筆記試験
試験問題が端末に表示される。
一斉に試験に取り掛かる音が聞こえた。いきなり何か書き始めるペンが端末を叩く音まで聞こえてきて、リュウは苦笑する。
落ち着いて慣れた手つきで操作する。まずは全体を確認。
シジマの言うとおり、六つの設問があり全て記述回答だった。
選択問題など生易しいものは出さないという、これも一種のマギマキカに対する熱意なのかもしれない。
それはさておき、さっさと問題に取り掛かる。
設問一は「マギマキカの運用理念を簡潔に述べなさい」というものだ。
記述式問題にはだいたいセオリーがある。簡潔に、などと念押しされている問題は、特に過不足のない回答が必要だ。
要点を絞った記述で回答するには、キーワードを中心に文章を組み立てることが有効となる。
この場合、マギマキカは中世の頃から発達し続けた"魔法鎧"という、言わば負担が少なく動きの邪魔をしない頑丈な全身鎧を量産しよう、という研究の最新形態のひとつに当たるものである、という歴史的な観点から解いていくことができる。
確かに入念に精密無比な魔術を、時間を掛けて用いれば、軽くて動きやすいばかりか着用者の運動能力を手助けするような魔法鎧を作ることは出来る。しかしそれではコストも生産効率も悪く、実戦運用することは難しい。
現実のものとするためには、工業生産によって量産が出来る設計のものを作る必要があったのだ。
(つまり、「機動性」と「耐久性」を重視した上で、「生産性」を求めている、ってことだ)
そして生産性が高いということは、戦場でより多く配備することができるようになる。
多く配備するということは、それだけ多くの兵士に適切に運用されなければならない。
すなわち、次に求められたものは「汎用性」である。
その結果、妖精による限定的な自動操作なども含め、魔導増幅器の搭載により魔術師が操縦するにまで発展した。
(こうして大昔から実現しようとしてた「強力で堅牢かつ敏速な魔術師」ってやつを実現したわけだ)
鎧の単純進化としての「より強力な戦士」と、「強力で堅牢かつ敏速な魔術師」を、ほとんど同じ生産方法によって量産する。
これが工業生産としての魔導式全駆動装甲外殻の理念である。
(まあ、そういう話か)
リュウは流れを頭に浮かべてうなずいた。これを記述すれば点数はもらえるだろう。
だが、これでは完全な正答にはならない。
設問で求められているのは"運用"理念である。
(つまり実用シーンを一言二言書き添えればいいわな)
このマギマキカを運用する戦場は、マギマキカに代表される技術向上も相まって高火力の攻撃が飛び交うようになっている。野戦において戦線を構築するのは、マギマキカではなく戦車である。
マギマキカが有効なのは塹壕戦や森林地帯などの狭隘地や悪路での戦闘だ。また対戦車要員としての魔術師の、安全な移送投入手段としても用いられている。組み合わせて、奇襲攻撃として運用されることも多い。
ポイントは狭隘地や悪路、奇襲と魔術師だ。
(よって、回答は「マギマキカは高い生産性と汎用性を生かして戦士や魔術師を強化し、機動性と耐久性を生かした狭隘地や悪路での戦闘、奇襲攻撃や大魔術の有効な運用を基本理念としている」ってな感じですかーね)
誰にか問いかけながら設問一の回答を終えた。誤字脱字をざっと見直して、リュウは次の問題に目を向ける。
そこには腕を動かすマギマキカの絵が描いてあり、設問二として「マギマキカで起きている駆動を順を追って全て説明しなさい」とある。
どうして問題文というのはキッツい命令口調なのかね、と思いながら、リュウは再び思索を始めた。
この場合は、流れさえ正しければ、ほとんど箇条書き状態のまま書き連ねても構わないだろう。
マギマキカは機械なのだから、最初は原動力を生み出さなければならない。
そのためにシュマルクと呼ばれる魔力を内包する特殊な液体を燃料としている。
魔素であるイシリルを多く含むためか粘度が高いのが特徴だが、イシリルの溶液ではないため、人工的に作ることは未だ成功例がない。このエルニース王国の南部などが主な産出地だ。
原動機はいくつか方式がある。現在訓練機であるカリオテに用いられているのは、第三世代の電磁式原動機だ。魔導炉で電流を走らせて磁力を起こし、その磁力でシャフトを回転させる。
配備予定だという次世代機バウンサーに用いられている第四世代型原動機は、研究段階で正式採用の見送られた機構を第三世代型と組み合わせた発展型らしいが……。
(とはいえ、今使ってるわけじゃないもので答えるのもおかしいか)
リュウは素直にカリオテのケースで考えることにした。
カリオテは背部にこの原動機を背負っている。武器を保持している固定器は原動機の左右だ。主原動機であり、全身にエネルギーを伝える。
肩には運動力を加減速させる術式駆動機が搭載されている。肘にはさらに回転速度を調節する減速機が付いており、腕部の肘から先の油圧と組み合わせて効率的かつ強力な馬力を生み出すのだ。
ちなみに管理妖精や操縦桿の制御、運動・火器管制などを行う電算機構は、腋に据えつけられている。
(電磁式原動機によって発生させた運動力を肩部術式駆動機に伝える。適宜調整された運動力をコグドベルトで肘部の減速機まで伝え、そこで油圧駆動に分散伝達され、腕部の駆動全体の力を与える……と。こんなもんか)
ふう、とリュウは息をついた。
左側に座るシジマは鼻歌めいた鼻息を吹きながら物凄い速さで手を動かしている。部品の一つひとつまで把握できているような変人なので、この程度でつまずくとは到底思えない。
後で書ききれなかった知識を興奮して説明するんだろうな、と思うと、付き合わされるカバネに同情を禁じえない。リュウは逃げる気満々だ。
それはさておき、右側のロッツはというと、彼もよどみない手つきで回答を進めている。
(そういえば、ロッツはマギマキカの操縦士なのか?)
