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エルレイス  作者: ルト
第二話
10/27

実践

 試験は静かに始まった。

 瓦礫と半壊した街。道路は割れ、街灯は折れ曲がっている。生徒たちは不安そうに散らばって街を歩き出していた。

 そのなかにリュウもいる。

 遠話で妖精越しにシジマが唸った。


『うーん、リュウ見当たらないなあ。合流は無理かもね』

「そうだな。無理に変な動きするよりすっぱり諦めたほうがいいか。こっちはこっちで何とかする。そっちも抜かるなよ」

『だーれに言ってんだか』


 シジマは笑いの尾を引いて遠話を切った。

 息をついて、妖精に現在時刻を表示させる。

 最初の説明から、三分と十秒が経過していた。もう始まっているのだ。

 周囲は雑然と建物がひしめいているが、がらんとした寒々しい印象を与える。空は少しずつ赤らんできて、これから黒いバウンサーの目視は難しくなっていくだろう。

 リュウは半分振り返って、背後に立つマギマキカに遠話を送る。


「まあ、そういう状況なわけだ。お互い頑張るとするか」

『ああ』


 セフィリア・ニースヘルンは気負った様子もなく返事をした。

 成り行きを思ってため息を吐く。

 話は単純だ。一人で動き回るのは危険だが、何人も固まって動いたのでは空間の狭い市街地では不利を招く。その上で警戒する目は多い方がいい。

 このごく簡単な思考から、適当に近くの人か知り合いかで一時的に僚機(バディ)を組んで動き出した。

 その結果、ロッツは近くに居たカバネと同行。シジマは暫定的にカバネと同行していたが、三機では動きにくいかという判断で、大通りを歩いているリュウに合流しようと持ちかけてきた。それが困難だと確認したところだ。

