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誓約に至った経緯について話すと、イザルネは何とも言えない顔をしていた。
「ソルディにも困ったものだが、お前も難儀な性格をしているな」
現状を甘んじずに、隠されたものまで暴きたくなる。それが必ずしも最善ではないと知っていながら、あえて知ることを選んだのは自分だ。
「私はずっと自分のことを考えていたの」
この部屋はまるで時間が停滞しているかのようだ。窓から見下ろす風景は日々変化していくのに、この部屋は変わらない。偶にぬいぐるみの住人が増えるが、それだけだ。まるで切り離された別次元のようだと常々感じていた。
「……ま、私にはどうでもいいことだな」
呆れた眼差しを向け、イザルネは早々に突き放すような言い方をする。彼女にとって興味があるのはリフェルダだけなのだろう。他のことは心底どうでもいいと思っている。
だが、追求されないのは有難い。どうせ追及されたところで、上手に説明できる自信もない。それにきっと理解されないだろう。
「精霊の愛し子に明確な定義はない。ただ昔から、人間の中には精霊の姿を見て、感情を共有し合える者がいた。その者たちを便宜的に精霊の愛し子と呼んでいるに過ぎない」
イザルネが先ほどの質問に答えてくれる。ソルディの時も思ったが、無表情の彼らは人間離れしたある種の美しさがある。誓約者を前にした姿は、彼らの一面に過ぎないのだと思い知らされる。
「最初はただそれだけだったんだよ」
シエラを宥めるように付け加えられた。その意味を理解しかねて、ただ横顔を見つめる。
「そしてそれだけなら……お前が精霊の愛し子であるかどうか、悩む必要なんてなかっただろうに」
どういうこと、と問いかけようとしてやめた。口を挟まない方が賢明だと思ったのだ。
「月の魔力、という言葉を聞いたことがあるか?」
「……ソルディが言っていた」
「誓約とは月の精霊が、ある愛し子のために生み出した制度。己の魔力がもっとも強くなる満月の日だけ、誓約を交わせるようにした。そして――その代償に月の精霊は永い眠りについている。誓約が必要とされなくなったとき、月の精霊は目覚め、精霊と人間はあるべき姿に戻る」
御伽噺のような現実味のない話だ。実際に精霊と関わりがなければ、端から信じないだろう。
「月の精霊の誓約者は精霊となって、月の精霊の目覚めを待ち続けている。人間にとっては永遠に近い時を、彼女との約束を果たすために――」
イザルネはそっと目を伏せた。聞いているだけなら、ロマンチックな話なのだろう。しかし永遠に近い時を、いつ目覚めぬかもわからない精霊を待ち続けるなんて気が遠くなる話だ。
「わかるか? それこそが誓約だ。そしてその資格がある者こそが『精霊の愛し子』」
視線が交差する。お前に資格があるかと問いかけられているようだ。その答えこそ、シエラの求めるものである。
「率直に言おう。お前は精霊の愛し子ではない。限りなく似ているが、似て異なる存在」
咄嗟に言葉が出てこなかった。本当は薄々察せられるものがあった。言いづらいことだから、ソルディは言葉を濁したのだろう。最初からシエラが精霊の愛し子ではないとわかっていたのだ。彼は――気まぐれな風の精霊。精霊の愛し子には誠実でも、そうでなければ誠実である必要はない。
「……じゃあ、私は最初の選択を間違えてしまったんだね」
差し出された手を取らない選択肢が正しかった。でもそれなら、最初から目の前に現れないでほしかった。それが最善ではないのなら、期待を持たせることはしないでほしい。
「別にお前の選択はたいした問題じゃない。ソルディから持ちかけた話だしな。そのことに対してお前に非はない。むしろ――責められるべきはあいつなのだろう」
「どうしてそんなことをしたの?」
「気になったのだろうよ、お前が。別に悪気があったわけじゃない。精霊とはそういうものだと諦めろ」
(気になった? ソルディが私を?)
なぜ気にするのだろう。特別な何かをした覚えはない。出会う前ならば尚更だ。部屋に閉じこもり、精霊たちに話しかける。その声がソルディに届いたのだろうか。
腑に落ちないものを感じていると、イザルネがいそいそと窓辺へ近寄った。
「さて、義理は果たしたな。お前の問いには答えてやった。私はリフェのところに戻るとしよう」
「あ……うん」
そそくさと戻ろうとする姿に毒気を抜かれる。呑まれるような雰囲気はすでになく、少々拍子抜けしたが、とりあえず感謝の意を述べた。
飛び立とうとした彼女は振り返り、にやりと笑う。
「ではな、シエラ」
その言葉を残し、イザルネは今度こそ姿を消した。