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エルレイス  作者: ルト
第一章 第一話
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課題進行

 木の匂いと葉の匂い、それに加えて今は生水がしぶく川の匂いと湿った土の匂いがする。どこか潤いのある木々を避けて、日光すらろくに入らない深い樹海の中をリュウたちは進む。

 橋を越えて順調に進行できた時間は短かった。

 リズムを取るように歩く速度で上下していたセフィリアのマギマキカが、突然沈んだ。


「んきゃあ!?」

「うお!?」


 反射的に操縦桿ごと腕を伸ばし、襟首を掴むような形で沈下するセフィリア機を支える。

 突然の挙動とセフィリア機の重量でリュウのマギマキカが前に傾き、片足が浮き上がった。ばきん、と金属が悲鳴を上げて、焦らすようにゆっくりと倒れ込む動きが不自然に止まる。


『んぎぎ、大丈夫?』

「ああ……シジマ。ありがとう」


 シジマが後ろから背部を挟み込むようにしてリュウ機の二次災害を助けてくれていた。ゆっくりと引いて機体を立て直す。

 膝まで沈んだセフィリア機は、二機の支えを頼りになんとかよじ登る。

 セフィリアは不機嫌そうに振り返って、マギマキカの足跡の形に穴が開いた地面を見た。


『いったい何なんだ』

『これは……あれだね。川の支流だ』


 シジマが覗き込むようにして分析する。見ている先でボロリと土が転げ落ちて穴が広がった。


『地下水みたいな感じだったけど、何かしらでこの地面のすぐ下を流れるようになったんだろうね』

『何かしらって何だ』

『いや知らないけどさ』


 大変機嫌を損ねたらしいセフィリアはむっすりと土を見下ろしている。

 微妙に八つ当たりを受けたシジマは、扱いあぐねたようにこっそりとリュウの後ろに下がる。

 それに気づかないリュウは手近な長い枝を拾って地面を突いた。


「とりあえず、この辺は地面が緩くなってるんだな。土が全部流されて流れが露出するのも時間の問題だったんだろう」


 突くそばからやわらかくなった土は簡単にへこむ。

 刺してみると思いのほかグッサリと深くめり込んだ。これはマギマキカが落ちるわけだ。


『まったく、何もこんなところに落とし穴を用意しなくてもよかろうに』


 未だに不満らしいセフィリアがぶつぶつと言う。

 その様子と内容にリュウは笑った。落とし穴とは言いえて妙だ。


「なんにしろ、これは飛び越えるしかないな」


 リュウは枝を捨ててそう告げた。

 どうせ片側は川で、もう片側には木が密集してマギマキカでは通れない。この道を進むしかないのだ。


『じゃあ、最初はボクから行かせて』


 シジマが名乗りを上げた。


『ん、ああ、いいぞ』


 行く気満々だったらしいセフィリアはすごすごと先を譲った。

 崩れやすくなるボーダーを分かりやすくするために、先ほど捨てた枝を踏み切り板のように道に横たえておく。

 そして十分な助走距離を空けて、シジマが立った。


『それじゃあ行くよ』


 宣言して、弾むようにマギマキカは走り出した。

 十分な加速をつけた後、タイミングを計るように、一、二、跳躍。

 空を泳ぐように掻いたシジマのマギマキカは、放物線を描いて墜落。転がるようにして素早く立ち上がった。


『どんな動きだ……』


 セフィリアが軽く絶望したような声でうめいたが、リュウは半秒で聞かなかったことにして記憶から消しておいた。

 肝心のシジマは普段と変わらない声で素直に笑う。


『行けたね。ちょっと待ってて、こっち側から限界探すから』


 キョロキョロと何かを探し、やがて訓練剣を取って地面を叩き始めた。どこまで崩れやすいのかを見ているのだ。

 数歩戻ったところで土がへこんだ。傍らに生える木の枝をへし折って、限界を教えるように土に突き刺す。

 そしてシジマはリュウたちに手を振った。


『おっけー。次の人おいで』

「よし、じゃあ、俺が先に行く」

『ああ。気をつけてな』


 セフィリアは素直に見送る。

 シジマとリュウが二人掛かりでセフィリアをフォローするために先に跳ぶことにした、という事実に気づいた様子はない。


「うし。……まあ、俺もちょっと怪しい距離だよな」


 遠話はつけずにリュウはつぶやいた。

 マギマキカは十分なパワーがあるが、それ以上に重量もあるため、あまり幅跳びなどは得意ではない。もっと細かく小刻みな「機動」を得意とする機体なのだ。

 そうも言ってられないので、リュウは準備に入る。

 ギアを入れ替えて初速をつける高圧力高回転駆動に、前傾姿勢にしてスムーズなスタートを切れるように。

 ペダルを踏み込んで、地面を蹴る。

 素早く圧力を切り替えてしなやかな蹴りにし、一歩の伸びをよくして加速する。腕をしっかりと振って、空気抵抗による速度の損耗を補い足の駆動距離を少しでも稼ぐ。十分な速度がついたら駆動を緩めてギアを構え、跳躍に備える。