 そして気づけばリュウは、いまひとつ理解していなかったセフィリアを連れて行く形で、なし崩し的に僚機としていたのだ。


「リンクする。ポート開けろ」

『あー、えっと、こうか?』


 セフィリアの機体と常時回線を結ぶ。お互いの状態を妖精同士で共有し、常に把握できるようになった。

 それを確認したリュウに、セフィリアが少しためらいがちに尋ねてくる。


『しかし、僚機は私でよかったのか?』


 殊勝な問いかけだ。リュウは閉口する。

 正直、こんな神経をすり減らすような遭遇戦になるとは全く思っていなかった。

 条件が過酷であるため、僚機は選ぶ必要がある。リュウですらそうだ。

 セフィリアが自ら気後れしているように、彼女は間違いなく足手まといになる。

 参加者を見た限り、セフィリアの操縦技術は――断言してもいい――ぶっちぎりで下手だ。

 有り体に言えば、あぶれていたのである。

 甘んじてはぐれ者に付き合う形で、リュウは自ら貧乏くじを引いたのだ。

 リュウは誰もに向けて苦笑した。


「そう思うなら、せいぜいベストを尽くしてくれ」

『ああ、それは、もちろんだ。全力を尽くす』

「ならいいさ。それで結果が出なかったら、時の運だ」


 言いながら視線をめぐらせる。路地の角、建物の陰、ビルの上。

 どこから出るか分からなかった。


「セフィリア。レーダーはつけるなよ。逆探知されて食われるぞ」

『あ、ああ。しかし、静かだな』


 セフィリアはつぶやく。

 確かに、廃墟の中はまるで無人のように静まり返っていた。吹き抜ける風が低く唸る。

 僚機の足音が大きく響くほどだ。

 というには少々、いやかなり、大きすぎる。


「……あまり足音を立てるな」

『ええ? そんなこと言われてもな』


 困惑したような声にリュウは振り返る。

 後ろ歩きをしながらセフィリアの操作を見て、立て続けに告げる。


「圧力を落とせ。足が着く瞬間にゆっくり下ろせ。下ばっか見るな、周りを見ろ、瓦礫ばっかり気にするな」


 気分を害したのか、操作に集中したのか。セフィリアの返事はなかった。蹴立てるような足音が幾分か小さくなる。

 リュウはため息を吐いて前を向く。

 その瞬間。


「しっ!」


 後ろに腕を向けて立ち止まる。

 セフィリアもリュウを見て凍りついたように動きを止めた。

 耳を澄ます。

 今、がらんと重い音が聞こえた。


「ただ瓦礫が落ちただけか?」

『ああ、そうか、驚い――』

「まだ静かにしろ」


 安堵しかけたセフィリアに言い放つ。

 なぜ瓦礫が落ちたのか。


「他の機体がぶつけたのかもしれないし、どこかから流れ弾が来たのかもしれない。もちろん、単に自然に落ちただけかもしれない。警戒しすぎて困ることはない」


 最も、それは場合に寄るが。

 しばらく黙り込んで耳を澄まし、リュウは腕を下ろした。

 大丈夫そうだ、と告げてもセフィリアは返事をしない。顔を見ると、柳眉を寄せて警戒に強張らせている。

 このざまになるなら、余計なことは言わないほうがよかったかもしれない。

 しかし、これで方針の決心がついた。


「今回は、絶対に遭遇しないことを目指す。フラッグを探そう」

『分かった』


 セフィリアが硬い声で同意の声を返す。

 それから探して歩き回るうちに、リュウは気がついたことがある。

 広い広いと思っていたし、事実広大ではあるのだが、この演習場は市街地を本当に再現するには狭すぎるということ。マギマキカで歩いているだけで、不自然にビル街が始まり高層ビルが並び出す。

