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The blessing of the moon  作者: MI
第二章 麗しの水の精霊
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 ソルディはリフェルダをじっと見つめ、そこに過去の誓約者の姿を重ねたように、懐かしげな表情をした。

「……そうだな。確かに今、俺たちはここに存在している」

 その言葉で、ああ、届かないのだと悟ってしまった。一見、受け入れてくれたかのように聞こえるけれど、それはただ癇癪を起こす子どもを宥めているようなものだ。まるでどうしようもないことを無理強いしているような気分になる。

 きっと、風の精霊の心を変えることができるのはリフェルダではない。その可能性があるのは、風の愛し子だけだ。同様に、イザルネの心を揺るがせるとしたら、リフェルダしかいない。けれど、それはとてつもなく難しいことのよう思えた。

 表面では恭順の意を示すことはあっても、培っていた価値観はそう簡単に覆されるものではない。

「――僕たちがいるのに」

 彼らの哀しみや寂しさを取り除くことはできないのだろうか。誓約は一方的に与えられるだけのものではないのに。

 気が遠くなるほどの時間、過去を引きずり続ける。それは救済ではなく、未来永劫に続く贖罪の日々。失った過去を思い続けても苦しいだけだ。

「……昔、未来を望んだ精霊がいたよ。無謀にも人と共に生きる未来を願っていた。だけど、その結末はお前も聞いたことがあるはずだ」

 脳裏にシエラの姿が思い浮かび、そっと目を伏せた。

『昔、未来を望んだ精霊は自ら禁忌に触れ、消滅した。我々が変化を望むとき、その業ゆえに消滅が付きまとう。それでも――お前は私が前に進むことを望むか?』

「お前はその行動が正しいと思うか?」

 問いかけが重なって聞こえた。それが正しいかは、リフェルダが判断するべきではない。けれど身勝手でも自己満足でもいい。長すぎる生を疎むくらいなら、前に進んでもいいと思う。

 それを伝える前に、風の精霊の詫びるような声が響く。

「酷な質問をしたな。それは極論に過ぎないのに」

 知らず知らずのうちに寄っていた眉間のしわを解きほぐすように、そよ風が頬を撫ぜた。

 精霊にも関わらず、人間の心を持つ特別な精霊。彼ら永劫の呪縛から解き放ってあげたいと思う。たとえそれが消滅と同義だとしても。

「――君を呼んだのは、シエラのことで訊きたいことがあったからなんだ」

 これ以上不毛な話を続けても仕方ないと思い、本題に入ることにした。

 イザルネの目を盗んで風の精霊と接触したのは、この話をするためだった。以前から機会があれば話をしたいと思っていたが、離れている時間などないようなもの。さてどうしようかと悩んでいたところだったので、シエラの提案は願ってもないことだった。

「彼女は悩んでいるよ。君も知っているよね?」

 最初に仕掛けたのは風の精霊だ。誓約を交わした精霊として、彼は常に傍にいた。

 シエラから話を聞いたわけではないが、部外者にも関わらず、リフェルダは彼女の置かれている状況を多少なりとも知っていた。水の精霊は噂話に敏感で、雑談代わりによく話していたからだ。

「本当に君の誓約者たる資格があるのか。あの夜、誓約は交わされたのか。――そんなこと、気にする必要ないのにね。でも君には選ばせた責任がある」

 満月の夜ならば、シエラは悪戯に悩む必要はなかった。自分たちと引き合わせれば、誓約者がどういうものか知らずに済んだ。それを知りながら、なぜ強行したのかを知りたい。

「君がシエラを大切に思う気持ちも、彼女の前に現れた理由も知っている。でも、それ以外のことは理解できない」

 言い終わってから、これでは糾弾しているようだと後悔する。けれども、シエラの不安げな声を思い出し、このくらい強気に出ても許されるのではないかと思う。

「リフェルダ。俺は理解されたいと思っていないし、現時点でシエラに多くのことを語るつもりもない。だけどさっきも言ったように、シエラが自主的に真実を追い求めてもとめはしない。……お前の問いに一つだけ答えるとするなら、月夜を選んだのは、嘘を重ねたくなかったからだ」

「だから……曖昧にしてシエラに選ばせたの?」

 風の精霊はそれに対して、明確な言葉を返さなかった。その代わりに、時間切れだと呟く。

「そろそろ戻ってくる時間だ。俺と一緒にいるところを見られたら、いい顔はされないだろうからな。文句を言われないうちに退散しよう」

 まだ訊きたいことは終わっていない。この機会を逃したら二度目はないだろう。残念に思うが、リフェルダは仕方がないと頷いた。

「これからもシエラのことを頼む」

 精霊たちが髪をくしゃくしゃに乱していく。その間に、気配は遠ざかっていった。

 なぜ風の精霊がシエラを傷つける危険を冒してまで、自分たちを引き合わせたのか。まだ答えは見つかっていないが、最後の言葉からシエラへの愛情が垣間見ることができたのには安心した。

 正直、まだ納得できない部分はあるけれど、話ができてよかった。風の精霊ならシエラを悪いようにはしないだろう。

 あとは結末をイザルネから聞けばいい。





 間もなくして、イザルネが戻ってきた。何かに気づいたように雰囲気が張り詰める。隠し通せるとは思わなかったが、速攻で気づかれるとは思わなかった。彼女の情報収集を甘く見ていたようだ。

 白状しろとの無言の圧力を感じたが、きれいさっぱり無視する。そのうち、様々な感情が込められた溜息が聞こえてきた。どうやら今回は見逃してくれるらしい。

 リフェルダをシエラの部屋まで連れて行くと、イザルネはすぐにいなくなってしまった。風の精霊を問い詰めに行っていたらどうしようと思ったが、あとのことは風の精霊に任せるしかない。

「イザルネは君の質問に答えてくれた?」

「……うん。水の精霊には感謝している」

 そっか、と頷いた。ほんの少し心配だったが、イザルネは誠実に答えてくれたらしい。

 風の精霊の優しさと、水の精霊の優しさは違う。優しさに違いはなくとも、どちらも癖があるものだ。どちらが正しいというものではない。知ることを望む気持ちも、知らないほうが幸せな事実があることも理解できる。結局は当事者の問題なのだ。部外者が口を挟むべきではない。

「君に言わなければならないことがあるんだ。急なことだから驚かれるかもしれないけど――僕たちは明日ここを発つ。朝早く出発する予定だから、今日でお別れだと思う」

 え、と小さな声が聞こえてきた。

 唐突な別れに戸惑っているのが感じ、申し訳ない気分になる。きっとリフェルダが我侭を言えば、もう少し期限は延びただろう。それでも黙って受け入れたのは、これが最後ではないと知っているからだ。

「またこの街に戻ってくる。約束するよ。だからその時まで僕のことを覚えていてくれる?」

 道は未来へと続いている。それを自分たちは知っている。

「……うん。約束」

 小指を差し出すと、小さな指が触れ合った。指と指を絡ませ、指切りをする。

「私も決めたよ。ソルディに訊いてみる。ずっとどうするか悩んでいたけど、やっと決心がついたの」

 どうか、最善の未来が彼女の歩む先にありますように。心の中で呟いた。風の精霊なら任せても大丈夫だろう。彼女がどんな選択をしても、それを尊重し、背中を押してくれるはずだ。

 またね、と呟いた。それは別れの言葉ではなく――未来への約束。


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