ふとした疑問がリュウの頭をよぎった。
魔動機部は操縦士の腕が抜きん出ていて、派手な実績を重ねていることからそればかりと思われがちだ。
しかし実際は、マギマキカを運用した作戦全体を考案する、参謀としての上級士官候補生もいる。マギマキカの整備や調整、改良、場合によっては新規開発まで手を伸ばす機巧士もいる。多くはないが、完全新機体を考案する設計士や、生産過程・コストの研究から一般人の市場まで研究をする商業関係だっている。
魔動機部は文字通り魔動機に関わる全てを包括し、総合的な部員の向上を目指しているのだ。
と、そこでリュウは自分が試験中であることを思い出した。
(後で聞いておくか。今はともかく、目の前の試験だ)
リュウは次の問題へと端末を操作する。
いつしか試験に集中しきっていたリュウは、時間が経過する自覚がなかった。
そのため、試験終了の表示が画面に現れ、全ての操作がロックされたとき、妙に驚いてしまった。
『そこまで。試験終了です』
魔動機部部長のマイアが壇上で告げている。
端末は自動で生徒コードを添付した試験内容を送信する。すでにリュウの端末には送信完了の確認ダイアログが表示されていた。
『はい、皆さんお疲れ様でした。こちらで用意した専用の妖精とスタッフが採点しますので、その間は休憩となります』
マイアは手元の端末を確認しながら拡声器に声を入れる。
周囲がひと段落した安心感と緊張の解けた脱力感でにわかに騒がしくなった。
シジマもその一人で、大きな伸びと欠伸を奇声とともに終わらせて、脱力した笑みを浮かべている。
「やっと終わったねー。もう文章削るのに苦労したよー」
『三十分後に、結果を皆さんの端末にお送りしますので、合格者は第二試験場――ハンガー前グラウンドへ集合してください。それではここで解散とします』
マイアの話を聞き終えてから、リュウはシジマに答えた。
「書きすぎで減点されてるかもな?」
「そう、ボクはそれが一番心配」
シジマは笑う。
周囲が次々と席を立ち、人の影で急に薄暗くなった。
状況に頓着せずリュウはロッツを振り返る。
「ロッツはどうだった?」
「ん、まあベストは尽くしたかな。設問四の魔導増幅器についてはちょっと見落としが不安……あ、行かないの?」
腰を浮かせながら話していたロッツは途中で切って三人に尋ねる。
カバネが軽く机に乗り出してロッツに体を向け、両手を降参するように上げる。
「この人だかりで出口は渋滞ですからな。待つのもいいでしょう」
「そっか、そうだね。それで、えーっと」
「魔導増幅器は基本的には魔結晶の羽を重ね合わせて出来てるから、そんなに難しい構造はないと思うよ」
シジマが普段通りのフリをして、魔術師の本懐とばかりに張り切って説明した。耳が褒めて欲しそうに、ぴくりぴくりと小刻みに動いているからすぐ分かる。
その答えを聞いてロッツは控えめに笑みを浮かべた。
「うーん、そうだよね。なら、うん。たぶん大丈夫かな」
リュウは思わず感心した。
あれだけ記述問題が立て続けに来て、不安な点が一つだけだという。
「ロッツもしっかり勉強してるんだな」
「見た目から頭良さそうだもんねー。リュウとは正反対」
シジマがリュウの背後から何か言ってくれた。
おいコラ、と振り返るとシジマはチロリと舌を出す。
ロッツは飼い猫と構う飼い主のようなやり取りに微笑をこぼし、リュウに尋ねる。
「そういうリュウは大丈夫だったの?」
「あ? まあな。たぶん、そこそこ行けたんじゃないか。見落としがなければ」
軽く答える。
カバネは大げさな身振りで哀しみを表現した。
「そういうときに限って、痛恨のミスをするのですよな」
「カバネ、不吉なこと言うなよ! ……不安になってきた……!」
たった一言で自信が覆ったリュウを置いて、シジマが首をめぐらせる。
「そろそろすいてきたね。ボクたちも行こうか」
「あはは、そうだね」
ロッツが席を立ち、シジマとカバネも椅子から立ち上がって、通路に出るための道のりにある障害物を膝で蹴った。
「ほら、さっさと行けっ」
「お、お前、人が不安に駆られてんのにその扱いはなんだよ!?」
