真面目に異世界転生をしていたんですよ。
あまり人間だったことの記憶は覚えていないが、たしか異世界転生という設定が流行っていたことがあった。現代の人間が異世界で赤ん坊として生まれ変わり人生をやり直すという、後悔の降り積もったいい大人には甘美な設定だった。
果たして生前の私がそういったものを好んでいたかどうかはわからないが、とにかく異世界転生とは夢のあるものだった気がするのだ。なんというか、そう。人生におけるやり直し、より瑕疵のない、完璧な生き方の模索。
決して、こういう異世界転生ではなかった気がする。
やり直しというならば、やはり人から人への転生が前提条件だろう、と私は自らの羽毛に首を埋めながら過去へ思いを馳せた。
(・・・こんなリアルな輪廻転生を繰り返すこととなろうとは)
昆虫としての意識があったのは一瞬であった。
動物やモンスターはだいたいどの種類でもレベルアップしたような感覚を感じた時に少しずつ自我を得る。
ドラゴンになったときはかなりはっきりと自我と意識があった。
人間の頃よりもよほど頭が回り、世界のルールのようなものを無意識に取り入れていた気がする。
意外だったのはタコになったとき、あの時は常に海にいたのであそこが異世界なのか人間の頃と同じ世界なのかは判断つかなかったが、タコの時はドラゴン以上に頭の回転が速かった気がする。ただ非常に短命であった。短命であるのにあれだけの思考能力が備わっているのは不思議であるし、群れで暮らしていないのも謎だ。あの時はとても寂しいという感情が機能していた。
「ぴちちちち」
下手くそな鳴き声だ。私は、どれ手本を見せてやろうと美しく鳴いてやった。すると対抗するように遠くからさらに伸びのいい鳴き声が聞こえてくる。アレンジを掛けてきやがったか、この低音は我らイソカララではないな。別の鳥だ、物真似好きのオウムか、縄張り争いを混乱させるのが好きなハクザンか。
「ぴちち」
軽やかな鳴き声、巣穴から顔を出したメスのイソカララは我がパートナー。
今日も羽が美しい。美しいのはその羽だけでない。魂もきらきらとしていて、美しかった。
小鳥相応の小さな小さな魂だが、その光度は他の追随を許さない。私の求愛を受けてくれた時は文字通り飛び上がるほどに嬉しかった。
魂が見えるようになったのは、今生からだった。
前世はなんと初めての植物であった。それも木。
自我が目覚めたのはかなり大きくなってからで、気を抜けば数十年が経っていた。ただの森だったのが次に目を覚ますと街になっていて、自分にはしめ縄がまかれていた。
その時はっきりと周囲に見えるものが変わった。美しいオーラのようなものが見えるようになった。魂や、オーブ、精霊のようなもの。
世界は美しいのではないかと感じた。
だが現実はそんな私をすぐ裏切る。次に目を覚ました時には周辺が焼け野原になっていた。
私も焼けていて、枝も折れていた。
辺りを見回せば大きな音。焼夷弾か、と上空を飛び回る飛行機に気づいた。近代兵器があるとは思わず、この世界はどういった世界だったのか、死に際になって気になった次第だ。
そして、今生は小鳥。再び小さい命となったが、前世に引き続いて視界は美しいオーラが見える。自我の発露も早い段階でなされ、私は自らの魂の位が少し上がったのではないかと考えた。数えられぬほど生死を繰り返した甲斐があるというものだ。
ぱんっという軽い銃声とともに羽と血が飛び散った。
思考が止まる。寄り添っていたはずの我がパートナーは地面に落ちた。
「そんなちっさい鳥食えませんよ」
「お前馬鹿だなぁ、イソカララって絶滅危惧種だから剥製が高く売れるんだよ」
「ぴちち」
猟銃を持った男二人組が、どうすればいいかわからぬまま、殺すぞお前らという心構えで彼らの顔面にとびかかった。だが所詮はただの小鳥。手で払われて、地面に落ちた。ばたばたと無意味に翼を動かすだけになった私は、もう一体剥製が作れるぞ、という言葉を最期に意識を飛ばした。
「・・・ふむ、今か」
そんなつまらない前世を思い出した。
ちょうど聖人とかいう冠を貰った瞬間だ。なんだその称号とも思った。
