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エルレイス  作者: ルト
第五話
23/27

任地派兵

 リュウは目を醒ました。


「そろそろ到着する」


 兵士の声を聞いて、妖精を起動し現在地を確認する操作を命令しながら、思い出す。今は補充要員として戦線に運ばれていて、マギマキカごとトラックに格納されているのだ。シートに座ったままだった尻が、今さらのように痛くなる。

 防弾装甲のコンテナから外をうかがうことはできないが、車両が激しく揺れているから、舗装されていない道路を走っているのだろう。また土埃の臭いも感じ取れる。

 ようやく頭も目覚めて、意識がはっきりしてきた。戦線に行くなら、兵站の輸送を効率化するため、せめてもう少しマシな道路を通るはずだ。

 そこで初めて、妖精が加工された地図を表示しているのに気づく。寝ぼけ頭はときどき、奇妙な冴えを見せるものだ。


「なに?」


 地図を確認したリュウは怪訝が口から漏れた。

 トラックは戦線を逸れて大きく手前にある、小さな施設を目指していた。そこは破棄するには大規模だが維持するに配置が悪い、仕方ないので物資輸送の中間基地とした、とでも言うべき、なんとも微妙な施設がある。もとは戦前からある危険物の研究施設らしく、防壁がそれなりにしっかりしているのが、接収された理由だろう。

 重要拠点からは外されると分かってはいたが、ここまで粗末な施設に回されるとは、さしものリュウも予想しなかった。

 だが、兵力の飼い殺しとさえ言える死に施設の警護に、学生を当てるのは、妙案かもしれない。

 安全で、どうでもよく、放っておける。


『どんな仕事でも、真面目にやらないとね』


 見透かしたようにシジマが笑った。



 施設は敷地だけなら立派だった。

 防衛網を張れるだけの距離を取って高い防壁が巡らされ、間に遅滞戦術向きの壁や穴、塹壕を置いて、第二防衛戦の防壁がある。第二防壁を囲うように、有刺鉄線を頭上に巻いたフェンスが作られている。

 施設そのものも、窓が少なく多角形で、衝撃を分散する構造になっている。加えて前衛芸術のようだ。

 問題はその防衛機能を活用するだけの人員が、配備されていないことだけだ。

 到着してマギマキカを下ろす間に、施設の警備兵が集まってきていた。


「んだよ、女の子いないじゃん」

「一人いるだろ」

「馬鹿言え、あんなガキ。なぁ?」

「いや、だからこそだろ」

「……お前……」


 勝手なことを言い合う彼らの手には、酒と賭け札(トランプ)が握られていた。

 早々に態度の程度を見せつけてくれる。


「頑張れよ」


 これまで運転してくれた機械のような兵士が、さすがに同情したのか、機体の足を叩いて励ました。リュウはちょっと任務を投げ出して彼についていきそうになる。

 リュウたちはフェンスを開けて、集まっている兵士たちの前にマギマキカを入れる。

 この臨時基地の隊長とおぼしき中年の髯面男が、いかにも着なれてなさそうに軍服をまとってマギマキカの前に出た。


「やあ、よくいらっしゃいました。我々はあなた方を歓迎しますよ。なに、辺鄙な基地ですが、住めば都、居心地は悪くないもんです」

『アイロンぐらいかけろよ』


 シジマが遠話でリュウに愚痴った。聞かなかったことにして、リュウは機体を降りる。


「エルニース軍学校一回生リュウヤ・オオギリ軍曹です、大尉。任務の間、よろしくお願いします」

「あ、ああ、ええ。お願いします」


 こいつホントに軍人なのか、と思いつつ、リュウは口を開いた。


「申し訳ありませんが、我々は事前に何も知らされていません。施設の保有戦力と陣容、巡回規則など、お教えいただけませんか」

「陣容? え、ええ。構いませんが、必要ないと思いますよ。こんな毒にも薬にもならない施設、誰も来やしません」

「それは、」


 リュウは大尉を正面から見据えて、意図せず威圧しながら口を開く。

 背後でこっそり「やば、リュウがキレた」「早速営倉入りかな」などと会話が交わされていることなど、知るよしもない。


「それは上層部が判断することです。任務を奉じ、全うしたうえで、最中の暇を持て余すなら結構でしょう。放棄したうえ遊びにかまけるのは、これは重大な軍規違反です。いわんや任務中の飲酒など論外、服務規程違反でしょう。よもや容認しているわけではありませんよね」

