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エルレイス  作者: ルト
第三話
14/27

異変

 魔動機部では毎日のように模擬戦が行われている。それは経験の蓄積のためであったり技術の向上のためであったりするが、多くは調整した機体を見るためである場合が多い。実際の演習では様々な状況を想定してあらゆる判断や行動を試されるため、一対一での戦闘などという"特殊な状況"が想定されることはない。

 強敵には集団で押し潰せばいい。

 集団は分断させればいい。

 狙うのは孤立したものからだ。

 戦闘に技術は必要ない。百発百中の達人より百丁の銃と百人の兵のほうが強い。

 一対一での戦闘などお遊びに過ぎない。

 しかし、お遊びであろうとなかろうと、最強の称号は欲しいものだ。

 ことに、男にとっては。


「馬鹿だな」


 その称号を目指してまた地を転がったリュウを、端的に表現された気がした。しかし、格納庫の目前に広がるグラウンドに引かれた楕円状の模擬戦場にまで、マイアの声が届くはずもない。よしんば届いたとしても、マギマキカによる立ち回りが繰り広げられている最中において、人の声を聞き分けられるはずもない。よってそれは幻聴か被害妄想かということになる。

 その評価は実に的確である、とリュウは認めざるを得ない。整備の結果を見るだけならば、戦闘駆動で模擬戦を一度か二度行えば済む話である。四度も五度も行うのは、かえって模擬戦のせいで整備が必要になることになり、非効率どころか無駄の塊であった。

 男には無駄と分かっていても、やらなければならないときがある。

 日がだいぶ遠くなった空に目を眇めて、リュウは大の字で地に沈んだまま思う。


「はっはぁー、今のは惜しかったな。一太刀浴びせられるところだった」

「……仮に当てても相打ちでした」


 リュウは身を起こしながら答える。起き上がった先には、全身角ばったフォルムで巨大な肩と腕の装甲が特徴的な軍用標準機、カリオテが立っている。その胸に埋まるようにして操縦するのは獣毛と牙を生やすドレグだ。ニヤリと獰猛に口角を上げ、牙をむき出しにして笑う。


「ま、そうだな。二戦目は完全に一発打ち込まれたから、この完全勝利二回でイーブンだ」


 どこまでハンデがついているのか。リュウは苦々しく顔を歪める。

 立ち上がって、駆動機や装甲、電装に異常がないことを確かめた。訓練剣とゴム弾は、マギマキカの装甲では小突いたようなものだ。この程度で異常が出るようであれば、実戦で使うべくもない。


「もう一度やるか?」


 ドレグが誘う。この言葉に何度乗せられたか分からない。

 リュウは時計をちらりと見て、日暮れまで一時間、部活の終了まで二時間あることを確認した。


「では、これで最後にします。お願いします」

「へ、言うねえ、終わらせられんのかよ? って、ああ、整備に移るって話か。分かった」


 不敵に笑って見せたドレグは、表情を慌てて先輩面に変えて、もっともらしくうなずいてみせる。たまにこの男はリュウより年下なんじゃないか、と思うときがある。自分の好きなことしか見えていない。とはいえリュウにそういうところが全くないかと言えば嘘になる。

 ドレグはマギマキカを操り、右手に銃、左手に剣を構える。大きい剣は簡単な盾を兼ねている。それを半身に構えて、本命の銃を隠すように握る。

 リュウも右手に銃、左手に剣を構え、仁王立ちでどっしりと構える。このほうが銃も剣も取り回しやすいので柔軟に距離に応じて対応できる、と考えてのことだ。わずかに腰を落とし、いつでも飛び出せるようにする。


「来いよ」


 ドレグが前に突き出した右腕を軽く上げて挑発する。

 息をついて、リュウはペダルを踏み込む。マギマキカが地面を蹴った。リュウが銃を向けるのを見て取って、ドレグは左腕部を盾に構えて待つ。撃つのをやめて、リュウは振りかぶった剣をドレグ機の左手に叩きつける。寸前、ドレグは腕を下げて剣の根元で受け止めた。