「今さらどうしようもないでしょー? ほら、行け行け」
シジマは取り合わずに急かす。
彼女が知っての通り、この手のことで深く悩まないリュウは、口を尖らせて拗ねるポーズを取りながらさっさと立ち上がった。
その様子を階段から眺めるロッツは、苦笑を浮かべる。
「なんか本当に仲いいなあ」
リュウは笑って答えた。
「まあ馬鹿同士だからな」
「そうそう、同類相憐れむ……って誰が馬鹿だよ?!」
シジマが乱気流並みのテンションの急変に乗せて背後からリュウをどつく。
その二人に続くカバネが、やれやれこれだから馬鹿は困る、と肩と首の角度で絶妙に表現しながら頭を振った。
「そうですぞ。シジマは馬鹿ではなく変人です」
「カバネもカバネでなに言ってんの?! 違うからね!? ボク変人じゃないから!」
「そっか。馬鹿で変人かー、ゴメンねシジマさん。僕、きみのこと誤解してたみたいだ」
「ねえ待ってロッツくん今ボク否定したの聞いてたよね? 誤解が行ってはいけない方にクルビット機動してるよ!?」
「違うってさ、ねえ二人とも?」
『嘘だ、シジマは馬鹿で変人でおおむね名状しがたい』
「くっそう器用な息の合わせかたしやがって! すごいなおい! でもロッツくんの中でボクがとんでもないことになっちゃうからやめて!?」
四人は無駄に賑やかに講堂を後にした。
講堂前は中庭になっていて植えつけられた木々の陰に休憩用としてテーブルなどが飲料自販機と併せて並んでいる。発表待ちの生徒たちがテーブルに着いて残っていた。放課後も過ぎ、日は遠くなり空は暗く青みを増している。
ロッツが笑顔で三人を振り返って尋ねる。
「僕、何か飲み物買ってくるよ。みんななにが欲しい?」
三人は爽やかな笑顔で間髪置かずに応える。
「ああ、悪いな。俺水道水」
「ボクおしるこ。冷たいのね」
「シュマルクを。ソーダ割りで」
「うん、お前らそこ直れ?」
好青年の笑顔で返すロッツの対応も堂に入ったものだ。
その後、放課後は開放される食堂前のカフェテリアに揃って座り、発表までの時間を潰す。時間はあっという間に食いつぶされ、忘れ去られたように湯気と油が染みて汚れた古い壁掛け時計の針が、発表予定の時間までじりじりと放課後を削っていく。
重ねて目を通していただきありがとうございます。
あとがき案内役は私ギシカノレムが担当させていただきます。本編とは別枠で説明を行わせていただいております。
今回のテーマは携帯端末。
本編でもちょくちょく登場し、この試験回ではメインを張ったこの装置。現代のケータイ、いえスマートフォンと、ほとんど同じものです。ただ情報処理メインなので、PDA寄りではありますね。
主な機能はスケジュール管理や文書整理、情報通信などの情報処理全般。財布や公共機関の乗車券、保険証など個人認証に使うこともできます。その場合端末自体が指紋認証などに当たる個人認証機能を搭載した、機能拡張型でなければなりません。表計算なども扱えますが、あまり複雑な演算はできないため、携帯端末程度ではあまり使われていません。現代風に言えば、メモリが足りないんですね。だいたい同じとは言っても、CPUではなく妖精機構ですので、じゃあメモリを増設しようとはいきません。その辺りの柔軟性は欠けます。
通信プロトコルとして多く用いられる情報網は樹状通信機構と呼ばれています。早い話がインターネットです。ただ同じ語を使うのが悔しかったのと、妖精型通信網は上位下位の通信が基本で、並列部分はネットほど多くないことが挙げられます。
構造は、画面構造と本体構造に分けられます。
リュウが愛用する投影型ディスプレイは、場所やハウスダウトの多い場所での視認性がやや悪いですが、スクリーン投影にすればその欠点はなくなりますし、画面型より故障しにくい傾向があります。代わりにタブレット操作がもたつきます。他にモニター式、網膜投影式などがあります。
本体はタッチパネルやボタン式などがありますが、デフォルトがどちらであっても、仮想的に両者互換できるのが基本ですね。
今回はこのくらいで。
さて、今回、試験も無事終わり、あとは結果を待つのみです。
合否は、彼らの運命やいかに?