 次に、区画整理の不十分な住宅地より、高層ビルの立ち並ぶ中心街のほうが、意外に注意すべきところが少ない。

 本当の市街戦ならゲリラが窓と言う窓から狙っているのだろう。だが機体しか気にしなくていいとなれば、狭すぎる抜け道と大通りしかない中心街は楽なものだ。

 建物の影となっている行き止まりを覗き込んで、そこに何もないことを確認した。

 フラッグもペイント弾を搭載した武器も、さっぱり見つからない。

 リュウはどれだけ歩いただろうかと時間を見て、まだ十分も経っていないことに驚いた。


『もう脱落してる者はいるんだろうか』


 セフィリアがぽつりと呟く。

 リュウは周囲の警戒を怠らずに答えた。


「あの条件なら、出てもおかしくはないな」

『そうだな。シジマたちは無事だといいが』


 遠話を飛ばすということは、信号をばら撒くということだ。回線封鎖がされていたら発信源から容易に場所を特定されてしまう。連絡を入れるわけにはいかなかった。

 ビルに埋もれるような大通りを歩き続け、交差点に差し掛かった。

 がん、と遠くで重い音が響く。


「静かに」


 リュウは手を上げてセフィリアを制止した。

 耳を澄ます。

 ビル街を反響するざらついた音は、ばらばらに一定のリズムを刻む。


「マギマキカだ。複数か」

『……っ、来たか? 逃げるか?』

「もう少し。周囲を警戒しておいてくれ」


 リュウは目視をセフィリアに任せ、音源の方向を探る。

 右手の角を越えたほうからだ。

 ときおり立ち止まっている。

 周囲を警戒している、のだろう。息を潜めるように立ち止まって警戒するということは、おそらくは受験者か。

 リュウはセフィリアを振り返った。


「受験者だろう。行こう、ゆっくりな」

『え、受験者からも逃げるのか?』

「遭遇しない方針だと言ったろ」


 来た道を引き返すようにして、その場を後にする。

 巨体で忍び足をするように慎重な足運びで道を行く。


「ん?」


 リュウは眉をひそめて顔を上げた。

 遠くの音が消えた。立ち止まって、気配を探るような。


「セフィリア。ルート変更だ。そこの角を曲がろう」


 古びたビルの手前にある道を示す。大通りの抜け道らしく、道幅は大通りの半分もない。


『え、そこに入るのか? 狭いぞ?』

「隠れる」


 困惑するセフィリアを急かして角に入った。歩道を分ける縁石もない、細い道である。肩がビルをこすりそうだ。

 道を直進せず、すぐ見えてきた分かれ道に入った。体を壁と平行に向けて、身を潜める。傍らの三角地に無理矢理ビルを建てる土地利用など、無駄に現実的だ。

 一歩も前後に動けない狭い空間に建材の匂いを感じる。その匂いはこの街が偽物であると雄弁に語る。生活臭、というものは確かにあるのだとリュウはこのとき初めて知った。

 表通りに、急ぎ足でやってきたマギマキカの足音が聞こえてくる。

 セフィリアが息を呑む。

 通りをゆっくりと歩いているようだ。ここに来るまで急いでいたのが嘘のように。

 しばらく通りを歩いていた足音は、何かに急かされるように行き過ぎていった。

 音が遠くなっていくのを確認し、セフィリアが安堵のため息を吐く。


『ふう、行ったか』

「まだだ」


 リュウは険しい顔で、そこに敵が見えているかのように道を睨みつける。

 行き過ぎたはずの足音が戻ってきた。

 まるで何かを探すように。途絶えた足跡を求めるように。

 うろうろと通りを行き来している。

 明らかに複数。おそらく二体。

 セフィリアもこれは試験官(バウンサー)の取る動きではない、と気づいたようだ。不気味さを感じたのか、乾いた声で呟く。


『なにをしているんだ?』

「さあな。ありがたいことじゃないのは確かだ」


 リュウは吐き捨てた。

 足音が近付いて、ひどくはっきりと聞こえる。この路地の前に立ったらしい。

 覗きこむような、マギマキカの駆動する音。

 足を上げて、路地の中に入ってきた。

 一歩一歩と音が明瞭になる。

 セフィリアが顔を青ざめさせた。

 息を呑む。

 足音。

 建物の陰から機体が地面に落とす影が頭を出した。

 足音。

 リュウたちの隠れる角まですぐの距離まで来ている。

 影が揺れる。

 あと四歩だ。

 あと三歩。

 二歩。


「おっらあああああ!」


 リュウは足のギアを抜いて急圧を入れ、路地に飛び出した。

 右手に銃を構えたカリオテが驚いて身を固めているのが視界に入る。

 腕を壁に叩きつけて飛び出した勢いを殺し、地面を蹴って飛び掛る。訓練剣を抜き打ちするように脇腹に叩き込んだ。


「うわああっ! くそ、居たぞ!」


 ()は壁に肩をぶつけながらも叫ぶように報告した。仲間に報せたのだろう。

 リュウは足を踏み変えて、剣を相手の足の後ろに刺す。同時に空いた左腕で相手機の肩を掴む。フルパワーで押し出した。


「ぐ、うわっ!?」


 倒れる体を支えるはずの足が剣に引っかかり動かせず、棒を倒すようにマギマキカは転倒した。

 リュウは足で敵機の腰を踏みつける。

 起き上がろうとする腕を剣で払いながら、左腕は銃を取った。

 その眼前に、僚機の危機を聞きつけてマギマキカが飛び込んでくる。


「そりゃあ来るよな!」


 リュウは笑う。自動照準をする間でもなく、銃口はすでにその機影を捉えていた。

 ばら撒かれたゴム弾は容赦なくマギマキカに吸い込まれ、敵機は慌てて建物の陰に引っ込む。

 その動きを見据えながら、リュウは銃との同期を素早く行う。以前の錆びたボロ銃とは違う。

 本体制御機能(コネクタ)接続(リンク)。武器情報を取得、弾薬状況(ステータス)の表示、弾道予測を同期。自動照準予測(ダブルロック)指定制御(セミオート)に、照準器(ポインタ)走査誘導(アクティブ)を設定する。


