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エルレイス  作者: ルト
第一章 第一話
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課題終了

 逆関節二足歩行の自律兵器は銃身を回転させる。


『危ない!』


 シジマが叫んで拓けた小屋のそばから木々の中に飛び込んだ。

 リュウも一歩遅れて木々に飛び込む。

 その背中を舐めるように多束銃身型の銃が火を噴いた。激しい衝撃が背中を襲い、傍らの木がはじけて木屑を散らす。


「くっそ、撃たれた……っ!?」


 機体を確認する。

 黄緑の光が踊る妖精(システム)は異常を報告していない。駆動にも問題は感じられない。

 どうやら、ゴム弾ではあるらしい。

 口径も特別大きいものではないから、装甲を損ねることはないだろう。

 だが、生身の露出した部分に直撃すればただでは済まない。


『無事か!?』


 セフィリアが遠話で叫んだ。

 小型の自律兵器がこちらに向かってくる。大型のほうはゆっくりと転回し、周囲を索敵しているようだ。


「まあな。ゴム弾だったから助かった」


 リュウは返事をしながら走り出す。

 どうせ木を背にしても、盾として隠れられるわけではない。走り続けて流動的に遮蔽(しゃへい)を作った方がいい。

 ただ森を走るだけではなく、敵機、それも三体もの挙動を把握しながら動かなければならないのは、危険以外の何物でもない。

 避けたつもりがいきなり肩で枝をへし折ってしまう。

 シジマも遠話に参加した。


『あんまり時間を掛けたくないね』

「雑魚から仕留めよう」


 見つけた四足自律兵器に状況限定で識別名壱号、弐号を割り振り、僚機の妖精に送信する。

 銃を構えると、最終設定が呼び出され、自動照準予測(ダブルロック)弾道予測(ライン)が弾けた妖精の光でリュウの眼前に現される。

 自律兵器1に照準をつけても、自分が走っているため過る木が遮蔽になり撃ちこめない。かといって迂闊に飛び込めば大型機の眼前に姿を晒すことになりかねない。

 どうするべきか、とリュウが考えた瞬間に、シジマから遠話が入る。


『大型はボクが引きつけるよ』


 言葉と同時に、小屋の向こうで剣戟の音が響く。大型が首をうつむけて、涎を垂らすように白く閃く火を噴いた。


『シジマ!?』


 その様子を見ていたのだろうか、セフィリアの悲鳴がかった声がした。

 リュウはあえて心配も意識も引き離し、大型の接敵に反応して背中を見せる兵器1を狙う。

 真っ直ぐ飛び込んで、引き金を絞る。

 機械の腕越しに断続的な反動を感じる。それを抑え込み、照準をぶれさせないことに集中する。被弾の衝撃でガクガクと踊る自律兵器1をれん根にした。


「壱号撃破!」


 叫び、首をめぐらせる。

 小屋の横で左腕をひさしのように盾にして、弾幕を掻い潜るシジマの姿があった。彼女は踏み込んで剣を大型の足に叩きつけるが、訓練剣は魔法どころか刃すらない、ただの鉄の板だ。効果があるようにも思えない。

 リュウが求める自律兵器2の姿は、今、大型に意識を集中しているシジマを背後から狙っていた。

 自動照準予測(ダブルロック)が自動的に敵影を察知して銃口を向けてくれるが、今は撃てない。シジマが射線上に入っている。流れ弾が仲間に当たるなど冗談ではない。

 リュウは回り込むように走り出す。シジマを射線上から外して自律兵器だけ撃つつもりが、旋回する大型機の脚を避けて飛び下がったシジマが再び射線上に飛び込んできてしまった。


