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The blessing of the moon  作者: MI
第一章 月夜の訪問者
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 太陽が真上から街を照らしていた。日差しの強さを物語るように、明暗がくっきりとわかれている。

 ソルディは屋根に立ち、太陽を見上げた。精霊であるソルディは、本来ある場所に影がない。けれど太陽を身に浴びれば暖かいと思うし、風が吹けば髪が揺れる。

 ソルディはこの場所で、風の精霊たちと同調していた。

 精霊たちが風に身を躍らせ、世界中を駆け回っている様が目を閉じていてもわかる。

 何も考えることなく、自由に望む場所へ、同胞を引き連れ泳いでいく。大気は世界中のどこにでも溢れている。まるで赤子を守る母親のように、生きとし生けるものすべてを包み込んでいる。

 それはとても幸福で、満ち足りた瞬間。

 寿命などないソルディにとって、誓約者と共に過ごす時間は瞬きにも等しい。それでも、誓約者と共に過ごした時間は宝石のようにキラキラと輝いて、今も胸のうちにある。何物にも変えがたい宝物だ。しかし何者にも縛られず、自由奔放に風に身を任せたいと思う気持ちも確かにある。

 ソルディは浮かび上がり、窓をすり抜けてシエラの部屋へと入った。子ども特有の散らかしがない小奇麗な部屋。ここだけ時間が停滞しているかのような、不思議な空間だ。停滞と言っても、淀んだものではない。人間が持ち得ないはずの清廉さとでもいうのだろうか。

「おかえりなさい。どこへ行っていたの?」

「ただいま。屋根に立って風を感じていたんだ」

「私、風は好き。自由気ままに好きな場所に行けるから。ソルディもそうなのでしょう?」

「ああ。でも本当に自由なのは大地の精霊だよ。大地は世界を形成する。つまり、どこにでも存在するということだ」

 大地は世界を結成し、生命の生きる土台となっている。その大地の上で、水は幾度も循環を繰り返して生命を育む。風は世界へ大気を運び、生命に生きる力を与える。炎は不要となったものを焼き払い、世界を清浄に保ち続ける。

 それが世界の理であり、世界を形成する四元素である。何が欠けても世界は正常に機能しない。それが精霊の起源。

「人間は生まれ持つしがらみに縛り付けられている。そのしがらみから抜け出せる者は少ない。だから人間は窮屈さを感じ、自由を欲するんだろうな」

 シエラを観察する。稚い娘にはまだ理解しかねる内容だ。けれど少女は首を傾げることもなく、頷いていた。稚いながらに知的な娘であることを、すでに悟っている。

「お前も自由を望むか? 精霊になれば、人間よりは自由になれる」

「自由を望むのは当然だと思う。でも私は望まない。叶わない願いを抱いても不毛なだけ」

「――本当に不可能だと思うか?」

 試すように言えば、不安そうな表情を見せた。何と答えようか迷っているのかもしれない。

「精霊と誓約を交わせる時点で、もう普通とは言いがたい。ならばこうは思えないか、人間よりも精霊に近い存在だと。それが本当なら、精霊になることなど簡単だと」

 そうは思わないかと、惑わすように言葉を続ける。

 精霊は悪戯好きだ――昔読んだ本の一節にはそんなことが書いてあったことをシエラは思い出した。それは人間界での定説になっている。

 結局、それが本当なのかどうかはわからない。ただ、それ以上は聞いてはならぬと警鐘を鳴らす。

「むかし、むかし……」

 突拍子もなく、ソルディが語りだす。訝しがって名を呼ぼうとすると、人差し指で制された。

「本のお礼だ。気が向いたら、精霊の話を聞かせてやるって言っただろ?」

 シエラは口を噤んだ。人間には持ち得ない色彩を持つソルディの顔が近い。

 そして彼はゆっくりと語り始めた。





 むかし、むかし。異端を排斥しようとする人間たちの活動が、全盛期を迎えていた頃の話。

 異端審問官が各地を横行し、異端者認定された人間を片っ端から葬るような、暗黒の時代。異端審問官の一時の気の迷いが罪なき稚児の命を奪っていた。

 小さな村に誕生した御子。決して裕福とはいえぬ村だが、団結力は強く、村は喜びに包まれる。

 しかし歓喜は一瞬で戸惑いへと変わった。御子が穏やかな暗闇から、陽光が溢れる世界、輝く色彩に彩られた世界を目にしたときに。御子の双眸は、両親のどちらとも違っていた。それこそは紛れもない異端の証。その時、悲劇は幕を開けた。

 緑の双眸は精霊の象徴。こうして祝福された御子は、一瞬にて忌避されるようになった。

 幸いにも異端審問官に見咎められることなく、御子は無事に生き延びたが、隣村からいつ密告されるかもわからない。異端を生み出した村は異端審問官の気まぐれで、正義の名のもとに虐殺される恐れがあった。

 村人は御子の存在を隠匿し、口外することを禁止した。

 小さな部屋の中で御子は育った。話しかけてくれる村人もなく、闇夜に紛れて外にでることしかできない。御子の心の支えは、気まぐれな精霊たちだった。

 そんな生活が何年も続き、御子は青年へと成長した。その緑の双眸は、どんなに土に塗れても輝きを失うことはなかった。

 ある日、いつものように闇に紛れていると、御子は頭からフードを被る青年と出会う。見知らぬ声の持ち主は、御子に問いかけた。

『一つだけ願いが叶うとしたら、お前は何を望む?』

 御子はじっとフードの影を見つめた。

『――俺が、この世界に生まれた意味を。俺の存在意義がほしい』

 母を亡くしたばかりの御子は、己の存在意義を見つけられずにいた。居ても居なくてもいい存在ではなく、誰かに必要とされたい。そう望む御子に青年が頷き返した瞬間、突風が周囲を取り巻いた。フードが取り外され、生き生きと輝く緑の双眸が露になる。

『哀れで愛おしい精霊の愛し子。お前が望むなら、俺が生きる意味を与えてやろう。さあ、俺の手を取れ。精霊となって、永久なる時間を過ごせばいい』

 その青年は風を自由に従える風の精霊だった。御子は精霊に誘われるまま、その手を取った。そして御子は精霊になった。


一章は淡々と話が進みますが、二章から少しずつ動き出します。

ちなみに序章と最終章の間に九章あります。

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