表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルレイス  作者: ルト
第四話
18/27

展示会

「整列!」


 エルニース軍学校所属魔動機部部長マイア・ヴァクリナが、縛った髪を揺らしてその凛と吊りあがる相貌でぐるりと立体駐車場の一階に集まる部員たちを見渡した。朝においても揺るがぬその美貌から視線を外し、リュウは整列する左右の生徒と場所がずれてないか、ちらりと確認する。

 開け放たれている塀の合間から、ざあざあと泥臭い雨が降り注いで地面を叩いていた。

 こんな時勢に学校の授業などあるはずもない。部員以外の生徒は軍の補充要員や予備要員として運用され、学校代表であるはずの魔動機部だけが、彼らと別にこうして駐車場なんぞに集合させられている。


「本日、我々は別途任務を遂行する。BT社の展覧会および発表会の哨戒任務だ」


 マイアが朗々とした声で告げる。これは以前から予定されていたものであって、リュウも彼女の口から聞いた覚えがある。こんな状況になっても実施する剛毅(ごうき)さと、注目する国民には呆れるものがあった。


「本日の展覧会はBT社の開発した次世代型マギマキカ"レボルシオン"シリーズが発表され、戦闘駆動のデモンストレーションも予定されている」


 見回してみれば、シジマは意識がすでに展覧会のほうに向いている。

 BT社は巨大軍事産業のひとつであり、展覧会の内容が内容だ。無理も無いだろう。

 こんな時期に兵器の発表をするのは、その"第五世代"の技術力を国民に広く喧伝して戦時における安心感を与える、とかいう国家的な政治戦略もあるのかもしれない。そんな見地を述べたロッツは、今や指揮官が様になりすぎているマイアに見とれて、好青年台無しの熱っぽい顔を見せていた。

 少しでも安全を確保するため、わざわざ会場まで変更して、内地くんだりまで早朝から移動させられたリュウはあくびをかみ殺す。


「すぐさま戦場ではないが、この時勢だ、何があってもおかしくない。決して気を緩めないこと」


 険しい口調でマイアが言う。

 リュウを見て言ったわけではないが、自分のことを言われている気がして、リュウはあわてて気を引き締めた。

 マイアの横に立っている、生徒監督の上級生として参加したドレグも、鼻の上に皺を作って緊張した表情を浮かべている。

 任務の分担などは事前に説明と通告を受けているが、会場をあらかじめ警戒していた正規の警備隊との情報の引継ぎを厳密に行う予定はなかった。最初から数合わせですらない、作戦行動を体験する程度の行事なのかもしれない。

 マイアが胸を張って号令をかけた。


「総員配置につけ!」


 返答を唱和し、部員は蜘蛛の子を散らすように隊列を崩す。

 リュウは駐車場の隅に駐機しているマギマキカを起動させる。その最中にロッツが駆け寄ってきた。


「配置は覚えてる?」

「さすがに忘れねえよ。機体の話じゃないのか?」


 妖精のシステムチェックを眺めながらリュウは尋ねる。

 戦線から帰ったとき、部外の上級生に整備を任せることになっていた。特に左腕は、駆動機をダメにしてしまったため完全に改装したはずだ。ロッツはその整備の仕上がりを今朝のうちに確認していたから、その関連の話があるのかと思ったのである。

 彼は首を振って、


「整備については一応問題なかったよ。ハード面ではあまりいじってないから。ソフトのほうは妖精のシステムチェックしかやってなかったみたいだけどね」

「そうかい」


 整備課の上級生も手に負えない機体を回されて不憫なことだ、と一言の中に短く同情を込める。

 ロッツはそんな話は措いて、せきこむように本題の話を始める。


「合間を縫って戦争の経緯について、マスコミなんかで言われてたことを見てみたんだけどさ」


 そう前置きして手短に言うには、この戦争はウィルデルン側がニースヘルン国内に存在するテロ組織の身柄の捕縛と引渡しを要求したことが、発端になっているようだ。

 ウィルデルン母体のSF社へのテロが起き、正当な権利として身柄を要求したものの、ニースヘルンにおいて件のテロ組織が他のテロ組織との抗争で壊滅。構成員が死亡や散逸によって確認が取れない状態になってしまった。

