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The blessing of the moon  作者: MI
第二章 麗しの水の精霊
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 目的地に到着し、リフェルダの姿を探す。目は見えずとも、感覚で察知するものがあったのだろう。イザルネの来訪に気づいたように顔を上げる。その隣にはやや緊張気味のシエラがいた。無表情ではあるが、戸惑いのような感情が伝わってくる。

「イザルネ?」

 確認の意味を込めて名を呼ばれた。それに応えるべく、腰を低くしてリフェルダの手を握る。

「私はここにいるよ、リフェ」

 その瞬間、安心したように顔が綻ぶ。その変化を愛おしく思い、握った手に力を込めた。

「来てくれて、ありがとう。……じゃあ、僕は席を外すよ。ごめん、イザルネ。来て早々で悪いけど、僕をその辺の屋根まで連れてってくれるかな」

「それがお前の望みなら従うが……お前が退室する必要がどこにある。私の傍らにいればいい」

 咎めるように、ちらりと隣を見ると、無意識のうちにこちらを凝視していたらしいシエラと、ばちりと視線が合う。シエラは視線を逸らし、居心地悪げに身じろぎをした。

「僕がそうしたほうがいいって思ったんだ」

 イザルネの非難を感じ取ったのか、リフェルダがシエラを庇う発言をする。不満そうに口を尖らせたのさえ見破ったように、ダメ押しされた。

「僕のお願い、君は叶えてくれるよね?」

 納得したわけではないが、黙ってそれを受け入れる。どれだけ不満があろうが、リフェルダの望みならば聞き入れる以外の選択肢はない。

「……わかった。お前を運ぼう。そのあとでシエラの話を聞いてやればいいんだな」

「ありがとう、イザルネ」

 リフェルダは毎回のように律儀にお礼を言う。お前の精霊なのだから礼はいらないと言っているのに、この癖は直すつもりがないらしい。イザルネも彼に「ありがとう」と言われるのは嫌いではないので、今ではなんだかんだと受け入れている。

 穏やかな微笑みを見ると、燻っていた気持ちがすうと消え去る。我ながら単純だなと苦笑した。

「シエラ、お前は待っておいで。――さあ、行くぞ」

 言葉と共に、室内に大量の水が生まれた。水は二人へと集約されていき、渦を作り出しながら姿を覆い隠してしまう。それが一瞬のうちに宙へ霧散し、二人の姿は消え去っていた。





「何かあったらすぐに私を呼ぶんだぞ?」

 屋根の上に移動した途端、両肩をつかまれ念を押された。心配してくれているのはわかるが、イザルネは過保護すぎる。

「何かって……屋根の上にいるんだから平気だよ」

「甘い。お前は甘すぎる! 世の中何が起こるのかわからないものだ。ソルディが立ち寄っても無視していいからな」

「風の精霊も? ……イザルネは過保護なんだから。ほら、シエラが待っているよ。早く行ってあげて」

 対象が風の精霊まで及ぶことに苦笑し、イザルネを急かす。

「むむ。この頃、私に冷たくないか?」

 不貞腐れた声が聞こえる。きっと不満そうに頬を膨らましていることだろう。外見は歴とした美女であるのに、時々子どものように素直に感情を覗かせる。出会った当初は戸惑いもあったが、そんな一面を見せてくれることが嬉しい。誰にでもそのような顔を見せることはないと知っている。

「そんなことないよ。シエラは特別だから、なるべく願いを叶えてあげたいだけ」

 イザルネは俯き、ふるふると震えだした。急に静かになったことに異変を感じて首を傾げる。

「イザルネ? ――うわっ!」

「さすがは私のリフェ! 立派に育ち、私は嬉しいぞ!」

 深く感銘を受けた様子で、ぎゅっと抱きしめられた。

 驚いて身体を硬くしたが、すぐに力を抜く。仕方ないなあ、となされるがままになる。

「ほら、イザルネ」

 背中を軽く叩いて促すと、渋々というように開放される。中断されて苛々するイザルネを横目に、躊躇するように口を開いた。

「何か言いたいことがあるのか?」

 目ざとくそれに気づいたイザルネが先を促す。

「……そろそろだよね。いつ?」

 それだけの言葉で相手に伝わる。予期していたかのように、迷いのない口調で言い切られた。

「明日だ。もう目的も果たしたし、これ以上関わるのは得策ではない。――少なくとも、今はダメだ」

「そっか……」

 訊いたのは、いつまでこの街に滞在するのかということ。シエラとはもう少し話をしたかったが仕方がない。イザルネも私情で言っているわけではないのだ。この街が内包する諸問題を知るだけに、文句は言えない。

「別れをすましておくといい」

「わかった。僕はここで待っているから」

 その気配が消えると、リフェルダは静かに息を整える。空に向かって、手を伸ばした。

「――風の精霊ソルディ。この声が届くのなら、僕の前に姿を現してほしい。君と話をしてみたいんだ」


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