国家機密
会議室に集まっていた人は、思いがけず少なかった。
魔動機部全員ではなく、先日の展覧会防衛に当たった人員のみを集めたようだ。集まった人々の隙間にシジマもいる。小柄な彼女がさらに小さく見え、まるで子供のようだ。
会議室の前方、スクリーンを背にしてマイアが立っていた。端末を手に、リュウたちの姿を見てうなずく。
「これで全員揃ったな。これより話される内容は軍規第七条に基づき、最重要機密と扱われる。そのつもりで聞くように」
マイアの口から飛び出した言葉に、経験の浅い新入生を中心に緊張が走った。
まさか下級士官ですら仮にしか与えられない時分に、最重要機密……国家及び王家の安全に関わる重大な条項に巻き込まれるとは、夢にも思わない。
緊張のあまりざわめきすら起きない一同を眺め、マイアはうなずいた。機密のレベルにも関わらず、何でもないことであるかのような落ち着きぶりだ。その姿に部員も落ち着きを取り戻し、彼女の言葉に神経を集中させる。
「今回、セフィリア皇女が誘拐された一件について、これに関わる一切を機密とする。箝口令だ」
リュウは目を剥いた。ロッツも言葉を失っている。
そんな二人に構うわけもなく、マイアは言葉を続けた。
「これは王家直接の命令であり、軍規第四条第三則に基づく、厳重な遵守義務が発生する。セフィリア皇女誘拐について、家族にも友人にも、王家の人間相手でさえ同じだ、相手が誰であろうとこの口外を禁ずる。王家と直接発令者……つまり私の、両者とも公式に作成した解除命令が出るまで、これは存続する。皇女の安全を確保するためだ。決して、漏らさないように。以上、それだけだ」
解散、と号令を受け、やや緊張した顔で生徒たちは出ていく。
シジマはリュウとロッツに気づいて、呼ばれた犬のように駆け寄ってくる。不安げな顔でリュウを見上げた。
そんな目で見られても、リュウは肩をすくめるしかない。
魔動機部は活動停止だ。
だからリュウたちは、一般生徒同様補充要員として、比較的後方または重要度の低い兵役に充てられる。
それでも危険がないわけではないし、死者は出ていた。『補充』要員なのだから当然だ。
箝口令が敷かれた翌日、リュウ班の面々はハンガーに集まっていた。修理が完了した機体の、最終チェックを行っているのだ。
「どうだ?」
「飛んじゃった妖精も、すっかり直してある。ほとんど総とっかえだったみたいだけど、もう問題ないね」
端末から顔をあげて、ロッツは笑った。
カバネが、がしゃがしゃと足を鳴らして歩いてくる。その銀腕に昼食のサンドイッチが載っている。
「さあ皆さん、お昼休憩にしてはいかがですか?」
「わあい」
シジマが飛びつく。まるで猫じゃらしを振られた猫のようだ。
軽く手を振って、リュウは非業の勤労者を労う。
「ありがとう、助かる」
「いえいえ。私ってほら、お守りゴーレミアンですから」
ハッハッハ、と笑うカバネは自然な流れでリュウをバカにした。
カバネはセフィリアの抜けた穴として、リュウの班に転属されている。シジマの関係者だから、という以上に、ゴーレミアンの僚機というものを信用できない他の隊から、厄介払いされたのだ。
カバネは表情のないその顔を寄せて、ないしょ話をするように口で衝立を作る。
「それよりもなによりも、気になる情報をキャッチいたしました。セフィリア皇女のことです」
「何?」
リュウが顔をあげる。
銀色の平面顔と目が合う。
「セフィリア皇女は今、王宮に匿われている……ということになっているのは、ご承知でしょう」
「それは僕も調べたよ」
ロッツが答える。ないしょ話ポーズのくせしてまる聞こえだ。カバネはうなずいて応えた。
妥当な処理だ、とリュウは考えている。隠すとしたら、そうするしかない。
カバネは空いている左腕を大袈裟にあげた。
「先日の出兵時に王宮に避難されましたのは、覚えておいででしょうか。我々が初めて戦場に赴いたときのことです」
カバネはここぞとばかり声を潜めて顔を寄せ、リュウたち全員に聞こえる声で言う。
「実は、最初から『そのまま出ていない』ことになっているのです」
「えっ?」
「てことはなに、展覧会警護に行かなかったことになってるの?」
「正確には、行っているはずがない、だな。……セフィリアが来たのはイレギュラーな出来事だったのか?」
リュウは考え込む。
そうである場合、隠匿するのはどうしてだ。
「そもそも、隠してて皇女様の安全に繋がるのかな?」
にわかにシジマが首をかしげた。サンドイッチを食べ終わって指を舐めている。
「え、どうして?」
「だってそうじゃん。どこの誰とも知らない相手に拐われたなら、だいたい脅されるでしょ?」
「明かすなって脅されてるのかも」
「まさか。相手がテロでも公国でも、今は戦時中だよ。王家に声を出させるため以外に、目的があるとは思えないもん」
