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悪役令嬢系 短編集

悪役令嬢、目覚めたらアンデッドになっていた。

作者: 烏丸じょう

 永い眠りから目が覚めるとそこは見慣れた私の部屋にそっくりの場所だった。


 コンラート王国の侯爵令嬢、そして宰相を父親に持つ私、メリンダ・アルカストーラは、魔王を蘇らせる儀式の中で、勇者でありコンラート王国王子、ジェルジオの光の剣によって塵となって霧散したはずだった。


 夢でも見ていたのか、それともこれが幻なのかと回らない頭で周囲を見渡せば、カチャリと扉が開き、見慣れたメイドのルルが現れた。

 

 ルルは目を見開き、「お嬢様!」と叫ぶと私のもとに駆け寄った。


「お目覚めになられたのですね!良かった……。本当に良かった!」

 ルルは青白い顔を泣き笑いのようにゆがめた。

 私は恐る恐る口を開く。

「……ルル、私、どうしたのかしら?」

 張り付く唇がしゃべりにくいが、声は以前の通り出ている気がする。

 想像よりも「普通」だった。


 なんとなくずいぶん長い間眠っていた気がするのだが、身体のどこにも痛みはない。むしろ軽すぎるぐらい「軽い」。身体を起こすことも苦も無くできそうなほどだった。


「お嬢様!……お労しい……。大丈夫です。何も心配なさらないでください。何も問題はございません」

 ルルは私が聞きたかった答えは出さずに、「誰か」を呼びに行くと言って下がって行った。

 まだ回らない私の頭はその名を聞いても認識できない。


 ジェルジオの光の剣で塵になったはずなのに、あれは夢だったのだろうか?

 だとしたらどこからどこまでが夢なのか?

 まだ儀式を行っていない?

 それともジェルジオに婚約破棄された直後かしら?

 どうせなら聖女の降臨の前か、ジェルジオと出会う前なら良いのだけど。


 一度でも愛した男に、蔑みのこもった目で睨まれたあのパーティーや、恐ろしい憎しみの色に染まった瞳が脳裏に焼き付いているあの「最後の時」も夢だったというなら、私はもう二度と彼に会わずにどこか修道院か外国にでも行こう。


 私は身体を起こすとだんだん頭がはっきりして、記憶が蘇ってきた。

 確か異世界から聖女が現れて、勇者に選ばれた私の婚約者のジェルジオ王子が恋仲になって……。

 まざまざと怒りが込み上げてくる。あの浮気者!聖女と結婚するからと私は婚約破棄され、ついでに聖女を害そうとしたと王都を追放されたのだった。

 だってねえ!ジェルジオ王子だけじゃなくて騎士のアベレードにも神官のガイウスにも色目使うようなあざとい女狐にしてやられたのよ!喧嘩を売られて声を上げたところを王子に見つかって、牢に入れられた挙句、僻地の修道院送りにされたのよ!


 そうして、どうだったかしら?

 ああ、修道院で禁書の魔導書を見つけて、そこに封ぜられた魔王を蘇らせたのだったわ。

 でもなぜか王子達に見つかって……。

 そうよ。私、あの時死んだはずじゃないかしら?


 とにかく、もうあんな絶望はこりごりだ。


「目覚めたか、わが半身」

 扉の開く音も聞こえなかったのにいきなりぞくぞくするバリトンの美声が届いた。

 顔を声のほうに向けると、ベッドのすぐ横にいつの間にか、背の高い黒ずくめの男が立っている。男は人間離れした美しい顔をしているが、その頭上には人間にあるはずのないものが存在感を示していた……。


 そう、ヤギのような形の大きな黒い角だ。


 私は男が誰か瞬時に認識してしまった。

 魔王だ。

 私が塵になる寸前に儀式を行って呼び覚ました、この世に破滅をもたらす絶対的な邪悪の存在……。


 でも不思議なことに恐怖は沸かない。恐怖どころか感情の全てがどこかあいまいだ。


 私は首をコテリと傾げて、魔王の顔を見た。

 なぜこの方がここにいるのだろう?

 ここにいるということは、儀式は上手くいったのだろう。

 だがそれならばなぜこの家で、私の生家で私は寝ていたのか?