『やああ!』


 セフィリアが裂帛(れっぱく)の声を上げ、訓練剣を構えて自律兵器に突貫(とっかん)する。

 しかしただ真っ直ぐ突っ込むだけの攻撃は、さすがの自律兵器も回避した。

 素早く振り返るセフィリアだが、場所が悪い。ちょうど大型の正面で、前後を小屋と自律兵器に挟まれている。

 大型はすぐに回転する無数の銃口をセフィリアに向けた。


『あっ――』

『危ない!!』


 シジマが飛び込んだ。腕と剣の平を盾に、惜しみなく降り注ぐ痛みの雨を受ける。


「弐号撃破ってな! 俺も構ってくれよ!」


 リュウがその銃身に銃撃を叩き込んだ。

 直撃した銃身のひとつが変形して弾詰まりを起こす。銃声が奇体なリズムを刻んでいる。

 大型が集中射撃を止めてリュウを狙い薙ぎ払うように掃射する。

 リュウはすぐにまた森に逃げ込んだ。バリバリと音を立てて白い木屑(きくず)が舞い上がる。


『リュウ、助かったよ』

「無駄に手間かかって済まない」


 手こずることすら恥になるような、移動するだけの敵自律兵器に時間を取られたことを詫びる。

 シジマは笑って返した。リュウの視界の隅で、二機のマギマキカが銃撃に追い立てられるように森に飛び込んだのが見える。

 リュウは銃を構える。

 あとはあの大型だけだ。

 ギアを抜いて最初の走り出しだけ加圧し、地面を蹴る。大型もリュウの機体を追って体を振る。

 木の隙間から、両者の先端が火を噴いた。

 まるでマズルフラッシュに引かれ合うかのように銃弾が応酬される。

 小屋を大型との間に挟み、リュウは動きの制限される森から飛び出した。回避よりも攻撃機会を優先することにした。

 大型が死角に入った瞬間に剣戟の音。シジマがまた攻め込んだらしい。

 リュウは小屋を回りこみながら尋ねる。


「シジマ、魔術はどうしたんだ?」

『囮になってたときに受けた銃撃が、変なとこに入ったみたい。いまいちパワーが出ないんだよ』


 つくづく今日は魔術が使えない日だなあ、とシジマはぼやいた。

 小屋の影から出る前にあらかじめ味方機の位置を仮想表示して把握し、大型機の射線に入らないことを確認。

 遮蔽から飛び出し、視界に入れると同時に銃撃を撃ちこむ。外装は厚く成果は挙がらない。

 お返しとばかりに多束銃身機関銃を回転させる大型機から大量の銃弾が撃ち込まれる。側面からなら腕と肩で弾いてしまう。そのまま森に飛び込んだ。


「固いな。手こずりそうだ」

『では、私が魔術を撃とう』


 緊張した声でセフィリアが言った。

 驚いてセフィリアの機体を探す。大型機の背後に立ち、両手を掲げていた。


『ちょ、やめたほうがいいよ皇女様! こいつに魔術は相性悪いって!』

『そんなことがあるものか。当てれば一発だ』

『こっちが悪いんだってば! ああもうなんて言うかなあ』


 焦っているシジマを他所に、リュウは声をかける。


「任せるぜ、皇女さん」

『リュウ!?』

「どうせこのままやっても膠着(こうちゃく)するんだ。俺たちでフォローする」


 大型機は森の中に分け入って戦うつもりはないらしい。小屋の傍で足踏みをしながら旋回している。

 セフィリアはきつく大型機を睨みつけて魔術を唱え続ける。

 搭乗して移動できる魔術増幅器、すなわちマギマキカが唸りをあげて、セフィリアの魔力で紡がれる魔術を強く大きく高める。

 大型機が背後を振り返る前に、リュウは飛び出して再び銃撃する。

 外装は歪むが、やはり貫通しない。

 銃口を上げて小屋を背にする。再装填は行えるが、古く錆びているせいで銃の残り弾薬が機体側から把握できない。

 振り返り、走ろうと下げた足がガシャリと音を立てて滑る。なにかを踏みつけた。


「なんだ? 訓練剣?」


 どうやらセフィリアが先ほど銃撃を受けたときに落としてしまったらしい。なんとも間の抜けた皇女様だ。

 何も考えずに拾う。

 これを使って打開策を、と思うが、言うほど都合よく出てくるものではない。

 滝のように垂れ流される銃声が聞こえる。

 思案はさて置いて、今は戦わなければならない。

 剣を空いた固定器に保持させて、リュウは銃を手に飛び出した。

