喋ったのか?
信じられない。
今までのU/Sにはおよそ知性というものが無かった。
確かに群れなどを組んでいることはあったが戦闘をしていても力でのゴリ押しがほとんどなのだ。
コミュニケーションも取れない。
だからこそ知性のある俺達は優位を保てた。
もしあのU/Sに知性があるとするならばかなり厳しい戦闘になるかもしれない…。
しかし喋れるということは、少なからずコミュニケーションが取れるということだ。
こいつらについては、まだ分からないことだらけだ。
少しでも情報が欲しい。
「なあ、お前言葉がわかるのか?」
「今の俺の声聞こえなかったかぁ?」
「お前何者なんだよ?」
「あーあーそういうのは言っちゃいけねぇって言われてんだ。俺の目的はただ一つ」
ぶっきらぼうな口調。
その話し方からはあまり知的さは感じないがU/Sに共通する狂気を感じとれた。
そのまま奴は言葉を続ける。
「てめえをぶっ殺すことだぁぁ!!」
奴が踏みこんだのと俺が銃を抜くのはほぼ同時だった。
尋常ではないスピードで接近してくる敵に対して右手の拳銃を打ち放つ。
しかし、10メートル以上あった距離は一瞬で詰められ、打ち出した銃弾ごと銃本体も切り裂かれる。
俺は攻撃の一瞬前に銃から手を離し、後ろに引きながら刀を抜き放つ。
その斬撃すらも銃を切ったのと反対の刃で防がれる。
早い。
そして精確な攻撃だ。
左右の腕についた刃からは次々と流れるような連撃が繰り出される。
俺はその攻撃を最小限の動きと力で捌くのが手一杯だ。
思い切り刃と刃をかち合わせたらどちらが折れるか想像がつかない。
良くて両方折れるといったところか。
その後はもう片方の刃で切り裂かれて終わりだ…。
知性と強靭な体を兼ね備えた敵がこれほどまでに手強いとは。
これはマズいか…
このままではジリ貧だ。
いつかこちらがやられる。
そう考えた瞬間。
突然の銃声。
振り上げた相手の右手の刃が砕ける。
「ナイスアシスト!」
それは舞華の対物ライフルからの精確な射撃だった。
相手は面食らった表情をしている。
―ここだ!
全神経を集中させる。
いつもよりもさらに遅く見える世界。
相手の一瞬の隙が何十秒にも感じる。
そのチャンスを逃すことなく俺は相手の刀身の腹に向かって垂直に斬撃を繰り出す。
そのまま相手の刃の切断に成功。
しかしこちらの刀の耐久度も限界だった。
刃の中心から真っ二つに折れてしまう。
「ちっ!」
そのまま後方に大きく跳躍する。
相手にまだ武器があるのを警戒しての行動だったのだが、それは杞憂だったようだ。
焦る俺をよそに相手はニヤリと笑う。
「まぁ及第点ってとこかぁ?今回は見逃してやんよ!」
相手は追っては来ず、そのまま恐ろしいまでの跳躍で一気に視界から消えた。
ガクッと膝をつく。
正直限界だった。
あんな死線を潜ったのは初めてだったのだ。
酷使した脳が急速に冷めていくのを感じる。
正直少し休ませて欲しい。
―そのままゆっくりと意識が遠のいてゆくのだった。