普通死んでからその行いが聖人に値するかで聖書になったり教会で認定されたり銅像になるものだと思うのだが、この世界では聖女と聖人が職業として存在している。生きた人間であり、基準は魔法の属性とその出自や行い、政治的な配慮、さまざまな要因で決まるらしい。
私は教会でうやうやしく聖人の飾りらしきものを受け取って下がった。よく見ると大きな水晶を中心にしたループタイだった。憲章とかではないのか、と少し落ち込む。
隣にいた少女が前に出て、先ほどの私と同じように宣誓のような言葉を告げていた。私はきらきらとオーラの輝くループネクタイを手に、ぼんやりとした。
一気に数々の転生した記憶が思い出されて思考が追い付いていなかった。
私は今どんな姿をしていて、今生はどんな生き物なのかを考えるのに忙しい。
手足は二本ずつあるし視界に入った髪肩を超す薄い茶色。爪はない。皮膚は柔らかく、身体は細く長い。触手のようなものはなく、考える脳みそもドラゴンほどではないがあるようだ。肺呼吸。毒袋はない。黒い神父のような恰好をしていて、とまで考えた。
「・・・いや、人間だな私」
人間社会の一員で、聖人という称号を拝受した。そんな事態を把握して、私は一人で納得した。隣で緊張から解放されたらしい聖女になった少女が怪訝そうに私を一瞥した。
「あの、えっと・・・エーテルさん?」
「はい、テレス・エーテルです。マル村のジェニー」
「知ってくれてたの?嬉しい、私もエーテルさんのお話聞いたことあります!」
少女は少女らしく飛び跳ねて喜んだ。苗字もない平民だ、敬語も礼儀も気にする方が狭量だろう。私のほうが、背が高いので威圧的にならぬようできるだけ優しく、そうですかと返事をした。
「冷徹な鉄仮面エーテル、虫一匹殺さぬ祈りの人って!」
「・・・噂の誇張を感じます」
人間が久々すぎて笑顔の作り方が解らないだけである。死んだら次はこの虫にでも生まれ変わっているかもな、と思うと殺さないように気を付けてしまうだけである。祈るのは聖職者としての体裁が必要な時だけである。
「私なんて平民なのに聖属性魔法があるってだけで聖女だー!って連れてこられちゃったから、すごーいって思ったんです!」
ジェニーは甲高い声で妙に褒めそやした。私は自分が高尚な人間だとは思っていないため背筋がこそばゆく、眉間に皺が寄った。
「みな、伝説の聖女マリアンヌを彷彿したのでしょう」
「聖女マリアンヌ!絵本でみました!勇者さまと結婚した聖女さまですよね?凄く美人で、魔女クリスティをやっつけたって」
「そうです、聖女マリアンヌの伝記を読みたければ学園の図書館を訪ねると良いでしょう」
ジェニーは平民で学がないために聖女教育も含めて学園へ送られると聞いている。私はもう大人で長らく教会に勤めているため、このままだろう。各教会へ赴き説法と聖魔法を披露することになるはずだ。巡礼のようなものだろう。
そうなればこのはしゃぎ倒す少女と再会するのは随分先となるだろう。なんなら彼女が学園を卒業するまで会うことはなさそうだ。
聖人と聖女、同期のようなものだが年齢も違うしジェニーのことは幼い子供のようにしか思えなかった。聖女教育ってなに?学園ってどんなとこ?なんていう無邪気な質問も返答してやるのが年上としての義務だろう。淡々と知っていることだけを教えてやる。
それは教会の廊下を歩き終え、門に立っていた警備の人間へ挨拶をするまで続いた。
「テレスさん、またねー!」
授与されたループネクタイをさっそくつけて、ぶんぶん腕を振ってくるジェニーに私は戸惑いを覚えながらも手を振り返した。果たして彼女は貴族だらけの学園でやっていけるのだろうか。
そう心配に思えど、だからといって何かできるわけでもない。
男女であるということも、年齢が違うということも大きい。彼女が順調に聖女として活躍することを願うばかりであった。そんな風に心の中で祈りながら、二度と会うこともないだろうと思っていた。
それは半年もしない内に覆された。
「魔女が学園に?」
「学園での噂程度の話ではありますが・・・第一王子が討伐の陳情をしたとのことで」
「噂なのに討伐?何が起こっている」
