2062/4/8
「乙女座の今日の運勢です 恋愛運 ★★★★★ 金運 ☆☆☆☆☆ 健康運 ★★★☆☆ 仕事運 ★★☆☆☆ 大切な出会いがあるでしょう。運は良くないかも。人生で使える運は皆いっしょ。あす以降にとっとこうよ。ラッキーアイテム 『Di』」
髪を乾かしながら普段は見もしない占い情報を声に出して読む。我ながら柄にもないことだとは思う。
脳内に映し出された情報を閉じ身支度を整える事にする。
と言ってももう顔も洗ったし、新しい制服に袖は通した。後は髪形を整えるだけ……これもゴムで二つおさげを作るだけ。
「今日から高校生、とは言ってもやっぱり朝の身支度は何も変わらないよね。にしても、さっきの占いのラッキーアイテム……Diって……。Direct informationは今日日誰でも使ってるでしょうに。」
髪を結びながら独り言。やっぱ新しい学校に緊張してるのかな、私。
左手甲に貼られたDiアクセスフィルムに触れ、入学式に必要な物を脳内に映し出す。目の前の荷物と照らし合わせる。
他に忘れ物は、ないな、良し。脳内情報をオフにし、荷物をすべてショルダーバッグに入れて家を出る。
中学と比べ通学距離が伸びたので買ってもらった自転車だが、流石は新品。快適な乗り心地だ。
多少の坂道なら楽に進むことができる。Diにより、脳内に音楽を流すことで暇を持て余すことも無い。
ヘヴィメタルを大音量に流しても自分の脳内にしか流れないから周りに迷惑をかけないのは良いことだ。
これから毎日悠々と通学を楽しませてもらおう。
前言撤回。学校前の坂がこんなにも急だなんて思ってもみなかったよ……。勾配30度超えてるんじゃないの。
元より体力に自信が無いのにこんな所を上がれるわけもなく、自転車から降りそれを押しながら坂を上がる。
校門は見えている。目測50mと言ったところだろうか。
長すぎだろ。
ひ弱な女子中学生、っともう女子高生か、にこんな坂を毎日登れとな。卒業するころにはマッシブになってるんじゃなかろうか。
なんとか坂を登り終えた頃には額には汗がにじみ肩で息をしていた。
だが、とりあえず到着だ。
公立「四景商工高等学校」。
2050年に設立されたDiに特化した高校であり進学先・就職先共にDi関連の箇所となることが殆どとなる。
Diを駆使した授業を行い、他の進学校と同じ授業数ながら学習内容は1.3倍の量をこなしている。
尚、他校より3割多い学習内容はDi関連の物である。
入学生へ向けた学校案内を脳内に展開する。
もっとも今見たいのはそんな情報ではない。とりあえずは自転車置き場。
そして、先ほどの坂道で奪われた水分を補給するための飲み物を得るための、自動販売機だ。
Diの情報により迷うことなく自動販売機を見つける。
ショルダーバッグを下ろし、財布を漁る。
ここで私は一つの重大な事に気づいた。
入学式に必要な物の中には財布という項目は無かった。
当たり前だ……どこの入学式に財布が必要なんだ……。
そんな絶望的な状況でも体は正直である。細胞の一つ一つが水分を欲しがっている気がする。
買えないと分かると余計にでも喉が乾いてくる。
自動販売機の前でがっくりと肩を落としバッグを覗きこむ姿は周りにはどう見えるのだろうか。
「金運白星5つってこういうことか……」
今更納得しても遅いというか、占いって当たるんだな。
あぁもしかしたら運はないかもって方が当たったのか。
「カシャン」
と自動販売機が硬貨を飲み込む音がする。
そうか、誰か買う人がいるならどかなくっちゃな。
「すみません、今どきます」
と、顔を上げながら謝った。そして私は息を飲んだ。
ジュースが買える目の前の人物を羨ましがったからではない。
そのジュースを買う権利を得た人物が私の想像とは違った人種だったから。
端的に言えば外国人。
白い肌とブロンドの織り成す色の調和は私の心を奪うには十分だった。
その長いブロンドの描く曲線は思わず触れてみたくなるほどの幻想感を抱いていた。
「いえ、良いんです。ジュース、飲みたいんでしょ。好きなの押しちゃって」
「へ」
一度後ろを振り返る。
だが誰もいない。どうやら私に向けて発せられた言葉らしい。
「私もちょうど飲みたかったんだから良いのよ。あなたも一年生でしょ。制服新しいもん。だから、そうねぇ、これはお近づきの印だと思って」
まさか、初対面の人間にいきなりジュースを奢られそうになるとは。
確かに喉は極限と言っていいほどに乾いている。とはいえ流石に気負いしてしまう。
「あ、いえ良いんです。どうせ今日は午前中で下校だろうし、ちょっと我慢すればいいだけだから」
「ダメ。途中で我慢できなくなって倒れたらどうすんの。んじゃ、こうしよう」
喉が渇いて我慢できずに倒れるって……この人の目には私がどういう人に写ってるんだろう。
と、思ってるうちに細く白い指はコーヒーのボタンを押していた。
ガコン
と自動販売機の取り出し口に缶コーヒーが落ちる。
白いブロンドさんはそれを取り出し、プルタブを起こし、2口3口喉を鳴らして飲んだ。
私も思わず唾を飲んでしまう。
「ふぅ。お腹いっぱい!ってなわけだから、残り飲んで!」
半ば強引に缶コーヒーを手渡される。
流石にここまでされたら、今度は逆に飲まないわけにもいかない。
「あはは、ありがとう。それじゃいただきます」
缶コーヒーに口をつけようとする瞬間に気付いた。これって間接……
「そういえば、名前がまだだったね。私は穂是シオン」
「ほぜ…シオン?」
つけようとしていた口を離し、自己紹介の名前をおうむ返しのようにつぶやく。
「そう、稲穂の穂に、これの是。んでカタカナでシオン。君の名前は?」
「田中、百合」
反射的に答えていた。先に名前を名乗ってもらったからなのか、それとも私はこの人……シオンに名前を知って欲しかったからなのか。
「よっしゃ百合ちゃんね。んじゃそいつをググっと飲んじゃって」
言われて、反射的に缶コーヒーを飲む。砂漠に垂らした水のように喉をコーヒーが染み渡っていく。
「ごちそうさま。ありがとう」
「いえいえどういたしましてー。んじゃこれからよろしくね、百合さん」
差し出された右手は白く細く、やはり人種が違うのだと認識させられる。
私から差し出した右手と比べてみるとその色の差は歴然だ。
私も割と色白だとは思ったんだけどな。
「こちらこそ、よろしく。シオンさん」
「じゃ、ついでにこのまま入学式の集合場所に行っちゃおっか」
手を握ったままシオンは走り始めた。
つまづきつつ私も合わせて走り始めた。
「大切な出会いがあるでしょう、か」
「ん~。なんか言った」
「いや、独り言」