 伝説によれば、魔王が顕現すれば、まずその儀式を行った王国は瞬時に滅びると言われている。

 そして徐々に世界中に影響が現れ、最後にはこの世は魔界と化すのだという。


 この部屋は王都の屋敷にある私の部屋そのものだ。

 残るはずのない場所なのだ。


「ふふふ、そんなに見つめられると今すぐすべて貪り喰いたくなるぞ。まだ不安定なのだから、大人しくしておけ」

 魔王は微笑みながら私の髪を優しく梳いた。


「……魔王様?」

「なんだ」


 やはり魔王様ご本人のようだ。そうなると益々訳が分からない。感情が鈍いなりにもモヤモヤは不快感となり、今すぐルルに説明を求めたい。


 ルルはいったいどこまで行ったの?誰を呼びに行ったの?まさか魔王様?

 うちのメイドはいつの間に魔王様とお話しできるような気概を身に付けたのだろうか。

 ルルはどちらかといえば臆病で心配性だった。

 魔王様なんかが目の前に現れたら、心臓が止まりそうなものだけど……。


「……あの、私はいったい……」

 そう言いかけた私の言葉はノックの音に遮られた。

 魔王様が一瞥すると、扉がスーッと開いてく。そこには青褪めた顔をした私の家族たちがいた。


 宰相である父と、母と、そして兄。

 三人とも愛する大事な家族だ。私がジェルジオに婚約破棄された時も、兄は決闘を申し込もうとしてくれたし、父は宰相の職を辞そうとして陛下に止められた。

 母は私以上に怒り、王族を呪う言葉を吐いていた。

 

 我がアルカストーラ家は建国前からの歴史を有する誇り高き一族だという自負があった。

 だからたかだか異世界からやってきた庶民じみた非常識な女の言動に振り回され、王子が私を拒絶したことを我が一族への侮辱だと皆捉えていた。


 実際、魔王を呼び出そうとしたのはもともと母だった。

 母が自分の命を贄に儀式を行おうとしていたことを知った私は、私にやらせてほしいとねだった。だって復讐するなら自分の手でやりたかったから。

 私の気持ちを察した母は、渋りながらも最後には納得してその役を譲ってくれたのだ。


「メリンダ、ああ、本当にメリンダなのね……」

「お母さま……」


「魔王様!ありがとうございます!私たちの宝をこうして取り戻してくださって!本当にありがとうざいます!」 

 家族たちは跪いて魔王に感謝の言葉を述べだした。

 えっ「取り戻す」ってどういうこと?やはり私は一度死んだのかしら。

 痛みもなく塵になっていった感覚はあったけど……。


「面を上げよ。お前たちのためにしたわけではない。我は我が半身を再生したまでのこと。当然のことだ」


 ……はんしん?阪神?いや半身かしら?さっきもそう言っていたわよね。

「あの、魔王様、ハンシンとはなんでしょう?」


 魔王は目を細めて私の肩を自分に寄せた。私、まだベッド中で座ったままなので微妙に怪しい位置に顔が寄る。

 いくら感情が鈍いからといっても貴族令嬢としての矜持がこれはダメだと警鐘をならし、

 必死に手で何とか距離を取ろうとするけど、もだもだしている私の様子がおかしかったのか、魔王様はふふっと声を漏らしてお笑いになった。


 あら、私、揶揄われている?怒りに似た感情が私の頭をクリアにしようとしたその瞬間、なんと、魔王様は私を抱き上げた!


 しかも所謂お姫様抱っこじゃなくて子供にするような縦抱き!!

 身長差がすごいから魔王様は余裕そうだけど、こんな抱き方どうなの?お尻が思いっきり魔王様の手の上に乗っかっているのですけど!!!

 しかも美麗な顔と近づきすぎて、緊張してないけど、緊張してしまうような気がするのよ!何となく!


 そんな私の焦りを無視して、魔王様は宣った。

「メリンダ、我に魂を捧げた者よ。お前の魂は私の贄となり、一部となった。本来はそのままわが眷属になるのだが、お前の身体は忌々しい剣で塵となったので、再生に時間を要した。だが以前のままの美しさを再現できたはずだ。どこかおかしなところはないか?」