「エーテル様のお耳に入れるのもはばかれますが、その・・・」
言いよどむ神父に私はため息をついて聖魔法の出力を上げた。光り輝く右手を振ればレーザーのように伸び、魔物の卵を破壊した。間抜けな姿だと自分を客観視するのだが、どうやら周囲には神々しき姿に思えるらしい。私にとっては雑な害虫駆除の光景だが、御付きの神父たちは感嘆の声を上げている。魔物には転生したくないものだ。
「おお、素晴らしい威力。流石生きた聖なる十傑」
「なんと美しい、エーテル様のおかげでこの世界の希望でございまする」
「御託は良い、先ほどの報告の詳細を」
破壊された魔物の卵は殻を集める作業がある。それを他のものに任せ、私は馬車へ戻って報告の続きを聞いた。言いよどんでいた神父は馬車の中でも声を小さくして学園の魔女とやらを話した。
「学園の魔女とは、第一王子の婚約者様のことらしいのです」
「・・・ふむ」
「淫猥なる魔女が男どもをたぶらかして王家を狙っているのだと、第一王子が婚約者さまを糾弾しまして・・・第一王子派の貴族たちまで揃って王へ討伐の嘆願を」
「真偽は置いておくが、今の学園には聖女がいるだろう」
「ええ、その聖女ジェニー様が言い出したのでございます」
頭が痛そうに神父は汗を拭った。貴族たちの政治闘争かもしれない出来事に教会がしっかりと関わってしまったか。何をしてくれているんだ聖女、と私も天を仰いだ。馬車の天井しかない。
ため息とともに、教皇様は、と短く尋ねれば神父は眉間に皺を寄せて言った。
「関わるつもりはないそうですが、念のためエーテル様に魔女かどうかの確認を」
「・・・仔細把握した。馬車を学園へ」
「承知いたしました。ジェニー様についての情報は必要でしょうか」
「あぁ、持っている情報はくれ」
馬車は学園へと向かい、その間に神父は現状上がってきている報告を話してくれた。いわく第一王子と婚約者の仲はそもそも悪く、第一王子の浮気は度々王家にも忠告がいっていたらしい。第二王子が入学したら学園内政治のバランスが崩れるのでは、なんて懸念もされていた中で聖女が入学。
庶民出身の聖女ということで多少礼儀を欠いていても許されていたが第一王子と第二王子の両方と接触、他有力貴族の男子にも不用意に距離が近いとのことで苦言を呈された。当たり前である。だがそんな常識は知らぬとばかりに態度は改まらず、むしろ忠告した第一王子の婚約者を魔女と言いふらして教会の威光を仄めかすらしい。
「・・・入学前の教育係は?」
「・・・その、調査中です」
苦々しい表情のまま口を濁す姿に、十中八九第一王子派の人間だったのだろう。私は心底面倒くさい気持ちのまま黙っていた。
肌寒さを感じて外を見れば日が暮れかけている。気を使った神父が馬車内のランプに炎をつけてくれた。魔法で燃え移らぬように固定化させる手慣れた姿に神父が優秀な学園卒の人間であることを思い出す。
「学園では月に一度パーティがあったな」
「ええ、社交デビューの練習もかねて・・・」
「それは、いつだ」
「毎月20日の日に・・・あ」
神父も思い当たったのだろう。学園は今夜パーティのはずだ。お互いに顔を見合わせてなんとも言い難い沈黙が落ちた。嫌な予感しかしない。
私は聖女以外と会ったことはないし、その聖女とも授与式で顔を知った程度。
今回の仕事も聖女が魔女であると言い張っている王子の婚約者が本当に魔女か確認に行くだけだ。件の女性と面会をして魔女でないと判定を出せば話は終わりのはずだが、それはこれ以上聖女が何もしなければ、という話。
「・・・御者よ、少し急げるか」
「へいっ」
馬を鞭うつ音とともに、馬車がぐんと速くなるのを身体で感じた。
◆
「サラ、貴様が魔女であることは聖女ジェニーにより証明されている!」
社交ごっこともいえる学園のパーティだが、そこに参加しているのは次世代の貴族たち、練習と称していようが将来的なつながりとなるに決まっている。故にこれらを疎かにするようなものはおらず、しっかりとパートナーを連れて、王宮同様のマナーで過ごしていた。
