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エルレイス  作者: ルト
第二話
6/27

リュウの朝

 エルニース軍学校を擁する北端の町、ランディアで迎える朝に、リュウはすっかり慣れてしまった。

 中心街、貨物輸送も兼ねる駅近辺には、高いビルが縦横に結びついて立体芸術のようになっている。その周辺に高きから流れ落ちるように総合住宅が林立し、中心街や駅を利用して働く人々を村のように囲い込んでいる。リュウのいる西側からは中心街の高層ビルに遮られて見えないが、東には工場で働く人々が暮らす蜂の巣のような小部屋を大量に備えるビルが無数にあるはずだ。

 リュウはそんな街のなかを走る。

 中心街は四方をビルに囲まれる閉塞感から、まるでドブの底を走っているような気分になる。それと比べれば西側など爽やかな草原も同じだ。

 西側はいわば高級住宅街である。建屋の大きさはまちまちだが、土地に敷き詰められるように建てられる家はなく、全てが例外なく庭を備えている。まるでビルの水槽から息継ぎを求めるように、広々とした土地利用が行われていた。

 傍らの車道を走る魔導車と行き違う。早朝から中心街に向かうということは、出勤だろうか。

 リュウが目を向ける先に、ポストから新聞紙を取り出す男が居た。彼は朝から糊の利いたシャツにシックなベストとスラックスを合わせている。まだ寝癖の残る白い毛並みを揺らし、そのウサギの頭をリュウに向けた。


「やあ、お早う。今日も走ってたのかい?」

「ああ、おはよう。習慣みたいなものだからな」


 リュウは軽く答え、玄関の柵を開ける。並んで立つと、亜人ラティアンの男のほうがリュウより背が高いことがよく分かる。

 男はリュウに兎の顔で笑いかけた。


「朝食、今作っているから、汗を流してくるといいよ」

「分かったよ、兄貴」


 人間(リュウ)に兄と呼ばれた異種族の男(セヴェリ)は、愉快そうに目を細める。それを背にするリュウには異種族を兄と呼ぶことに躊躇う気配すら見せなく、以上に実の兄のように信頼を置いていた。

 汗を流したリュウは制服に着替えてリビングダイニングに着く。

 無駄に広く、窓も大きいため明るい。落ち着いたベージュの壁紙には大きなタペストリが掛けられている。落ち着いた天然木製の戸棚、枝で編んだ筒の卓上照明など、エキゾチックな物が片端から詰め込まれ、逆に調和を持って落ち着いた雰囲気をかもし出していた。部屋のど真ん中に据えつけられた食卓や対面型のキッチンなど、前時代的な間取りをしている。

