17
「今日は楽しかったか?」
戻ってきたソルディに問いかけられる。この部屋にはさっきまでリフェルダがいたが、同じく戻ってきたイザルネに連れられていった。だから今は二人しかいない。
「うん。普段はこんなこと話せないから、彼と話せてよかった」
そうかと言って、彼は口元を緩める。その姿が急に大人びて見えた。ソルディは悠久の時を生きる精霊なのだから、大人びていてもおかしくない。しかし第一印象は違った。大人びた精霊というよりも、悪戯好きな精霊という、どちらかといえば子どものような奔放さが目に付いたものだ。
「何を話していたか訊かないの?」
「お前が話してくれるなら、どんな話だって聞くよ」
他愛もない会話の中で、甘やかされているような気分になる。一歩離れた場所で、成長を優しく見守られているかのようだ。なぜか居た堪れなくなって、視線を逸らした。
「……言わない。ソルディには秘密」
「それは残念」
口調は軽やかで、残念がっているようには見えない。しかも笑いを堪えるような顔をしている。
納得できないと胡乱な眼差しを向けていると、宥めるように手を頭の上に置かれた。
どうせ触れ合えないのだから、そんな真似しなければいいのに。それが癖なのだろうか。
「どう足掻いても、リフェルダはそう長くいられるわけじゃない。だからたくさん、喋って笑え。それはきっと、かけがえのない思い出になるから」
思いがけないほど優しい声色に、胸が詰まった。多分、ソルディの言うことは間違っていない。初めてできた友達だ。きっと今日のことはずっと覚えている。
それをそのまま告げるのは何となく照れくさくて、シエラはそっぽを向いて頷くに留めたのだった。
リフェルダは約束通り、次の日も訪れた。先ほどまでイザルネの姿もあったのだが、少し目を離した瞬間にいなくなってしまった。ソルディも姿を現さない。
「え? 僕とイザルネの出会い?」
折角だから色々なことを訊いてみようと、シエラは意気込んで頷いた。難しい質問をしたわけではないのに、困ったように視線を泳がせる。その反応に疑問を抱き、首を傾げる。
「言いたくないのなら、無理には聞かない」
「いや、そういうわけじゃないけど……。うん、衝撃的な出会いというか、彼女らしいというか」
リフェルダは観念したように溜息をついた。
「僕は気持ちよく寝ていたんだ」
それが何か関係あるのかと不思議に思いながら、とりあえず相槌を打つ。何と言えばいいのか考えながら喋っているのか、彼の口調はどこか歯切れが悪い。
「そうしたら、ええと……急に水が降ってきて」
思考が停止する。水の精霊との出会いを聞いたはずなのに、おかしな言葉を聞いた気がする。
「……水?」
寝ていたリフェルダを叩き起こしただろう水。そして彼の精霊は水の眷属。そこから導かれる答えは一つしかない。そこではっと気づいた。
「慌てて飛び起きたよ。そうしたら目の前に彼女がいたんだ」
目が見えないのでは、という疑問は彼にも通じていたらしく、苦笑しながら説明される。
「その頃の僕にはこの世界が映っていたんだ。事情があって閉ざされてしまったけど、今は彼女がいる」
盲目であることはたいしたことではないと朗らかに笑う。不安に思わないはずがない。それでも笑みを浮かべることができるのは、信頼できる相手が傍にいるからだろう。
「呆然とする僕に彼女は言った。『精霊の愛し子よ、お前はこの私に選ばれた。月の誓約の下、この私を受け入れろ』。笑っちゃうよね。とても彼女らしい。僕の返事など必要しない傲慢な言い方なのに、決して嫌な気分にはならなかった」
誓約者となった後も、色々なことがあったのだろう。その中で彼らは本当の意味で絆を深めていったに違いない。そんな信頼と愛情の念が見て取れる。
「羨ましい、な」
シエラはぽつりと呟いた。
同じ誓約者ではあるが、二人には決定的な違いがある。それは相手への信頼だ。一朝一夕で信頼感は生まれない。それは理解しているのだが、胸を渦巻く不安は消え去らない。