第2話「失われた目標」
茉桜「真依さんが死んだ…?嘘…でしょ?」
茉桜は自分のベッドで、憧れの人の訃報に激しく動揺していた。母親の知予に促されたのでなんとか部屋に戻れたが、数分間はテレビの前で固まっていた。あまりの衝撃に我に返るまで、知予の呼びかけすら聞こえていなかった。すると部屋のドアをノックする音が聞こえた。力の強さで察するに、おそらく知予だろう。入るわよと言う声のすぐ後に、知予が部屋に入ってくる。知予は茉桜の様子を見て、さらに心配の色を強めた。
知予「茉桜、大丈夫…ではないかもだけど、一応聞いておくわね。大丈夫?」
知予がそう言うと。茉桜は枕に顔をうずめる。やはり大丈夫ではない。しかしそれもそのはずだと知予は思った。今まで茉桜は彼女を目標に頑張っていた。今日だって茉桜は大きな希望を胸に高校へと向かっていったのだ。しかし、目標の彼女が死んで、茉桜は希望を失ったのだ。そんな茉桜を見かねて、知予は大声で話す。
知予「とりあえず、ご飯にしましょう!お腹減ってたら気分も下がっちゃうわ!」
正直知予は空元気だった。とにかく娘に元気になってもらいたい。その一心で彼女は精一杯の声量で茉桜に声をかける。
茉桜「うん…。」
茉桜は力なく頷く。その日のご飯は知予の声だけが響き渡っていた。
その様子を隣のアパートから覗き込む1人の男の姿があった…
翌日、茉桜は野球部にいた。一応田鍋と約束していたので来てはいるものの、その顔に元気はなく、また他の部員も、そんな茉桜を気遣い、極力声をかけなかった。
田鍋「市原さん、そこにあるボール拾ってくれるかしら?」
反応がない。
田鍋「…市原さん?ちょっと市原さん!聞いてるの?」
そこまで言われてやっと茉桜は自分が声をかけられていることに気づく。そのぐらい茉桜はボーッとしていた。
茉桜「あ…はい。すみません,,,今拾います。」
茉桜のそんな様子にイライラしたのか田鍋は少し語気を強める。
田鍋「ちょっと市原さん、しっかり集中してよね。昨日までの元気はどうしたの?まさか、もう応援マネージャー目指す気無くなった?」
田鍋の言葉でさらに茉桜は元気を失う。その様子を見て他の部員たちは気の毒に思ったが、声をかけることはなかった。自分が標的になりたくないからだ。そして茉桜のその様子を見た田鍋はさらに畳み掛ける。
田鍋「そんな生半可な覚悟でなれると思っていたのね。部員が減るのは残念だけど、これでライバルは1人減ったわね。」
さすがにむかついた茉桜は言い返そうとしたが、言葉が出なかった。正論だったからだ。いくら憧れの人の死んだからと言っても、それはみんな同じこと。それぐらい真依は多くの人から、憧れの的にされていた。茉桜1人が落ち込んでいるわけじゃなく、それはなんの理由にもならない。気がつくと田鍋はいなくなっていた。気づけば茉桜は悔しさで涙を流していた。
「市原さん、大丈夫だよ。」
「田鍋さん、ちょっと言い方きついとこがあるから。」
「茉桜ちゃんはよく頑張ってるよ。」
そう他の部員たちは慰めるが、茉桜の涙は止まらなかった。
そんな様子を、遠くから1人の男が見ていた…
先輩たちの計らいで部室で少し休憩させてもらっていた。部室のドアにもたれかかり、なんとか気持ちを落ち着けようとしているが、一向に前向きにはなれなかった。田鍋に正論を言われ、悔しさで持ち直そうとする自分と、それでも真依がいなくなったことによるショックに立ち直れない自分とがせめぎ合っていた。自分は何を目標にやっていけばいいのだろう。こうしている間にも他の部員たちや他校の部員たちは努力しているのだ。自分と彼女らの差がどんどん開いていくような気がして、茉桜はある考えが頭をよぎる。
茉桜「もう辞めようかな…」
正直茉桜はモテる。彼女が努力してきた結果だ。学校一のイケメンから告白されたことだってある。しかしそれらも全て断ってきた。イメージ的にマイナスになるだろうと思い断ってきたのだ。それも全ては真依のような応援マネージャーになるためであった。その存在ももういない。もういっそのこと諦めてテキトーに彼氏でも作ってそこそこの幸せを掴んでしまおうか。そんなことも考えていた。するとそんな時だった。部室のドアが開き、1人の男性教師が入ってくる。
??「ちょっといいかな…?」
茉桜は身構える。女子高生が1人しかいないこの状況で声をかけて来るなんて怪しいに決まっている。
茉桜「な…なんの用ですか?」
茉桜は警戒心たっぷりにそう聞く。正直怪しさしか感じない。そんな茉桜の考えは次の一言で消え去った。
??「才木真依が死んだ理由について知りたいかい?」
茉桜は驚いた。なぜ自分が真依の死を気にしていることを知っているのだろう。どこかで聞き耳を立てていたのではないか。普通ならそんな考えが頭によぎりそうなものだが、今までのことで頭が回らない茉桜は、そんな思考回路をすっ飛ばして聞き返す。
茉桜「真依さんが死んだ理由を教えてくれるんですか!?」
すると食いついたというような表情を浮かべ、男は返す。
??「あぁいいよ。けどここじゃちょっとまずいな。東校舎に空き教室があるから、そっちに移動しうか。先輩たちには後でトイレとでも言っておけばいい。」
すると自分のことを藤沢と名乗り、茉桜とともに秋校舎へと消えていく。そんな2人を、田鍋は怪しげな顔で見つめるのだった。