「再生?じゃあやっぱり私はあの時死んだのですね」

 魔王様は頭を振った。

「いや、儀式が完了しておったからな。お前の魂源的な死の前に我が顕現することができた。だからお前の欠片を合わせて、身体をよみがえらせることができたのだ」


「でも、なぜこの部屋が?ここは王都の我が家ですよね」

 この部屋までよみがえらせてくださったのだろうか?私の家族も本当に私の家族なのか疑問が過った。


「ああ。顕現した瞬間にお前の記憶も読み取った。我が半身の愛する場所を守るぐらい造作のないことだ……」

 あら、じゃあこの家や家族は本物なのかしら。良かった!私の記憶から再現されたものと、本物が守られたのでは同じようでだいぶ意味が違う。

 魔王様に感謝の念が湧いてくる。


「そんな、私のためにお守りくださったなんて……。ありがとうございます。本当に、ありがとうございます!でも……、えっとじゃあ王国はもう……」


「この世はすでに我が統べる魔界となった」

 魔王様は目を細めて口に弧を描いて言った。

 今更ながら自分のしでかしたことの大きさに頭が痛くなった気がする。気がするだけだけど。

 「私の愛する場所」以外に訪れた運命はさぞ残酷なものだっただろう……。突然訪れた破滅。他の国はもちろん、王国の全てに恨みがあったわけではないし、民には当然罪も何もない。


 魔王の顕現は予言されていた。それを防ぐために聖女が異世界から召喚されたのだ。しかし、結局そのせいで私は破滅を選ぶほどに尊厳を傷つけられ、この事態に至った。


 異世界から来た聖女、ミワ・クドウは十五歳という年齢が疑わしいほど幼い言動が目立つ娘だった。聖女の召喚は予言されたものではなく、あくまで王国が魔王の顕現を阻止するために選択したものだった。

 ミワは聖魔法を操り、魔物を塵にすることができたけど、それ以上に王国に混乱を齎した。

 まず、ミワは私の婚約者であり、光の剣に選ばれた王子、ジェルジオに一目惚れしてしまったのだ。

 そして聖女という立場を最大限に生かして、ジェルジオの妃の立場を望んだ。

 王国の重鎮たちはミワの意向に沿うように動き、私は婚約を破棄されることになった。

 挙句の果てはミワへの態度が不敬だとジェルジオ自らが私を王都から追放することを決めたのだった。

 今でもあの時の一言一句は忘れられない。


 元々、彼らの婚約が発表されたあの屈辱のパーティーでミワが私を煽ったのだ。

 婚約破棄した相手をわざわざパーティーに呼びつけたのはあちらの方だというのに。宰相家も認める婚姻だと証がほしいと言ったのは王子だったはずだったのに。


『メリンダ、あなたもう婚約破棄されたのだからジェルジオの前に現れないでよ。目障りだわ。彼は私のものなの。勇者と聖女が結ばれるなんて物語の定番でしょ?悪役令嬢はさっさと退場してちょうだい』


『……ミワ、あなた随分下品な物言いね。それで王妃が務まると思っているの⁉』


『下品ですって!あんたみたいな高慢な女こそ務まるわけないでしょ‼ジェルジオ!』


『どうしたんだ、ミワ!』


『メリンダが私にまた酷いことを言うの……。私に王妃なんて務まらないって。メリンダは私が憎いのだわ』


『ミワ、大丈夫だ。……メリンダ、お前の聖女に対する不敬な態度は目に余る。今すぐ王都から出て行け。もうミワの視界に入ることは一切許さない』


『ジェルジオ、貴方にそれを言う権利はないわ』


『私まで侮辱するつもりか?良いだろう。衛兵、この女を連れて行け』


『貴方正気なの?アルカストーラを敵に回すつもり?』


『ハッハッハ!笑わせるな。お前の家など恐れる必要もない。私には聖女がついており、この世を救えるのは彼女だけだ‼』


 ジェルジオの勇者とは思えない愉悦にゆがんだ顔が目に焼き付いている。聖女に選ばれたと驕り高ぶったのか、もともとの性質だったのか、今ではもう分からない。


 あの後、私は衛兵に牢に入れられ、そのまま王都追放で修道院送りにされた。父と国王陛下の手によりすぐに救い出されたものの大変な屈辱を感じたのだ。


 父も我が家をないがしろにした次代に嫌気がさし、母はそれ以上に怒った。

 その後もミワとジェルジオによる嫌がらせのような我が家を貶める酷い言動が続き、ついに母の怒りが頂点に達したとき、私が見つけた禁書の存在もあって、秘密裡に魔王を呼び出す儀式が行われることになった。