周囲がざわついたのは、公爵令嬢たるサラが婚約者である第一王子を連れずに入場してきたときだろうか。扇子で口元を隠し、目を逸らす、そんな女子たちがほとんどだった。男子も下手に声をかければ大やけどを負うだろうと彼女を一瞥するにとどめた。
そんな針の筵の状態でも、サラは背筋をまっすぐに伸ばして高潔さが見えていた。そんなさなかに突然現れた第一王子と聖女、そしてその後ろに引き連れられた取り巻きの貴族たち。
「証明?一体何を根拠に」
「今言っただろう、聖女の証言だ」
「・・・聖女ジェニーの発言に信憑性はありませんし教会の担保にもなりませんわ」
どれだけ貴方がここで大声で叫んでもね、とサラが第一王子の無礼さに呆れかえって言うと、引き合いに出されている聖女ジェニーが一歩前に出た。
その姿は聖女としてこの場には相応しくない美しいドレスをまとっていて、サラの眉が跳ね上がった。その衣装を自前で用意できるはずがない。ジェニーは質素倹約を掲げる教会所属なのである。最低限の金しか支給されていないはずだ。そんな平民出身者のためにこのパーティは制服での出席も可能。男子など特に面倒くさがって制服のままが多数派なのだ。
つまり本来必要でもないそのドレスを提供したのは第一王子、ひいては国民の税金であろう。
「サラ様、私あなたがどんどん邪悪な魔力をまとっていくのが辛くって・・・!」
「何を言ってるんです?魔力に善悪など・・・きゃあっ」
ジェニーが突然腕を振り上げたと思えばその手には薬瓶があり、蓋が空いていた。頭から中身を被ることとなり、サラは悲鳴を上げる。あまりの暴挙に呆気にとられた周囲は、責めるようにジェニーを見た。
「安心してくれ、ジェニーがかけたのは聖水!」
「これで苦しむのは魔女である証拠よ!」
一方的な宣言をして二人は構えた。対峙する薬品が滴るサラは目の前がクラクラとして、全身の筋肉が妙に緊張するのがわかった。手足が勝手に痙攣して、立っていられない。無様は晒せないという一点だけで踏ん張ったが、身体の内側から爆発するような魔力に頭も内臓も無理やりかき混ぜられるようだった。
「あ、あぁがあああ!!!!」
「皆、離れて!魔女の暴走よ!」
サラを中心にして旋風が巻きあがり威圧的魔力が周囲へプレッシャーを与える。混乱で周囲が悲鳴をあげ、出入口へ一気に人が押し寄せる。パーティーを取り仕切っていた教師も予想外のことに何事か!と叫ぶが誰もその声にこたえることはない。
「いやああっいたいっいたい」
「皆、白魔法だ!剣にまとわせろ!」
サラの身体が膨張し巨大化していくのを見て第一王子が剣を持ち、取り巻きを鼓舞した。パーティで武器の類を持ち込むことなど通常ありえない。誰もが最初からこの絵を描いていたのだと察して恐怖した。
巨大化したサラはどす黒いスライムが目から溢れ、呑み込まれていく。その姿は醜悪に思えた。白魔法で攻撃されたことにより絶叫はあがるが傷口から黒いスライムが血液のようにあふれ出て、取り巻きの男を取り込んだ。肉の焼ける音と臭いが広がる。
「ああああ!王子!王子!」
「まさか、おいっお前ら撃て!一番強い白魔法を!」
「む、無理です!いくら撃っても呑み込まれます!」
仲間が黒いスライムに完全に飲み込まれて姿を消し、取り乱した王子と取り巻きが焦って魔法を放つが、スライムが波打つだけで効果がわからない。予想外のことに王子は婚約者の原型をとどめていないスライムを見上げて這い上がるような恐怖を自覚した。
「ジェニー!ジェニー!聖魔法で攻撃しろ!」
震えた声で叫んだ。
「な、なんで?!私まだ聖魔法使えない・・・!」
「聖女なのに使えないだと?!おかしいだろうそんなの!」
「わ、私一年生なのよ?!当たり前じゃん!」
空の薬瓶を抱えたまま、ジェニーは出入口へ走って逃げようとする。王子は逃げるな!と叫んだが、触手のようになったスライムに薙ぎ飛ばされた。ジェニーは悲鳴とともに閉まってしまった扉をこじ開けて、何かにぶつかった。
「何?!ど、どいて!」
「・・・これは、一体」
「て、テレスさん?!あぁよかった!魔女がっ魔女が!」
ぶつかった人間を見上げれば額に汗を浮かべた麗人、それが聖人テレス・エーテルであることにジェニーは安堵の笑みを浮かべ、必死に助けを求めた。そんな彼女をテレスは一瞥だけして、押しのけた。
