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エルレイス  作者: ルト
第二話
9/27

合否発表

 眩しいほどの白と、シックな木目も濃いフローリング敷きの食堂。食事時には人で溢れる長机も、今はがらんとして、空間が広くなったような錯覚に陥らせる。

 食堂の表はオープンカフェのように、ウッドデッキにパラソルを立てたテーブルが並んでいる。

 リュウはその一つに着いて、ミネラルウォーターの入ったボトルを揺らしていた。ロッツに話しかける。


「そういえば、ロッツって操縦士なのか?」

「え? ああ、違うよ。僕は機巧士なんだ」


 そういえば言ってなかったね、とロッツは答えて笑う。リュウに確認するように問い返した。


「リュウは操縦士だよね?」

「ああ。というか三人みんな操縦士だ」

「じゃあもしかしたら、ロッツくんに整備してもらうことになるかもね」


 シジマが冗談めかして希望を言う。ロッツは笑った。


「あはは。そうなるといいね……本当に」

「なに、大丈夫でしょう。私の見立てでは、三人とも合格率で言えばかなりの水準にあると推測されます」


 合格発表が迫り、緊張しているらしく、ロッツの笑顔は固い。励ますように、大仰に賢者ぶった身振りでカバネは言った。

 その言葉にシジマは機嫌よさげに鼻を鳴らしてにやりと笑う。


「ほう、言うねぇ。その根拠は?」

「身内贔屓でございます」

『それじゃ意味ねえ!』


 執事が礼をするように片手を胸に当てて恭しく頭を下げるカバネに、リュウとシジマが同時に突っ込んだ。

 声を上げて笑うロッツがふと胸の内の疑問をこぼすように軽く尋ねる。


「そういえば今さらなんだけど、どうしてゴーレミアンが普通に学校にいるの?」


 リュウがロッツを見返して、言葉に詰まった。シジマは色をなくしたように楽しげな笑みを消した。

 カバネだけがまるで楽しい空気のままであったかのように頭を上げる。

 凍りついた空気を目の当たりにして、ロッツは明らかに狼狽した。


「え、え? あ! ゴメン、なんか変な言い方になっちゃったね。そんなつもりじゃなくて、僕はその、えっと」

「いえいえ、お気になさらず。確かに普通なら疑問に思うことでしょうからな」


 カバネが一人、楽しげな調子のまま手を上げてロッツの動揺を抑えた。

 頭をかいてリュウも気分を切り替える。


「まあ、ややこしいからって説明しなかった俺たちも悪いからな。こっちこそ変な反応して悪かった」


 ロッツに詫びつつ、顔をうつむけるシジマにトゲを刺す。

 耳を伏せたままで顔を上げる様子はない。

 ため息を吐いた。古い付き合いのリュウが代わりに説明する。


「なんというか、なんだ。ゴーレミアンって言うと、会話が成立する高度な妖精の機巧人形(ゴーレム)を思い浮かべるよな?」

「うん。いちおう、元々はSF用語で人族と同じくらい意識が発達した魔法の機巧人形って意味だったんだよね」

「ああ、そうそう。よく知ってるな。カバネはそれだ」


 え、とロッツは表情を固くした。

 リュウは肩をすくめて、ため息に混ぜるように言う。


「少なくとも、そういうことになってる」

「……本当だもん」


 ぽそりとシジマがつぶやいた。

 リュウはロッツと顔を見合わせる。カバネはただ黙って肩をすくめ、首を左右に振った。


「なんか、うん。複雑だね」


 ぎこちなく笑ってロッツは言った。どこまでも正直な感情だろう。

 リュウは同意を示すように笑って答える。


「なんといっても、手続きが通ったわけだからな。まあ、そういうもんだと思って適当に接してくれればいい」

「難しく考えず、今まで通りの意識で構いませんよ」

「そうさせてもらうよ」


 ロッツは苦笑を浮かべる。おそらく自分の判断を保留したに近い。

 そして三者三様に奇妙な空気になった場を切り替えるような話題を探す。カバネはとりあえずシジマの腕を引いて顔を上げるよう促していた。

 ロッツは思いついたらしく手を打って、リュウを見る。


「そういえばさ。僕がこっちに行くって、リュウの実家のほうに連絡入れてたんだけど、知らなかった?」

「え? いや、聞いてないな。俺がこっち来たのは去年の終わりだし、まだ帰ってないのかもな」

「そ、そっか……。相変わらずお忙しいんだね」

「どうだかねえ」