 大型がシジマに集中砲火している。

 両手を上げて防御に専念しているが、合間を縫って弾が直撃すれば痛いでは済まない。

 銃口を向けて撃ちこむ。

 表面で火花が散るだけでダメージにならない。たとえ合金弾であっても、撃つのが訓練用の火器ではダメだ。

 リュウは毒づいてそれでも銃を撃つ。ほかに有効な攻撃手段がない。

 と、大型機が魔術を唱えるセフィリアに気づいた。銃口が向けられる。


『セフィリア逃げて!』


 シジマが悲鳴に近い声を上げる。

 リュウは銃を捨てた。


「させるかよ!」


 セフィリアの前に飛び込む。

 両手に剣を構え、遮蔽となる範囲を少しでも増やす。右腕を立て、左手は剣を盾に。

 ごうと嵐が吹き荒れる。

 その銃撃はゴム弾といえど壮絶なものがあった。全身を絶え間なく襲う衝撃はもちろん、前を全て覆って大型機が見えないこともあって、知らず恐怖が沸き起こる。

 わずかな隙間から入ってきたら。跳弾が目に入りでもしたら。大型が移動して盾のない角度から撃ち込まれたら。


「リュウ!」


 背後のセフィリアの声が聞こえる。

 その声で、リュウは自分を取り戻す。いろいろなものを笑って、叫び返した。


「飛び切りのをかましてやれ!」

『ああ、任せろ!』


 ふっと銃撃が止んだ。腕の隙間から、大きく傾いて体勢を崩した大型機の姿が見える。

 シジマが体当たりをぶちかまして大型機の銃口を逸らしたのだ。


『はああああ!』


 リュウ機の陰から飛び出したセフィリアは、大きく振りかぶって、魔術を解き放った。

 砲丸投げでもするかのような姿勢で、白く輝く魔力の塊を投げつける。


『当たれええええええ!』


 腕を離れたその白い魔球は砲弾のように爆発的に加速し、大型機の装甲をまるで紙でも裂くように抉り取った。

 姿勢を崩していた大型は追撃を食らって完全に転倒する。脚はもがくように地面を掻く。


『外した……っ!?』


 セフィリアが大事なものを取り落としたような声で、愕然(がくぜん)とうめいた。


「十分」


 リュウは走り出す。

 ギアを変えて脚部の圧力を高める。腕の駆動を落としてパワーを上げ、衝撃に備える。

 大きく振りかぶって、重量と速度を殺さず叩き込むつもりで。


「これで、終われ!」


 両手の剣を、剥げた装甲の隙間に突き立てる。

 むき出しになった駆動機関部を割り砕き、訓練剣は大型機の心臓部を潰した。

 回転多束銃身銃が断末魔のように空にばら撒かれて、給弾系に異常が出たのかすぐに空回りに変わった。

 大型機はその動きを止める。


「や」


 リュウは訓練剣を手放して、倒れそうになり後退りした。

 二本の剣が、まるで英雄の墓標のように、残骸にそびえる。


「やあっと、勝った……」


 鉄より重いため息をついた。




 帰りは何の障害もなく、来た道を辿って帰ることができた。

 樹海を出る頃には日も傾き、西に高い日が空を赤く染め上げている。

 フラッグを握って樹海から出てきたリュウたちを出迎えたのは、普段通り険しい顔をした教官だった。


「遅かったな」

「……ええと。申し訳ありません」


 リュウは謝ってから、怒られるほど遅れただろうかと首をかしげる。

 大変な目にはあったが、予定にそれほど大きな遅れをきたすハプニングがあったとも思えない。

 教官は冷静な顔で言う。


「大型自律機体を倒したのはお前たちで六組目だ」


 確か十班に分かれたはずだから、ほぼ半分が失敗したことになる。

 いや、もしかしたらリュウたちより遅い班もいるかもしれない。それなら割合はまだ増えるだろう。

 それでも、入学早々失敗率の高い課題だ。

 リュウたちとて並大抵の苦労ではなかった。無理もない。


「言い添えておくが、創立から数えてだぞ」

「……は?」


 教官はいつも通りの平静そのものといった表情を崩さない。まるでカバネのような鉄面皮だ。


「大型機は『対処しろ』と言っただろうが。課題の目的はあくまでフラッグの入手。もともと、その装備で勝てるはずもない。戦力差を把握し、いかに被害なく目的を達成して離脱できるか、という課題に過ぎないんだ」


