少年の現状 ―長月慶刀―
空が青く澄んでいる。
この青い空は昔から変わらないと、俺は記憶している。
「ふぁ~あ…」
そんな空を眺めていると平和ボケしそうだなと慶刀は思った。
その瞬間眠気が襲ってきて、大きなあくびが出た。
「もう慶刀君ってば、また夜更かししたでしょ?」
「お前はすぐ、そうやってオカンみたいなことを…」
涙をぬぐいながら目線を空から、隣を歩く遠崎舞華へと向ける。
長く綺麗な黒髪、美少女と言うよりは美人という言葉が似合いそうな風貌であり、制服を着ているといかにも優等生といった感じである。
その舞華が少し怒ったように
「私がお母さんの変わりをしてるの!」
もうどっちにもいなんだから…、と今度は少し悲しそうに言う。
よく表情が変わるやつだなとか思いながらも、元気づけるために
「大丈夫だ、もうとっくに受け入れてる」
そう、受け入れている。
もうみんなの死から7年も経つのだ。
ずっとメソメソしているわけにもいかない。
「それは私もだけど…」
「それともアレか?今のは俺と家族になりたいとかそうゆうのか?」
「ち、違うよ!?いやでも将来的には…」
最後のほうはもごもごしていたから聞きとれなかったが、今度は顔を真っ赤に染めて俯く舞華を微笑ましく思いながらさらに歩みを進める。
「ほら舞華、そろそろ学校着くぞ?顔上げろよ」
「え?もう着くの!?」
舞華は、はっと顔を上げる。
相当なにかを考えこんでいたらしい。
目の前には白い学校の校舎が見える。
そこは第3区域4号高等学校という味気のない名前であり、周囲からは三四校と呼ばれている。
俺達は昇降口で上履きを履き替えると普通の教室へは向かわず、生物学科という標識の教室へと入る。
「ヘイ!大将今日も一緒に登校とはお熱いね~」
「あ~おはようございます。舞華先輩、長月先輩…」
もうすでにいつものメンバーは来ていたようだ。
最初に冷やかしてきた、いかにもチャラいやつはおそらく悪友である破鉄颯。
ツンツンとした金髪に着崩した制服の胸元からはジャラジャラとした銀色のアクセサリーが見て取れる。
もう1人の少し気だるげに挨拶した女の子は1つ年下の後輩天宮優希だ。
こちらは舞華とは違い美少女と断言できるだろう。舞華よりも気の強そうな鋭い目つきながらも小柄な体型に茶色がかったショートヘア、後ろ髪は小さくポニーテールに括り時折ぴょこぴょこと動いているのが見て取れる。
この学科にはこの4人しかいないからこれでメンツは揃っていることになる。
「おはよう!颯君、優希ちゃん」
ちゃんとに挨拶を返す舞華を尻目に俺は期限の悪そうな優希についての詮索を入れる。
「颯、また雨宮になんかしたのか…?」
「おいおい、俺がこんなお子様になにしたってんだよ?」
「んだと!?このバカ颯!」
「え~っと…」
舞華がそんな困った表情を浮かべていると優希から説明が入った。
「舞華先輩聞いてくださいよ!このバカ、私のお菓子勝手に食べたくせに悪 びれもせずに…あまつさえ人を馬鹿にするようなことをー!」
「まあまあそんなにピリピリしないで、ね?」
舞華がなだめに入るも、俺は日常茶飯事過ぎて関わる気になれなかった…
言わばこの二人は犬猿の仲なのである。
そんなどうしようもないやり取りをしながら席に着き教師の到着を待つ。
「は~い!おっまたせぇ~!!」
無駄に大きい声、間の抜けた口調、間違いない。
廊下を走る音が聞こえる。
どんどん近づいてきて、ドアが豪快に開け放たれる。
「や~おはよう!皆さん、待ったかい?」
いつものことだろ、と内心呆れていると
「まあいつものことかな?ねぇ長月君?」
「自然に心の声を読み取らないで下さいよ!」
「え?勘ですよ~?」
と、やはり間抜けな声で聞き返される。
実際はどうなのか分かったもんじゃないな…
この神山誠治というよく分からない奴はこんなのでも俺達の教師もとい教官にあたる人物だ。
「あれれ?雨宮さんは今日もご機嫌斜めかな~?」
「神山先生、プライベートなことなのでほっといて下さい」
「あらら…怒られちゃったかぁ~」
さして残念そうでもなく、わざとらしくリアクションをとる。
「早くホームルーム始めたらどうですか?」
「慶刀君まで…皆さん冷たいんですね~…」
さらにオーバーリアクションになった…。
その教師がこの場の全員に呼びかける。
表情はケロッとしていていつもの間の抜けたヘラヘラ顔に戻っていた。
「さ~て、ホームルームを始めましょう!」
ホームルームが終わり授業が始まる。
