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夢の案内人







 昔々あるところに、ひとりの魔法使いがおりました。彼は万人を救う力を持っており、困っている色んな種族をその魔法で救いました。

 

 ある時は歌う場所が欲しいと言う狼の希望を現実にし、ある時はカッコイイ角になりたいと言う鬼の夢を叶えました。またある時は作物が育たなくて困ったと言う農民の願いを解決し、人々の為にこんな物を作りたいと言う少年に道具を与えたのです。やがてその魔法使いは民衆に『夢の案内人』と呼ばれるようになりました。

 そんな魔法使いは、ある日怪我をしたひとりの武士に出会います。彼は山での修行中に山から落ち、なんと膝に傷を作っていたのです。


「やぁ、大丈夫? 僕は魔法使いなんだ、みんなの夢を叶えて回っている。君の怪我も治せるよ」

 

 すると武士はその提案を拒み、別の提案をしました。

 

(おれ)の夢は怪我の回復ではありません。貴方と共に、誰かの夢を叶える手助けをしたいのです」


 少し驚いた魔法使いは笑いながら承諾し、魔法使いのひとり旅は武士とのふたり旅になったのです。


「こんにちは。君は何をしているの?」

「良ければ我々に教えて下さい」


 2人の目の前に現れたのは、小さな妖怪『(さとり)』でした。彼女は人の心を読めるけれど、その事に苦しんでいたのです。


(わたくし)は誰の心も知りたくありません、もう誰かの悲しい言葉を聞きたくない……こんな私は捨てたいのです。案内人様、どうか夢へとお導き下さい」


 涙を零す覚に、魔法使いと武士は顔を見合せました。そして魔法使いは優しく微笑みます。きょとんとした彼女に、武士は言葉を投げかけました。


「今まで、大変な苦労をなさったのですね。それでも腐らず生きてきたのだから、貴女はとても立派な方だ。どうか自信をお持ち下さい」

「武士様……」

「君の夢を必ず叶えてみせましょう。僕は、夢を叶える魔法使いですから」

「はい、はいっ!」


 魔法使いは、とても美しい魔法の力で彼女の『覚の力』の聞こえ方を変えました。それは、自分の望むポジティブな気持ちばかりが流れ込んでくる力。彼女にとってそれは、極上に幸せな事だったのです。


「あぁ、案内人様……どうして分かったのですか。(わたくし)が皆の嬉しい気持ちを聞く事が好きだったと……」

「君は覚妖怪として生まれてきたのだから、心を読む事に絶望しても、同時に幸せも感じてたはず。僕はその気持ちを汲み取っただけだよ」

「……っありがとうございます……私、誰かのお手伝いをした時の心からの〝感謝の気持ち〟が愛おしくて、それが無くなるのも辛くて……だから、悲しい言葉が聞こえなくなって、安心して……」

「泣かないで。可愛いお顔がくしゃくしゃになってしまうよ」


 ハンカチを渡す魔法使いに、覚は言いました。おふたりの心は最初からずっと優しくて暖かかった。(わたくし)もそんな風になりたい。だから私も、おふたりの仲間にして下さい――と。

 こうして魔法使いと武士のふたり旅は、さんにん旅へと変わったのです。


 ある日3人は、苦しそうにする(ばく)と言う妖怪に出会いました。彼は悪夢を食べすぎて、体調を悪くしていたのです。


「まぁ大変、とても体調が悪そうです!」

「今すぐ治そう。君、しっかりして」

「……わぁすごい。本物の〝案内人〟さんだぁ」


 しかし、体調が治るように魔法をかけても一方に良くなりません。どうやら彼は、眠りについた者の素敵な夢を食べないと回復しないようなのです。うーんと3人で考え込むと、ふと武士が言いました。


「それなら、我々の夢を見て頂きましょう。もしかしたら、今より体が軽くなるやもしれません」


 武士の言葉に魔法使いと覚はすぐに同意し、その夜はみんな同じお部屋で眠りにつきました。そして翌日に目を覚ましてみると、獏はうきうきとした表情でとても元気そうにしていたのです。


「本当にありがとうございました! 皆さんのおかげで、とても元気になれました」

「良かったわ、昨日とは全然違って本当に元気そうね」

「はい! 特に覚さんの夢はとっても美味しかったです……あの(けず)()にかけられた甘葛(あまずら)は格別で……」

「君、本当に美味しい物を食べているじゃないか」

「ちなみに武士さんの夢は、ずっと体を鍛えていました」

「あら、それはとても武士様らしい夢だわ!」

「……ちょっと複雑な気分ですね」


 みんなでひとしきり笑った後、獏は静かにこう言いました。案内人さんの夢は淡白で、願いのかけらも見えない。何の夢も見ていなかった――と。

 

 後に獏も御恩を感じて仲間になります。さんにん旅はおめでたい事に、よにん旅になったのです。

 それからはみんなで色々な場所へ赴いては夢の案内をし、数々の人や妖怪を救いました。けれど、何度も何度も誰かの夢に触れる度に、魔法使いの心は歪んで行きました。自分の夢が何も無い事に気付いてしまったのです。

