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The blessing of the moon  作者: MI
第一章 月夜の訪問者
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携帯から読んでくださっている方もいたので、遅くなりましたが携帯用に改行を増やしました。更新済みのはすべて変更しています。

「……人間はなぜそんなに生き急ぐんだろうな」

 ぽつりと呟いたのは、傍でくつろぐソルディだ。

 シエラの願いを聞き、文字通り目の届く範囲にいた。今も窓辺に頬杖をつきながら、通路を行ったり来たりする人間の姿を面白げもなく見ている。

 ソルディがどんな気持ちでそれを言ったのかはわからないが、永い時を生きる精霊にはそう見えるのかもしれない。

「仕方がない。人の生には限りがあるんだから」

 そうだな、と気のない返事が聞こえてくる。

「精霊に寿命なんてないようなもの。俺たちにとったら、人の寿命なんて瞬く間に終わってしまう。一眠りしている間に世代が変わっていてもおかしくないからな」

「それは君の体験談?」

 頬杖をついた肘はそのままに、ソルディは口角を上げて否定した。

「俺は精霊の中では若造なんだ。だからこれは古株精霊の体験談」

「じゃあ、君は子どもの精霊なの?」

 別に他意はなかったのだが、彼は苦笑した。何か変なことを言っただろうかと首を傾げる。

「俺はちゃんとした大人だよ。少なくともお前よりは何十倍も生きている」

 人間と精霊の寿命を比べるのは愚かなことだ。そもそも精霊に寿命という概念はあるのだろうか。彼らはそこに存在し、漂うもの。永遠と呼べる寿命がありながら、とても不確かなもの。

「人間の数えでおよそ二百五十年。俺はその間、お前以外に四人の愛し子と誓約を交わした」

(四人の誓約者……?)

 何故か興味をそそられて、シエラは耳を傾けた。

 彼の口振りからも、過去の誓約者を匂わせるものがあった。だから今さら驚きはしない。けれど実際に言われると、不思議な気分になる。

 どこか掴みどころのない風の精霊。その誓約者たちは、一体どんな人物だったのだろうか。

「ねえ、ソルディ。君の誓約者だった人たちの事を教えて」

「あいつらのことを?」

 彼はなぜか複雑そうな顔をする。なぜそんな顔をするのかわからずに首を傾げたが、シエラは真面目に頷き返す。気分次第だと言っても、これくらいは教えてくれてもいいだろう。

 ――そう、思ったのに。

「それは言えない。俺だけの秘密だ」

 不思議な微笑みを湛えて、彼は答えることを拒絶した。まさか断れると思っていなくて、反射的に「どうして?」と聞き返す。

「どうしてもだよ。その代わりに、俺が知っている精霊の話をする」

「精霊の話?」

「たとえるなら、人間界の昔話。真実かどうかはわからない。でも確かに伝わっている話」

「……わかった。じゃあ、その話を聞かせて」

「また今度な。今は言う時期じゃない」

 むっとする。望みを叶えると言ったのに、本当のその気はあるのだろうか。のらりくらりとはぐらかすその口を、シエラは初めて憎たらしいと思った。

「うそつき。私の望みを叶えてくれるって言ったのに」

 反故にするつもりかと、軽く睨みつける。

 精霊と愛し子を結ぶ、誓約という名の絆。それは月の魔力によってもたらされる奇跡。精霊にとって、何よりも尊いものだと思っていた。

「そう。お前が決めて、俺が認めた。そうだろう?」

 ぐっと言葉に詰まる。満月でもないのに特別な精霊を見ることができたシエラに、ソルディは選択肢を与えた。そしてシエラの出した答えは――是。

 不承不承に肯定すると、ソルディは口元に鮮やかな笑みを浮かべた。

「精霊には、人間のような感情はないと思っていた」

 負け惜しみのように呟く。ずるいと思った。出会ったばかりなのに、心をかき乱すソルディのことを。

「そう。お前だって知っているはず」

 確かに普段見る精霊たちに、人間のような感情はない。少しならば会話することもできるが、まともな会話はできない。でも――目の前の精霊だけは別だった。

「……ソルディは人間らしいもの」

「俺を人間らしいというのなら、お前はまるで精霊のようだ。歳不相応の落ち着きと、その双眸。とても人間界のものとは思えない」

 シエラは黙って、オッドアイを見返した。確かに感情を表に出す方ではないし、年齢の割には落ち着いているのだろう。変わり者という自覚もある。下手をしたら、ソルディの方が感情豊かだ。

 だがどんなに変わり者でも、シエラは人間であり、ソルディは精霊だ。

「それが何だと言うの?」

「……お前はもっと笑った方が可愛いよ。折角、いい時代に生まれたんだから、楽しんだほうがいい」

 誤魔化されたような気がして、腑に落ちないものを感じていると、額をちょいと小突かれる。確かに触れ合ったはずなのに、感触はない。それは彼が精霊であるという証。精霊と人間、結局は相容れぬものなのだと思い知らされる。

「私にだって感情はある。ただ……少しだけ表に出すのが苦手なだけ」

「ああ、お前はお前だ。無理に変わる必要はない」

 彼が触れた場所をそっと触れる。その手は温もりを残さないはずなのに、なぜか温かく感じる。

 意地悪な物言いをされて、それを腹立たしく思うことがあるのに、不意に優しさを見せられる。そうされると、どうしたらいいかわからなくなって困ってしまう。

「ソルディは不思議。感情などないと言いながら、人間みたいなことを言う」

「俺は精霊の中でも特別だから」

 特別、という言葉は、本人にとって必ずしもいい意味を持つわけではない。それなのに、彼は特別であることを受け入れているかのように、穏やかな表情で口にする。それを素直に羨ましいと思った。

 シエラにとって特別とは、少しも嬉しい言葉ではなかったからだ。

「面白いと思わないか?」

 顔を上げれば、軽く笑みを浮かべてこちらを覗き込んでいた。視線が合うのを確認して、ソルディは言葉を重ねる。

「精霊らしいと言われるお前と、人間らしいと言われる俺。本質は変えようがないのに、そう思われる矛盾」

 反論したいのはやまやまだが、ただ頷くにとどめた。ソルディはふざけているのではなく、何か大切なことを言おうとしているように思えたのだ。

「――これは偶然だと思うか?」

 何が言いたいのだろう。偶然でないとしたら必然だというのだろうか。

(起こるべくして起こったというの?)

 ぐるぐると言葉が浮かんでは消えていく。答えにたどり着くことはないと知っているのに。

 ソルディは今までの雰囲気を紛らわすかのように笑った。

「な、面白いだろう?」

「……うん」

 次々と浮かび上がる疑問には蓋をする。今はまだ時期ではないのだと、そう思いながら。

 穏やかな時間が、ゆっくりと流れ始める。

 それと同時に。

 砂時計は金色の砂をさらさらと零し、時間を刻んでいった。


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