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エルレイス  作者: ルト
第四話
21/27

国家機密

 会議室に集まっていた人は、思いがけず少なかった。

 魔動機部全員ではなく、先日の展覧会防衛に当たった人員のみを集めたようだ。集まった人々の隙間にシジマもいる。小柄な彼女がさらに小さく見え、まるで子供のようだ。

 会議室の前方、スクリーンを背にしてマイアが立っていた。端末を手に、リュウたちの姿を見てうなずく。


「これで全員揃ったな。これより話される内容は軍規第七条に基づき、最重要機密と扱われる。そのつもりで聞くように」


 マイアの口から飛び出した言葉に、経験の浅い新入生を中心に緊張が走った。

 まさか下級士官ですら仮にしか与えられない時分に、最重要機密……国家及び王家の安全に関わる重大な条項に巻き込まれるとは、夢にも思わない。

 緊張のあまりざわめきすら起きない一同を眺め、マイアはうなずいた。機密のレベルにも関わらず、何でもないことであるかのような落ち着きぶりだ。その姿に部員も落ち着きを取り戻し、彼女の言葉に神経を集中させる。


「今回、セフィリア皇女が誘拐された一件について、これに関わる一切を機密とする。箝口令だ」


 リュウは目を剥いた。ロッツも言葉を失っている。

 そんな二人に構うわけもなく、マイアは言葉を続けた。


「これは王家直接の命令であり、軍規第四条第三則に基づく、厳重な遵守義務が発生する。セフィリア皇女誘拐について、家族にも友人にも、王家の人間相手でさえ同じだ、相手が誰であろうとこの口外を禁ずる。王家と直接発令者……つまり私の、両者とも公式に作成した解除命令が出るまで、これは存続する。皇女の安全を確保するためだ。決して、漏らさないように。以上、それだけだ」


 解散、と号令を受け、やや緊張した顔で生徒たちは出ていく。

 シジマはリュウとロッツに気づいて、呼ばれた犬のように駆け寄ってくる。不安げな顔でリュウを見上げた。

 そんな目で見られても、リュウは肩をすくめるしかない。


 魔動機部は活動停止だ。

 だからリュウたちは、一般生徒同様補充要員として、比較的後方または重要度の低い兵役に充てられる。

 それでも危険がないわけではないし、死者は出ていた。『補充』要員なのだから当然だ。

 箝口令が敷かれた翌日、リュウ班の面々はハンガーに集まっていた。修理が完了した機体の、最終チェックを行っているのだ。


「どうだ?」

「飛んじゃった妖精も、すっかり直してある。ほとんど総とっかえだったみたいだけど、もう問題ないね」


 端末から顔をあげて、ロッツは笑った。

 カバネが、がしゃがしゃと足を鳴らして歩いてくる。その銀腕に昼食のサンドイッチが載っている。


「さあ皆さん、お昼休憩にしてはいかがですか?」

「わあい」


 シジマが飛びつく。まるで猫じゃらしを振られた猫のようだ。

 軽く手を振って、リュウは非業の勤労者を労う。


「ありがとう、助かる」

「いえいえ。私ってほら、お守りゴーレミアンですから」


 ハッハッハ、と笑うカバネは自然な流れでリュウをバカにした。

 カバネはセフィリアの抜けた穴として、リュウの班に転属されている。シジマの関係者だから、という以上に、ゴーレミアンの僚機というものを信用できない他の隊から、厄介払いされたのだ。

