表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The blessing of the moon  作者: MI
第二章 麗しの水の精霊
25/26

25

 頑なな表情のシエラを見れば、一目瞭然だったのだろう。はあ、と大きな溜息が聞こえた。仕方のない子だね、とすべてを許容するようで、何かを諦めるようでもあった。

「俺はお前に会いたかった。会わねばならなかった。だからあの日、お前の前に現れたんだよ」

 ああ、切望した真実が今、語られようとしている。好奇心と大きな不安。それは覚悟の上だ。

「確かめたかった。お前に俺の姿が見えるのか、否か。見えていないならばいい。けれど見えてしまっているのなら――。結果として、お前は俺を直視していた。正直、落胆した。見えていない方がお前のためだと思ったから」

 誓約を交わす以前から、彼はシエラを知っていた。それよりも気になったこと。会いたいではなく、会わなければならなかったという彼の言葉。それはまるで義務のように聞こえる。

「こうなった以上、仕方がない。もう互いに嘘をつきとおすのはやめよう」

 どくん、と胸が高鳴った。知ることを望んでいるけれど、それ以上言わないでほしいとも思っている。

「俺たちの誓約は、月の魔力がもたらしたものではない。お前の持つ異質が、仮初の誓約者を作り上げただけ。……本当は誓約などなされていない。無理なんだ。精霊の愛し子ではないお前が、俺の誓約者になるのは」

 イザルネに突きつけられた真実。それを再び聞いただけだというのに、与えられた衝撃はこんなにも違う。彼の口から聞きたくて、そして聞きたくなかった。

 当初、危惧したよりも、ずっと早く別れはやってきた。半月にも満たない期間、離れがたく思う前に終わるのだと思えばいいのか。いや、もう遅い。

(だって――私は)

 ソルディとの別れを辛く思っている。資格は与えられなかったが、彼は選ばせてくれた。その戯れに付き合ってくれた。それは精霊の気まぐれだったのかもしれない。それでも感謝している。

 部屋に閉じこもり、風を感じることしかできなかったシエラに、新しい風を運んできてくれた。

「お前は――精霊と人間の間に生まれし稀有な娘」

「……え」

 ソルディの言葉が理解できない。確かに精霊をこの目に映し、言葉を交わすことができた。それが『精霊の愛し子』でないのなら、伝承に残る『取替え子』ではないかと思っていた。

 それならば誓約を交わせないことも、精霊に親近感を抱くことも、身体が弱いことも説明できる。

 しかしさすがにこれは予想できなかった。暴かれた真実を前に、呆然とソルディを見つめる。

 誰が予想できるというのだろう。精霊と人間を両親に持つなど。だっていつもみる精霊は陽炎のような存在で――。ソルディのような人間の姿をした精霊がいることに、本当はとても驚いていたのに。

「真実は優しかったか? 俺にはお前がそこまで執着する理由がわからない。真実がどうであろうと、今ある現実は確かなものなのに」

 最後の言葉を吐き出したとき、顔が微かに歪んだのを見逃さなかった。やはり彼は人間嫌いなのかもしれないとふと思う。普段は特別人間を嫌っているようには見えないが、一度その仮面を外したとき、彼は冷酷な表情で人間を見下しているのかもしれない。だがそれはシエラの憶測に過ぎなかった。

「俺が伝えられるのはこれだけだ。お前がさらなる真実を望むのならば――」

 考え込んでいたシエラは顔を上げる。その表情にはどこか人間味を感じられるものがあって、知らず知らずのうちに胸を撫で下ろした。しかし次に何を言い出すのかわからずに、固唾を呑んで見守る。

「お前が望む答えを持つ者が、すぐ傍にいる」

 視線を外して、胸の前で手をぎゅっと握り締める。何かにすがらないと、落ち着けない。

「……そんなひと、君しかいない」

 言わないでほしい。本当はすでに気づいている。

「まだ、お前の母親がいるだろう?」

 聞きたくないと全身が物語っているだろうに、ソルディは残酷に真実への鍵をチラつかせる。

「人間と精霊が互いに想い合ったところで上手くいくはずがない。世の中はそんなに都合よくはない。それでも真実を望むなら――語られぬ真実を暴く覚悟がお前にあるのなら、訊いてみればいい」

 母に問う覚悟があるかと言われれば、わからないと答える。知りたい気持ちも、知らないほうがいいという気持ちもある。明るみにならないほうがいい事実があるということを、シエラは知っている。

「……君が代わりに教えてくれればいいのに」

「母親が話さないものを、俺が話すわけにはいかない」

「それならなぜ、私が精霊の血をひいていることを教えてくれたの?」

「何も言わなければ納得しないだろう。だから教えた。これが真実そのものとも言える。それを聞いてどうするかは、お前の自由だ」

 優しい声を聞きながら、そっと目を閉じた。





 築き上げていたものが瓦解する。何かが終わる音が聞こえた気がした。シエラは双眸を開けてぼんやりと考え込んだ。

(――最初は)

 どんなに尋ねてもはぐらかしてばかりのソルディを、憎らしく思っていた。

 しかし彼と接しているうちに、この時間が少しでも長く続けばいいと思うようになっていた。その手を取ったのは勢いだったし、それは偽りの誓約だったのかもしれない。けれど彼と過ごした時間はシエラにとっても特別で、楽しかった。その時間は偽りではなく、本物だった。

 だから、今ならわかる。はぐらかしていたのは、彼の優しさだったことを。

 言えるはずがなかったのだ。ソルディが問いに答えれば、魔法は解けてしまう。たった一つの嘘が暴かれ、その瞬間にすべてが終わる。優しい嘘が、この関係を支えていた。

「さよなら、なんだね」

 誓約が成立していなかった時点で、繋がりは完全に途切れた。傍にいる理由もなくなる。

「――ああ」

 ソルディは茶化すこともなく、神妙な面持ちで頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