 答えつつ、リュウは苦笑した。またも微妙に暗い話題になってしまった。

 話題を向けたロッツは目に見えて苦悩している。


「えーっと。あ! 次の実技試験なんだけど、第三演習場使うみたいだね」

「第三? って、市街演習場?」


 くいっと顔を上げてシジマが尋ねた。マギマキカの話題になると口がはさみやすいらしい。

 シジマが話題に入ってきて、ロッツは安堵したように表情を柔らかくした。そうそう、とうなずく。


「第三演習場が午後から封鎖されて準備してたらしいからね」

「そうなんだ。なにするのかな?」

「やっぱ市街戦か?」


 リュウは頬杖をついて話題に乗る。こういうときは何事もなかったように水に流すのが一番だ。

 いかにも考えていますと言わんばかりに、顎に手をやってカバネは言う。


「そんな安直なものではつまらないでしょう。宝探しでは?」

「いや新感覚試験だなそれ」


 リュウが言い返す。

 その瞬間、ポケットに入れていた端末が音を立てた。他の三人も同時に鳴動している。

 時計を確認した。

 時刻はきっかり筆記試験終了から三十分後だ。

 四人は顔を見合わせる。一部を除いてどの顔も期待と不安が入り混じっていた。


「来たか」

「来たね」


 リュウとロッツは言い合って笑みを深める。

 カバネが筒状の端末を見せびらかすようにテーブルに載せた。


「では一斉に見ましょうか」

「いいね。じゃあ、せー、のっ!」


 シジマが全員テーブルに乗せるのとほとんど同時に、合図を言う。

 それぞれ画面を表示。


『合格……!』


 声は自然に揃った。




 第三演習場。

 またの名を市街演習場といい、文字通り市街戦の練習に使われる。広い区画のなかに街一つを作り上げる力の入れようだ。

 しかし歩兵・装甲車・戦車・戦闘ヘリからマギマキカに至るまで、様々な兵科の市街戦演習に用いられるため、もはや廃墟での演習に近い。

 演習にのみ使われる特性上、流れ弾や破片などに備えて校舎から少々遠く、周辺には何もない場所に作られている。

 そのため移動に乗り物が使われることが多い。今回の場合もバスが出された。

 バスを出て、緊張を紛らわせる為にか騒がしい周囲に紛れて、シジマがリュウにささやく。


「ずいぶん落とされたんだね……」


 リュウはうなずいて、視線をめぐらせた。

 周囲には芝生が敷かれているが、他に何もないためずいぶん遠くまで視界が開けている。

 目の前にスポーツスタジアムのような巨大な壁に開けられた演習場の入り口がある。傍らのバス停には、入部試験を受けるだろう生徒たちが固まっていた。

 その数は四十名ほど。バスの二台分だ。

 講堂の収容人数から考えれば、四分の一程度にまで減らされたことになる。

 その数を目の当たりにしたロッツが、硬い声でつぶやいた。


「みんな、あれだけ勉強してたんだ。試験の出来だけってことはないと思う。どこでふるいに掛けられたのかな」

「はい、皆さん。まずは一次試験突破おめでとうございます」


 いつの間にかマイアが歩み寄ってきていた。

 彼女は縛った髪を揺らしながら生徒の顔を見回して、うなずく。注目を集めていることを確認してから口を開いた。


「次は実技試験です。訓練機は中に揃えていますので、各自搭乗して待機してください」


 言って、マイアは入り口を示す。

 促されるままに入部希望者は入っていく。

 ロッカーを通り過ぎ、廊下を抜けて、扉を開けて、開放された鉄柵の間を通ればそこは演習場の中だ。


「さすがに、広いなあ」


 ロッツがつぶやく。

 背後に巨大な壁があり、それは円を描くように続いて訓練場を囲んでいる。そのなかの壁際外縁部は土がむき出しだが、すぐに整備された道路が始まって古い住宅街が始まる。現代的な中心街の高層ビル群はどうやら演習場の反対側のようで、かすんで見える。

 風が吹いた。砕けた建材の粉が砂と一緒に肌に当たる。壁の匂いがした。

 マギマキカは外縁に沿って並べて置いてある。


「行くか」


 リュウは駐機姿勢を取るマギマキカを見ながら言った。

 三人が異口同音に返事をする。

 カリオテは訓練機の例に漏れず胸部装甲を合成素材で代用している。訓練機装備のスタンダードとしてゴム弾(ラバーコート)のアサルトライフルと訓練剣を背部ラックに備えていた。静かに搭乗者を待つその姿は、試験官よりも冷酷に真の実力を映す鏡のようだ。