 シジマを見習って三歩で距離を合わせ、ギアを抜いて急圧をかける。

 最大の瞬発力で地面を蹴って、大きく跳躍した。

 全身で高く速く跳び、全力で前を目指す。

 木々が流れ、散々叩かれて穴あきになった土を飛び越える。道の先で待っているシジマがずいぶんと低く見えて、空を飛んでいるような錯覚を覚えた。

 着地。

 加圧のままだったせいで衝撃の吸収が弱く、リュウの足腰まで衝撃が貫いた。

 つんのめるように走り、両手を振り回してバランスを取りつつ慌ててギアを変える。

 その瞬間の足元にシジマのつけた着地の足跡が見えた。なんともいえない気分である。


『大丈夫?』

「ああ、なんとかな」


 衝突しないよう退避していたシジマに支えられて、しっかりと立つ。

 振り返って手を上げる。セフィリアも手を上げて答えた。

 そして彼女は道の真ん中に立って、スタートの構えを取る。

 それを油断なく見据えながら、シジマがリュウにささやいた。


『失敗するかもしれないから構えておかないとね』

「ああ」


 こう言っては失礼かもしれないが、実際、心配だった。

 万一距離が足りなかったとき、すぐに走り出せるように、ギアを高圧力に変えて備えておく。

 セフィリアはスタートの構えを取ったままだ。

 リュウは無駄に緊張を感じて生唾を飲み込んだ。

 ざらざらという絶え間ない川の音がやけに大きく感じられる。

 セフィリアはまだ走らない。

 シジマもしっかりとセフィリアを見据えて、全力ダッシュでフォローする構えだ。

 セフィリアは踏み切り板代わりの枝を、まるで初恋の相手であるかのように熱く見つめている。

 まだ走らない。


「……遅いな」


 リュウが思わずつぶやいた。

 意を決したようにセフィリアの柳眉が吊りあがる。

 来る、と二人は同時に身構えた。

 セフィリアは、一途な少女が初恋の相手にアタックするためにダッシュするような真剣な表情で走り、全力で跳躍した。

 巨体が宙を舞い、そして、一途な少女の恋が実って初恋の相手に受け入れられるときのように、全力で下半身が地面に刺さった。


「ぎゃあああああ!!」


 悲鳴は誰が上げたのだろう。誰もが上げたに違いない。

 理論値の限界を超えたような凄絶なスタートダッシュで、腰まで埋まりかけたセフィリア機に取り付く。

 二機がかりであれば、助け出すのは容易だった。

 まるで立派に生長した大根を掘り出すかのように、川の養分をたっぷり含んだ豊かで柔らかな土から引き抜かれた泥まみれの皇女は、とても惨めな表情をしていたという。


『踏み切りが早すぎたね、仕方ない仕方ない』


 シジマが慰めながら先を歩く。二番手となったセフィリアは、泥がこびりついた機体を気にするフリをしてうなだれている。

 少々の騒ぎはあったわけだが、その後は至って順調に道を進んでいる。

 慰めも無粋と思ったリュウは本来の目的の話をする。


「そろそろフラッグが見えてきてもいい頃だな」