「ま、まさか! おい、呑む前にそれを置いてこい! 一口でも付ければ営倉送りだぞ!」

「は、はい!」


 泡を食って酒を持って走る男を、リュウは見送りもしない。

 ましてや、背後で「『いわんや』だって。相当キてるねアレ」「まだ終わらないんでしょうか。荷物置いてきたいのですが」などと話されていることに気づきもしない。


「さて、陣容の話をうかがいたいのですが……マギマキカの姿が見えませんが、この基地には配備されていないのですか?」

「あ、あれは動かすと整備に手間がかかるので……」

「確かに。分かります。しかしながら、哨戒任務に必要な装備を多数揃えています。縮小はすれど、何機かは動かしているのでしょう? 何機のうち、何機が哨戒任務に従事しているのでしょうか」

「え、ええと、確か……」

「『確か』?」

「た、確かに! 確かに十二機です! 二機哨戒に回っています!」

「では、巡回ルートを」

「はーいはいはいはい! 引き継ぎの確認はひとまずそのくらいで! 荷物置いて、施設や地図を見せてもらってから! ね!」


 シジマが遮った。

 大尉は遥か上官から解き放たれたような顔で、リュウにうなずいてみせる。リュウは背後で交わされていた言葉に最後まで気づかないまま、シジマの意見を真顔で検討する。


「そうか、そうだな。そのほうがいいか。大尉、申し訳ありません」

「いいえ、いいえ。とんでもない、ははは……」


 脂汗を額に浮かせる大尉は乾いた笑いをこぼす。

 その髭面に、まるで相手の体面を慮っているような気遣わしげな声で、リュウは言葉を付け足した。


「十分で着任準備を整えます」


 もちろん、大尉の顔は強張った。



 マギマキカの積み荷として載せた彼らの私物を、割り当てられた兵舎の部屋に放り込む。

 軍服からパイロットスーツに着替えて、指令室に立ち寄り地図を貰い、一通り目を通す。

 これらの作業にマギマキカを活用したため、八分で片付いた。俯瞰図は見ないまでもすでに見回していたから、地図は確認程度で済んだのだ。


「リュウ、調子に乗りすぎ! 今ごろ大尉はリュウが学生で部下だって思い出して、怒り狂ってると思うよ」


 言い当てていた。

 リュウはまだ怒りが収まらないといった調子で、シジマに言い返す。


「だからってこの惨状は何だよ! 平時ならまだ油断するのも仕方ない。今は戦時だぞ? それも、開戦直後だ! 前線じゃあ何人も味方が死んでるんだ! それをここは、何なんだ!」