 リュウは部屋を眺めながら卓に置かれたトーストにマーガリンを塗りたくった。食べる。

 柔らかく湯気を立てるコーヒーをリュウの前に置いて、セヴェリは問いかけた。


「確か、今日は部活を決めるんだっけ?」

「ああ。魔動機部だから、入部に試験がある」

「魔動機部って、マギマキカの部活だったよね。ヴァクリナさんが部長を務めてるんだっけ」


 意外な名前が意外な口から飛び出した。かじりかけたパンを離してリュウは尋ねる。


「あれ、兄貴知り合いなのか?」

「うん。仕事で顔を合わせる機会があってね」


 屈託なく笑う。リュウはその笑顔を眺めて、仕事以外で誰かと会うことなんてないだろう、と失礼な事実を考えた。

 自然に目がタペストリに向かう。その図柄は巨木のような巨人が少女を手に乗せる、柔らかなタッチで描かれる幻想的で優しい絵だった。

 このタペストリは、画家であるセヴェリが描いた絵を織ったものであることをリュウは知っている。


「エルニースの魔動機部は過酷らしいよ、大丈夫?」

「大丈夫。やる気がなければ入部試験なんて受けない」


 心配そうなセヴェリに、リュウは笑って答えた。

 軍学校ということもあるが、中でも魔動機部のマギマキカパイロットは抜きん出た実力を持っており、無数の実績を持つ有名な部活だった。

 その実績を讃え、魔動機部の部員には専用のマギマキカが与えられる。専用といっても授業で貸し出される訓練機と同じ型に過ぎず、設定や調整を独自に行えるだけのものだが。

 それでも決して安いとは言えない軍用機体を貸与される以上、相応の実力と責任が求められる。

 魔動機部とは、名実ともに軍学校の精鋭部隊(エース)なのだ。


「でも、魔動機部は軍学校の代表として、軍の部隊に貸し出されて実戦に出る機会が多いだろ? 本当に大丈夫なのかい?」


 セヴェリは心から気遣うような表情で念押しした。

 リュウは自分の判断に難癖をつけられているような感覚に不満を覚える。だが、心配させている面映さと有り難さも同時に感じて苦笑した。

 セヴェリが手にしている時代錯誤な紙媒体の新聞にも、国内でのテロ行為と国境付近での小競り合いが報じられている。今この時期の学徒兵に不安を感じるのも無理はない。

 だからリュウは、笑って答えた。


「心配しすぎだって。むしろ訓練が不十分なまま前線に出されるかもしれない実践課題組より安全なくらいだ」

「そう……。リュウがそう言うなら、いいさ。頑張って」

「最善を尽くすよ。どうせシジマも一緒なんだ、俺だけ落ちたらなんて言われるか」


 マギマキカに傾倒する猫耳のテイルリングを思い浮かべる。

 セヴェリも先ほどの心配は水に流したように笑った。

 いったんコーヒーを啜って、リュウは逆に話を振る。


「兄貴こそ、仕事の方はどうなんだ?」

「うん。何事もなければ今日中に三つとも仕上がりそうだ。今の取引先には失礼だけれど、次の仕事が楽しみだよ」


 セヴェリは連日締め切りに追われるように絵を描いている。油彩画家のため、一日に描ける量が限られており、いくつもの絵を並行する形で描くのが彼のやり方だ。

 いくつ絵を同時に描いても、それぞれの絵に世界を生み出すことが出来る。セヴェリはそんな画家だった。


「相変わらず、死ぬほど絵が好きだな、兄貴」

「はは。褒め言葉として受け取っておくよ。でも、それを抜きにしても次の仕事をやりたくてさ」


 セヴェリは朝食のサラダを食べながら笑う。

 その言葉を聞いて、少し意外に思った。

 絵が描けるなら何でもいい、というほど絵が好きなセヴェリだから、特定の仕事に対して思い入れを持つことなど滅多にない。

 そんなリュウの視線に気づいたのか、セヴェリは笑って、少し自慢するように言った。


「次の仕事はね。絵本の挿絵なんだ」

「絵本?」

「そう。――タイトルは『Elikadhian(エリカディアン)』」


 全てを悟った。

 エリカディアンは、リュウが子どもの頃に好きで好きで堪らなかった、古い昔話だ。

 セヴェリはそのことをよく知っていた。

 リュウは今でもその話が大好きだ、ということまで。

 何かを誤魔化すように一気にトーストの残りを平らげ、ちょうど温かいくらいまで冷めたコーヒーを一気に呑む。

 慌ただしく食器を片付けながら、リュウはセヴェリに言った。


「それじゃあ、ヴァクリナさんに会えたらよろしく伝えておくよ」

「ああ、お願いしよう。いってらっしゃい、気をつけて」


 毛むくじゃらの五指を緩やかに振って、セヴェリはリュウを見送った。




 学校に来たリュウが、一時間目の講義を行う校舎に入ろうとしたとき。

 後ろから聞き慣れた声がかけられた。


「おはリュー」


 シジマが制服を揺らして手を振っていた。

 その傍らに、まるで備品かなにかのようにカバネも付き従ってセットになっている。


「おす。今日はいよいよ入部試験だな」


 片手を上げて返しながら二人が追いつくのを待ち、並んで校舎内に入った。

 屋内だろうとためらいなくシジマは声を高らかに上げる。


「そうだよー! もう、この日のために、どれだけ、対策を練ってきたことかっ!」


 目を輝かせて力強く拳を握る。耳も興奮を示すように高く立ち上がっていた。

 その宣言は、つるりとして窓と扉以外に起伏がない直方体の塊のような廊下に反響する。リュウは苦笑し、カバネに顔を向けた。


「そういえばカバネも魔動機部にするのか?」

「ええ。知り合いが何人も入るとなれば、私とて黙って見ているわけにも参りません」


 カバネは大げさに両手を広げてかぶりを振る。まあそうだよな、とリュウは苦笑した。

 シジマが落ち着きのない猫のように腕を振って口を開く。


「ねえ、リュウは専用のカリオテを貰ったらどうする?」

「どうする? って、そりゃ、妖精(システム)をチューニングするだろ」

「そんな当たり前のことじゃなくてさー! 私は色を変えたいな! 紺色に!」


 夢一杯なことを言う。


「そんなことしたら、戦場で目立って的になるぞ」


 ちょうどそんな話が朝食のときに出たこともあり、リュウは冷静な対応をした。

 シジマはその指摘に揺らぐ様子もなく、笑顔を輝かせる。


「いいじゃん。あの藍色はシジマの機体だ、伏せろ! みたいな!?」

「戦場に出たこともないくせになに言ってんだ。映画の見すぎだ」


 リュウはいよいよ笑い出す。そういう夢は子どものころに見飽きるほど見た。


「むしろ、藍色の機体は素人のシジマだ! 食えるぞ! くらいになってしまうのではないですか?」

「うわっ、カバネまでそっち側!?」


 舞台役者張りの大振りな熱演に乗せたカバネの追撃を受けて、シジマは拗ねたように口を尖らせる。


「んもー、分かってるよぉ。どうせボクも実際やるのは魔術周りの強化くらいですよ! まったく、ロマンが分かってないなあ」

「普通それ、女は言わないだろ」


 リュウだって、正直言えばシジマのようにロマンに心をくすぐられる。しかし、さすがにその想いを大声でアピールするほどロマンとマギマキカに魅入られてはいない。要するに、照れているのである。

