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感想をくださった方、ありがとうございました。
絶対的な信頼をおく相手として、精霊ほどに相応しい相手はいないだろうが、そうするにはソルディは隠し事が多すぎるのだ。
「私、ソルディのこと何も知らない。知りたいと思っても、彼は踏み込ませてくれないから」
泣き言を言ったところで、リフェルダを困惑させてしまうだけだろうに、言わずにはいられなかった。
自信がないのだ。そう思えるだけの確固たるものが自分たちには欠けている。
「でも……君たちはまだ出会ったばかりだ」
俯くシエラを励ますように微笑まれる。
「僕たちはもう何年も一緒にいる。彼女のことを知っているのは当たり前だよ。彼女を――精霊を本当の意味で理解するには時間がかかるんだ」
言いたいことはわかる。共に過ごした時間も、リフェルダとは比べようがない。焦りすぎだとわかっているのだ。それでも悠長にしていられないと急かす気持ちがどこかにある。
――なぜだろう。彼と過ごす未来が思い描けない。
「彼は君を大切に思っているよ。風の精霊が、僕たちを引き合わせてくれた。僕と君のためにね」
思ってもみないことを言われ、顔を上げる。この出会いは、彼が仕組んだことだというのか。
「もう少し風の精霊を信じてあげてほしい。彼が君の問いに答えてくれないとしても、それは意地悪をしているんじゃない。きっと、何か考えがあるんだよ」
本当はわかっている。けれど答えを求めずにはいられない。愚かだと、自分でも思うけれど。
「ありがとう」
シエラは柔らかく微笑んだ。出会って間もないが、ソルディには言えない悩みも不安も、同じ立場の相手だからこそ言える。
それならば、この機会を無駄にしないようにしよう。リフェルダにも興味はあるが、水の精霊にも興味は尽きない。
「リフェルダ、お願いがあるの。水の精霊と話がしたい」
口ではそう言いながら葛藤していた。彼女に会う目的は一つだ。しかし本当にそれでいいのか。
ああ、どうせなら断ってくれればいいのに。矛盾しているが、彼が断ってくれれば諦めもつく。
「いいよ。ただ彼女は少し癖があるけど……それでもいいなら僕から頼んでみるね」
リフェルダは快く了解してくれた。予想通りの返答に、目を瞑る。
卑怯で臆病者の自分は、ソルディ答えなかったことを水の精霊に訊こうとしている。彼女も精霊だから、シエラが求める答えを知っているだろう。
「イザルネ、シエラが君を呼んでいるよ。どうか、僕たちの前に姿を現して」
穏やかな声で彼女を呼ぶリフェルダの声が聞こえる。まもなく水の精霊は訪れるのだろう。誓約者の呼び声を彼女が無視するなどありえないのだから。
シエラはカーテンの隙間から見える青空に目を向けた。
「……呼んでいる」
イザルネは振り返る。どんなに距離があろうとも、リフェルダの声は鮮明に聞こえる。
何もかも放り出して屋根を蹴ろうとして、ふと隣にいる存在を思い出した。他愛もない雑談を交わしていた相手――風の精霊は頷いた。呆れた様子を見せながらも、人のことは言えないのだろう。彼も自分の誓約者には甘い。
横目でソルディを見れば、この場に留まるイザルネに首を傾げている。何を考えているのか、まったくわからない。
リフェルダの声を彼は聞いたのだろうか。情報に長けた風の精霊といえども、誓約者でもないリフェルダの声まで聞く必要はない。だから聞こえなくとも不思議ではないが、何もかも承知の上で平然としているのではと勘繰りたくなる。他人の心の機微に聡いイザルネでも、その判断はつかなかった。
だからこそ鎌をかけてみようかという気持ちになる。意地の悪い笑みを浮かべ、『口止めしなくてもいいのか?』と問いかける。しかし馬鹿らしいのでやめた。一刻も早くリフェルダのもとへ急ぐ方がいい。
さっさと踵を返そうとしたが、ここにきてイザルネを引きとめる声がかかる。
「なあ、リフェルダはどこまで知っているんだ?」
それは独り言のように、抑揚のない声だった。ソルディはこちらを見ていない。遠い彼方を、街を見下ろしていた。
「私は誠実な精霊だからな。リフェが望むことは何でも答えてやるんだ。あの子は精霊の話をよく強請る。だから色々な話を聞かせてやった」
口角を上げ、ソルディを見遣る。けれど視線は交差せぬまま。
「愚かな娘と精霊の話、とかな」
そうかと言ったきり、彼は押し黙る。
今度こそ屋根を飛び立つ。制止の声はかからなかったが、イザルネは黙認だと受け取った。
そしてシエラの部屋へ向う。