「ボクに怒鳴らないでよ! もう」


 シジマが耳を伏せて口を尖らせる。怒られるだけで自動的にへこんでしまうらしい。

 マギマキカごと大きく両手を広げて、やれやれ、と大仰に表現しながらカバネが漏らす。


「まあ、あれでもリュウはよく抑えていた方、ってことですかな。これを上官にカマすよりは」

「リュウが怒るのも無理ないかも。今ちょっと調べたんだけど……」


 ロッツが声をあげる。一緒に行動していていつ調べたのか、という疑問は出ない。要領が異様にいい彼のことだから、何か同時にやっていたのだろう。


「この施設、戦略的にどうでもいいんだろうね。素行が極めて悪い軍人を、まとめて押し込んでるみたいだ。選りすぐりの愚連隊で作った駄目の最精鋭だね」

「なにそれ! 外れ引いたかも」


 さすがのシジマも舌を出して嫌悪感を露にする。

 しかし、逆にリュウは怒りの顔を引っ込めた。


「こんな場所に駄軍人を集めてるのか? 前線に近いぞ。それに、そんなの集めるってことは、規律をまともにする気がないってことだ」

「見せしめじゃない? あんまりサボってると施設行きだぞ! うわぁー、あいつらと一緒にしないでくれぇ! ……って」


 どう? と一人芝居まで交えてシジマは主張する。

 かもな、とリュウは答えて、先を歩いた。完全に怒りは収まっている。諦めたのかもしれない。

 戻ってみると、そこに大尉の姿はなく、金髪に軍帽を傾けて被せた少尉が、面倒そうに立っている。


「戻りました」

「マジで十分かよ。あー、大尉は戻られない。ご自分の軍務に戻られた。それで、なんだ。何が知りたいっつったっけ?」

「保有戦力と陣容、配置、巡回ルートです」

「そうだったな。決まりでは、確か保有戦力はマギマキカ十三機、歩哨二十一、高射砲二」

「待ってください。マギマキカ十三機?」


 遮って確認する。確かに大尉は十二機と言ったはずだ。

 少尉は古くてボロボロになったリストのカンペから顔をあげて、事も無げに答える。


「一機バラして売ったからな」

「な……」

「最初は十五機だった。それは『訓練中の事故』で『大破』したが」


 呻くことすらできず絶句する。そんなリュウに構わず、とにかく早く終わらせたい少尉はリストの続きをダラダラと読み上げる。

 少なくとも、リストは実情よりマシに思える数字が載せられていた。


「大変だァー!」


 旧式のマギマキカを走らせて、誰かが走ってきた。少尉はいかにも嫌そうな顔でマギマキカを見る。


「何だよ! 何騒いでんだ」

「敵だ! 西の森に敵が部隊を組んで布陣してるんだよ! とんでもない数だ! 逃げなきゃ殺されるぞ!」

「はぁ? おい冗談なら面白いのか信じちまうのにしろよ。なんだ、歩哨に回された仕返しかなんかか?」


 少尉は対応するのも気だるそうだが、リュウたちは兵士のただならぬ様子に顔を険しくする。兵士の混乱を表すように、彼の機体は震えている。


「俺だって冗談だと思ったよ! これを見ろ!」


 悲鳴じみた叫びと共に、兵士の持つ端末から映像が写し出された。

 遠景、山の麓に広がる森の中で、何かがうごめいている。一部を焦点化して拡大する。暗いうえに拡大率が高くて画質が悪い。だが、確かにマギマキカの装甲に見えた。


「これは」


 リュウは仲間を振り返る。皆一様に、訝りながらも険しい表情をしていた。

 少尉だけはひきつった声で笑っている。


「はは……なんだよ、やるじゃねぇか。こんな映像、いつの間にこさえたんだ?」

「馬っ鹿、俺が画像加工できんなら、誰がお前にモザ消しなんか頼むかよ! マジなんだって!」


 兵士はほとんど泣きそうだった。事実を否定するように少尉が首を振る。

 リュウが少尉の肩を掴んだ。


「敵襲だ! モタモタしてる暇はない!」


 少尉はまるでリュウこそが敵襲だと思っているかのように、目を剥いて恐怖の表情を見せる。


「警報を鳴らせ! 本部に救援要請を出すんだ! ダベってやる奴らは蹴り起こして連れてこい! 配置につかせるんだ! お前は偵察に戻れ! 敵の数と武器、所属を見つけろ! 配置と陣容も探れればもっといい」

