エルニース王立軍学校
魔導式全駆動機甲外殻は、異様に太い、それこそ人間の胴体ほどもある巨大な腕と足のみ残して、あとは骨格にした機巧人形のような姿をしている。
搭乗者は両手足をその巨大な四肢に預け、背筋や背骨にあたる骨格に背をつけて乗り込む。
立ち上がるマギマキカは、大体肩車をする大人ぐらいの大きさだろうか。
(これが実戦用の軍用機なら、フロントアーマーが着くんだろうな)
その搭乗者、リュウは思った。年齢は十六か七、赤茶けた短髪で、精悍な釣り気味の目に幼い子どものような光を宿す少年だ。今は軍学校指定の青いジャージを着ている。
彼の乗る訓練機は、フロントアーマーの代わりに分厚い合成素材の板が取り付けられている。フロントアーマーには、大きく拾六の印字。
胸部装甲の上から顔を覗かせる形で、マギマキカの搭乗者は周囲をうかがう。
今ならば目的別に赤や白でラインが引かれた訓練場の床と、スタジアム特有の強い白色灯が見えている。
巨大な腕部を動かす肩駆動機の陰で少々見にくいが、右側には真新しいジャージを身にまとうクラスメイトたちが、十分な距離を取ってたたずんでいる。緊張した面持ちを浮かべる彼らのうちの一人が小さく手を振った。
視界の隅でオレンジの光が光跡を引いてクルリと踊る。
機械管理妖精なりの挨拶と起動完了の報告を受けて、リュウは微笑む。
腕部装甲に隠された手で握る操縦桿にある、三つのトリガーを確かめる。
マギマキカの両手、親指の働きをする二本の太い指と押さえる三本の指が正しく動く。問題ない。
訓練場の中央を横切るラインのうえに立つ、機械のような無表情を保つ黒髪の教官に声をかけられた。
「リュウヤ・オオギリ。準備はいいか」
「はい」
リュウは答えて、訓練場の対面に立つ同型のマギマキカを見る。
同じ訓練機だ。
搭乗者は女だが、機体戦闘に性差はない。
教官が筒状の遠隔操作機を振り上げた。相手機の胸部装甲、その両端に走るラインが青く光る。リュウの機体も赤く光っているのだろう。
同時にスタジアムの床も両機を囲む長方形にラインが灯った。
「では、模擬戦を始める」
耳をつんざくようなホイッスルが鳴り響いた。
「よし、行くぜ」
リュウは独語し、操縦桿を絞り、足を踏み変えた。
布を足で持ち上げるようなわずかな抵抗感と遅れだけで、脚部はリュウの動きにピッタリとついてくる。ファイティングポーズを取った。
相手機は溜めも様子見もなく走り出している。背嚢を背負っているかのように出っ張る、原動機を格納した背部装甲の左側面に備え付けられた鉄の板、訓練剣を走りながら取り出した。
金属を押し潰すような重々しい足音が一歩ごとに聞こえる。
(初手から全力か。先手必勝は悪い手じゃない)
敵から目を逸らさず動きを見極める。わずかに腰を落としつつ、右腕を訓練剣に向ける。
腕を伸ばす際の、肩の捻り、肘の曲がる駆動音が頬を撫ぜる。訓練剣を固定していたロックの外れる振動、取り外す感触がマギマキカに預ける背中と腰から感じられる。
まるで腕が伸びたかのような一体感。人間とは比べ物にならない力感。
駆け寄ってくる敵機は薄い黄の基本外装が暗く陰り、巨大な壁が迫ってくるような迫力を感じさせる。一歩ごとの衝撃が耳を圧迫する。
視界の隅でオレンジの光が円を描くようにクルクルと回る。
敵機は接近する勢いを乗せて大きく剣を振りかぶった。
マギマキカの重量と速度を乗せた攻撃を、そのまま構えて受けることは好ましくない。最悪の場合、剣を保持するマニピュレータが先に壊れるからだ。
(だが)
リュウは操縦桿を握り、回し、振り上げる。同時に足をさばき、捻り、踵で踏み込む。
マギマキカは強く踏み込んで、床を蹴った。
「あっ」
「貰った!」
相対速度で急速に縮まった距離に対応する暇を与えず、両手で構えた剣を相手の振り始めに当てる。
