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エルレイス  作者: ルト
第四話
19/27

夜襲

 爆発音が響いている。

 世界を赤く染め上げる業火は雨に撃ち抜かれて踊るように揺らめき、悲鳴と怒号が雨音のように鳴り響く。

 敷地の外縁をなぞるように作られた森林を掻き分けて、黒金の軍勢が染み入るように前庭へと侵入している。草木を踏み潰した機体が腰を落とし、腕のロケット砲を構えた。花火のような鋭い燃焼音。閃光と爆発が巻き起こり、建物の白いテラスがひび割れて崩落した。

 爆音は目の前だけではない。敵はあちこちに展開している。

 敵。

 そう、眼前で火砲を振り回しているマギマキカは、敵だ。

 それは護衛の任務を仰せつかっているからでもなく、彼らに対抗しうる軍用のマギマキカに登場しているからでもなく、まして、会場の中にまだ何百とも知れない人々が残っているからなどでもない。

 あの火砲を向けられたら、命が危ない。

 だから、彼らは敵だ。

 リュウはそのただ一つの認識を基に、現状での行動を組み上げる。


「何が起こってんだ、くそっ!」


 状況の不明に対する憤りだった。

 続いて出てきたのは脅威を排除しなければならないという判断。

 敵は二機、ツーマンセルで武器を同時に乱射することはなく、片側が周囲を警戒している。

 その二機目は伏しているリュウたちに気づいてる素振りを見せていない。

 爆発が目くらましのようになって、大雨という視界の悪さがカリオテの姿をうまく誤魔化しているらしい。

 泥臭さをようやく認識する。雨が体を伝って流れを作る。服は泥水でずぶ濡れていた。

 リュウはそれらを無視し、改めて敵が持っている銃を見る。カリオテと同じ、ASL-MB48C突撃機関銃。その鋭利な錐を思わせる銃口が、雨中に鈍く光る。もう一機は携行式無反動榴弾砲を装填し直している。

 強襲をかけるべきか、と険しい目でにらむリュウの耳に、妖精から声が浴びせられた。


『おい、無事か!』

「ああ。機体に損害はない。目の前に敵がいる。こちらにはまだ気づいていない。強襲をかける」

『馬鹿、早まるな。出来る限り隠れろ。くそ、部長にもドレグにもつながらない。なんのための本部だ!』


 リュウの提案を一秒で蹴って、セフィリアが罵る。

 傍らの散乱する瓦礫の合間に身をひそめていたシジマが、静かに声を乗せた。


『無理もないよ、妨害地波が使われてる。広域遠話は使えない。僚機の重複送受信(マルチチャネリング)の情報統合機能に乗っかって、限定領域の遠話が届くだけでもありがたいくらいだね』