 しかし、あろうことかウィルデルン側はこれを隠蔽工作であるとして、強制捜査を強行。越境・越権行為を制止するニースヘルン国境警備隊を突破した。

 王国軍はけが人を出しながらも反撃して、武装捜査員を撃滅したものの、さらにウィルデルン側はこれを不当な弾圧とか言い出したらしい。

 ここで開戦に至り、リュウたちが駆り出された国境戦線となったのだ。


「いくつかの情報源を当たってみたし、たぶんこれが真実にかなり近いところだと思う」

「めちゃくちゃだな」


 起動を終えたマギマキカの左腕を回すようにして駆動機を確認しながら、リュウはぼやいた。身勝手な要求にしか見えない。まるで最初から戦争を仕掛けに来たかのようだ。


「いや、しかし助かる。ありがとう」

「どういたしまして。機体のほうは大丈夫そう? 駆動機が故障した左腕の調子とか」

「ロッツで見つからなかった異常が俺に分かるわけがない。大丈夫だろう」


 もう一度左腕を動かし、加えて妖精の駆動走査プログラムを掛ける。やはり異常は見つからなかった。

 それなら大丈夫だ、とロッツが太鼓判を押したところで、妖精からセフィリアの声が発せられる。


『おい、まだか?』

「ああ、すまん。ちょうど起動が終わったところだ。今行く」

『そうか』


 答えを受けてセフィリアが遠話を切る。シジマとセフィリアとロッツがリュウの班だ。

 このメンバーであるのは偶然ではなく、もともと縁があり最初からチームワークが取れる関係であったため、そのまま採用されたのだ。

 リュウはしゃがみ込んでロッツに声をかける。

 ロッツはリュウ機の肩部に掴まり、胴部下方のグリップに足を掛けた。彼の姿勢が安定したことを確認して、ロウは機体を立ち上がらせる。カリオテの横に張り付く形だ。

 警備員用に貸し切った立体駐車場の一階の方々では、最終チェックや配置の確認などを行っている。

 未明から降り出した雨は、欠片も勢いを弱めることなく降り続いている。出口の脇に待機するセフィリアたちの姿が見えた。シジマがまず気づいて耳をぴくりと震わせた。地図でも確認しているらしいセフィリアが顔を上げる。


『来たな。私たちは外周部、中庭まわりの警備だ。巡回コースは分かっているな?』

『おうともさー』

「把握している」


 返事を受けて、セフィリアはよし、とうなずいた。

 身分の関係で彼女が班長の座についているが、案外、様になっている。

 セフィリアは外を見上げた。柳眉を寄せて表情を曇らせた。


『雨がひどいな。こう暗くては視界が確保できない』


 いきなり弱気を漏らした。

 懸念は分かるが、班長ならばそこは口に出してはならないのではないだろうか、とリュウは思う。

 とはいえ、セフィリアの責任感が馬鹿に強い性格を察しているメンバーは、責めも諌めもしなかった。シジマとロッツが彼女を励ます。


『ボクの機体には熱感視界(サーマルビジョン)が搭載されているから大丈夫だよ』

「そもそも、何かが起こるって決まってるわけじゃないからね」

『だといいが』


 つぶやいたセフィリアは、少し間を置いた後にふっと息をついた。心配するから真実になるのだ、と考えているかのような弱い笑みを浮かべる。


『いや、きっと大丈夫だろうな』


 今はそう信じよう、といった意味の言葉が続くことを、無音の中でも容易く悟る。

 ロッツは警備本部に移り、外部カメラで担当範囲を監視する予定になっている。彼をカリオテから下ろしたリュウが、機を見計らって声をかける。


「そろそろ行くか」

『そうだな』


 セフィリアが先頭に立って、雨中に身を晒す。

 途端に頭部の覆いを容赦なく打ちのめす雨の音で満たされる。周囲の音など、聞き取れそうにない。傍らを車が走っても音で知るのは難しく、ましてそれが人間であれば、おそらく気づけないだろう。

