水面下の防衛戦
リュウはマギマキカの巨体にあっても巨大な狙撃砲を構える。
拡大映像から標的を選別していく。
慣性機動演算と、狙撃砲に据え付けられたセンサーによる風向風力計算、視界内に混入する砂塵などによる領域演算。弾道予測は、震えながらも軍団のうちの一機を差す。
トリガー。
轟音を貫いて榴弾が飛び、六連装ミサイルを担ぐフスタの弾倉に直撃した。風穴が空いた向こうで、別のフスタの肘が折れている。
術式火器は、起爆した瞬間でもなければ誘爆してはくれない。だが、マギマキカの装甲と違い、魔術強化されていない兵器は単なる弾丸であろうと簡単に破壊できる。無力化すれば荷物になるだけだ。
リュウは銃口を動かす。
妖精に拡大された粗い画像は、大きく振れて、弾道予測が渦を巻く。
次の機体を狙い、トリガーを引き、装填する。
続けざまに五機ほど無力化した。
マギマキカのパワーに任せた連射を終えると、すぐに立ち上がって離脱。狙撃に気づいた敵が、リュウの離脱した後の塹壕を砲撃で打ち砕いた。遅れた僚機が破片に巻き込まれている。
全力で走りながら、リュウは中央の研究施設を見る。
すでに崩壊し、外壁は破れ、骨組みが露出している。軋む鉄骨を見る限り、今にも倒れてしまいそうだった。
正面から敵を抑えていた防衛部隊も、ほとんどのマギマキカはすでに大破し、遠慮のない砲火にさらされている。
敵軍はリュウの姿を捉え、射出後ロック式のミサイルを大量に打ち上げた。遠慮も容赦も躊躇いもない。
「ち、やっぱ撃ってくるか」
リュウは即座にトリガーを絞る。
マギマキカに組み込まれた術式を布陣し、動力源から魔力を抽出する。魔導増幅機がうなりをあげる。
右腕を向け、術式魔術を解き放った。
白い粉状のものが吹き出され、空中で霧のように展開し、巨大化していく粒子はやがて鋭利なナイフのような刃を持って、空中に固着される。
氷霧切片に突っ込んだミサイルは、自らの推進力で切り裂かれて、誘爆する。
爆発はそのまま、空中を驀進するようにまっすぐ噴出する。ミスト対策が講じられて、爆風の噴射方向が調整されていた。
近くの護壁に飛び込んでいたリュウの背後で、地面が焼き上げられる。
爆風で抉られた土がめくれるように波打つ。焦げた土の匂いが搭乗席にまで漂っていた。
自機の無傷を確認し、リュウは遠話をつなぐ。
「シジマ。無事か?」
『たったいま壊走してるとこ。大尉は分かんない、逃げちゃったよ』
「そうか。まあ粘ったほうだ」
リュウはあっさりと言った。
戦端が開かれて、半時も経っていない。それだけで、防衛部隊は壊滅していた。
フスタの軍団は無理な作戦が祟って二割ほど数を減らしていたが、それでも充分な数が揃っている。
『あ――』
シジマが呆けた声を上げた。リュウも気づく。
曲射軌道の砲弾が、施設に吸い込まれるように入り込んだ。柔らかく受け止めるように身を折った施設は、そのままハリボテが倒れるように、噴煙を吐き出しながら倒れていく。
施設が倒壊した。
護壁も塹壕も、敵部隊から目につくところは、あらかた吹き飛ばされていた。
これ以上の戦闘は無意味だ。
「もう少し早く、判断すべきだったな」
リュウはつぶやく。
遅すぎた。
足止めになる味方部隊がなければ、敗走さえできない。
敵部隊は足を緩めず、破壊した施設を制圧しようと進んでくる。
そのフスタが、吹き飛んだ。
「なに?」
崩壊した施設の地下が、まるで噴火でもするように爆発したのだ。
瓦礫の次は弾丸が吹き上がり、次いで剣を持ったバウンサーが飛び出していく。
不意を打たれたフスタは、面白いように討ち取られていく。やはり精鋭だったのか、組織だった反撃ができたのはさすがだが、そのときにはすでに数を大きく減らしていた。