 カバネは表情のないその顔を寄せて、ないしょ話をするように口で衝立(ついたて)を作る。


「それよりもなによりも、気になる情報をキャッチいたしました。セフィリア皇女のことです」

「何?」


 リュウが顔をあげる。

 銀色の平面顔と目が合う。


「セフィリア皇女は今、王宮に匿われている……ということになっているのは、ご承知でしょう」

「それは僕も調べたよ」


 ロッツが答える。ないしょ話ポーズのくせしてまる聞こえだ。カバネはうなずいて応えた。

 妥当な処理だ、とリュウは考えている。隠すとしたら、そうするしかない。

 カバネは空いている左腕を大袈裟にあげた。


「先日の出兵時に王宮に避難されましたのは、覚えておいででしょうか。我々が初めて戦場に赴いたときのことです」


 カバネはここぞとばかり声を潜めて顔を寄せ、リュウたち全員に聞こえる声で言う。


「実は、最初から『そのまま出ていない』ことになっているのです」

「えっ?」

「てことはなに、展覧会警護に行かなかったことになってるの?」

「正確には、行っているはずがない、だな。……セフィリアが来たのはイレギュラーな出来事だったのか?」


 リュウは考え込む。

 そうである場合、隠匿するのはどうしてだ。


「そもそも、隠してて皇女様の安全に繋がるのかな?」


 にわかにシジマが首をかしげた。サンドイッチを食べ終わって指を舐めている。


「え、どうして?」

「だってそうじゃん。どこの誰とも知らない相手に拐われたなら、だいたい脅されるでしょ?」

「明かすなって脅されてるのかも」

「まさか。相手がテロでも公国でも、今は戦時中だよ。王家に声を出させるため以外に、目的があるとは思えないもん」


 ふむ、とロッツも考え込んだ。反対にリュウが顔をあげて意見を出す。


「そもそも、展覧会でもセフィリアが王宮にいるはずだったなら、誘拐計画なんてできるはずがない。しかしドレグは、明らかにセフィリアの確保を目的のひとつにしていた」

「難しいですね、セフィリア皇女がなぜ展覧会警護に参加なされたのか、事情が分かりません」


 偶然見かけたので拐った、ということだけはあり得ない。王家ぐるみで指示を受けたのなら、内通者がいる。

 たとえば、セフィリアが独断で逃げたのなら、それを知っていた者が疑わしい。

 ロッツが手を打って、サンドイッチに手を伸ばした。


「どちらにせよ、情報が足りなすぎる。今の状況じゃあ、やれることは推測じゃなくて臆測だよ」

「……ま、そうだな」


 リュウもサンドイッチに手を伸ばした。一口食べて、凝結する。口内に広がるねっとりした甘味を、爽やかな酸味がすっきりとした口当たりに仕上げている。

 イチゴと練乳とサワークリームのサンドイッチだった。

 シジマが耳をぴるぴる振って、美味しそうに頬張っている。

 沈痛な面持ちでサンドイッチを返すリュウ。ロッツはリュウをちらりと見てそれに倣う。

 シジマが不思議そうに二人を見た。


「食べないの? 美味しいのに」

「味は悪くない。悪くないんだが……昼飯のつもりで食うには、味のショックが……」


 カバネは特に反応を見せず、返品された謹製サンドイッチを下げる。分かっていて出したに違いない。


「ところで、カバネもシジマも、出発の準備は大丈夫?」


 ロッツが話を逸らした。

 口の端にクリームを引っ付けたシジマが、笑顔でうなずく。


「大丈夫! あと三時間で出発だもんね。夜またぐのかなぁ、トラックの中で寝るなんて嫌だよボク」

「最前線まで行っても、明日になる前につく。むしろトラックの中じゃ、寝ておいた方がいいな」


 リュウは立ち上がりながら言った。ロッツを手招きしてハンガーを立ち去る。


「どうしたの?」

「なにか腹に入れておかないと、もたないだろ」

「あ、なるほど」


 二人は食堂で焼き魚定食を、うまそうに腹一杯食べた。


 生徒出兵の際、生徒はマギマキカに搭乗して、機体ごと防弾装甲トラックで搬送される。行き先を選ぶことはできないし、事前に知らされることもない。ただ木っ端の兵士として、命令に順守することが求められる。

 マギマキカは士官級以上しか乗れないのだが、乗せるために与えられる階級は形骸化させるほかなく、経験の浅い低年学生に指揮権を与えるわけにはいかなかった。

 だからリュウたちも今は命令に盲従する形で、コンテナにマギマキカを駐機姿勢で搭載させた。足を固定器にあてがい、機体を固定する。


「登載完了しました」

「了解だ」


 運転する兵士は言葉少なに応え、トラックの魔動機を始動させる。そのきびきびした動きと表情を隠すヘルメットのせいで、まるで機械かなにかのよう

に見えてくる。


「やぁ、長旅でないといいですな」


 正真正銘の機械が間の抜けた声をあげている。

 兵士は応えず、トラックは地面の石を踏み潰し、ゆっくりと走り出す。

 リュウはふと振り返り、トラックを赤いカリオテが見送っていることに気がついた。マイアは手を振るでも無事を祈るでもなく、校舎とともに離れていき、やがてその場を離れてしまう。自分の行き先へ向かったのだろう。

 リュウは駐機姿勢で傾いた機体の中で、駆動せずにマギマキカの管理妖精のみを起動させた。眼前で妖精の光球がくるりと踊る。


『リュウ。マギマキカを起動させちゃダメだよ。燃料(シュマルク)を無駄遣いする気?』

「お前が言えた話か」


 起動早々、ロッツが妖精を介した遠話で声をかけてきた。リュウは無視して、メモリに仕込んだ地図と方位計を呼び出す。現在地を同期させ、行き先の候補地を検索した。

 たどるであろうルートの予想図が、道路に沿って青い線で引かれる。毛細血管のような多彩な予想図が映し出されたが、それらは皆一様に同じ方向を目指している。


「ん……まあ妥当なあたりで、前線ってとこか」

『まあ、出たばかりだから、戦争関連の候補地は減らないさ』


 ロッツは笑う。


『だいたい、今さらあがいたって、行き先が変わるわけじゃないんだ。無駄な詮索じゃないかな』

「死地なら、今から辞世の句を考えておけるだろ。損はないし、情報収集の練習になる」

『ま、そうだといいね。僕は切るよ』

「そうしろ」


 ロッツからの遠話は途絶える。

 リュウはしばらく妖精が見せる幻影の地図を見つめていたが、やがて目を伏せて妖精の魔力供給を落とした。

 タイヤが石を噛んで揺れる。シートから伝わる振動を全身に感じながら、リュウは力を抜く。少しでも寝ておくべきだし、そうするつもりだった。

 前線に着けば、寝る暇なんてないのだから。


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