13
彼女が嘘をつくなど考えがたく、それが本心なのだと窺わせる。勿論、ソルディもそれを疑っていたわけではない。誰よりも身近で彼女たちを見てきたのだ。
「私は後悔しない。あの子に後悔させる気もない。……私は独占欲が強いんだ。もう一生手放さない」
眼差しは一片の曇りなく、揺ぎ無い意思が見て取れる。
「私は誓ったのだ。共に生きる――それが私とリフェの誓約」
「彼の異能がなくなれば、お前の声は届かない。それに耐えられるのか?」
改めて言わずとも、イザルネは承知の上なのだろう。
誓約は永遠の絆を約束するが、永遠にはなり得ない。愛し子は成長するにつれ、異能を失う。もはや月の魔力をもってしても補えない。
「確かに、あの子は私を認識する力を失うだろう。姿も声も届かなくなる。しかし、あの子はすでに盲目の身。失うものは一つだけだ」
そう、それが月の女王の慈悲であるかのように、辛うじて残されるものがある。それは触感。手と手が触れ合って感じるような感触ではないが、確かにここにあると感じるもの。
「私はあの子を導く手があれば十分だ。そうだろう?」
「……ああ、その通りだ」
イザルネは勝気に笑った。そんなこと、大したことではないとでもいうように。
「それに、随分と今さらな話だ。我々は何度もそれを受け入れてきた。今回が初めてのことでもない」
呆れたように言われる。それはそうだ。誓約の数だけ、経験してきた。
「我々が誓約者へ向ける愛は、人間の愛とは違う。我々には我々の愛し方がある」
「……消滅さえも厭わない、献身的な愛か?」
茶化すように言葉を続ければ、イザルネはにやっと意地の悪い笑みを浮かべた。
「献身的な愛、ねえ……。お前に似合いの言葉だな。傍から見れば、私もそれに当てはまるのかもしれないが、私の認識は異なる。私が消滅する時は、あくまでも自分のためだ」
「誓約者のためではないと?」
「先のことは知らぬ。だが、今さら消滅を恐れる気持ちはない。むしろ、私がどのように消滅するか興味がある」
「そんな考え方だと、誓約者が嘆くんじゃないか」
「同類のくせによく言う。――私が消滅し、彼らが嘆き悲しむ。実に精霊冥利に尽きるじゃないか。消滅しても、私は彼らの中で生きることができる」
相手の気持ちなど考えない、傲慢で自分勝手な言動。こういうとき、彼女は特に精霊らしいと感じる。しかし、そうは思えども否定する気はなかった。ソルディも特別な精霊だ。イザルネの考え方を異常と切り捨てることはできない。
精霊は儚い存在。誰かの心の中に生き続けたいと思うのも道理だ。
「消滅した後まで責任は持てない。そんなことをぐだぐだ考えるのは人間だけだ。人間が精霊を振り回すのではなく、精霊が人間を振り回す。それこそが正しいあり方」
「……確かに」
肯定してやると、イザルネはそうだろうと満足そうに笑った。無邪気な残酷さ。まるで子どものようだと思うが、自分に返ってきそうなので言わない。
「話が脱線したな。イザルネ、なぜこの街に来た? 俺はまだその理由を聞いていない」
片腕を腰に当てながら、何気なさを装って問いかける。それに対し、彼女はあっけらかんと答えた。
「噂好きの精霊たちが、私の耳元で囁いていったのだ。……お前の噂が大半を占めていたぞ」
意味ありげな目線を跳ね除けて、頭痛を抑えるように米神を押さえる。予想内といえばそうだが、あまり嬉しいものではない。
「どうせ碌なものじゃない。聞きたくもないな」
「そう言うな。まあ大抵は笑い話にもできないものだが、興味をひかれるものもある」
ちらりとイザルネを見ると、顔を輝かせている。退屈が嫌いだと公言する水の精霊は、とても噂に敏感だ。
「例の少女を見てみたい」
「見ればいいだろう。誰もお前をとめはしない」
「馬鹿を言え。お前に遠慮していたのだ。許可なく行動に移すわけにもいかないと」
確かに一言もなく接触されるのは気分がいいものではないが、許可を与える立場にいるかと言われれば、首を傾げざるを得ない。そもそも許可する立場の者は他にいる。