近接戦闘に特化した武装を構えた無数のバウンサーの相手にはならず、押しきられるのは時間の問題に思える。
「なんなんだ?」
『あれじゃない?』
リュウのつぶやきに、ロッツが答えた。
『リュウの言ってた、援軍』
まさか、とリュウは笑おうとした。
彼らは初めから潜んでいた。ならば、施設の陥落を待ってから、出てくる必要はなかったはずだ。
しかし、うまく笑うことはできなかった。リュウが自ら言ったことだ。
駄軍人ばかり集めているのは、施設の重要性を隠蔽するためだ。
だからこそ、その重要性を知ることになった者を、生かしておく理由など、一つとしてありはしない。
「逃げるぞ」
リュウは決断した。
その宣言に、動揺する声が上がる。
『い、いきなり何言ってんの? 敵前逃亡は重罪だって散々言ったじゃん!』
「状況が違う! 早くしろ! 敵はどんどん倒されてるんだぞ!」
『意味わかんないんだけど!? 敵倒されたらまずいの!?』
『……ああ、なるほど。敵の次は私たちの番、ということですか。それはまた古典的な』
『戦闘中のことだから、戦死も不思議ではないしね』
カバネとロッツは早くも理解したようだった。
シジマも納得はしていないが、流されるようにしぶしぶ肯定の返事をする。
リュウは全員の座標を妖精に打ち込み等距離の地点を算出、地図にマークする。
「合流地点は座標872、425だ。総員走れ!」
調子の異なる了解の返事を受け、リュウはマギマキカを走らせる。
戦闘駆動のまま、魔術も用いたが、シュマルクの残量は十分にあった。
リュウの判断は推論に推論を重ねたもので、事実確認も足りず、確実性が極めて薄い。指揮官としては落第もいいところだ。
だが、こと今回に限っては、この上なく正しい判断だった。
その上で、正規の指揮官が取る対応は、リュウを大きく上回っていた。
見た目には他と区別がつかないが、主要な塹壕とそうでないものがある。主要な塹壕には地下通路が存在し、施設からの予備武器など供給を受ける。リュウが狙撃砲に武装を取り換えたのも、このタイプの塹壕だ。
その塹壕から、ヒョウがするりと飛び出した。
「っぐ、なんだ!?」
急制動をかけ、機体を止めつつ剣を抜く。
ヒョウはリュウを阻むように、ゆったりとその場で旋回している。まじまじと赤いカメラアイでカリオテを見詰めていた。
『やれやれ、来た学生というのは、君だったのか。とことんまで邪魔をしてくれる』
妖精から、露光通信で声が割り込まれた。通信と違い広がらないため、位置関係など条件が限られるものの、秘匿性が高い通信だ。
つまり、目の前のヒョウが、この声を送っている。
「お前……何者だ?」
『配備兵を煽って指揮するとは、優秀な学兵だ。呪わしいよ、どうして君が来てしまったのか』
機械仕掛けのヒョウは、正確にはそれを操る人物は、リュウの話を聞くつもりはないようだった。
ピタリとリュウを見つめるヒョウは静かに語る。
『悲しいよ。君ほどの人材を、殺さなければならないなんて』
リュウは咄嗟に右手の剣に魔力を通した。
魔導線によってシュマルクから魔力を引き出し、剣に組み込まれた術式が起動し、魔力の刃を与える。
斬りかかろうとして、操縦桿も動かさないうちに、その機動を想定から捨てる。
敵はこのヒョウではない。
わざわざ語って聞かせたのは、時間稼ぎと挑発だ。今にも増援が来る。
踏み込むための加圧したギアを蹴り、ペダルを踏み締める。走り出した。
『まったく、本当に優秀だな!』
ヒョウは即座に反応して飛び退いた。走り出すリュウの背後を、激しい衝撃が貫く。
直撃ではない。
地面に穴を掘った余波がカリオテを揺るがせたのだ。
