防衛混戦
迷彩の波が地面を這うようだ。
無数、三十機を越えるフスタが走っている。
後がないのはどちらも同じ。
迅速に撃滅すれば、士気のないこちらはあっという間に敗走するだろう。全て見越した上での電撃戦だった。
ほとんど何もないに等しい第一防衛線は、十数秒で突破された。
嵐のように砲撃が研究所に振り向けられているが、造りのよさもありそれほど被害は大きくない。外装が砕かれ始めた程度だ。
そして防衛線を越えて、敵軍の鼻先が第二防衛線を目前に踏み入った瞬間、
解き放たれたかのように大量の砲撃が開始される。
基地を無防備に晒したことで油断を誘えたら、とリュウは期待していた。
「そう甘くはないか……」
だが、敵軍もこれは予想していたらしい。
それほど有効な不意打ちにはならず、隊列はさほど乱れなかった。
盾を前に。隊列は槍のように。より勢いを増したようにさえ見える。
敵の砲撃が、一部狙いを下げていく。
防衛線を構築する護壁を、爆発が打ち砕いた。なだれ込むような黒煙と爆音が防衛軍を叩いていく。
勢いのまま先頭を走る敵の、盾を左腕に構えたマギマキカの下半身が垂直に吹き飛んだ。地雷原に踏み込んだのだ。
防衛前線が引き、第二線が砲火を立てる。
「起動!」
リュウは叫び、両手に備えた魔導線から、事前に構築した暗号術式を打ち込む。リュウ遊撃隊員も同時に点火する。
ずらり、と塹壕の底に並べられた迫撃砲が、一斉に火を噴いた。
バラバラと空中で無数の爆薬に砕けた砲弾は、細く伸びた敵の隊列に降り注ぐ。直撃を受けたフスタが、手足をばら撒きながら大きく跳ねた。
あの中に、人がいるかもしれない。
リュウは迷いを振り切った。
「一度攻勢をかける! 重火器ひとつ潰せば重畳だ、生き延びるぞ!」
リュウは塹壕から飛び出した。マギマキカを走らせながら、妖精を介して敵を見る。
大量で装備も似通ったフスタが、怒濤のように駆けている。
そのなかで大砲を担ぐフスタを見つける。迫撃砲だ。
曲射弾道では、防壁など意味を成さない。現にリュウたちが撃って見せたように。
しばらく見ていると妖精が一次ロックをかける。操縦桿のレバーを握ると二次ロックに移行する。
リュウのカリオテは事前入力された地形情報から、障害物を算出して視界に表示する。手足を振り、躍動的に駆け抜ける。塹壕を飛び越え、着地の衝撃で脚部緩衝器が軋む。
敵の動きが変わった。
リュウたちに気づいたようだ。途端に風切り音を立てて弾幕が飛来する。地面が弾け、護壁が割れる。
左腕の砲を構え、即座に放つ。
巨大なタンデム弾頭が空を貫き、重荷を担ぐ機体を叩く。
錐のような弾頭が術式強化される装甲に穴を空け、弾頭内部で起こる粉砕の爆風が機体内部に吹き込まれる。
大量の金属片や破片を含む嵐は搭乗者を殺傷し、魔導線を損傷する。
術式強化が消えた機体を、張り付いたままだった弾頭の爆発が砕いた。胸部装甲がフリスビーのように飛び、仲間を叩く。
リュウはそれら顛末を見ていなかった。
砲を撃った直後に機体を反転させ、右腕のロケットを適当な敵機体に向けて撃つ。
リュウは跳ね、屈み、塹壕に滑り込み、護壁を縫うように複雑な機動で敵の弾幕をすり抜けて逃げていく。
絶えずリュウの頭の高さを弾丸が飛び交う。
黒い壁のような無数のフスタは外縁の流れが淀み、リュウにぞろりと銃口を向けている。
「各自撃ったら離脱!」
叫ぶのもやっとだ。
腰の給弾装置に片腕を接続し、途端に肩を銃弾がかすめる。
給弾が完了すると腕を振って、機体を加速させる。背部をかすめて砲弾が飛んでいく。
その衝撃だけで機体が揺さぶられる。ペダルを踏み変え、巧みに体勢を回復させてリュウは駆ける。
ワイプさせた視界の端に、機体に据えられた集映機が背後を撮影している映像を出す。僚機が足を砕かれて地面を滑り、振り上げた腕の根本に砲弾が炸裂した。機体が内部からひしゃげる、濁った破裂音が響く。
