16
少し離れた場所では、シエラがじっとその様子を見ていた。リフェルダとは初対面と言うこともあって、何を話せばいいかわからなかったのだ。
「あんなソルディ、初めて見た」
「久しぶりの再会だから、二人とも嬉しいんじゃないかな。僕も詳しくは知らないけれど、風の精霊は十年余り眠りについていたらしいから」
「……そうなんだ。二人とも仲がいいんだね」
ソルディを知る、特別な精霊とその誓約者。他人の口から当たり前のように発せられる彼の名。
心がもやもやする。どうすれば、このもやもやが取れるのだろうか。
そうだね、とリフェルダは嬉しそうに微笑んだ。なぜそんなに笑顔なのかわからずに、首を傾げる。
「どうしてそんなに嬉しそうなの?」
「彼らの会話を聞いているのも楽しいし、君と彼らの話ができるのも嬉しいから」
その言葉を聞いて、自分はどうだろうと顧みてみる。母のことがすぐに頭に浮かんだ。寝物語にと精霊の話をよく聞かせてくれる。でもシエラに見える精霊たちの姿を母は捉えることができない。
興味を持った精霊たちがふよふよと漂ってくるのに、母はそれに気づかない。こんなにも近くにいるのに。その事実を寂しいと思ったことが、確かにあったかもしれない。
「私も同じ。リフェルダに会えて嬉しい。私の目に映る世界が確かに存在するって、信じることができるから」
一人にしか見えない世界。それはその他大勢のひとにとっては、妄想と何ら変わらない。第三者によって証明されるまで、存在しないかもしれない世界だ。
「君は精霊が本当にいるか不安だったの?」
「……うん。私しか証明できる人がいなかったから」
精霊は本当にいるのか、などという質問を母にしようとは思わなかった。普段の様子を見ていれば見えていないことは明らかだったし、否定されたときのことを考えれば、訊こうという気にもなれなかった。
「わかるよ。僕も不安になったことがあるから。だから、あえていうよ。精霊はいる。水の精霊も、風の精霊もちゃんと存在する。君の妄想なんかじゃない」
はっきりと言葉にされ、世界が肯定されたようで嬉しく思う。自分たちも、普通の人間がみる世界も、どちらも真実。見る視点が違うだけで、ここに確かに存在する。
「……ありがとう」
心が穏やかな気持ちで満たされる。本を読み終わったあとの充足感とはまた違った、清々しい気分を味わっていると、傍にソルディがやってきた。
「シエラ、俺たちは移動する。お前たちはゆっくり話しているといい。何かあったら俺の名を呼べ」
あれほど憤っていたというのに、引き止める気にもなれない。わかったと頷くと、彼は満足そうに口角を上げて窓へと近づき床を蹴った。
「あとで迎えに行くよ。それまではゆっくりと語らっておいで」
甘やかすような響きの声が、カーテンの方から聞こえた。愛おしむように細められた眼差しが、リフェルダに注がれる。それを当然のように受け入れ、リフェルダは頷いた。たったそれだけの動作に、確固たる絆を見せ付けられたような、そんな気分になる。
イザルネもソルディに続き、二人は壁をすり抜けて見えなくなる。
「シエラ、僕たちは出会ったばかりだしずっとこの街にはいれないけど、友達になってくれる?」
不思議なひとだと思う。友達になったとしても、気の利いた話なんてできないし、外で一緒に駆け回ることもできない。それでもいいのかとリフェルダに問う。
「友達を選ぶ基準はそれだけじゃないよ。君と僕、二人がいれば世界は広がる。何をしても楽しい」
その言葉が本心かどうか推し量るのはとても難しい。そもそも、友達と何をすればいいのかよくわからない。今までそう呼べる人間はいなかった。
それでも、彼と友達になるのは楽しそうだ。だから頷いた。そのあとにリフェルダがいい笑顔を見せてくれたから、シエラはその選択が間違いではなかったのだと嬉しく思った。