第55話逃亡
第55話:逃亡
名古屋・栄。繁華街のど真ん中で、突如として白煙が立ち込めた。
最初はガス漏れかと思われた。だが、数十秒後には咳き込む人々、目を押さえて倒れ込む通行人の姿が次々に確認される。
サイレンの音が鳴り響くよりも早く、SNSには「サリン」という単語が流れ始めていた。
そして――その混乱の中で、一枚の映像が拡散される。
**「サリン散布犯とされる“脱獄者グループ”」**
そこには舞木検査場から脱出したタクヤたちの姿が、はっきりと映っていた。
だが、それは明らかに合成されたフェイク映像。背景も時刻も不自然な編集だった。
「……やられたな。」
タクヤは、佐藤タクトのタブレットに表示されたニュース速報を見ながら呟いた。
「名古屋でのサリン事件、俺たちの仕業ってことにされた。これじゃ、ただのテロリスト扱いだ。」
「アキラ教の仕込みだな。証拠も報道も、全部操作済みだ。」佐藤の声は冷たく抑えられていた。
「早く動かないと、ここも危ない。」由紀子が荷物をまとめながら言う。
太田さんがすでに車を手配していた。
「名古屋から出る。もう地元の協力者にも頼れん。……東京に行こう。“氷川キャンプ場”なら、少しの間、身を隠せる。」
「キャンプ……?」由紀子が少し目を丸くした。
「奥多摩だ。東京の山奥。元は家族で行ってた場所でな、今はほとんど使われてない。誰にも知られてないし、通信も最低限。逆にちょうどいい。」
車は深夜、検査場裏の抜け道から音もなく発進した。
封鎖された街道、非常線をかいくぐり、旧道を使って名古屋を離れる。
バックミラーに映る市街地の灯りは、もはや彼らにとって敵の光だった。
───
東京・奥多摩。
日の出前、氷川キャンプ場の入口に、静かに車が止まった。
タクヤたちは深い山の空気を吸い込む。息が白く、空気が冷たい。
「ここが、俺たちの新しいアジトだ。」
キャンプ場は木造の小屋が数棟、川沿いに点在していた。
炊事場も、風呂もある。水は冷たいが飲めるし、発電機もまだ動いた。
「……まるで世捨て人だな。」由紀子が苦笑しながら寝袋を広げる。
「それでいい。世間にとっては、今の俺たちは“存在してはいけない人間”なんだから。」タクヤは地面に地図を広げ、黒川記者からの応答を待っていた。
「アキラを倒すには、まず“世間の嘘”を壊さなきゃならねぇ。」太田が火を起こしながら言う。
「そして真実を、正しい場所に届ける。」佐藤が加える。
その夜、彼らは交代で見張りを立てながら、凍えるような静けさの中で眠りについた。
**山奥のキャンプ場。**
**誰も知らない、新たな反撃の拠点。**
タクヤたちはもう、逃げるだけの存在ではなかった。
次に動くときは――必ず、アキラを暴き、世界の目を覚まさせる