 想定済みだ。リュウは打点を中心に腰を落とし、足払いを掛ける。ドレグが気づいた。左足を向けて腿の装甲板で受け止める。

 リュウの攻撃を止めた足で踏ん張るように出足にして機体を加速させ、大きく肩を切るように左肩でリュウ機に体当たりをぶちかました。衝撃に揺れる視界のなかでリュウは息を詰めて足を捌き、後退りに留めてぎりぎりで体勢を整える。転倒を免れたリュウ機に、ドレグは追い討ちを掛けるように踏み込み、リュウ機の脇に腕を滑り込ませ、リュウ機の横にまで深く足を踏み込み、腕を引いて足を払う。がきゅり、と金属の擦れ合う音が何重にも重なり、リュウの視界は天地を回る。

 滑らか過ぎて衝撃は感じなかった。


「勝ち点追加だ」


 ドレグがリュウを覗き込んで笑っていた。

 ため息が漏れた。

 結局一度も有効打撃を与えられなかったリュウはマギマキカを格納庫まで戻す。何度も土を舐めた機体は埃まみれになっていた。ロッツがモニターしたデータは後で回して貰うことにして、掃除をしようとモップとバケツを持ち出す。

 ロッツはそのモップを取って笑った。


「皇女さんと話があるんでしょ? 行っていいよ」

「そりゃそうだけど、また任せっきりにするのは」

「大丈夫、明日は全部やってもらうから」


 にこりと笑うロッツに苦笑して、リュウは礼を告げる。調子に乗って試合をしすぎたかもしれない。マギマキカがあちこちで弄り回されている格納庫中に首をめぐらせて、セフィリアを探す。セフィリアの機体には、いない。やたら場所を取る仮想負荷テスト機材置き場にも、いない。トイレ周辺にもいない。居たら居たで気まずい。

 そしてハンガーから戻ってくるセフィリアの姿を見つけた。彼女もリュウに気づいて、足を止める。


「よう、悪いな。待たせたか」

「いや。先輩と模擬戦するって時点で、もっと掛かると思っていた。こちらこそ切り上げさせてすまない」

「んなことはないさ、気にするな。それで、話って何だ?」


 リュウは格納庫の出口へ、手で促しながら尋ねた。セフィリアは未だにためらうような表情を見せるものの、それに従う。機嫌を損ねないか怯える子どものように、おずおずと口を開いた。


「人のいないところで、いいか?」

「分かった」


 そこまで恐縮されるとなると、一体どれほど深刻なことを抱えているのかと恐ろしくなる。だが、リュウは嫌な気が全くしていなかった。どうも根はお節介のようで、頼られると嬉しい気持ちが先に来るらしい。同時に、どうして自分が悩みを打ち明ける相手に選ばれたのか、という疑問が頭をかすめる。だが、それはリュウのやる気に塗りつぶされた。

 そのときまで、世界は普通の日常を営んでいると、リュウは思っていた。いや、この場のほぼ全員が、根拠もなく信じていたに違いない。

 空は高く日は遠く、赤らみ始めて薄暗い空を翔る風が下界を見下すように吹き抜ける。

 外に出る扉を開けたリュウが、風を避けて目を覆った。その足元で風に吹かれた木の葉がひらりと返る。

 シジマは魔導増幅器に突っ込んでいた腕を引き抜いた。

 ロッツはモップから跳ねた泥水が、顔に掛かりそうになって慌てて避けた。

 ドレグは整備士に嫌味を言われ、マイアは端末に映した制御系の記述を眺めて、カバネは暇を持て余して校舎を掃除して、セヴェリはアタリをつけた画板に絵の具を乗せた。

 そして緊急信号を受けた妖精が、反射とすら言える判断で自動的に遠話と同じ方式で命令を各地の下位妖精に送り、バケツリレーと鼠算的に拡散したその命令を受けた妖精は、指示を正しく理解して己を包む装置を稼動させる指令を叩き込み、その音を同時多発的にかき鳴らした。