「舐めんなああ!」

「わ、しまっ」


 足元のマギマキカが勢いよく立ち上がり、リュウは足をすくわれるように大きく体勢を崩した。

 敵機が振り向きざまに振った訓練剣に殴り飛ばされ、リュウの機体はビルの壁に叩きつけられる。幾度も衝撃を受けたビルから粉が舞った。

 立て続けに衝撃。座席から投げ出されそうになり、シートベルトに押さえつけられる。視界が飛び、両脇のビルに切り取られた赤い空が細長く広がっていた。

 殴り飛ばした体勢を整えることなくタックルを敢行したのだ、と気づいたときには敵機がリュウの前に立っていた。


『リュウ!』


 遠話が聞こえる。セフィリアの声だ。

 軽い銃声が連なって聞こえる。敵のマギマキカは腕を掲げて銃撃を受ける。逃げ場のない路地に居続けるのを嫌って道路に飛び退った。


『大丈夫か?』

「なんとかな」


 リュウは機体を起こしながらセフィリアに答える。くそ、と密かに歯噛みした。

 敵機は強かった。操縦はリュウより上手いだろう。


『なあ、なんであいつらは私たちを襲ってくるんだ?』

「簡単だよ。誰が失格してもおかしくない試験だ。なら、自分より先に失格者を作ってしまえばいい……そんな発想だろう」

『な、馬鹿げてるぞ、それは!』

「別にルール違反じゃないからな」


 憤慨するセフィリアに軽く答える。

 だが、それよりも。

 路地の先に広がる道路を睨む。路地に閉じこもるのは得策ではない。急いで逃げなければ。

 ここに突っ立っていては、ただの的だ。

 息を呑む。

 建物の影から腕だけを出したマギマキカの銃口が向けられていた。


「セフィリア隠れろ!」


 叫び、リュウは走り出そうとする。その眼前で銃が逸れた。

 何かを見つけたように体を道路の先に向けて銃を掲げる。撃った。

 反響して音が聞こえる。軽やかなテンポで重量物が道路を噛む音。


「まさか」


 黒い嵐のような勢いでそれは眼前を横切った。

 マギマキカが姿を追って振り返る。後退りして路地に姿を晒していることにも気づいていない。

 その機体が赤く咲いた。

 ペイント弾が直撃したのだ。赤い塗料を被った機体はさらに二発、三発と受けて、衝撃で機体を揺らす。

 銃を落としたのを見ると、失格になったのだろう。

 激しく動く足音。もう一体はまだ存命らしい。

 リュウは今さらのようにセフィリアに遠話で声をかける。


「今のうちに逃げよう」

『逃げ切れるか? バウンサーから』

「ここに居るよりはな」


 言って、走り出す。

 路地の前で力尽きたマギマキカを避けて道路に出た。

 幹線道路の上ではバウンサーとカリオテが銃撃戦を繰り広げていた。道路は赤い絵の具をぶちまけたように赤く染まり、飛沫が独特な模様を描いている。

 バウンサーと戦っているカリオテは、巧みに機体を誘導しペイント弾をかわしている。しかしバウンサーはカリオテを翻弄し、反撃しようにも銃口が捕らえられていなかった。

 動きが劇的に違うわけではない。走り出す初速は二割ほどバウンサーのほうが速いし、転回や跳躍といった機動もカリオテに勝る。しかし地力のあるカリオテのほうがバウンサーよりも方向転換が速い。

 にもかかわらず、不思議なくらいバウンサーはカリオテの矛先をすり抜けていた。


「これが操縦技量の差か」


 絶望的な気分になった。

 カリオテの操縦者は相当な実力者だ。バウンサーの狙う先を的確に先読みして機体を逸らしている。

 リュウはあんな真似など出来ない。

 それでもバウンサーに手も足も出ないのだ。

 逃げるしかない。


『行くしかないな』


 セフィリアが断言した。

 驚いてセフィリアを振り返る。

 彼女はリュウと同じか、それ以上に強張った顔で、肩に力が入りすぎているのがすぐに分かる。


『襲われはしたが、見捨てるわけにも行かないだろう。戦うにしても、あの機体と連携したほうがいい。どうせあいつがやられたら、バウンサーから逃げ切れない』


 力強い紫紺色の瞳は、リュウが自分と同意見だと信じて疑っていないような色をしている。

 まるで英雄でも見ているような。

 実際は、正反対の意見であるというのに。


「ああ……」


 リュウは笑みを浮かべた。

 振り返ってバウンサーを臨む。勇士が強敵に挑むように。

 セフィリアに背を向ける。

 複雑な色を映す笑みを隠すように。眩しすぎる光から目を逸らすように。

 バウンサーを視界に捉え、自動照準追跡(ダブルロック)で追跡する対象に指定する。


「行くしなねぇよな」


 銃を握り剣を構え、二機のカリオテは走り出した。

 リュウはこの日、嘘を吐いた。

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