第66話塔の崩れる日
第66話「塔の崩れる日」
名古屋・栄。
春の午前、風が吹き抜ける久屋大通の歩道は、復興を終えた街の象徴として賑わいを取り戻していた。
子供たちの笑い声。屋台の匂い。地元FM局のスピーカーから流れる軽快な音楽。そして、中央にはそびえ立つ**MIRAI TOWER(旧・名古屋テレビ塔)**。
その内部、最上階付近の制御区画。
一人の男が無言でケーブルを繋いでいた。
灰色の作業着。無表情。手には軍用規格の小型核バッテリーと、旧アキラ教製の「位相制御爆弾」。
> **「起動、残り15分。端末003の失敗を、無駄にはしない。」**
彼の脳裏には、先日諏訪湖で失われた「第七端末」の映像が浮かんでいた。
あの少年は“揺らいだ”。人としての心に引かれた。だが、次は違う。
**次は、“神の記憶”が勝つ。**
それを証明するために、この塔は倒れる必要があった。
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その頃、静岡・興津。
「……久屋大通で異常信号?」
タクヤが通信端末を見つめながら顔をしかめた。
佐藤が即座に横から覗き込む。
「ゼロ・コアのサブネットに似た信号パターン。名古屋の高周波塔が中継ノードにされてる可能性がある。」
「MIRAI TOWERか……!」
太田が立ち上がる。「やられるぞ。**あそこがやられたら、中部一帯の通信インフラがダウンする。** それに……栄の中心で爆発なんか起きたら……」
「火の海になる。」
タクヤの声が低くなる。
彼の脳裏には、五年前の“栄の毒ガス事件”の記憶がよみがえっていた。あの日、無実の罪で追われ、すべてを失った街。
だが今度は、守る側だ。
「行くぞ。今度こそ、終わらせる。」
タクヤは新幹線に乗り名古屋へ急行した
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午後3時12分。名古屋駅から地下鉄名城線に乗ったタクヤたちは、栄駅で地上に出た。
その瞬間――空が赤く染まった。
**MIRAI TOWERの中腹から、煙が上がっていた。**
「クソッ、もう始まってる!」
タクヤが駆け出す。背後に太田と佐藤。
現場では警察と消防がすでに封鎖線を張っていたが、混乱は止まらない。逃げ惑う群衆。飛び交うドローン。塔の中には、まだ避難できていない人々がいた。
「塔の構造、まだ持つか!?」
佐藤が即座に解析端末を開く。
「中枢に爆弾らしき熱源あり。**このままだと、次の爆破で塔全体が崩落する。**」
タクヤは息を飲んだ。
「時間は?」
「約6分。」
そのとき、塔の非常口から、一人の少女がふらつきながら現れた。
白い服。目は虚ろ。**首には、ゼロ・コア端末と同じ装置が埋め込まれていた。**
タクヤが駆け寄る。
「おい! お前、中に誰がいる!?」
少女は震える声で呟いた。
> 「……“父”が、神になろうとしてる……“この塔”が、その証明……」
「“器”……か。」
佐藤の顔が歪む。「ゼロ・コアのデータごと、塔を犠牲に自己進化させようとしてる。**都市全体を使った“再誕の儀式”だ。**」
タクヤは顔を上げ、決意の眼で塔を見上げた。
「俺が行く。」
「待て、制御室まで行くには爆心地を通るぞ!」太田が叫ぶ。
「間に合わなきゃ、意味がない!」
叫びと共に、タクヤはMIRAI TOWERの階段を駆け上がった。
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最上階に到達したとき、そこは異様な静けさに包まれていた。
瓦礫。赤い警告灯。煙。そして、中央に立つ一人の男。
「来たか。」
男は振り返る。40代後半。白髪混じりの長髪。
その瞳は、かつてのアキラを模した“人工神経網”特有の光を宿していた。
「お前は……誰だ?」
「第六端末にして、“神の鍵”の継承者。」
男は装置の前に立ち、両手を広げた。
「**終末の炎は、再生の光だ。人間の限界を、ここで超える。**」
タクヤは一歩も引かずに立ち向かった。
「それが、“アキラ教”のやり残しってわけか……!」
「我らは“やり残し”ではない。“始まり”なのだ。」
男が装置に触れた瞬間、塔全体が軋んだ。**振動。光。爆破まで、あと90秒。**
「お前の理想なんかで、人を巻き込むなッ!」
タクヤは飛び込む。男に拳を叩き込む。吹き飛ばされ、壁に激突しながらも立ち上がる。
そのとき、男の背後で制御装置が明滅した。
**佐藤の遠隔EMPが届いたのだ。**
> **「制御装置、ハッキング成功。自己爆破まで残り30秒。」**
だが、装置は停止しない。男は自らに接続ケーブルを突き刺していた。
「肉体が滅びても、**“意志”はデータとして残る。次に繋がる。**」
タクヤが叫ぶ。
「その“意志”が狂ってるって言ってんだよッ!!」
そして、爆心地へ向けて突撃。制御パネルにEMPモジュールを投げつけた。
**残り5秒。**
タクヤが男に覆いかぶさるように体当たり。
**閃光。衝撃。全てが白に染まった。**
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……
目覚めたとき、タクヤは崩れた瓦礫の中にいた。
酸っぱい匂い。割れたガラス。
だが……**塔は倒れていなかった。**
遠くで佐藤の声。「タクヤ! 生きてんのか!?」
「……ああ。なんとか、な。」
火の海となった一帯の消火作業が進む中、救助隊の中に、かすかに微笑む少女の姿があった。
首の端末は、もはや光を放っていなかった。
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数日後。
名古屋の夜は、静かに再建を始めていた。
MIRAI TOWERは半壊したが、基礎は残り、象徴としてその場に立ち続けていた。
タクヤは夜の塔を見上げて呟く。
「……まだ終わらない。だが、**一つの亡霊には、決着をつけた。**」
佐藤が隣で笑った。
「また来るぞ。奴らは“次の器”を探してる。」
「なら……俺たちも、“次の未来”を作りにいこう。」
そう言って、タクヤは歩き出した。
かつて神がいた塔を背にして。