そして踏み込んだ半身をかち上げるようにして、敵機の肩装甲に激突した。
人を二十五人集めるよりなお重い重量を誇る、マギマキカ同士による正面衝突。
その瞬間、相手の操縦者が柳眉を上げて、大きな紫紺の瞳を驚愕に震えさせているのがよく見えた。なかでもその瞳は、ふわりと空気をはらんで広がる金髪に包まれ、まるで雲に抱かれた宝石という詩的な言葉を連想してしまう。
破裂音にすら聞こえる轟音。
時間が動き出すことを報せる鐘の音と共に、その重量物が宙を舞った。
一機だけ。
リュウのマギマキカは、衝突の衝撃に吹き飛ばされて大きく体勢を崩したものの、ステップを踏んで素早く体勢を整える。
対して相手のマギマキカは走るために重心が傾いていたことや衝突角度が関係し、衝撃をろくに殺すこともなく吹き飛んで、転がり込むように背中から転倒した。
金属のこすれる鈍い音と、重量物が床に落着する音が足に響く。
リュウは操縦桿を引き込み、両手を合わせるように回して訓練剣を逆手に持ち替えた。そうしながら踵でステップを踏み、ほとんど蹴るように押し込み、倒れこんだ相手機に駆け寄る。
相手の搭乗者は、金糸のような髪を乱して転倒の衝撃に大きな目を白黒とさせていた。
逆手の訓練剣をその操縦席目掛けて振り上げて、
耳をつんざくようなホイッスルの音。
同時にオレンジ色の光が弾けるように消えた。
敵機の胸部に走っていた青い光も、フィールドを区切る光も落とされる。
「そこまで。両者配置に戻れ」
教官が平坦な声で指示した。
リュウは詰めていた息をゆっくりと吐いた。集中と緊張をほぐす。
前屈みになっていた機体を起こし、訓練剣を収める。
視界の隅で回る光跡が藍色になって尾を引いていた。
開始時のラインに合わせて機体を立たせる。
目を向けると、相手も同様に配置に戻るところだった。
リュウは操縦桿から手を離し、肩の上にあるレバーを引き込む。
ガチリという音と共に胸部装甲のロックが外れ、ゆっくりと持ち上がっていく。同時に浮き上がるフットペダルに押し上げられるように足を上げて、マギマキカから飛び降りた。
「よし。では、二人は戻って待機していろ。次、ジェリウェント・リカック!」
教官は表情を動かすこともなく、次の生徒の名前を呼ぶ。
こうして一通り全員マギマキカを動かすことが今回の講義の目的だ。講義というより、教官陣による確認という意味合いが強い。
次の生徒とすれ違い、見学している一団に合流する。
出迎えるように二つの人影が前に出た。
小柄な方が濃紺の髪を弾ませる。その髪に溶け込むように隠れていた猫耳が突然わさりと左右に震える。
「リュウ、お見事だったね!」
「そりゃどうも」
素直に褒める猫耳少女シジマに、照れ隠しの苦笑を返してハイタッチを交わす。
彼女と一緒に出てきた人影は、服に隠されているが、全身が銀色をしていた。
鉄板を組み合わせただけのような顔に、表情を見て取ることは出来ない。代わりに、両目に当たる部分のライトで笑みのような目を灯す。
機巧人間カバネは、大げさなポーズを取ってリュウを讃える。
「やりましたな」
「おう。まあ、初回から張り切りすぎたかもしれないな」
リュウは苦笑して言う。
相手は女の子だというのに、一切の容赦なく戦ってしまった。驚きに見開かれた大きな瞳が頭にこびりついている。
少し、張り切りすぎたかもしれない。
するとカバネが、妙に嬉しそうな仕草でうなずいた。
「その様子だと、やはり知らないようですな」
「何が?」
答えつつ、ふと、二人の背後に並ぶクラスメイトたちが微妙な表情をしていることに気づいた。
ささやき声も交わされている。勇者だ、とか無謀だ、とか馬鹿だ、とか何を考えてるのか、とか。
相手は皇女なのに、とか。
「お前」
凛とした涼やかな声が背後からかけられた。