「今日は近々の実戦任務に備えて世界の現状についておさらいしたいとおもいます~」
何度も聞いた内容になるだろうが、このタイミングでもう一度おさらいするということは、それが必要なことだとこの男が判断したからだろう。
わざわざ抗議の声をあげるものはこの中には居なかった。
「まず初めに、現在日本の人口は7年前の5分の1にまで減少しています。 この理由について…遠崎さん答えてもらえますか?」
「はい、謎の生物アンノウン・スピリット、通称U/Sの突如出現とそれによる 人類への攻撃が原因です。」
「はい、その通りです。それではU/Sに人類が敗北した理由を…破鉄君おねが いします」
「そりゃあ強いからですよね!?」
「まぁそうなんですが… 補填を雨宮さんお願いできますか?」
「…はい」
颯に対して呆れるような素振りを見せた優希だが、先生の質問には素直に答えるようだ。
「まず、U/Sの皮膚と思われる黒い表面の部分には並の銃器による攻撃が通じ ません。これだけでもかなりの脅威ですが、一匹ずつでも殺すことは可能 です。それでも数が減らないのはそれだけ膨大な個体数がいるからです」
「はい良くできました!」
ふん、と鼻を鳴らしながら颯に見せつけるように堂々と席に着く優希。
「それに追加して、U/Sの重要な特徴を慶刀君お願いします」
「え~っと、死体が全く残らずに研究が出来ないことですよね?」
「はい、そうです」
アンノウン・スピリット、正体不明の霊体。
その名の通り、こいつらは死んだ途端に霧散し全く正体についての研究が進まない。
それは身体能力に劣る人類の頭脳すらも使い物にさせない絶対的な強みだった。
「まぁそのための貴方達なんですけどね」
そう、俺達は確実にU/Sと戦闘を行い勝つために集められた集団なのだ。
人体の強化などということが簡単に出来る訳はない。
7年前のあの日、俺の記憶にないところで何か特別な力を手に入れた。
周りの証言によると僅か11歳の子供が一人で崩れた家の瓦礫をどかしていたという。
当然保護された後様々な検査を受け、人間を超えた身体能力の確認された。
それと共にこの力の複製についても研究が成された。
DNAの移植などというものは適合者が少ない。
様々な人に実験を行ったようだが、成功したのは当時孤児院に居たこの3人のみのようだ。
かくして化け物退治用の化け物人間チームが完成したのである。
3時間の授業と早めの昼食の後、
「さぁて!今日は訓練の日ですよ~」
という神山教官の号令が入る。
訓練とか教官とかいう単語はおよそ学校では使われないと思うが、それはこの生物学科が表向きの名前であり、本当の名前を特殊人体開発科と言うからだ。
戦闘が仕事であるがため当然訓練も行う。
「今日は柵外訓練ですか?」
と、優希が質問をする。
「そうですねぇ~柵外にいきますかねぇ。各員30分後に実戦装備で門前に集合してください」
「「「「了解」」」」
という4人の声と共にこの場は解散となった。
♦
学校を出た俺達は町を囲むように作られた壁から出られる唯一の場所、門へと向かった。
「少し早めについちまったな」
「まあまあ慶刀さんよ~、これから過酷な戦場に行くんだから少しくらい心に余裕を持とうぜ~?」
「お前はいつも余裕を持ちすぎなんだよ…」
まるで緊張感の無い颯をたしなめながらも自分も気持ちを落ち着かせる。
「みんな、お茶でもどう?」
「舞華先輩、私いただきたいです」
「俺も!」
舞華の気の利く差し入れの申し出に皆うなずく。
「慶刀君は?」
「ああ、貰うよ」
「はい!」
と言って舞華から差し出された冷たいお茶を飲みながら教官の連絡を待つ。
丁度飲み終わったあたりで右耳のインカムに連絡が入る。
「はい!皆さん時間ですよ~」
「今日のノルマは?」
今回の訓練の課題を問いかける。
なぜ教官がついてこないのかというと簡単なことで、彼は普通の人間だからだ。
人間のままでも十分強いのだが…
「そうですねえ…柵付近のを8体くらい倒してきてくれます?」
「近場のを8体ですね。分かりました」
「はい。ではナビゲーションは任せてください」
近頃の軍用衛星はすごいもので、地上のことがほぼタイムラグ無しに見えるのだという、それでこの人はナビゲートしているのだ。
「では、出発します。門を開けてください」
門が自動で開いていく。
しかしすぐにU/Sがいるわけではなくここから柵と呼ばれる場所まで1キロメートル移動するのだ。
「さて、行きますか。みんな準備はいいな?」
それに、皆うなずきを返す。
今日も俺達の闘争が始まる。