 灰色の雨を降らす空の色に合わせたかのように、外の景色は色あせていた。白い外壁の大きな建築物である本会場はそっけなく、緑をふんだんに植えつけた前庭は暗く雫に埋もれている。レンガ敷きの床も雨に洗われて、常の鮮やかさを失っている。

 セフィリア班が担当する区域は、建物の内側にある採光用の吹き抜けとして開かれた庭から渡り通路を越えて広々とした前庭を巡り、噴水と池に作られた東屋を通って巡り、建物の裏を通って巡るルートだ。

 無駄に広い敷地を一度巡るのに、通常駆動のマギマキカでは二十分ほど掛かる。

 同時に戦闘駆動では、どんなに遠い場所であっても三分以内に到着する。

 巡回は二機で行い、一機は前庭で見張りを行うことになっていた。

 最初にシジマを残し、リュウとセフィリアが巡回する。

 灰色のフィルターが掛かったように色味を失った雨の景色が揺れている。

 カリオテが雨の雫で流れを作って垂らしながら庭草を踏む。左手に建物を見上げながら、植え込みに身を隠すように歩く。来訪者にカリオテの威圧感を与えないための処置だった。


『デートの邪魔してすまないけど、通信は生きてるかな?』


 ロッツから遠話が入った。怪訝な顔をするセフィリアに代わって、リュウが苦笑しながら皮肉で返す。


「大丈夫そうだ。ロッツこそデバガメは楽しめているか?」

『ああ、ベストポジションさ』


 笑うような息遣い。

 リュウがそうかいそうかいと言っていると、セフィリアが不思議そうな声を差しこむ。


『何の話をしているんだ?』

「冗句だ、まともに取り合うな」


 とりあえず教えて、首をめぐらせる。

 庭草ばかりで開けている視界を横切るように、傍らを走る通路に交わる道を歩く大柄な人影が見えた。目を凝らす。

 セフィリアも気づいて、そちらに顔を向けた。

 大きさ的には、間違いなくマギマキカだろう。一見して分かるサイズの武装をしている様子は無い。黙って歩いていくと、そのマギマキカの胸部装甲に警備員と塗装されていることに気づいた。足を緩めて道を譲る。セフィリアは身をかがめて無言の挨拶をした。

 ちらりと一瞥して無言のまま通り過ぎた警備機は、カリオテより古い型の民間機だ。無骨な見た目の割りに手足がひょろりとしていて、駆動機の負担を減らしている。腐っても軍用機であるカリオテは、民間ではまだ新鋭機なのだ。

 礼をまるっと無視されたセフィリアは、むっとした声で警備機を見送る。


『なんだあれは。仮にも同じ任を奉じている者への態度か』

「こんなピリピリした時期だから、彼らは本当に警戒しているんだ。役立たずの学生なんか、ハナから警備の数に入れてないんだろう」


 だからこそ、リュウは学生と正規警備員との連携を全く取っていないのだ、と予想している。

 軍学校で学んでいるといっても、哨戒なんて演習でしかやっていない。実際にできるかどうかは別問題なのだ。

 実績が無いのだから信用されなくても仕方が無い、と考えているリュウと違って、セフィリアは立腹したように声を荒げていた。


『納得いかん』

「そう思うなら、真面目に仕事しましょうや、隊長」


 揶揄するような言葉を送る。

 が、隊長と呼ばれたことは、効果がてきめんだったようだ。急にキリリとした声で行こうと促され、リュウは危うく吹き出すところだった。

 展覧会の時間は三時間を予定していて、五時間も巡回していれば終わる手筈になっている。

 リュウは途中シジマが巡回しながらガラス張りの室内を覗こうと背伸びしているのを叱った。

 報復するかのように発表されているはずの新型機がどれほど優れているのか、繊維状に加工した魔結晶を編みこんで作った駆動機なしの駆動腕の方式だの、跳ね上がった瞬発力と急激に縮まった稼働時間の論だの、簡単な追加兵装で実装できるステルスだの、駆動機構に用いた魔結晶を増幅器に兼用することで増幅器をオミットし得た技術力だのを、べらべらべらべら聞かされた。