 それに気付いた私は、母を説得し、自分が贄となることを申し出た。

 どうせ魔王が蘇るのなら誰も生き残ることはできないのだからと。

 そして王都の郊外にある旧神殿で儀式を行っている最中に、なぜかジェルジオとミワがやって来たのだ。


 私はジェルジオの光の剣で貫かれたけれど、儀式は成された。そして人の世は滅び、魔王の統べる新世界が幕を開けたのだ。 


 あの女を召喚しなければ、我が家が儀式を行うことはなかっただろうから、世界も滅びることにはならなかったはずだ。そう考えるとあまりに皮肉な運命に口の中が苦くなる。


 いずれにしろ家族や使用人たちが無事で何よりだわ。

 その他、罪のない人々には申し訳ないが、私の復讐は成ったのだ。


「メリンダ、そなたは我が后として我とともにこの世の頂点に立つ。婚礼の祝いだ。そなたの望みを何でも一つ叶えてやろう」

「お、お后ですか!?私が?」

「そうだ。儀式を行った者は我が半身となる。そなたの場合、その地位は后が最も相応しいだろう」


 情報が頭の中で渋滞している。后になって世の頂点?私が?いえ、もともと王妃になるはずだったのだ。頂点に立つことにやぶさかではないが、まさか魔王様の后に選ばれるとは思ってもみなかった。しかも望みを一つ叶えてもらえるの?どうしよう。正直一番の望みの復讐も終わり、大事なものも守られたというなら他に何も望むものはない。

 私はもともと物欲に乏しいのだ。子供の頃から何でも与えられてきたから。言われる前に渡される物も多いけど、ちゃんと欲しい物もいつも聞いてもらえた。

 だから渇望というのを経験していない。

 王子との結婚についても、可愛さ余って憎さ百倍ではあったが、欲しかったのかと問われると少し違う気もする。どちらかと言えば、プライドが傷つけられたことに対する憤怒があった。

 だから王子の心を取り戻そうと努力するよりも滅びを選んだとも言える。

 

「あ、あの一つお願いがあります」

「なんだ」

「婚礼の儀式で、着たいドレスがあるのですが良いですか?我が家は代々同じドレスを着ることになっていまして。まあ、そのドレスがあればですが……」

「ふむ。それはこのドレスか」

 魔王様が指をはじくと、クリーム色の艶やかなドレスが現れた。少しクラッシックな形が逆に品を生み、とても素敵なドレス。隣国の王室出身のおばあ様がお輿入れの際にお持ちになったもので、その国の特別な蚕から取れたとても貴重な絹でできている総レースのドレス。ああ、まったく損なわれず残っているなんて!私は頬が濡れるのを感じた。