 言葉通り、地面には青白い電光が走っている。

 妨害地波が運用されている時に見られる現象だ。

 沈黙したセフィリアの息遣いが妖精から吹き込まれる。どうやら走っているらしい。セフィリアが息の隙間から厳かに声を発した。


『ロッツ。モニターできる限りで構わないからこっちに回してほしい。本部に対抗波があるかどうかも分からん。レーダーの索敵は頼りにできない』

『ちょっと待って、できるだけ最新を送れるように自動調整するようにしてる』


 ちょっとも待つことなく、ロッツから映像情報が中継で送られてきた。

 映像を継ぎはぎしたとは思えない俯瞰視点。その画像でリュウたちの姿を含めて状況を広く見渡すことが出来る。

 リュウの周囲に電灯が残っていて、シジマの傍らにあったはずの電灯だけが壊れている。爆発は各地で起こっていて、敵は完全に建物を包囲していた。


「なんでこんなにあっさり侵入されたんだ」


 敵の火器は豊富で、安価ながら強力、という売り文句が付き物の武装で固められている。

 敵は確認できるだけで十機。映像には監視範囲外もあり、おそらくそれ以上にいるだろう。

 各地で交戦が始まっていた。警備隊が先頭に立って、生徒たちも応戦している。


『どっかから陣容とか漏れてたんじゃないの? ああもう、やだなあ。このまま帰ってくれないかな!』


 シジマがリュウの独白に言葉を返した。

 その調子にリュウは眉をひそめ、目を向ける。

 伏した機体に埋まるように身を隠すシジマは耳を盛んに動かしており、妙な興奮状態にあった。混乱の余り異常な躁状態にあるようだ。

 なにをしてやればいいか考えて、思いつかなかったリュウは敵をにらむ。なんにせよ、脅威を排除しなければならない。

 跳ねる水に遮られる視界の向こうで、黒い機体がリュウのほうを見た。

 目を見開き、息を呑む。反射的に全身に力が入り、呼吸が止まる。


『ああ、ヤバい。これ見つかったかも。ヤバいヤバい』


 シジマが楽しそうに危機感を語る。

 黙れ、と念じるリュウも、騒いだところで敵に声が届くわけがないことを忘れるほど、動揺している。

 敵機が銃を持ち上げた。

 目を限界まで見開いて、後頭部がひりつくほど緊張で白熱した思考が、体をはじくように動かす。

 泥を跳ね飛ばしながら飛び起きて、背に固定している銃を取る。足がぬるりと滑り、左腕を地面に突く。そのまま地面を握るようにつかみ、腕で体を引き上げるように地面を蹴る。


『しまっ……、リュウ!?』


 セフィリアが驚いたような声を上げ、敵機が怯んだように銃口をぶれさせた。

 ばれていたのは俺じゃなくて、駆けつけていたらしいセフィリアのほうか。理解が思考の奥底を流れる。好都合だった。

 敵が対応する前に、操縦桿のトリガーを握る。連動して銃が弾丸をばらまく。

 突剣のように突き刺さる銃撃の連射は、火花と魔晶石の輝きを散らしてはじかれた。魔術強化の施された厚い装甲を破れるはずもない。

 しかし、白兵距離からの銃撃は、マニピュレータや関節部の一部に穴をあけて金属片を千切り飛ばす。同時に無数の風穴があいた突撃機関銃は炸薬に引火して暴発し、銃身が砕け散った。

 一気に詰め寄ったリュウは、大きく振りかぶって平手の一撃を叩き込む。

 槌のような衝撃に吹き飛ばされて、敵機は異変に気づいて振り返っていた仲間を巻き込みながら倒れこむ。

 なんとか受け流して態勢を保った敵の仲間は、装填し終えたばかりの榴弾砲をリュウに向けた。

 その先端に坐する無骨な塊が、リュウの視界の中心に来る。

 この距離で榴弾の炸裂に巻き込まれれば、敵機とて無事では済むまいが、とっさのことで失念しているかもしれない。

 そして何よりも、直撃を受ければリュウは絶対に無事では済まない。原形くらいは保てるだろうか、と意味のない分析が思考に流れていた。

 剣を抜く暇もない。

 銃を向けても間に合わない。

 身じろぎすら時間が足りない。


『リュウ!』


 紫電が走る。

 空気を食い破る轟音が遅れて響いた。

 榴弾砲を構える敵機は感電し、腕が大きくブルリと震えて死んだようにばたりと落ちる。音を立てて榴弾砲が水たまりに沈んだ。

 振り返るまでもない。シジマが魔術を構築して助けてくれたのだ。

 呆然と駆動部の焼き切れた右腕を見ている敵機を前にして、リュウは左手に剣を取る。同時に魔導線を経由して剣の術式を起動した。

 即座に敵機を無力化するのに最も安全かつ確実な"頭脳部"を貫こうとして、迷う。

 敵機(なか)に、誰がいるのか?