 そして、魔法使いの変化をいち早く感じ取ったのは、他の誰でもない武士でした。そんなある日、木の下でひとり座り街を見る魔法使いに、武士は手を差し伸べ問いかけます。


「貴方は誰かの願いを叶えるばかりで、自分の願いには見向きもしない。貴方の夢は、何ですか?」


 その問いに、魔法使いは顔を(うつむ)かせました。

 

「……僕には、何の夢もない。みんなは素敵な夢を持ち、願いを持ち、救いを求めるために努力をしている。僕はただ、魔法が使えると言うだけで人の為に使っているけれど、結局自分の願い事ではないんだ。〝夢の案内人〟なんて大層な呼び方をされるのに、僕の中身は空っぽなのさ」


 木陰の中に顔を落とす魔法使い。らしくないような言葉を並べる彼に、武士は伸ばしていた手で彼の腕を掴むと、引っ張りあげて木陰からすくい上げました。

 そして、今まで誰にも話さなかった〝魔法使いの旅に同行したい理由〟を話し始めたのです。


「俺の夢は、貴方と……皆と共に、楽しく旅をすることです。憧れであり尊敬もしている、貴方の隣で一緒に」

「あこがれ……?」

「えぇ。俺は武士ですが、幼き頃は魔法に憧れました。でも、私はただの人間……魔法使いにはなれません。それでも武士として生きながら、魔法は俺にとって憧れの存在で居続けていたのです。そんな中、貴方の話を聞きました」


 いつも真面目な表情をしていた武士は、初めて表情を崩しました。心からの笑顔を、魔法使いに見せたのです。


「貴方は俺の夢そのもので、理想だった。でも、実際に出会った貴方は理想とは程遠かった……適当で、軽くて、それでいて面白くて……誰にでもめいいっぱいの優しさと愛情を持っていました。貴方が導く〝夢の案内〟は、いつだって俺も救ってくれた。みんなが嬉しそうに笑う度、凍りついていた心が暖かく溶けたのです」

「……」

「だから、俺はこれからも貴方と共にこの道を歩んで行きたい……そんな夢では、いけませんか?」


 武士にそう言われ、魔法使いは今までの事を思い返しました。最初はただ言葉通りの夢を叶えるだけの、淡白な旅。しかし、武士と出会い・覚を救い・獏を助けたその過程で、自分はかけがえのない宝物を得ていたのです。

 ひとりで居るより、ふたりの方が。それよりさんにん、よにんの方が。仲間が増えて導く人が増える度、魔法使いの心は満たされて幸せな気持ちになっていたこと。空っぽだと思っていた胸の中には、沢山の愛が溢れていたこと。それを、やっと自覚出来たのです。


 魔法使いは、手を引いた武士の手を固く握り返して言いました。


「僕は……僕も、同じ気持ちだよ! 今、気付いたんだ……これからも君と、みんなと一緒に仲良く旅をしたい。この幸せこそ、僕が手に入れたかった〝夢〟だ! 誰かに笑顔を咲かせる旅を続けて行きたい! でも、僕がこんな夢を持ってて、良いのかな……」


 しおらしく、少し涙を浮かべながら言う魔法使い。始めて見るその表情に、武士は笑顔で言いました。


「えぇ、もちろん!」


 すると、影で話を盗み聞きしていた覚と獏は、泣きながら魔法使いに抱きつきました。


「うぇぇぇん、ごめんなさい! 僕、案内人さんの気持ちに気付いてなかった! でも、一緒に旅したいって聞けて嬉しいよぉぉぉっ!」

「私も、私もですっ! これからも、よにんで一緒に旅をしましょう! 案内人様と、武士様と、獏くんのよにんで!」

「ふたりとも……うっ、ありがとう……」


 覚と獏は美味しい甘味を持ってきていて、よにんは甘味をみんなで一緒に食べました。大粒の涙を零しながら「美味しい」と呟く魔法使いを、3人は笑って背中をさすって。魔法使いよりも勢い良く泣いている覚と獏を、武士は目尻を少しだけ濡らしながら笑って見てました。心から愛おしい景色だと言わんばかりの表情で。

 〝夢の案内人〟である魔法使いの夢を見つけたのは、案内をした全ての誰かの夢と、かけがえのない仲間たち。たとえ心が陰ったとしても、仲間がどこまでも陽の方へ導いてくれる。夢へ導く魔法使いを導くのは、いつだって彼らだったのです。

 そうしてよにんは、いつまでもいつまでも――幸せな旅を続けましたとさ。



〝おしまい〟





 魔法世界・山梨県富丘町(とみおかちょう)の古話より ( 原典:平安光伝記 「夢導譚」(ゆめどうたん)をもとに現代語にて再話 )

 魔法学園 白朔(しらさく)中央図書館 編


 







 




 

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