第65話諏訪の亡霊
第65話「諏訪の亡霊」
長野県・諏訪湖。
復興が遅れていたこの地域は、ゼロ・コアの信号源とされる地下構造物の存在によって、立ち入り制限区域に指定されていた。湖のほとりには、風に打たれて朽ちかけた旧観光ホテル群。その地下に、アキラ教の“未確認施設”が隠されている可能性が高いとされた。
夜明け前、タクヤたちは静かにその地へと降り立った。
防水コートをまとい、旧ホテルの裏側に設けられたメンテナンス口を探しながら、太田が呟いた。
「こいつは……本当に“残響”ってやつだな。死んだはずの亡霊が、まだ呻いてる。」
「呻きじゃ済まないよ。今のガキどもは“神の声”を聞いたって言ってるらしい。」
佐藤が持参したデバイスに、少女の音声ログが映し出された。
> 『……夢で聞いたの。“アキラさま”が言ったの。“お前は器だ、次の時代をつくれ”って。』
「洗脳、じゃねえ。**遺伝子記録か、神経記憶のバックアップ**を使ってる可能性がある。」
「つまり、アキラの“意識”が、どこかに残っている……?」
タクヤは黙っていた。
だが、確信していた。
**ゼロ・コアは“死んだ”。だが、“意志”は生き延びることができた。**
それが、「神」を模倣したアキラの計画の本質――**自我の再生**。
そのとき、太田が古びたドアをこじ開けた。
内部に伸びるのは、鉄製の階段。下層へ、深く、沈むように。
「……行くか。」
三人は、かつてのように背中を預け合いながら、無言で地下へと降りていった。
───
階下の空間は異様だった。
壁一面に描かれた記号。酸化しつつある金属の匂い。そして中央には、**“再起動装置”とラベルされた有機的なパネル**。
その前に、少年が立っていた。
15歳前後。白い服。首元に埋め込まれた光る装置。そして瞳は――どこか、アキラに似ていた。
「お前が、“新しい神”か?」
タクヤが言った。
少年は答えない。代わりに、口元だけでこう呟いた。
> **「再生は、止まらない。終末は、始まりだった。」**
タクヤは一歩踏み出し、銃ではなく、手のひらを差し出した。
「……それでも、俺はお前を止める。お前が“自分じゃない何か”になろうとしてるなら……止めてやるのが、大人の役目だ。」
少年の瞳が揺れた。
だが、その手を取るより先に、警報が鳴った。
**施設全体に反応があった。**
太田が叫ぶ。「おい、反応値が跳ね上がってる! 中央核に微弱な電磁波が!」
佐藤が背後から駆け寄る。
「タクヤ! このガキ、ゼロ・コアの“端末”だ! 本体がまだ動いてるかもしれねぇ!」
だが少年は微笑んだ。
> 「ゼロ・コアは死んだよ。でも、“僕の中にいる”。」
その瞬間、空間が震えた。
崩壊が始まる。
> **「実験体03、接続完了。人格同期開始――」**
太田が少年を抱きかかえて後退した。「間に合うか!?」
タクヤが叫んだ。「佐藤! 制御装置を止められるか!?」
「やってみる!」
佐藤が走りながら、端末を起動。
電磁同期を強制遮断するためのEMPチャージを装填。
カウントダウン。
**残り10秒。**
少年が、タクヤの腕を掴んだ。
「……わかんないんだ。本当に、僕なのか、“あの人”なのか……」
「大丈夫だ。**お前が選べるなら、お前は“人間”だ。**」
佐藤がEMP装置を起動。
強烈な閃光とともに、全施設の動力が沈黙した。
───
しばらくして。
少年は意識を保ったまま、目を覚ました。
「……俺の、名前……?」
「自分で決めな。今日から、お前は“お前”だ。」
その夜。
タクヤたちは、諏訪湖を後にした。
かつて神と呼ばれた男の“残響”は、確かに終わりを迎えた――はずだった。
しかしその背後。
廃墟の奥で、誰かが無線を受信していた。
> **「第七端末、回収失敗。次の“器”候補に移行する。」**
アキラ教は、まだ終わっていなかった。