 躊躇は致命的な隙を生んだ。

 起き上った敵機に蹴り飛ばされて、リュウは態勢を崩す。

 見ている先で、敵もまた剣を抜いていた。そして敵は迷わなかった。リュウを目がけ、正確に搭乗者を貫く場所に剣尖を向け、

 そして剣を持つその腕が宙を舞った。


「え?」


 紫電に見えたそれは剣で、剣をふるう赤い影は無骨な塊だ。

 リュウに向けられた腕を切り飛ばしたそのマギマキカは、返す刀で敵機を切り伏せた。神速の刺突で二機目も沈黙させる。

 残骸から剣を引き抜くその姿は、古代の英雄を思わせる悲壮かつ豪壮な風格を漂わせる。

 一瞬で二機のマギマキカを無力化したその機体は、リュウを振り返った。

 妖精を介さない、凛とした肉声を放つ。


「怪我はないか、リュウヤ・オオギリ」

「ぶ……ちょう?」


 呆然と声の主を呼ぶ。

 鎧の胸板にも見える前部装甲の向こうに、マイアの勇壮な笑顔が見える気がした。

 彼女は笑顔に苦笑の色を混ぜて、雨中においてもはっきりとした言葉を贈る。


「上官の質問には迅速に返答するように」

「は、はい! ええと、大丈夫であります!」

「うん、ならいい」


 少しおかしそうに笑ったような声色でマイアはうなずく。

 リュウは緊張した肩の力を抜く。

 マイアの存在感は恐ろしいほどだ。緊迫していた状況は変わっていないのに、何かあってもこの人なら何とかしてくれるに違いない、と自然にそう思わせられる。彼女の判断に従えばこの状況も収められるだろうと信じられる。

 これが指揮官のカリスマというものだろう。

 リュウの視界の隅で、シジマが伏した機体を少しずつ起き上がらせている。やや錯乱していた彼女も、眼前の危機が去って落ち着きを取り戻したらしい。まだ少し気に掛かり、リュウは妖精が無傷と知らせるシジマ機の姿を見つめた。カバネが居れば、きっとシジマを任せて安心できたのだろう。

 離れていたセフィリアの機体が、挑みかかるようにマイアに歩み寄り、声を荒げた。


『部長。なぜここにいるのですか! 司令部が本部を空けては指揮系統に混乱をきたします!』


 マイアは投げつけられた言葉に驚くように、身をわずかに反らした。

 リュウは度肝を抜かれてセフィリア機を見る。

 雨に濡れて黒く艶めく機体は、マイア機に堂々と対峙していた。

 マイアは怒ることも戸惑うこともなく、ふつふつと笑う。妖精からどこか楽しげなマイアの声が聞こえてきた。


『お前たちは、私の指揮を元に警備隊の麾下(きか)にあるわけではない。要するに、私はお前たちの指揮官ではない。だから、今、最寄の警備隊の指揮下に入るよう伝えて回っているんだ。お前たちで最後だがな』


 セフィリアは押し黙り、無言のまま一歩下がる。沈黙するマギマキカは鉄の塊のように見えた。

 雨音は弱まる気配もなく、火に炙られた雲がどす黒く影を作る。建材や庭木の焦げたにおいが鼻を突く。

 一斉に攻勢をかけた反動で弾切れを起こしたのか、砲声が一気に静まっている。

 ややも経たないうちに、セフィリアは別の言葉を続ける。


『部長。この攻勢は陽動で、どう考えても狙いは次世代機です。対処に向かいましょう』

『まあそうだろうな。警備隊は客を守るために外の連中に応戦しなければならないだろうし、手透きの戦闘員は少ないか。中の人形を操る敵の指揮官は、ドレグに任せるとしよう。では私たちは次世代機の護衛に向かう。くれぐれも無理はしないように』


 はい、と声をそろえた。

 リュウはマイアの言葉のうちに安堵する自分を見つける。

 敵は自動人形(ゴーレム)であり、人間ではない。

 そして安堵する自分を嫌悪した。

 問題の本質は変わっていないはずなのに、血が流れないことに、どこまでも安心している。

 リュウの思考など知る由もなく、返事を受けてうなずいたマイアは赤い機体を翻し、建物の中心に向かって走り出している。セフィリアが続き、リュウは半分振り返った。


「シジマ。大丈夫か?」

『うん、平気』


 答え、シジマは少し照れくさそうに笑った。


『リュウが無事でよかった。さっき』


 さきほど敵機の銃撃から助けてくれたことを思い出す。その礼がまだだった、とリュウは言葉を軽く心から深く感謝を告げる。


「シジマのおかげだ、ありがとう」

『ん』


 言葉少なに答えた彼女は、先行する二人を追って足早に走っていってしまった。その足取りはまだどこか頼りないが、彼女の技量からすれば影響をきたすほどでないことは間違いない。リュウは三人を追って走り出す。