「神父!聖魔法五番で補助しろ」
「はっ五番マリアンヌの息吹!」
「聖魔法十三番ヤハウェの感謝!」
放った魔法にスライムは絶叫した。たった今到着したテレスは、あれはなんだ?!と腰を抜かして座り込んでしまったジェニーをみた。
「あ、あれは・・・魔女なの」
「魔女があんな・・・いや、まさかライトン公爵令嬢か?!」
テレスの顔は引き攣り、神父へすぐに攻撃を止めさせた。
「結界魔法でとどめられるか?!」
「いけます!ですが、あまりモチませんよ・・・」
あの巨体をわずかであれ抑止できるならば、彼は優秀だ。テレスは自分より少し若い神父に感心した。
ジェニーへ向き直れば、彼女は肩をそびやかして過剰に怯えた。まるで自分が被害者だといわんばかりの姿で、テレスは少しの苛立ちを覚えた。
「この薬瓶、魔力増強剤の香りがするな」
「うそ、ちが・・・!それは聖水だって王子が!」
「聖水?そんなものを盆暗王子が持ってるわけないだろう」
「わ、私知らない」
視線を逸らして縮こまろうとするジェニーに、テレスは目を眇めた。
彼の視界に映る彼女の魂は、煤けていて思春期にありがちな汚れ方だ。授与式であった時は幼い子供のような純真無垢な魂だったが、そういった魂は良くも悪くも染まりやすいということだろう。
「他には何かしたのか」
「何も!何もしてないわ!暴走した彼女を討伐すれば私は王子と結婚できるって言われただけなのに!」
「愚かな・・・!」
睨みつけられたジェニーは涙目になって黙り込んだ。
「エーテル様!結界が限界です!」
「よくやった、ただの魔力暴走ならなんとかなる」
本当は殺すのが一番楽だが、と思いながらも結界が解除された瞬間に爆発するように噴出する。その魔力の塊ともいえるスライムはひどい熱を放っていた。触れた瞬間にじゅわっと火傷するのがわかる。ジェニーが熱いっと悲鳴を上げて顔を覆った。
「エーテル様!回復魔法をっ」
「自分にかけろ。私はいい」
神父は気が利くことに、溶岩のごとく広がるスライムで焼け死なぬように転がる生徒たちに結界を張っていた。その中には気絶している教師や護衛もいる。
テレスは火傷をそのままに、湯気を上げ続ける魔力暴走を起こしているサラ・ライトンを注視する。最早人の形はしていないが、果たしてあのスライムの中で人間は生きているのか、と冷や汗が伝う。
テレスが腕を一振りすれば、どろどろとしたスライムが先から固まり、輝きを発して蒸発していく。
「聖魔法と冷却魔法を重ね掛け・・・!なんと繊細な」
「まとめて全て浄化する、反動があるかもしれんから結界を強めろ」
神父は既に限界だろうに、はいっと返事をしてくれた。それを信用してテレスもスライムの浄化に入った。
この黒いスライムは全て増幅されたサラの魔力。サラ自身は魔力が枯渇状態になり死んでいても不思議ではない。可能な限り浄化と同時に彼女へ魔力還元をするが、サラは元々魔力が多い人間だったのだろう。コントロールが難しい、とテレスは舌打ちをした。
「・・・人の姿が!」
あふれ出ていたスライムが浄化され、中心に小さいものが残った。そのスライムが形をぼこんと変えて人間がむき出しになる。神父は魔法に集中して動けないテレスに変わって駆け寄り、その裸体を引きずり出して上着をかけ、脈を確認した。
テレスは最後までしっかり浄化した後、二人へ近づき両者へ体力回復の魔法をかける。
「あ、すみません。ありがとうございます。彼女も大丈夫そうです」
「見る限り魔力値も正常そうだ、魂も傷ついていない」
魂はむしろ、輝かしいほどで・・・。
(いや、というかこの魂・・・)
「やめろ!触るなっ」
怒声が聞こえて振り返れば、そこには第一王子が護衛たちの手出しを拒否している。腕を振り回して無様に暴れているが、護衛側も躊躇が見えた。テレスは一息ついて声をかけた。
「はやく取り押さえろ。そいつは反乱罪で処刑される、逃がすことも罪だ」
「き、貴様!どういう了見だ!」