「これです!ありがとうございます。とても憧れていた、大事なドレスなんです……」

「そなたの母上がぜひ着せたいと手入れをしていたぞ。望まぬとも元々これを着用する予定だった。……、まあ望みはしばらく時間を置いて考えてみるが良い」

「いえ、私の大事なものを全て守ってくださっただけでも十分です」

「なんと欲のないことを。そなたの父など、あれだこれだと色々要求してくるというのに」

 お父様が!?なんと命知らずなの!私は茫然と父の顔を見ると、父はその眉を少し寄せて、愚痴った。


「魔王様、人聞きの悪いことをおっしゃらないでください。私は魔界の宰相として意見を述べておるだけです」

「ははは。そうだな。お主にはこの世の全てを仕切らせておるからな。よく纏め上げておる」

「はっ。恐れ多きことですが、この世の治世をご一任くださり、誠に光栄に存じます。この身を粉にしまして尽くす次第にございます」

「お父様、こちらでも宰相でいらっしゃるの?」

 父は頷き、魔王様が応えてくださった。

「ああ、ウィルヘルムは良く勤めてくれている。我は政治などする気はないからな。そなたの父の手腕がこの新世界に我も予想だにしなかった秩序と発展を齎しておる」

「そうなんですね。では魔界になっても民は秩序のもと穏やかに暮らせているのですか」

「そなたが想像する以上の暮らしぶりだと思うぞ。生き残った民草は徐々に魔人化してはいったが、基本的に以前の生活とそう変わっておらん」


 まあ、どんな世界なのかしら。気になるわ!魔人化というのがよく分からないけど。見たところ私の家族たちは以前のままの姿だし。ちょっと顔色が悪いぐらいかしら。

「魔人化というのはお父様たちもですか?見たところ以前と変わりありませんが……」

「この家の者はお前を含めてみなエルダーリッチとなった。魔人どもには死があるが、この家の者は皆永遠の不死者だ」

「不死者!?」

「そうだ。すでに三百年ほど生きておるので、どこからどう見ても立派な不死者だな」

「えっ、ちょっと待ってください。今三百年っておっしゃいましたか?」

 まさかあれから……。

「そうだ。お前が儀式を行ってから三百年近くになる。正確には……」

「二百七十六年にございます。魔王様」

 父がすかさず答えた。さすが世を統べる敏腕宰相。

 王国宰相だった時もその鋭利な頭脳に一目置かれていたけど、エルダーリッチになっても健在なのね。それにしてもそんなに長く眠っていたなんて、世界はどれほど変わってしまったのか怖いような早く見たいような不思議な気持ちだ。

「うむ。まあ、二百七十六年ぶりだ。積もる話もあろうが、今日はもう休め。また明日、ゆっくり話しをするが良い」

 そう言って、私を静かにベッドに戻した魔王様が、その手を私の両目にかざすと、私の意識はまた闇の中に沈んでいった。



 翌日、目が覚めるとお気に入りの庭で遅めの朝食を家族で皆で摂ることができた。

 目覚めて初めての外だけど、見る限りおかしなところはない。塀の外は全然違うのだろうか。しかもリッチって食事も摂れるのですって。摂らなくても死なないらしいけど、嗜好品としてある感じ。ただし魔人や魔獣は食事を摂らなければ力が保てなくなってしまうらしく、新世界でも農業関係は健在らしい。


 魔王様と私の家族たちの間は気安い。何なら使用人たちともとても馴染んでいる。不思議に思っていると、魔王様が丁寧に説明してくださった。


「我の魂の半分はそなたの魂源でできておるからな。我にとって、この屋敷の者たちはそなたと同じように親しみの持てる者たちである。彼らにとっての我への気持ちもまさにそなたに対する気持ちと同じく、自然親しみが沸くのだろう」

「そうですね。不思議と最初から恐れはありませんでした。魔王様が現れた際にもまさにメリンダを迎えるような気分になりましたな」

 魔王様の説明に、補足するように父が鷹揚に頷いて応えた。


「まあ、そのようなことが……」

 なんだか私と家族との絆が確かなものだったと実感できるエピソードで嬉しくなってしまった。

 家族にも使用人にも愛されている自覚はあったけど。


「さあ、食事が終わったら、一度外の世界を見せてやろう。全てそなたの物だと思えば良い。望む形があるのなら、そのように変えることもできる」

「まあ、さっそく見せてくださるのですか、楽しみですわ」

 私が差し出された手を取ると、私たち二人の身体はそのまま宙に浮きあがった。

 不安定さは欠片もなく。風圧を感じることもなく上昇すると、屋敷の全体像と共にその外側まで見渡せた。

 予想していた通り、私の屋敷のみを残して大地が大きくえぐれている。

いや、私の屋敷から王城側が特にひどく、反対側は荒野ではあるけれど道が続いているようだ。



「ドレイク」

 魔王様がそう口にすると、どこからか大型の竜がやってきた。

 背中には座り心地の良さそうな背もたれ付きの鞍がついている。

 魔王様は私を横抱きにして、颯爽と鞍にまたがり、竜を駆った。


「竜は初めてか?これは我が騎竜 ドレイクだ。そなたと我しか乗ることは叶わんが、乗り心地はどうだ?」

「ええ、とても良い乗り心地ですね。竜は絵の中でしか知りませんでした。こんなに美しい生き物がいるのですね」

 銀色の艶やかな鱗に優美な流線を持ったそのフォルムは恐怖よりも美を感じさせるものだった。雄大な羽も、その理知的な瞳も見るものの心を奪うに値する。

 乗り心地も飛んでいるせいか揺れも振動もほとんどなく、馬とは比べられないくらいに快適だ。それでいてスピードも速くて、知ってしまえば誰もが竜以外に乗りたくなくなるだろう。


 荒野をしばらく進むと緑が徐々に見え始め、見知った田園風景に続き、大きな城壁都市が見えてきた。

 尖塔の様子が王都から隣国に続く交易都市バルニに似通っているが、建物が記憶よりも大きいうえに、多い。

 なんだかとても巨大でにぎわっている気がするわ。


バルニに差し掛かったところで、竜は少し上昇して、都市全体が見渡すことができた。


都市は放射状にいくつかの街道を持っているが、城壁の外側にも居住地が続いており、街の切れ目というものがはっきりしない。


 街道もそれぞれ幅が広く、信じられないぐらいスピードの何かが走っている。

 あれは何だろう?魔獣?


