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更新遅くなってすみません。
「シエラ」
ソルディの声が、案外近くから聞こえた。複雑な心を押し隠し、早速実行しようと意気込む。
振り返り名前を呼ぼうとして、勢いが止まる。口元を引き上げる彼の背に、見知らぬ存在がいた。
「お前に紹介しよう」
声が遠くに聞こえる。
印象的な青い髪。美しい双眸。それらに視線が釘付けになる。その存在感は、明らかに人間のものではい。それは彼と同じ存在。特別な精霊と呼ばれるもの。
「水の精霊イザルネだ。ふらりとこの街へ立ち寄ったらしい。折角だから会わせてあげたくてな」
先ほどの会話を忘れたかのように、朗らかに笑う。そんな優しい眼差しで言われたら、次の言葉が出てこないではないか。
(ずるい。ずるい。私は本気だったのに)
気持ちが届かないのがもどかしい。精霊だから仕方がないこと? 本当に? ――ソルディにも感情があるのに。
「イザルネ、この子がシエラだ」
ふむと頷き、水の精霊が身を屈める。
「初めましてだな。遠くにいても、お前の噂は私の耳まで入っていた。会えて光栄だよ」
「ソルディと同じ特別な精霊なの?」
ご名答というように、彼女は笑う。その後、こちらに背を向けた。何をしているのだろうと不思議に思い、動向を見守る。そこで目を見開いた。
「私にも紹介させてくれ。この子はリフェルダ。私の誓約者だ」
水の精霊に気を取られて気づかなかった。手を引かれて、前に進みでた少年。特別なことなど何もない、普通の人間に見えた。しかし特別な精霊と一緒にいる人間が、普通であるわけがない。
「こんにちは、シエラ」
この少年は、きっと精霊の愛し子と呼ばれる存在。その直感は間違っていないはずだ。
満月の夜に、運命に導かれるように誓約を交わした少年。月夜に誓約を交わしたシエラとは違う。
ソルディとの誓約は本来ありえないものらしい。イレギュラーなことが起きて、シエラが選択した。その結果、誓約者になったようなものだ。その真偽がどうであれ。
「僕と同じ、精霊が見えるんだね。僕の周りにはいなかったから、君に会えて本当に嬉しい」
優しい雰囲気を持つだけの、ただの少年に見えるのに。彼は特別な、選ばれた人間なのだ。
「握手、してもいいかな」
手を差し伸べられて困惑する。母以外の人間と接する機会は滅多にない。子どもと限定すると、もはや記憶になかった。
「……僕は目が見えない。だから君さえよかったら、僕の手を取ってほしい」
さらりと告げられた事実に驚き、まじまじと凝視する。その目は、確かに光を映していなかった。遠慮がちに、差し伸べられた手を取る。
リフェルダは嬉しそうに微笑んだ。ぎゅっと手を握られ、握手を交わす。
少し離れた場所から様子を見ていたソルディは、隣にいる精霊へと呆れた眼差しを向ける。
「お前……目が怖いぞ」
イザルネは大人気ない表情で、己の誓約者と仲睦まじげな少女を見ている。
「子どもに嫉妬してどうする。お前たちには切れぬ絆があるだろうに」
聞き捨てならない台詞を聞いたように、彼女はむっと顔を顰めた。
「嫉妬じゃない。ただ、娘を嫁にやる父親の気分になっただけだ」
「それ、色々と間違っていないか?」
「うるさい。お前こそどうなんだ。今回はともかく、かつての誓約者をどこの馬の骨とも知れぬ男に取られて、そんな気持ちにならないと?」
「ああ。彼女たちを幸せにしてくれるのなら、そんなこと思わない」
愛し子との間には絆がある。それは人間界に存在するどんな絆よりも確かなものだと思っている。それがある以上、嫉妬など愚かしいことだ。
「信じられないな。絆があろうとなかろうと、私には関係ない。リフェは私のものだ。人間の小娘などにはやらん」
相手が子どもでも許せないのか。ただ会話しているだけでも駄目ならば、彼が成長したらどうするのだろう。少しは冷静になって水を頭から被ってしまえ、と言いたい。
「……あの子に恋人ができたら苦労しそうだな。もれなく嫉妬する精霊までついてくる」
「何を言う。お前だって人のことは言えないくせに。今まで一体何人の愛し子を誑かしてきた」
誑かすとは失礼な、と眉を顰める。
「俺がいつそうしたと言うんだ」
「自覚がないのか。重症だな。私と同じくらい愛し子に甘いくせに」
ぐっと言葉に詰まる。誓約者に甘いのは仕方のないことだ。ある意味、精霊の性とでも言える。その好意の表し方は精霊による違いはあるが、大差はない。
昔馴染みといえる精霊の前では分が悪い。現にイザルネは勝ち誇ったように笑っている。




