12
旅行から帰ってきました。
今日からまた更新したいと思います。
誓約者であれば誓約を交わした精霊ではなくとも、声も姿も見ることができる。しかし触れ合うことは叶わない。その権利があるのは水の精霊だけだ。それは異能がなくなるまで変わらない。
しかし、まあいいかと手を包み込んだ。通常であれば触れ合えないが、実体を持つのは不可能ではない。力を消費する行為だから滅多にしないが、一瞬なら支障はないだろう。
「ありがとう」
無邪気な笑みを向けられ、つられて微笑んだ。傍にいれば伝わる、愛し子の心地いい波動。
「――お前から光を奪い取った奴を水責めにしてやりたい」
その様子を黙って見ていたイザルネが憎々しげに舌打ちする。今すぐにでも水の精霊を向かわせかねない気迫だ。それを敏感に感じ取ったリフェルダがたしなめる。
「まだ言っているの? あれは不幸な事故だった。それに……僕にだって責任の一端はある」
「お前は優しすぎる! ああ、お前が望むならすぐにでも行動を起こしてやれるのに」
「イザルネ……」
咎めるように名を呼ばれた彼女は、急に大人しくなった。納得いかない顔をしているが、誓約者の望みだから引き下がったのだ。
もし誓約者が望むようなことがあれば、水の精霊は嬉々として実行に移すだろう。もっとも、彼がこの先それを望むとは思えないが。
微笑ましく見つめていると、イザルネがきっと睨み付けた。それに苦笑し、リフェルダに話しかける。
「悪いが、彼女を少し借りるよ。その代わり、お前の相手は風の精霊にさせよう」
それに合わせて、イザルネも言葉を重ねる。
「リフェ、さあ手を伸ばしてご覧。お前の声に、風の精霊が応えてくれるだろう」
少年は素直に言葉に従い、手を伸ばした。
突き刺すような眼差しに、肩をすくめた。そんなに睨まずとも、自分の役目はわかっている。
さあ行っておいで。漂っていた風の精霊に働きかけると、ふわふわと彼の周りに集まった。愛し子だとわかるのだろう。どこか嬉しそうに、髪を風で乱している。
イザルネは穏やかな表情で、戯れる姿を見ていた。見守るように、愛しむように。
久しぶりに他の精霊と誓約者の幸せな光景を見て、心が温まるのを感じた。絶対的な愛情と信頼。彼らの絆は何者にも絶たれることはないだろう。
――やはり、俺たちは。
首を振って、雑念を追い払う。しかし心はどうしても過去に向かう。
愛し子の迫害が起きる前、かつての世界が理想とした、精霊と人間が共存する世界。人間の心が離れるのが先か、精霊の心が離れたのが先か。目に見えぬ境界線が生まれるようになった。かつての姿を世界が取り戻すことは永遠にないのだろう。
ソルディはイザルネと顔を見合わせると、頷き合って屋根を蹴った。
「良い子だな、リフェルダは」
少し離れた屋根の上でソルディは立ち止まった。開口一番に誓約者を褒めれば、彼女も悪い気はしないのだろう。誇らしげに胸を張る。
「当たり前だ。この私の誓約者だぞ」
そうだなと相槌を打ちながら、どこか温度差を感じる。愛し子といえども、自分の誓約者か否かは大きな差だ。リフェルダを好ましくは思うが、イザルネのように愛しむことはこの先もできないだろう。
「……お前たちが幸せそうでよかった」
ぽつりと呟くと、イザルネが意外なことを言われたとでもいうように目を瞬かせた。
「何を言うかと思えば。当たり前だろう? 私は今、とても満たされている」
「不思議なものだな。俺たちが誓約者を愛さなければならない理由はないのに、彼らに惹かれずにはいられない」
特別な精霊は、大抵は自分の誓約者を何よりも大切に思うようになる。月の魔力に狂わされたと言っていいほど、自分勝手な精霊たちは献身的になる。消滅さえも恐れずに、誓約者の望みを叶えようとする。
それは、先ほどの会話から窺うことができる。もしリフェルダが盲目となる一因となった人間への復讐を望めば、イザルネは動く。たとえ力を消耗し、消滅することになったとしても。
「……俺は誓約が全面的にいいこととは思ってないが、お前たちを見ていると間違ったことではないと思えるよ」
愛し子と精霊を繋ぐ誓約という制度。それを否定したいわけではないが、精霊は不干渉を貫くべきだったとも思う。中途半端に関わるから、愛し子は余計に苦労する羽目になった。
「お前は後悔していたのか?」
ふんと鼻を鳴らし、一笑に付す。下らないと一刀両断する。
「かつてのお前の誓約者たちは、誰もが幸福な笑みを浮かべていた。……この私が羨むほどに」
口元を歪ませて言い放つ。その眼差しを受け、わずかな沈黙のあとに目を伏せる。