『うん、そうだね』


 もう川のほとりも離れて木々の海に分け入っている。

 道は再び草葉と腐葉土に埋まり、慎重に歩を進めなければならなくなっていた。

 不意にシジマが声を上げた。腕を上げて前を示す。


『ん、あれかな?』


 示す先に目を凝らすと、拓けたところにちょっとした待合室のような古い小屋が立っている。

 人が暮らすような大きさもなく、マギマキカが一機ようやく入るぐらいだ。


「どうも、そうっぽいな」


 リュウが同意の返事をする。

 セフィリアはようやく立ち直ったのか、顔を上げて同じくシジマの示すほうを見た。少しの間のあと、声が聞こえる。


『……ああ。私もそうだと思う』

『よし、じゃあさっさと行ってみようか』


 シジマは急ごうと足を速めようとする。

 その矢先だった。

 金属同士の衝突する鈍い音。空回りする甲高い駆動音がする。

 突然の音は断続的に聞こえてくる。


『なに……これ?』

『他の班の音じゃ……ない、か』


 セフィリアがつぶやいて自己否定した。

 班ごとに指定された地点は変えられている。目的地近くになって遭遇するということはありえない。

 そう言ってる間にも音の応酬は激しくなる。

 間違いなく、戦闘の音だ。


『急いだ方がいいな。何か起こっている』


 セフィリアに急かされて、シジマは先を急いだ。

 なにか、普通ではないことが起こっている。

 その焦燥に突き動かされるように三人は走った。

 木々をかわして、根を超えて、腐葉土を蹴散らして、そうして不意に世界が拓く。

 現れた光景に、息を呑んだ。

 シジマが呆然とつぶやく。


『自律兵器……が?』


 先ほど橋の前で撃破した自律兵器と同じ型のものが五機。さらにすでに壊れて残骸となっているものが二機。

 中心に居た。

 暗い影と土の色を混ぜた焦げ茶色。

 猫のような頭だが、その相貌は銀色をしていた。

 しなやかに動く身体と四肢は全て細かい金属で出来ている。

 機械仕掛けのヒョウ、とでも言うべきか。

 そのヒョウは自律兵器にかじりつき、爪を立てて自律兵器の四つ足を一本へし折る。バギュ、と牙に噛まれた本体が変形して動きを止めた。

 それはリュウたちの存在に今初めて気づいた、とばかりに振り返って銀色の瞳がマギマキカを捉える。

 じっと見つめる。

 リュウはその瞳に射すくめられたように息を止める。

 自律兵器がそのヒョウに体当たりをした。するりとまるで陸を泳ぐようにそのヒョウは避ける。反撃に爪をかけて押さえつけ、四つ足が地面を掻くうちに牙でメキリと仕留める。


『なん、だ? これは』


 動揺を隠さずにセフィリアがうめいた。

 その声を聞いてリュウは我に返る。訓練剣を抜き、ヒョウに向ける。

 だが、そのヒョウはまるで挑発するかのようにリュウを見てその場でくるりと回って見せた。忠実に作られた滑らかな尻尾が後足に絡みついている。


(これはいったい何なんだ?)