振り返る目の隅で、あからさまに顔を強張らせたり身を固くしている二人をさて置いて、とりあえず声の主を見る。
そこには先の模擬戦の相手であり、白に近い絹糸のような細い金髪を緩やかにウェーブさせた髪型と、大きな紫紺の瞳が目に付くがよく見ると小鼻がころりと可愛らしい、実は内心でやたら可愛くて綺麗だなでも背が少し低すぎるよな、などとこっそり寸評していたクラスメイトの女子であり、不確定ながら皇女であるという噂の女子がそこにいた。
「リュウヤ・オオギリだったか。見事な戦い方だった、完敗だ」
彼女は聖女のようなやわらかい笑顔を浮かべて、リュウを見ている。
はははと笑うリュウの頬はまさかもしやと固まって、自然とは程遠い笑顔だった。褒められていることすら気づけない心理状況である。
ぎこちなく口を動かして声をかける。
「あの、き、君の名前は?」
ただのクラスメイトであってほしい、やんごとないお方でなければいい、と言う願いが透けて出た二人称で名前を尋ねる。
彼女は特に気を害した様子も、それどころか意識する様子もなく、さらりと笑顔で応えた。
「私はセフィリア・ニースヘルン。これからよろしくな」
この国は、ニースヘリア王国である。
リュウは笑いながら涙した。
その背後では、耳を伏せた少女と銀色の男が、両手を合わせて黙祷を捧げていた。
ギルゼーレン統一公国などの大国を擁する、エルアルファス大陸。
海と山に囲まれる魔導と豊穣の国、ニースヘリア王国が一角にエルニース王立軍学校はある。
高度に発展した情報技術と洗練された魔導技術、潤沢な魔導資源に王国は恵まれていた。
結果、富める国の必定として、規模より練度、数より能力を重視した軍制が敷かれている。
高度な技術を用いるマギマキカの重用もその一環だ。
その搭乗者……つまり、特科魔導機甲部隊の士官候補生が、春も迎えんとするこの日、新たに軍学校の仲間入りをしたのである。
拙作に目を通していただきありがとうございます。
あとがき案内役は私ギシカノレムが担当させていただきます。名乗りはしましたが、本編に登場予定のない説明専用キャラです。
というワケでこのスペースを借りて用語説明をしたいと思います。ここなら現代の物に喩え放題なので説明が楽でしょうから。
なお、ここでなされた説明は本編ではなかったことにされているので、必要であれば改めて記述される予定となっております。
後書きは読まない派の彼も世界観説明はキライ派の彼女も安心な設計です。
最初のお題は、妖精にしましょうか。
端的に言うならば、妖精はコンピュータのことです。CPUやメモリやプログラムなどなど、演算に必要なものは一通り単体で備えています。
情報を処理するために取り付けてあるモノですね。
では機械なのかといえば、答えはノー。
半導体は発見されていませんし、あったとしても電算装置として利用しようとは思わないはずです。なぜならこちらの世界には妖精がすでに存在しているのですから。
ですので、世界に妖精は至って普遍的な存在と言えます。パソコンにも携帯にも炊飯器にもテレビにだって取りついているようなものですから。日常生活に欠かせない、大事な共存相手と言えるでしょう。
では、そもそも妖精とはなんなのか。
妖精とは便宜的な名称で、正体は精霊。彼らの特性をうまく利用して活用しているのです。
そもそも精霊とはどんなもので、どのような特性をどんなふうに利用しているのかは、別の機会に譲るとしましょう。
今回は短めに、この辺りで失礼いたします。
なお、このスペースの方針としましては、日常生活から国土気候、昔話や伝説、さらには専門用語やこの世界の物理などジャンルを問わず説明していきたいと思います。
さて、今回、皇女を模擬戦とはいえ討ち取ってしまったリュウ。
彼の今後の学校生活はどうなるのでしょう?