狙撃、それもかなりの破壊力のものだ。
リュウは走りながら振り返る。
施設の傍で、大砲を構える青いマギマキカ。
バウンサーと同じ駆動方式を持ちながらも、駆動機や魔導線の構造を組み換え、一回り抜けた実力を持つ最新技術の粋を極めた、運用実験機。
レボルシオンシリーズ・ファースト、"ハーラ"。
ギリ、とリュウの歯が噛み締められた。怒りの沸いた頭が、その機体を視界に捉える。
電磁砲が外れたことに驚き、喜ぶかのように、ハーラは肩をすくめて体を揺らした。視認限界に近いほどの距離がありながら、リュウにはそれが分かった。
「ドレグ……ッ!」
罵倒も侮蔑も言葉に出ない。ただ理由さえ定かではない怒りが、リュウの胸のうちに吹き荒れた。
リュウは感情の波を飲み込んで、マギマキカを走らせる。
腕を振り払い、ヒョウをなで斬りにした。
ヒョウは短く驚いた声を漏らし、右側の足と脇腹を削ぎ落とされて地面を滑る。
あのヒョウがリュウの現在地を報せたのだ。止めを差したかったが、二太刀を許してくれる敵ではない。リュウは即座に走り出し、塹壕に滑り降りて伝いながら走る。
予想通り、その肩を砲弾がかすめた。カリオテの頭を塹壕壁面にぶつけ、反動で背中を打ち付ける。
シートまで伝わる衝撃に目を回しながら、歯を食いしばってペダルを踏み込む。足に伝わる緩衝器の軋みから、ギアが加圧のままだったと気づいた。圧力を抜きながら、壁を這うように走らせる。
「聞こえるか」
『ん、なにか問題?』
シジマの能天気な声が遠話で繋がる。
リュウは深呼吸して頭を落ち着かせ、妖精にシステムチェックを走らせながら口を開く。
「狙撃を受けた。ハーラだ」
『……へ、なんで?』
気の抜けた声に顔をしかめそうになって、リュウも気がついた。
敵は敵でも、今リュウを狙う敵は、王国軍……つまり本来なら友軍だ。友軍が裏切って自分たちを狙っている。
皇女を誘拐して裏切ったドレグが、王国軍に在籍しているはずがない。
「実際はどこかのテロリスト? ……違うな。大多数はバウンサーだった」
さすがにテロリストへ武器を流して代理戦争を行う真っ黒な企業も、最新鋭機を部隊でテロリストに融通したりはしない。最新鋭機は、王国軍との契約により、自社の防衛にすら使えないのだ。
『とにかく、こっちに気づいた敵がいるんだよね。気を付ける』
「頼む」
リュウが遠話を切ろうとしたその時に、
マギマキカ用の広い塹壕に、物資や部隊を補充するための地下道をふさぐハッチが、弾けとんだ。
一機のマギマキカが塹壕の壁を削ってのそりと現れる。
「っ敵が!」
身動きも取れない狭い塹壕のなかで、リュウは握ったままの剣で突き飛ばす。
焦ったあまり、魔力を通していない。舌打ちして術式を起動し、改めて刺突を構える。
相手のマギマキカは細身の体に手足ばかりが武骨に大きく、さらには腕に巨大な盾のようなものを備えている。胸部装甲には刻印がされていた。
「レプターだと? まだ試験段階のはずだぞ!」
その驚愕の隙に、マギマキカはもっさり慌てて乱暴に、巨体を起き上がらせた。その素人然とした機体操作に、リュウは怪訝に気づく。
機体の不自然、後続がおらず単機、操縦技術のない搭乗者。
腕を掴み、足を払って蹴り倒した。
軽くバランスを崩しただけで、立て直そうという操作もなく、赤子の転ぶように棒立ちのままレプターは尻餅をついた。
その眼前に術式起動した剣を突きつける。リュウは拡声を開けた。
「お前は誰だ?」
一機だけで逃げるのは不自然だが、あの中から出てきたなら関係者に間違いない。
連行するつもりで声を向けたリュウは、その機体が呆けたように動きを止めたことに気がついた。
「その声……リュウか?」
その声は、セフィリアだった。