 リュウは警戒しながらも、決定的な違和感を拭えずにいた。

 シジマとセフィリアもそれぞれ状況を飲み込み構えようとする。それをまるで気にかけず、ヒョウは明後日の方を向いた。

 そこに何を見たのか。

 ヒョウはするりと足を震わせ、滑るように跳ねた。樹海の隙間に潜り込んで消える。


「なっ、逃げた!?」


 慌ててリュウが後を追う。ヒョウに触れた葉がかすかに揺れているだけで、もはや木々の間に影すら見出すことは出来なかった。

 なんだったんだ、などと悠長に考えているリュウに激しい衝撃が走る。

 背中から見えない手で突き飛ばされたかのように、シートベルトに体が食い込む。痛いなんてものではない。


『自律兵器は味方じゃないみたいだよ!』


 金属のこすれる甲高い音と重い音、そして今度は強く引っ張られるような衝撃がマギマキカを襲う。

 振り返ると、リュウ機に取り付いた自律兵器をシジマが訓練剣で叩き落してくれたようだった。足のもげたその機体はしばらくもがいた後に動きを止めた。

 他の二機もじりじりと間合いを計るように、赤い目を明滅させる。


「おいおい、今は共同戦線かと思ったのに。薄情だな、血も涙もない」

『あったら怖いね』


 シジマが軽口で答える。

 背後にいたセフィリアが、焦燥感に満ちた悲鳴を上げたのはそのときだ。


『……やばいのが来ているぞ。右に』

「右?」


 言われて、リュウは一歩下がって警戒を正面に残しつつちらりと右側に顔を向ける。

 警戒心が吹っ飛んだ。


「まっじかよ」


 つぶやき、リュウは剣を収めて銃に手を掛ける。

 同じ物を見たらしいシジマが乾いた笑いを上げた。笑いたくなるのもよく分かる。

 最悪なことに、敵さんは四つ足の自律兵器だけではないらしい。

 木々の隙間を通って現れたのは、マギマキカより巨大な、鳥の足のような逆関節で二足歩行する自律兵器だった。


『識別完了。通告、最大障害ニ対処セヨ』


 回転式多銃身砲を持つ悪趣味なヒヨコがなにか言った。

 まだまだ目を通していただきありがとうございます。

 あとがき案内役は私ギシカノレムが担当させていただきます。本編とは別枠で説明を行わせていただいております。

 今回のテーマは文中の単語。


 というのも、そろそろ説明したほうがよいかと思いまして。

 この物語において横文字、つまりシートベルトですとかマニピュレータですとか、そういう言葉を用いている意味を説明いたします。

 言語体系がそもそも異なっておりますので、というのは簡単ですが、つまり邦訳の過程でこの世界における近代語や外来語が文中に出てきた際に邦語の外来語を用いて、ニースヘリアの母国語となる西方大陸語のニュアンスを表現しているのです。

 言語体系は中世以前に現在のギルゼーレン統一公国にあたるギリゼリアが西方大陸を統一した際に世界共通語として用いられたギリズ語が、それまで普及していた古代語と習合して訛り、時代と共に変化したことで現在の西方大陸語として成立しています。ギルゼーレン統一公国は、本来ならば直系ではないのですが、というのもお約束の分裂と独立が起きた時代に勝ち残って正当性を認めさせた、言わば下克上のお国ですので、正系ギリズ語から当時のエスニリア系ギリズ語、つまり現在の西方大陸語に共通語が摩り替わってしまったのです。

 そして、そのような言語を母体とした西方大陸列強に、海を越えた東側から妖精の技術が流入して技術革命が起きました。そこで現在の近代語が流入したり生成されたりしたのです。

 そういう経緯で用いられる単語ですので、ニュアンスとしては邦語での横文字、外来語とあまり変わりません。目新しく歴史の浅い言葉です。

 詳細な言語史などは、もしかしたらいつかやるかもしれません。


 それにしても、テーマの選択には苦労します。

 なにをチョイスするのか、これと言って思いつかないんですよね。

 趣味を生かして「ギシカノレムの演劇ベストセレクション」なんてものがテーマに選ばれ始めたら、いよいよ後がなくなってきた証拠です。そして今回は少々それと迷いました。

 自分の常識は他人の非常識、ということで、なんとか模索してコーナーを続けたいものです。


 愚痴ったところで、今回はこの辺りで。

 さて、今回、様々な障害を乗り越えつつも道のりを進むリュウたちですが、突然無駄にサイズのある敵と邂逅しました。

 リュウたちはどうなってしまうのでしょうか?

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