 そこで初めて、教官は少し面白そうな笑みを見せた。

 なんだそれ。

 リュウは騙されたような思いに目がくらんで足から力が抜けた。

 幸いなことにマギマキカに搭乗しており、シートもあるので転びも落ちもしない。


「さて、その装備でどうやって勝ったのか、教えてもらおうか」


 ニヤリと教官のかすかな笑みが凶悪な色に変わった気がした。

 やはりおっかない人だ、とリュウは痛感した。

 その後、辺りがとっぷりと暗くなるまでこってりと絞られる羽目となる。

 残骸の遺留武装を活用した事に関しては一応と言った感じで賛辞されたが、課題にならないと嫌味も言われた。

 今回のことで学んだことが三つある。

 一つは、マギマキカはシチュエーションに合わせた多種多様な装備を生かしてこそ、その特性と汎用性を活かせると言うこと。

 二つは、教官は目ざとく厄介で迂闊なことを言うと後が怖いと言うこと。

 最後は、この学校は皇女に一切の容赦もなく、正座で話を聞かせるということだ。


「教官、気になっていることがあるんです」


 相談室と称した説教室。

 冷たい白光と染み付いた汚れの目立つ小さな部屋のパイプ椅子。

 洗いざらいを吐かされたあと、じっくりしっかり芯までトロトロになるまで弱火で煮込まれるような、説教らしからぬ説教を淡々と受けたあと。

 若干グロッキーで、シジマの猫耳などは干したキノコのようにしなびて、セフィリアまでもぐったりとうつむいている。

 リュウの投げかけた質問に、教官は耳を向けた。

 それはつまり、課題でのこと。


「機械仕掛けのヒョウ……?」

「はい。自律兵器を破壊して、逃げ去っていったんですけど。あれは何なんですか?」


 障害ではなかったし、デモンストレーションというわけでもないだろう。むしろ手助けさえしてくれたことになる。だが、他の自律兵器と違って、潜む為の体色(カムフラージュ)をしていた。監視にしては行動がおかしい。

 課題の中で、あの邂逅だけが宙に浮いている。

 教官は無表情の眉を寄せて、静かに答える。


「そんなもの、私は把握していない」


 なんだったのだろう。

 窓の外は夜の闇に暮れている。

 人工の光に切り裂かれた宵闇は、樹海の影のほうが、よほど濃い。

 それでも目を通していただきありがとうございます。

 あとがき案内役は私ギシカノレムが担当させていただきます。本編とは別枠で説明を行わせていただいております。

 今回のテーマは兵器の補足。


 大型機が用いた多束銃身機関銃。ただのガトリング砲です。ガトリングは人名でバルカンは商品名なので使用を自重しました。

 銃身を回転させる機構と給弾する機構を一部共有し、その駆動の原動力を弾丸の発射する余剰エネルギーから抽出することにより燃費のいい機関銃を作り出しています。もともと自律兵器というのは稼働時間の制限が厳しいのですが、その条件と相談しながら火力支援の制圧力を与えたい場合に重宝されています。妖精という存在は、機械を機械として運用するには不向きな特性を持っているのです。

 なお、このほか重火器を軍学校は多数保有していますが、反面弾薬はほとんど訓練弾しか保有していません。これは学校の性格上、軍設備のわりに外部の人間が立ち入る機会が多いためです。つまりどういうことかと言うと、いろいろとありますが、明言は避けておきましょう。武力というのは難儀なものです。


 今回はこの辺りで。

 さて、今回、ひとかどの謎を残しつつ、無事に課題をクリアしたリュウたち。

 過ごしている日常は、ほら、なにも変わっていないのですか?

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