24
東から闇夜を切り裂く太陽が昇る。時刻は早朝。多くの人間が眠りについているだろう時間に、ソルディはそこにいた。朝靄がかかった光景は、何度見ても美しい。
後方から微かな物音が聞こえ視線を向けると、水の精霊が佇んでいた。
「暫しの別れだな、ソルディ」
そうだな、と言葉少なげに会話する。
友人と呼ぶには違和感がある相手。けれども長年を同胞として過ごした気楽な相手。悪友、腐れ縁などという言葉が思い浮かんだが、すぐに追い払う。無理やり言葉に当てはめるのは無粋な気がしたのだ。特別な精霊としての想いを共感できる仲間、それ以上でもそれ以下でもない。
「近々、またお前に会いに行くとしよう」
「そんなこと言って、何十年後の話だ?」
近々などという言葉を使ってはいるが、言葉通りの意味合いかは怪しいところだ。数ヵ月後、数年後ならまだしも、何十年後というのも十分有り得る。
「さあな。だがリフェは約束を守り、私もそれに付いていく。ほら、案外すぐかもしれないぞ」
なるほど、と納得する。確かに近い将来、起こりえるのかもしれない。しかしその近い将来、ソルディがそこにいるかどうかは別問題だった。
「……何だ?」
視線を感じると、イザルネがまじまじとこちらを見ていた。
「いや、再確認したところだ。お前はよく厄介事を背負い込む。当分、お前の噂は絶えそうにないな」
過去の出来事を思えば、どのような噂か想像するのは容易だ。隠したい過去の一つや二つどころか、その多くが筒抜けになっていることには、もう苦笑するしかない。
「捨て置けばいいものを……と言いたいところだが、こればかりは仕方ないな。誓約者のためならば、我々は何でもする。――まったく、厄介な性分だ」
特別な精霊同士だからこそ共感できるものがある。そういうものだと許しあえる。
「――だが、あの子は違うだろう?」
穏やかな声でそっと囁かれた。気にかける理由を知っているくせに、惑わすようなことを言う。
「意地が悪いぞ、イザルネ」
「これは私の性分だ。それこそ仕方がない」
言葉遊びを楽しんでいるかのように、悪びれもなくイザルネはころころと笑う。
「しかし本当に難儀だな。救いようがない」
「お前に迷惑はかけていない」
「当たり前だ。リフェに危害が加わるようなことがあれば、お前を許さない」
微笑みの種類が変わる。太陽に背を向けるイザルネの顔は影となり、凄絶さがさらに増す。微笑んでいても、目は笑っていない。それは紛れもない彼女の本心だ。
「それこそ無用な心配だ。お前たちが余計な首を突っ込まなければいい。この街から……俺の傍から早く去れ。――あの子をこれ以上関わらせるな」
「言われずとも」
返事は明快だった。忠告さえも杞憂に終わるだろう。リフェルダが約束どおりこの街を訪れたとしても、その頃にはすべて終わってる。
「リフェを待たせているからな、私はもう行く」
宣言と共に、気配は遠のいていった。
誰もいなくなくなった部屋で、シエラは短期間に起こった出来事を思い返していた。ソルディとの出会いから始まり、水の精霊やリフェルダとの出会いと別れを経験した。
どこからどこまでが偶然で、必然だったのか。最初から誓約者たる資格はなかった。すべて承知の上で、なぜ彼は自分を選んだのか。それを確かめたい。
「ソルディ」
彼は現れてくれるか、一抹の不安があった。願いを叶えてくれるといったが、それは『誓約者』である場合だ。『誓約者』でない者の願いを叶える必要はない。だから名を呼んだ。
「呼んだか、シエラ」
ああ、あの時のように――不安を嘲笑うかのように、彼は現れた。名を呼ばれたから、それに応えるのは当たり前だというように。
今ならば何事もなかったように振舞える。だがシエラはこの茶番劇に終止符を打とうとしていた。
この穏やかな時間を壊すのは、とても勇気のいることだ。だが心を欺き続けるのは――とても辛い。