ふむ、とロッツも考え込んだ。反対にリュウが顔をあげて意見を出す。
「そもそも、展覧会でもセフィリアが王宮にいるはずだったなら、誘拐計画なんてできるはずがない。しかしドレグは、明らかにセフィリアの確保を目的のひとつにしていた」
「難しいですね、セフィリア皇女がなぜ展覧会警護に参加なされたのか、事情が分かりません」
偶然見かけたので拐った、ということだけはあり得ない。王家ぐるみで指示を受けたのなら、内通者がいる。
たとえば、セフィリアが独断で逃げたのなら、それを知っていた者が疑わしい。
ロッツが手を打って、サンドイッチに手を伸ばした。
「どちらにせよ、情報が足りなすぎる。今の状況じゃあ、やれることは推測じゃなくて臆測だよ」
「……ま、そうだな」
リュウもサンドイッチに手を伸ばした。一口食べて、凝結する。口内に広がるねっとりした甘味を、爽やかな酸味がすっきりとした口当たりに仕上げている。
イチゴと練乳とサワークリームのサンドイッチだった。
シジマが耳をぴるぴる振って、美味しそうに頬張っている。
沈痛な面持ちでサンドイッチを返すリュウ。ロッツはリュウをちらりと見てそれに倣う。
シジマが不思議そうに二人を見た。
「食べないの? 美味しいのに」
「味は悪くない。悪くないんだが……昼飯のつもりで食うには、味のショックが……」
カバネは特に反応を見せず、返品された謹製サンドイッチを下げる。分かっていて出したに違いない。
「ところで、カバネもシジマも、出発の準備は大丈夫?」
ロッツが話を逸らした。
口の端にクリームを引っ付けたシジマが、笑顔でうなずく。
「大丈夫! あと三時間で出発だもんね。夜またぐのかなぁ、トラックの中で寝るなんて嫌だよボク」
「最前線まで行っても、明日になる前につく。むしろトラックの中じゃ、寝ておいた方がいいな」
リュウは立ち上がりながら言った。ロッツを手招きしてハンガーを立ち去る。
「どうしたの?」
「なにか腹に入れておかないと、もたないだろ」
「あ、なるほど」
二人は食堂で焼き魚定食を、うまそうに腹一杯食べた。
生徒出兵の際、生徒はマギマキカに搭乗して、機体ごと防弾装甲トラックで搬送される。行き先を選ぶことはできないし、事前に知らされることもない。ただ木っ端の兵士として、命令に順守することが求められる。
マギマキカは士官級以上しか乗れないのだが、乗せるために与えられる階級は形骸化させるほかなく、経験の浅い低年学生に指揮権を与えるわけにはいかなかった。
だからリュウたちも今は命令に盲従する形で、コンテナにマギマキカを駐機姿勢で搭載させた。足を固定器にあてがい、機体を固定する。
「登載完了しました」
「了解だ」
運転する兵士は言葉少なに応え、トラックの魔動機を始動させる。そのきびきびした動きと表情を隠すヘルメットのせいで、まるで機械かなにかのよう
に見えてくる。
「やぁ、長旅でないといいですな」
正真正銘の機械が間の抜けた声をあげている。
兵士は応えず、トラックは地面の石を踏み潰し、ゆっくりと走り出す。
リュウはふと振り返り、トラックを赤いカリオテが見送っていることに気がついた。マイアは手を振るでも無事を祈るでもなく、校舎とともに離れていき、やがてその場を離れてしまう。自分の行き先へ向かったのだろう。
リュウは駐機姿勢で傾いた機体の中で、駆動せずにマギマキカの管理妖精のみを起動させた。眼前で妖精の光球がくるりと踊る。
『リュウ。マギマキカを起動させちゃダメだよ。燃料を無駄遣いする気?』
「お前が言えた話か」
起動早々、ロッツが妖精を介した遠話で声をかけてきた。リュウは無視して、メモリに仕込んだ地図と方位計を呼び出す。現在地を同期させ、行き先の候補地を検索した。
たどるであろうルートの予想図が、道路に沿って青い線で引かれる。毛細血管のような多彩な予想図が映し出されたが、それらは皆一様に同じ方向を目指している。
「ん……まあ妥当なあたりで、前線ってとこか」
『まあ、出たばかりだから、戦争関連の候補地は減らないさ』
ロッツは笑う。
『だいたい、今さらあがいたって、行き先が変わるわけじゃないんだ。無駄な詮索じゃないかな』
「死地なら、今から辞世の句を考えておけるだろ。損はないし、情報収集の練習になる」
『ま、そうだといいね。僕は切るよ』
「そうしろ」
ロッツからの遠話は途絶える。
リュウはしばらく妖精が見せる幻影の地図を見つめていたが、やがて目を伏せて妖精の魔力供給を落とした。
タイヤが石を噛んで揺れる。シートから伝わる振動を全身に感じながら、リュウは力を抜く。少しでも寝ておくべきだし、そうするつもりだった。
前線に着けば、寝る暇なんてないのだから。