 一度大きく深呼吸し、乗り込もうと手を掛けたとき。

 いきなり肩を引っ張られた。


「おい、リュウヤ」

「んごあ」


 すごい声が出た。

 恥ずかしくなって無駄に怒りながら勢いよく振り返ると、そこに精巧な金細工のような髪を垂らすセフィリアがいた。


「あ、すまん」

「……なんだよ」


 リュウは恥ずかしさくらいで怒った自分が恥ずかしくなり、色々と気持ちのやり場を見失って、結局静かになった。

 ああ、とセフィリアはうめいて、周囲を見回した。

 変な声を上げたから注目されているのかと内心焦ってリュウも首をめぐらせる。

 生徒たちは怪訝そうにリュウたちを見たりしたが、すぐに視線を戻してマギマキカに乗り込んでいく。

 セフィリアが言いにくそうに声を潜めて言った。


「なあ、申し訳ないが……私をサポートしてくれないか」

「はあ?」


 どうやら周囲を見たのは、その頼みを聞かれたくないからだったらしい。

 小さく息を吐いた。そもそも受けていたことにも気づかなかったが、よくまあ一次試験を突破できたものだ。


「できるわけないだろ。そんな余裕ねーよ」

「な、予軍校のころから乗ってて強いんじゃなかったのか!」


 セフィリアはリュウの返事がよっぽど意外だったらしく、驚いて声を高くした。

 なんと答えたものか、リュウは少し言葉を選び、諭すように言う。


「予軍校行ってたやつなんてたくさんいるし、こんなところまで残るのはよっぽどのやつだ。俺だって魔動機部に入りたい。他人の世話なんて見る余裕はないぞ」

「ぬうー」


 セフィリアは変なところから声を出した。

 何かを考えているのだろうが、上目使いでにらまれてリュウは動揺する。そんな顔で見られても、実力は変えられるものではない。

 ふっとため息を吐いて、彼女は顔を上げる。


「まあ、それもそうか。変なことを頼んですまなかった。忘れてくれ」


 言葉通り真っ先に自分が忘れたように、あっさりとした笑顔を浮かべた。

 挨拶するように手を上げて立ち去ろうとするセフィリアに、リュウは声をかける。


「まあ、余裕があったら、手助けくらいはする」


 振り返ったセフィリアは不思議そうにリュウを見て、


「ありがとう」


 花の綻ぶように笑った。

 その笑顔に息を呑んだリュウは、慌てたように釘を刺す。


「本当に余裕があったときだけだからな。期待するなよ」

「十分だ」


 からからと笑って、セフィリアは機嫌よさげに空いているマギマキカを探して歩いていった。

 その背中を見送って、リュウはため息を吐く。


「なーにが余裕のあったときだ。そんなもんあるか」


 厳しい戦いになるのは目に見えている。

 でも、どうせなら、知り合いが多く入った方がいいよな。

 まるで自分に言い聞かせるようにそう考えて、リュウはうなずいた。振り返る。

 眼前でどんな会話が行われても、忠臣のように静かに搭乗者を待つカリオテは、リュウには万能の力を与えてくれる絶対の味方に思えた。


『皆さん、搭乗しましたね』


 乗り込んで起動しつつ立ち上がった直後、そんな声が目の前にある建物の上から降ってきた。

 見上げれば、マイアがマギマキカに乗って立っている。

 その姿を見たリュウは目を見張った。

 周囲で生徒らがどよめく。


『では、実技試験の内容を説明します』


 言いながら妖精に映像を投射させて資料を見るマイアのマギマキカは、訓練機(カリオテ)ではなかった。

 装甲を光も吸い込むような黒に染めている。胴回りや腰がややスマートで、肩部が一回り小さくなりすっきりしたが、その分腕周りの力感は強化されている。カリオテより重厚な両手のマニピュレータが、よりその印象を強める。最も異なるのは背部に背負うようにして備え付ける原動機が、カリオテの半分ほどにまで小型化されていることだろうか。全体的にスリムになり、要所を厚く固めたことで攻撃的な印象を受ける。