 レボルシオンが試運転される予定だったのは、この展覧会場でも一際巨大なセントラルホールだ。

 機体で直接乗り込む道はないが、ホール入り口のロビーは吹き抜けになっている中庭に面しているため、中庭から突入することは可能である。

 メインイベントだったこともあり、ホールには来客が大量にいたはずだ。とはいえ同時に避難経路も無数用意されているため、もうすでに大半は避難を終えているだろう。終えていてくれ、とリュウはつぶやく。

 リュウたち四機は前庭を駆け抜ける。

 降りしきる雨が泥を跳ね、くすぶるような火が赤く照らされた建材を黒々と舐める。

 視界内に戦闘を行っている陰はなく、鳴り止まない銃声の向こうで戦っている。爆発やマズルフラッシュのチロチロとした明かりが木陰などで点滅していた。


「ロッツ。"レボルシオン"はどうなってる?」


 リュウは走りながらロッツに遠話を投げかけた。しばしも待たず、ロッツはリュウに答える。


『傍受を許されてるカメラの範囲内には見えない。でも、ホール正面の壁がぶち破られてたから、たぶん奪われてる』


 くそ、と口の中で罵った。

 防衛することと奪還することは全く異なる。どうあっても奪われることだけは避けねばならない。となると、試作機を破壊することも視野に入れる必要がある。

 やがて屋根の崩れた渡り廊下が見え、砕けた壁とうつぶせに倒れる警備隊機の残骸が見えてくる。

 角の向こうに、中庭に通じる木々に彩られた細い通路が現れた。

 目の前で、警備機が部品を撒き散らしながら地面を跳ねる。ぬれた芝の上を驚くほど長く滑っていった。

 そこに、画像の中に立っていたはずの青いマギマキカが立っていた。

 大まかに流線型のような曲線を持つ滑らかでスマートなフォルム。通常のマギマキカよりやや背の高いその機体は、まるで舞台の中心に立っているかのように、火炎と降雨に彩られて煤けた黒をまとっている。


『どこのどいつだ、ボクの"ハーラ"を盗もうだなんて不届きもんは』


 シジマが憤然とつぶやいて、増幅器の音も高くマギマキカの両腕を構える。マイアも油断なく長大な剣を構え、ゆるりと構えた。

 すでに全ての警備機を沈黙させていた初代"レボルシオン"シリーズ、ペットネーム"ハーラ"は、その手にマギマキカの身長ほどもある巨大な電磁砲を握っている。両手持ち(トゥーハンド)兵装。腕部の可動域が限られるマギマキカには珍しい。今は砲身を地面につけて片手で支えていた。

 ハーラはゆったりと三機を見回す。

 その搭乗者の姿が装甲の隙間からちらりと見えた。

 猟犬のような鋭い眼光に牙、シジマ同様頭部に耳が立つ。ベストから伸びる肩には獣毛が見えている。

 亜人フンティス。

 凶暴な笑みを浮かべていた。

 見えたのは、その一瞬だけだ。

 遠話から、声が響く。


『よぉ、マイア。ついでにお前らも来たのか』


 知っている声だった。


「嘘だろ……」


 愕然とつぶやく。

 シジマ機から魔術を詠唱する増幅器の駆動音が小さくなる。セフィリアは動きを止める。マイアはゆるゆると剣尖を下げる。

 ハーラは自身の体を誇るように、傲然と腕を広げた。

 やりかねない、と感じる脳裏を押さえ込むように、リュウは声を絞り出す。


「なんで、あんたがそれに乗ってるんですか……ドレグ先輩!」


 ドレグは、ただ笑い声だけを返した。

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