「やり合う気かよ!?」


 言いつけられたマギマキカの男は、悲鳴混じりの声をあげる。リュウは怒鳴り返した。


「じゃあむざむざ殺されるのか!? 言っとくが、逃げたって一兵じゃすぐ追い付かれる! 生きたきゃ戦え!」


 リュウは自分のカリオテに飛び乗り、起動を開始する。先に起動した妖精から、シジマの声がした。


『リュウ(ぶし)、炸裂ぅ』

「非常時だぞ」


 立ち上がったカリオテを戦闘駆動に切り換える。駆動機の音も高く、リュウの機体は歩き出す。


『大尉にも伝えておいたよ、映像つきで』

「ロッツ、さすが手回しが早いな。助かる」


 僚機も次々戦闘駆動に切り換えていく。

 歩哨が敵影を確認したほうまで急ぎ足で向かいながら、地図や敵味方識別通信を規定していく。シジマが妖精から不思議そうな声を伝えた。


『でも、ホントになんで敵がこんなところに? イタズラじゃないのかな?』

「多分だが、偽装だ。この基地には機密に関わる何かがある。だからわざわざ駄軍人を集めて、警備の薄さを……重要度の低さを見せていたんだ。そうでもなきゃ、わざわざ敵が攻めてくる理由がない」


 リュウは淡々と述べる。

 問題は敵がトチ狂って考えなしに攻めてきた場合だが、その場合、部隊単位で活動していることに説明がつかない。綿密に襲撃計画を練らなければ、国境を越えてはるばるここまで動けないはずだ。ここを狙うからには、何らかの利益が見込めなければ、あり得ない。

 カバネは、珍しく真剣な声で、厳かに訊ねる。


『それが本当なら……我々は不利では? 敵は本気で攻めてくるでしょうが、我々はあのざまですぞ』

「いや。本気でアレに守らせようなんて、軍だって思わないさ。いざってときにすぐ救援できるようにしてるはずだ」


 第二防衛線を抜けて、第一防壁に向かう。無人の防備施設は、増援を見越して設けてあるなら、確かに有用だろう。

 シジマが少し希望を取り戻して笑う。


『じゃあ、要は増援が来るまで持ちこたえればいいんだ』

「そうなるな」


 第一防壁を抜けて、報告された地点にたどり着く。高台になっていて、麓になる森の見晴らしがよかった。

 敵はどうやら、バレたことに気づいたらしい。あの歩哨は敵に姿をさらしていた上、ビビって逃げた姿をも見せていたようだ。


「練度が低いから、ある程度は仕方ない。どうやって追い返すかな」

「当方、陣地は広いですが人員が少ないのが問題でしょう。防衛地形であっても活かせなければ、突破は容易いものと思われます」


 カバネが淡々と述べる。だろうな、とリュウは大体同じ判断と確認してうなずいた。

 ロッツが分析を口にする。


『敵は潜入して奇襲するんだ。補給線はごく細いだろう。そこを突けば、たとえ占領しても維持できないんじゃないかな』

「いや、それは敵も承知しているだろう。そもそも細い補給線を確保できているかも怪しい。略奪か何か、当てがあるんじゃないか」

『そんな状況で、襲ってくるかなフツー』

「それだけ無理な作戦を練ってでも押さえたいものが、この基地に隠されてるってことさ」


 シジマに言い返し、不自然に妥当の理屈をつけて言い返す。

 敵がうごめく森のなかに目を向け、リュウは顔を歪める。

 マギマキカを中心に編成された部隊の迷彩色で森が埋め尽くされ、騙し絵のようだった。武装は軽量小型な新鋭兵装に見える。マギマキカもSF社の軍用標準モデル、フスタ29型だ。本気さが見えてくる。


「戻ろう。あんなでも大尉だ。報告して対応を練らないと」


 カバネが軽く手をあげて、体勢を低くした。


『私は引き継いで監視を行いましょう』

「分かった。少しでも危なくなったら逃げろよ」

『無論、そのつもりですよ』


 手を振ると、低い体勢のまま離れていく。監視できる場所を探しに行ったのだろう。

 リュウたちは急いで基地に戻っていく。

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