 セフィリアに雑談が多いと説教をされ、話がにぎやかでいいねえなどとロッツに皮肉られた。

 言い返そうとしたリュウやシジマは、縄張りに目を光らせる獣のように首をめぐらせている上級生(ドレグ)を見かけて、慌てて口をつぐむ。

 彼の姿が見えなくなったとき、ふとリュウがつぶやく。


「そういえばドレグさんはどこ担当してるだろうな」

『一応、生徒監査ってことになってるんでしょ。巡回する場所を定めずに、全体を見て回ってるんじゃないかな?』


 噴水の止まっている池に次々広がる波紋を眺めながら隣を歩くシジマが、耳をぴるぴる震わせて答えた。

 ふむ、とリュウは暇つぶしの思考を流す。

 マイアは統括、ドレグは実地視察といった分担になっているのだろうか。

 展覧会の残りは三十分ほど。いよいよ大鳥の新型機の試運転が始まる頃のはずだ。シジマが恨めしそうな顔で建物に目を向けて、ふと、声を上げた。


『うぁえ? あれなんだろ』

「どうした?」

『あ、消えた』


 顔を上げてシジマが見上げている建物の屋根を見る。

 シジマがつぶやいた通り、なんの影も形もない。

 あの辺りは壁の向こうがバルコニーになっていて、ガラス張りの吹き抜けで階下を見渡すような構造になっているはずだった。


「ロッツ。何か見えたか?」

『んー。僕の見た限りでは何も。ログも今チェックしてるけど、あの辺りは僕の担当から外れ気味で、よく見えないかな』


 シジマが唇を尖らせて、顔中で怪訝を表現しながら首を捻る。


『気のせいかなー。なんかこう、動物みたいなのが見えたんだよね。黒くて、丸くて、大きい……そう、ものすごくでっかい猫みたいな。あ、ヒョウとか、それくらい大きいの』

「でかくて、黒い、ヒョウ?」


 思い出すように印象を挙げ連ねるシジマの言葉を、口でなぞる。

 リュウが記憶に思い当たったことを悟って、シジマも息を呑んだ。

 初めてセフィリアとチームを組んで挑んだ課題の、最後に姿を現した機械仕掛けのヒョウ。

 同じものなのだろうか? 仮に同じものなら、なぜこんなところに?


『でも、本当に見たかどうかも分からないし』

「よりによって、あれと見間違いってのは、出来すぎだ」


 正体の分からない機械のヒョウ。それが二度も姿を見せる。

 この奇怪な符合に、リュウの中で黒い胸騒ぎがボリュームをいや増していく。機械というものに関して、そう、カバネは、機巧人間(ゴーレミアン)は言った。

 機械とは、目的のために作られる。


『おい、どうかしたか?』


 セフィリアの怪訝そうな声が、妖精から聞こえてきた。遠話の内容に耳を澄ませておらずとも、雰囲気がおかしいことは悟ったらしい。彼女になんと答えたものか、迷う暇も無かった。

 爆発音。

 閃光が視界を焼いた。

 熱さを感じてから、衝撃に吹き飛ばされて全身を打ちのめされたことを知る。

 妖精が緊急警報(レッドアラート)をかき鳴らしていた。夜空を塗りつぶすように、赤く照らされた黒煙が高く立ち上る。

 遠くから無数に折り重なった轟音が迫っていることに、ようやく気がついた。妖精が誰かの怒号を伝える。


『攻撃された! 敵襲! 敵襲だ! 緊急事態発生! 警備隊! 攻撃されている! 繰り返す、攻撃を受けている!』

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