「魔王様、皆さん一体何に乗られているのですか?」

「ああ、あれは魔獣化した家畜だ。近くに見に行ってみるか」


 そう言うと竜がスーッと高度を下げて、魔獣の姿がよく見えた。確かに牛に似ている。

 鼻息が荒そうな上に巨大すぎて怖いけど。

 操っている人も、「人」と言うには身体が大きい気がするわ。

 これが所謂魔人化した新人類ということかしら。身体が大きい以外に特段異常はないようにも見えるけれど、皆前とどう変わったのかしら。


 そんな風に思っていると、まるで心が読めるかのように魔王様が疑問に答えてくれた。


「魔人化したせいで、人間は身体が大きくなり、力も強くなった。魔力を持ち、魔法を日常的に操るようになったし、病気やケガとも無縁だ。何しろ、欠損ぐらいは数日で治る。首でも落とすか灰になるか、完全に心臓が止まりでもすれば死ねるかもしれんが寿命も長い上に老化も遅いからな。食事はするが、大気の魔素の効果で、飲まず食わずでも死ぬこともないし動ける」


 飢えや病気、怪我からほぼ解放されたということだろうか。新たな人類――魔人たちはとても生き生きとしているように見えた。


「人が随分増えたのですね」

「そうだな。この街は我の加護を最も強く受けた場所の一つであるため、魔素も多く魔人として力を強く持つ者が多い。それもあって、より多く人が集まるようになり、いつの間にか広大な姿に変わった。よし、他の国の跡でも観に行くか」


ドレイクが再び上昇すると私は自然に魔王様に身を深く預ける形になった。私を抱きとめる魔王様の指に力が籠りとても心地よい気持ちになった。

 うっとりとした気分で目を瞑っていたら、少し、冷たい空気が肌を刺激した。

 雲の中を飛んでいるようで、私の身体をマントで包み込んでくれる魔王様。

 その大きな胸に頭を預けているととても安らかな気持ちになる。



「ほら、見えてきたぞ」

 顔を上げると、そこには楽園のような雄大な園が見えた。

 川が流れ、湖面は穏やかで、雪に覆われた美しい山々が連なり、美しい花がそこかしこに咲いている。

 高原の国、テレスタだ。

 テレスタは書籍でしか知らない国だが、風光明媚で名高く、いつかは行ってみたい場所だった。

 まるで何事もなかったような噂以上に美しい姿が目の前に広がり、とても意外に思った。


 ところどころに見える木造の建物も、書籍の挿絵にあった通りだ。

 


「かつてテレスタと呼ばれていた国だが、今は我らの忠実な僕だ。そなたの父親が以前から繋がりを持っていたようで、かつての王家がそのままこの地域の盟主となっておる。早くに配下に下ったので、そのままの姿を残し、穏やかに暮らしておるな」

「そうなのですね。テレスタは繊細な技術力を誇り、優れた魔道具を生み出すことでその地位を揺ぎ無くしておりましたが、今もでしょうか?」

「うむ。随分繊細な魔道具を作るようだな」

魔王様が頷いたと同時にドレイクは地上に降り立った。

 魔王様は私の腕を取り、そのまま重力を無視したように浮き上がり、その後綺麗に着地を決めた。


 周囲を見回すと、小石が敷き詰められた小道が続いており、その先に少し大きな木造建築があった。

 美しい長い衣に身を包んだ髪の長い男性がそこから現れ、頭を垂れる。


「我が君、ようこそ御出で下さいました」

「うむ。マルクレール、我が后、メリンダ・アルカストーラである。丁重にもてなせ」

「ハッ!お后様、私はこの地域を任されておりまするマルクレール・テレスターヌと申します。お見知りおき下さいませ」

 マルクレールは腰を落とし、最上級の礼を取った。

 私は「ええ」とだけ答えて、魔王様の顔を見た。

 魔王様が顎をクイと上げるとマルクレールはすっと立ち上がり、私たちを先導するように歩きだした。


 私は魔王様に腰を抱かれながら進んだ。密着していると落ち着くのよね。

 逆に少しでも離れるとなんだか落ち着かない気分になる。これが半身ということなのだろうか?恋とも愛とも違う感情だ。魔王様から距離が空くと途端に自分が自分ではなくなるような、不安定な気持ちになるのだ。逆に触れ合えばしっくりとくる。