第一王子は顔を真っ赤にしてテレスへ食って掛かろうとしたが、そんな彼を矜持を取り戻したらしい護衛がすぐに取り押さえた。数名で王子を床へ押し付け、拘束魔法をかけた。手際の良さに、テレスは満足そうに頷き聖女ジェニーのことも拘束していいことを許可した。素早く確保する。
「公爵令嬢を魔力増強剤で無理やり暴走させ、それを討伐するという自作自演。それに教会の聖女を含む学園生徒たちを巻き込む・・・これがテロでないはずがない。私は私の見たことを証言しよう、責任者は?」
「学園長はもう間もなく到着です。王宮の使者も大至急こちらへ向かうとのことです」
「そうか、このままご令嬢を放置はできん。サラ・ライトンは被害者として保健室へ。もう暴走はない。後遺症でしばらく魔力は練れんかもしれんが」
「承知いたしました、公爵への連絡も手配済みです」
「くれぐれも、本件により造反の意志が教会にはないことを明確に頼む」
ぼろぼろながらきっちり背筋を伸ばした初老の男性がてきぱき返事をしてくれた。指示も的確であるし、おそらくは教師であろう。
「嘘よ、違うの、私は聖女なの!」
王子が引きずり出されていったのを横目に、騒ぎ出した女の声。学園の護衛は男性ばかりであり、女性を拘束するのに抵抗があるらしい。ましてや肩書は聖女。仕方ない、とテレスは大股で近づき、素早く魔法で拘束した。
「君はもう聖女ではない」
「テレスさん!冗談を言わないで!」
「見たまえ、君のループネクタイの水晶を。濁りきっているだろう」
「なに、を・・・」
ジェニーがハッとループネクタイの留め具に触れ、黒ずんだ水晶がぽろぽろと崩れていくのを皆が見た。嘘、嫌、何で、そんな言葉を繰り返すが、その度に欠けていき完全になくなってしまった。誰もが聖女の資格を失ったのだろうと理解した。
「君の魂の美しさは磨かれたものではなかった。空っぽである純粋さだった」
どうしてそれほどに汚れてしまったのかは分からない。だがその汚れを払拭する機会はあっただろうと思う。学園とはそういう場所だからだ。
「残念だよ」
テレスはジェニーの絶叫を背にその場を去った。
◆
「聖女の不在のあおりを受け多忙だというのに、また学園へ行くのですかエーテル様!」
「何、仮にも聖女が迷惑をかけたのだから誠意だ、誠意。お前も来い」
神父は不満そうにしつつも、呆れた顔をしてついてきた。
第一王子が婚約者たる公爵令嬢を殺そうとしたこと、その過程で聖女を騙し、聖女の資格を喪失させたこと、国の権威を象徴する学園で数多の貴族を危険にさらしたことなどあらゆる罪状で極刑となり、元聖女ジェニーも現在裁判を受けている途中。
教会は極めて従順な態度でジェニーを差し出したし、むしろ王家の尻ぬぐいともいえる後始末をテレスが担ったこと、被害者サラの命を助けたことにより立場が悪くなることはなかった。
ただ学園へは事情聴取や現場の浄化作業などで何度か通っている。
「守衛が言うにはサラ殿は中庭らしいですよ」
呆れたような顔をして神父はそう言った。咎めるような態度のくせになんだかんだテレスの助力をしてくれる。気を遣って学園長のもとへ行ってきます、とテレスから離れていくレベルだった。従者にしてよかった、とテレスは満足そうに笑った。
「サラ殿、御加減はいかがです」
「エーテル聖」
「テレスで結構ですよ」
「いいえ、いけません。私は罪人も同じ」
「・・・貴方に非がないことは誰もが証言しましたよ」
テレスがそう言っても、サラは無言で首を振った。
彼女は第一王子を間違った道から引きずり戻せなかったのは自分の力量不足だったと思っている。自責の念で押しつぶされそうであるのに、それでも背筋を伸ばして学園へ通っている。気高い、とテレスは彼女の頬へ手を伸ばした。
「サラ、君の魂はいっとう美しい」
「・・・魂?」
サラは首を傾げてテレスを見つめた。こんなにも美しい魂をしているのに、彼女は第一王子の元婚約者として疵物扱いを受けており、次の嫁ぎ先も決まる予定はないらしい。ならば自分が手をあげてもいいのではないだろうか。
よく人に転生してくれた、テレスは戸惑うサラにそう言った。
「私が愛した小鳥、今生でも求愛を受け入れてくれるかい?」
END