 天が割れたかと思うほどの音響がサイレンを鳴らす。


 第一次緊急事態警報(コードレッド)


 半分は何事かと顔を上げた。

 顔を上げたうちの半分はうるさそうにスピーカーを見上げ、残りのうち半分は状況が理解できないとばかりにぽかんと口を開けていた。

 そのまた半分が、サイレンの意味を悟って青ざめる。

 この警報が鳴らされるのは、テロのような"戦闘"行為とは一線を画した、領空侵犯や武力侵攻などの明確な"戦争"行為が確認されて、軍事施設が緊急体勢に入ったときだ。軍学校の敷地と管理設備を用いて前線への中継基地として用いるために、学生は全ての作業を放棄して支援体制を整えなければならない。

 そんなこと、誰も気づかなかった。

 誰も彼もが魂を抜かれた人形のようにスピーカーを眺めるか、おろおろと周りを見渡すか、おたおたと意味もなく歩き回るしかできない。

 ただ一人を除いて。


「しっかりしろ!」


 有象無象がさ迷う舞台の中に一人屹立して、マイアが声を張り上げた。

 磁力に引きつけられるように、視線が集まる中心で、マイアは端末を手に険しい表情で口を開く。


「コードレッドが発令された、総員戦闘待機! 駐機は三十機だったな。動かせないものは今すぐ直せ! 二十機は軍隊受け入れの準備を、十機は装甲を戦闘仕様に換装するように!」

『――はい!』


 放心していた部員たちが、息を吹き返したように返事をした。訓練された兵士のように、指示通りぞろぞろ動き出す。反射的にマイアの指示を中心に行動と判断を組み立てているだけで、完全に我に返ったわけではないが、だからこそ彼らの行動は迅速だった。リュウもまた慌てて機体に戻ろうとして、そこでセフィリアを振り返る。


「お前も機体を……どうした?」


 セフィリアはどこか隔絶した、窓の向こうの景色を見るような目で、格納庫の中を眺めていた。そのまま手の届かないところへ離れていくような気がして、リュウは思わずその肩に手を置く。

 びくりと反射的に跳ねた肩は引き締まった硬さを返し、溶けることも消えることもなくそこにある。


「あ、ああ。話どころじゃなくなってしまったな、また今度にする。今は動かないと」


 扉の外から逃げるように、セフィリアはにわかに慌ただしさを増した格納庫に走っていく。駆けずり回る生徒たちに埋もれてその姿はすぐに見えなくなった。

 リュウは見失ったはずの背中を見つめるように人ごみを見て、やがて我に返って走り出した。リュウの機体を再走査していたロッツの背中が見える。


「どうだ、動かせるか?」

「うん。でも左腕の圧力系が磨耗してるから戦闘駆動はやめたほうがいいかな」

「分かった。まあ武装もないのに戦闘駆動なんかしないだろ」


 答えながらロッツの端末にコードを垂らすマギマキカに乗り込み、機体をハードソフトともに立ち上げる。足を入れて胸部装甲を下ろし、腕を入れてフィッティングを行う。妖精が視界に現れる。その妖精がかぶった景色のなかで、マギマキカに乗ったシジマがハンガーに向かって歩いていく。そこにカバネが駆けつけて、なにか話をしていた。

 リュウはその光景を眺めつつ、ロッツに尋ねる。


「ロッツ、お前この後することあるか?」

「え? あ、たぶん物資の確認とか調整とか、指示があるんじゃないかな」


 つまり明確な仕事はまだない、とリュウは判断した。うなずいて、告げる。


「なんで戦争になんかなったのか、調べてくれ。どっか報じてるだろ」

「え? ああ、うん、分かった」

「頼んだ」


 リュウは歩き出した。ハンガーを見て、設置されている実践用のマギマキカに部外の生徒たちがわらわらと乗り込んでいる。一足早く起動した部員のマギマキカが、その生徒たちを避けて列を成してハンガーから出て行く。マイアがハンガーの一角で、カリオテの胸部装甲を実戦仕様の合金製につけ替えていた。重機を真剣な表情で操作している。セフィリアとドレグの姿は見えなかった。