 全体的に角ばり、死角を減らしたカリオテとは対照的だ。

 リュウは我知らずその名を声に乗せていた。


「あれが……バウンサー、か」


 マイアは周囲の視線を我関せずと完璧に無視して、淡々と説明を続けている。


『簡単に言えば、我々の駆る三体のマギマキカと追いかけっこをしてもらう形になります。異なるのは、触られたら負けになるのではなく、ペイント弾が一定以上命中したら退場となります。なお、被弾すればあちら』


 あちら、で示されたところでは、ホースやブラシを持って構える上級生たちが持っているものを掲げてアピールしている。


『で、被弾ペナルティとして機体についた塗料を洗ってもらいます』


 さらりと入部希望者側に雑用を押し付けて、マイアは話を続けた。


『合否判定ですが、いくつかあります。隠されたフラッグを見つけるか、隠された反撃用武器で私たちに同じようなペイントを少しでも付けるか、試験終了まで失格にならずにいるか、もしくは……』


 そこで一度口を閉じた。

 リュウは息を呑む。

 間を空けてマイアは、愛らしい動物が突然鋭い牙を剥くように、好戦的な微笑を覗かせた。


『もしくは、私たちのいずれかを行動不能にするか。以上の四点で判定を行います。なお、私たちは機体の慣らしを兼ねてバウンサーに搭乗しているので、どうぞ判別の目安にしてください。それでは三分後に開始とします』


 マイアは特別なことなど何も言っていないといった顔で話を終える。

 生徒の幾人かが身じろぎをして、マギマキカが忠実に反応した。

 冗談ではない。

 実力で及ぶと思えないマイアたちが、さらに革新的な技術を多数投入したバウンサーを駆るのだ。


(すまんセフィリア。――余裕なんか、できっこない)


 リュウは最初にそう思った。


『ああそう、大事なことを忘れていました』


 生徒たちの前から立ち去ろうとしていたマイアが足を止めて、振り返る。

 彼女は嫣然(えんぜん)とした笑みを浮かべて、それを告げた。


『怪我をしても、自己責任でお願いしますね?』

 さてさて目を通していただきありがとうございます。

 あとがき案内役は私ギシカノレムが担当させていただきます。本編とは別枠で説明を行わせていただいております。

 今回のテーマはスポーツ。


 伝統芸能といいますか、日本の独楽、羽子板、外国ならクリケットのように、昔ながらの遊びというものはこの世界にも存在します。

 マギルツアというのですが、これはボールに魔術を当てて相手のゴールに放り込んだら勝ち、というシンプルなルールです。フィールドは広く、二つのエリアに分かれ、それぞれのゴールエリアに四角いカゴ、ゴールが設置されている、というもの。七対七で行います。

 これにはラフゲームとパブリックゲームがあります。ボールを壊さない程度に好きな魔術を当てて、とにかく相手のゴールに放り込んだら勝ち、という荒っぽいルールのラフゲーム。パブリックゲーム、大衆的に認知されたり放映されたりする一般的なルールがこちら。術式という、魔力を注げば自動的にその魔術が起きる、というルーチンシステムを組み込んだボールを用いて、その術式だけでボールを操ります。

 サッカーとアメフトとハンドボールを混ぜたようなスポーツですね。ただしパスカット中のボールをカットする、というような幻惑的な軌道が頻繁に行われるため、見る目にも鮮やかなスポーツでもあります。

 ルールではプレイヤーが手に持つことを許されているのに、再開時の投げ込みを除いてプレイヤーの誰もボールに触れられないような、テクニカルなゲームもごくまれに見られます。それくらいボールの動きが激しいスポーツです。


 大陸中に広まる公式スポーツで、世界大会も毎年行われて盛り上がります。ただ、スポンサーが真っ黒超大企業たちなので、プロのマギルツアという興行を快く思わない人も少なくありません。

 ラフゲームは魔術が上手くない子どもたちや、得手でない亜人に特別許されたルールとして、今でも存続しています。

 これらは硬式軟式として評されることもあります。実際、ラフゲームで使うボールも、壊れにくいよう弾力の強いものを使いますから。ですが、派手であったり危険であったりするため、軟式は若干背徳的なニュアンスもないではありません。


 今回はこの辺りで。

 さて、今回、筆記試験を無事合格したリュウたち。

 続いての実技試験、バウンサーを駆る魔動機部の先輩たちを相手取る試験、どのように展開していくのでしょう?


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