 

 私を片時も離そうとなさらない魔王様も同じ気持ちなのだろうか。


 マルクレールの屋敷は想像以上に中が広かった。

 地形の合間を縫うように、何棟も連なっているようで、ところどころ階段があったり、長い通路があったりする。時々庭園のような広場を見渡せる回廊があり、迷路のようなその作りに、一人では決して歩き回らないようにしようと心に決めた。


 多分だけど、山の中にトンネルのようなものが掘られているのかもしれない。

 ところどころ外の光が入らず、人工的な光源のみの場所を通ったのだ。

 これは攻め落としにくいだろうなとぼんやりと思った頃、私たちは大きなホールに到着した。


「魔王陛下と、お后様のご入場!皆膝を付け」

 マルクレールが扉を開き、そう言うと中の人たちが皆一斉に片膝をついて、頭を下げた。


 私たちはその横を通り過ぎ、誂えられた雛壇に着席した。

 瞬く間に目の前に御馳走の並んだテーブルが置かれ、宴が始まった。


 テレスタの人々は男女とも皆美しい容姿をしていた。長身で、美しい癖のない髪を持つ伝説のエルフめいた容貌だった。魔人化しているのだろうが元々のテレスタ人がどのようであったかが分からないので知らなければ普通の人間だと思ってしまう。


 食事も普通の人間の頃とあまり変わり映えしないように感じる。もちろんテレスタの食事など初めて見るものばかりだが、見た目には果物、調理された肉や魚、野菜、雑穀のスープなど「普通」に見えるものばかりだった。

 一番ショックなのは、この以前なら目新しく、美味しそうだと思えたであろう料理も、リッチの私にはもう特別心惹かれるものではなくなってしまったことだろう。

 結局私は手持無沙汰にならないように、果実酒を舐めるだけで他の物には手を付けなかった。


「魔王様、テレスタの皆さまはまるで普通の『人』のようですわね」

私は宴の喧騒の合間を縫って彼の方の耳に囁いた。


「そうか。テレスタ人はもともと小柄だったようだが、会うたびに背が伸びているがな」

「そうなのですか?」

「ああ、山岳に住むせいか子供のような細身で背も低い者が多かったそうだ。それが徐々にしなやかな体躯を得たようで、今は山鹿のように山岳を自由に跳躍できるようだな」

「まあ、では以前よりも暮らしやすいのでしょうか」

 私のその質問に魔王様が応える前に、私たちにお酒を注ぐために寄って来たマルクレールが答えた。

「はい、お陰様で皆、人であった頃よりも幸せに暮らしております」

 その笑顔には偽りがないように見えた。私は少し困惑する。皆が人であった頃よりも幸せなら、「私たち」はかつて何を恐れていたのだろうかと。


 魔王が齎すのは「この世の破滅」ではなかったのか?魔界と化したこの世は以前の人の世よりも皆幸せそうに見える。

 生き生きと逞しく繁栄し、多少の荒っぽさがあるかもしれないが、日々穏やかに暮らす魔人たち。

 テレスタを後にし、訪れたどの場所も同じように皆、溌溂と生を謳歌しているように見えた。

 絶対的な力を持つ魔王様のお陰で戦争が無くなったせいか治安も良いようだ。

 私はこの目で見るまで、この世に破滅を齎した罪を真っ直ぐ受け止めるつもりだった。要は残された人々の悲惨な、地獄のような暮らしぶりを想像していたのだ。しかし、本当の意味で破滅したのは王都とその周辺くらいで、コンラートの中でも我が侯爵領含めてほとんどの場所は無事だったことも分かった。

 

 そんな想定外の平和な世の到来にいささか拍子抜けしていた私は、今日も魔王様の隣にただ寄り添っていた。特にやらなければいけないこともなく、魔王様に甘やかされる天国のような日々。

 アンデッドが魔王の横にいる、傍からみたら地獄のような光景なのに「天国」というのも変な話だけど、まあ幸せなので他に例えようもない。多めにみてほしい。


 この世に破滅を齎した悪役令嬢は、新世界で魔王様と末永く幸せに暮らしましたとさ。


おしまい。



皆様、お読みくださりありがとうございました。

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今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます(*^^*)



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