 昇降機を待ちながら、リュウは軽く尋ねる。


「でも、入部試験なんて言って、実際はなにをするのかね」


 反応がすぐに返らなかった。

 横に顔を向けると、カバネが無言でリュウを見ている。その無表情な頭の下でシジマが幽霊でも見たような顔でリュウを見上げていた。

 何事か、と訝るリュウの眼前で、カバネが達観した賢者のようにゆっくりと視線を逸らしていく。それを見て直感した。

 どうも、また妙な地雷を踏み抜いたらしい。


「え、リュウ知らないの!? それでどうやって受かる気なのさ!」

「むしろ当たり前のように知ってることが驚きだ。知られてるものなのか?」


 シジマはちょうど到着した昇降機に乗りながら、指を立てて説教を気取る。


「当然だよ。競争率知らないの? 十二倍だよ、十二倍。受かりたいならちゃんとやっておかないと」


 リュウは閉口する。

 競争率は知っていて、出来る限りのコンディションを整えて覚悟を決めてきていた。ところがどうもその覚悟は明後日を向いていたらしい。

 しょうがないな、などと言いながらシジマは耳を揺らす。


「いーい? 試験内容はふたつ。記述式の筆記試験と実機における実力試験」


 リュウはうなずく。それは聞いていた。

 部活に入るだけで試験を要求するというだけでも馬鹿馬鹿しいのに、その試験が二部に分かれているというのである。どうかしている。

 記憶を辿る素振りすらなく、シジマは滑らかに説明した。


「記述の試験範囲は絵図を用いて構造を説明したり、運用理念を書いたりとかの基本的なものから、例示された状況に対する対処法を説明したりする応用まで。学術でのマギマキカが全部出ると思っていいよ」


 とんでもなかった。


「てっきり基本的な部分だけだと思ってた。そこまで高度なものを求めるんだな」

「というか、基本だと違いが出ないんだと思うよ。熱意ある希望者が多すぎて」


 シジマはあっさりと末恐ろしいことを言う。

 学校の一部活にすぎないのに、学校全体のレベルより高いとはどうしたことか。リュウはいまさらになって、緊張に顔を強張らせる。

 カバネが両手を広げ、苦笑する代わりに首をかしげる。


「リュウもマギマキカに関してだけは、どこかのオタクに付き合わされる形で変に知識がついていますし、大丈夫ではないでしょうか」

「まあそうだな。確かに」

「ほう? オタクって誰のことかな?」

「個人のプライバシーに関わりますので」


 満面の笑みを浮かべるシジマに、カバネは気の毒そうに手の平を向けた。

 昇降機が止まり、目的の講義室がある階で降りる。


「で、実践の試験内容ってなんだ?」

「んー、それなんだよね。毎回変えられててハッキリは言えないんだけど」


 シジマは言葉に悩むように視線を少し上げる。

 先ほどとは異なり、つっかえつっかえ、考えながら答えた。


「傾向としては、やっぱり基本的な操縦技術が身についているか、あと特殊な状況において適切な判断を下せるか。ああそれから、これは魔動機部の言葉なんだけど」


 リュウの目を見上げて、耳をぴくりと震わせ、厳かに告げた。


「――現段階の実力ではなく、パイロットの将来性を見るための試験――らしいよ」

 ご無沙汰しておりました。

 あとがき案内役は私ギシカノレムが担当させていただきます。本編とは別枠で説明を行わせていただいております。

 今回のテーマは郷土料理。


 ニースヘリア王国は、ディラシュという煮込み料理が有名です。

 独特のえぐみや苦味があり、材料も珍しいため、伝統的な料理というだけです。決して好んで食べられている、というわけではありません。

 ディラシュには、エクディムルシャと呼ばれる、木に生る赤いジャガイモのような果実を用います。エクディムルシャは総称で、多く食べられたのは中でも実の大きいモクリトという種です。

 エクディムルシャは魔素の濃い果実で、本来通常の人間が食べるには向かないものです。苦味やえぐみはその関係で存在します。しかし、歴史的にこの苦味こそがエレガントなのだ、と考えられ、ソースや付け合せの味わい深さ上品さで誤魔化しながら、貴族の間で好んで食べられていました。時代が下って、民衆も食べられるようにはなりましたが、人気はなく、もっぱら年中行事や祝いの席に添えられる儀礼的な料理の座に位置しています。


 今回はこの辺りで。

 さて、今回、リュウは画家の義兄と親交を深めつつ、魔動機部に関わる情報を得ていきます。

 魔動機部とは、試験とは、そして彼らの入部は叶うのでしょうか?

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