 ハンガーから外に出れば、先ほどと何も変わらない空が広がっている。突き抜けた夕焼け空に、ミサイルも煙も銃弾も見えはしない。

 顔を下ろせば、教員が手を振り回してマギマキカの群れに指示を送っていた。リュウは息をついてマギマキカを歩かせる。


 軍学校は軍事物資を一時的に留めて各前線に送るための、中継基地として機能する。

 最初にやってきたバンに乗った軍人が指示を出し、いきなり戦車隊受け入れのために給油装置やら通信装置の移設やらと忙しく働かされる。待機場と仮説逗留所を組み立て、物資と部隊を迎え入れた。

 マギマキカは作業機械としては、なかなかの機能を持っている。整備のコストが掛かりすぎるが、いざ環境が整えば、その働きぶりは優秀だ。信地回転に勝る機動力、およそなんでも出来るマニピュレータ、縦長なので作業車に比べて場所を取らずに活動でき、加減速の滑らかさは車両に勝る。本体から伸びたマニピュレータでしか働けず、しょせん不安定な二本足であるため、馬力が足りない場面もあるが、多種多様な作業を行う場合では、一台当たりの機能が限定される作業車より、はるかに使い出がいい。

 その働きぶりは軍も承知だった。「あまり戦列に並べたくないが軍用能力を持つ」学生の代表として、魔動機部はマギマキカを用いた後方支援要員として輸送車に乗せられた。

 戦線に向かうらしかった。

 目を通していただいてありがとうございます。

 あとがき案内役は私ギシカノレムが担当させていただきます。本編とは別枠で説明を行わせていただいております。

 今回のテーマはニースヘリアの学徒出兵。


 ニースヘリア王国はマギマキカの動力源を産出する土地であることを生かし、マギマキカの積極登用を行っています。それは第一話の本文でも触れられていますね。

 歩兵の徴収をするほど軍の発言権が強くないので、戦車隊に付いて何人分もの働きができる上級歩兵としての役割までマギマキカ部隊に負わせているのです。もちろん、狭隘地においては高機動な主戦力として投入されます。

 しかし、マギマキカの整備はいささか手間で、配備数にも限界があります。歩兵の代理をさせたいほど数が必要であるのに、整備士までつけて部隊を組織しなければならないのですから。なので、危険の少ない後方部隊などを中心に、学徒兵を登用するわけです。

 もともと魔動機部が精鋭部隊なのは、優先して徴兵されるために備えておくこと、そして実戦を体験して帰ってくることに由来します。

 西方大陸史として、マギマキカが実用化されるころには戦争の時代は終わっており、出動するとしてもテロ組織の制圧戦がせいぜいでした。しかし、後方とはいえ実際に戦列に並ぶという体験は、己の未熟と不安を肌に刻み込ませるには充分な経験です。万一敵が彼らのほうに向かってきたら、応戦しなければなりません。学生の失態で作戦が失敗するかもしれませんし、自身が命を落とすかもしれません。そして、正規軍は後方とは比べ物にならない危険のなかで、有効な働きを見せるのです。

 正規軍にとっても、もともと学徒兵を最前線に出すわけにはいきませんので、安心して必要な雑用を存分に任命することができます。そして、それをこそ学徒兵は必要としているのです。実戦を終えた魔動機部が気を引き締めて帰還すること、訓練に励む彼らを全体の牽引役とすることが学園にとっての主眼です。

 双方に適度なリスクとリターンのある決まりだったわけですね。


 今回はこの辺りで。

 さて、今回、突然にコードレッドが発令されました。

 リュウたちが向かわされる場所は、果たして、何の戦線なのでしょう?

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