「誰かやられたな」
呟くそばから、僚機が肩を撃たれた。よろめいた腹に砲撃を食らい、大の字で飛んでいく。胸部装甲が受け止めて生きているが、足を止めた機体など、起き上がる暇もなく銃撃の雨になぶられるだけだ。
「構うな、止まるな、動き続けろ!」
リュウは僚機に叫ぶ。
もはや半数も残っていない。遠話の設定は一方向に変えられていて、僚機の断末魔も罵詈雑言も聞こえないようになっている。
リュウの視界から、重火器――対装甲ロケット砲を検出、二次ロックを完了する。
腕を振り向けて巨砲を撃ち放つ。その拍子だけで肩を撃たれるが、足を滑らせ、走る体勢に転化させてやり過ごす。
リュウがこれほど避け続けることができるのは、カラクリがあった。
フスタ搭載の妖精は安定性が高く動力源の消費も少ないが、そのぶん高速で精密な演算は苦手としている。
例えばレーダーの三次元換算や、姿勢や機動の妖精制御、そして――火器管制制御などだ。映像処理からの慣性演算に頼っているため、複雑な機動や、取得画像の演算による制御の更新ラグを突いた動きに弱い。つまり、動き続ける目標を精密に狙うことは苦手としている。
その点、カリオテは隙がなく頑丈で、無理が利く機体だった。木偶の坊と馬鹿にしたような愛称がつくほど、「いつもそこに立っている」。
足の遅いことが難点だったが、リュウ機はロッツの改造で、稼働時間と重量を引き換えに駆動力を高めて運動性能を手にしている。
その双方が噛み合った結果こそが、リュウの首の皮というわけだ。
三発目のタンデム弾頭を放った時点で、リュウは右腕の大砲を破棄した。強力なぶんだけ巨大な弾頭はいくつも携行できない。
敵軍先頭は地雷原に突入していた。機関砲を薙ぎ払い、地雷を無理矢理起爆しながら進んでいる。
それでも足が鈍り隊列が乱れたところに、遊軍の火力が集中する。
僚機はすでに三機しか残っていない。うち一機は逃げ出したものだ。
リュウは毒づきたいのをこらえて、左腕のロケットの装弾数四発すべて目視照準でばらまき、離脱を試みた。
二機はまだ数発しか撃っていない。臆病が生き延びただけだ。リュウはもう彼らに声をかけることすらやめていた。今さら死ねと命令するのも酷だ。
背後を凶弾が襲う。すでに恐怖は麻痺し、冷徹に回避運動を繰り返しながら、リュウは遠話を試みた。
「カバネ、シジマ。生きてるか?」
『たぶんね』
『無論です。リュウこそどうですか?』
敵の射撃が散発的になり、リュウは近くのマギマキカ用巨大塹壕に機体を滑り落とす。キィ、と無理を続けた緩衝器が砂を噛む。
足を止めずに狭い塹壕を急ぎながら、リュウは答えた。
「生きてるつもりだ。状況は?」
『こちら監視を続けられず、追い立てられてロッツ殿に合流しております。ロッツ殿は私が支援しておりますゆえ、ご安心を』
リュウがロッツに連絡を入れなかった理由を見破ったカバネが、欲しかった情報をするりと加える。
たっぷり敵の目視限界まで回り込み、塹壕に潜ませた装備を取り上げる。榴弾砲を追加した突撃砲と左手のミサイルと腰の予備弾薬を棄て、長い銃身と外装型の受光スコープを持つ大砲を持つ。両手持ち兵装、マギマキカ版のスナイパーライフルだ。
マニピュレータ内側についた魔導線に接続し、受光スコープの超倍率光学解析映像を妖精にワイプ表示させる。
「奇襲はもう通用しないだろうな。こっちはもう壊滅だ、支援する」
『……リュウ?』
「ん。どうした?」
カバネはリュウに問い返されると、カラリと笑った。
『何でもありませぬよ。スナイパーとはまた古典的ですな。どうか気を付けて』
「分かってるさ」
リュウは答え、操縦桿のトリガーを捻る。
ガキンと音を立てて、狙撃砲に巨大な弾丸が装弾された。
絨毯のような敵の群れは、以前基地へと邁進している。